高知連続保険金殺人事件|2人への保険契約、5014万円詐取と坂本春野の死刑確定

公開日 2026年3月9日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 1980年代 死刑

事件ステータス

都道府県
高知県

坂本春野が死刑を言い渡された2件の殺人では、被害者に保険を掛けるところから犯行が始まっていた。最初の被害者は当時54歳の知人男性。坂本は妹夫婦と共謀し、男性を自宅に同居させ、戸籍上の夫にした後、2件の保険を掛けた。殺害後、死亡保険金合計5014万円余りを受け取った。

約5年後、今度はその男性の元内縁の妻だった当時60歳の女性が標的になった。坂本は保険代理店を営む人物と共謀し、女性に2件の保険を掛けて殺害。遺体を自宅付近の道路へ置き、交通事故死に見せかけて保険金を得ようとしたが、殺害が発覚したため目的を遂げなかった。

最高裁は、2件とも坂本が首謀者として計画を立て、殺害時にも自ら最初の攻撃を加えるなど重要な実行行為を担ったと認定した。高知地裁の死刑判決は高松高裁で維持され、最高裁第二小法廷は2004年11月19日に上告を棄却した。坂本は死刑執行を受けないまま、2011年1月27日に83歳で病死した。

事件時期1987年1月17日~1992年8月19日
被告人坂本春野
被害男性54歳、女性60歳の2人が死亡
主な罪名殺人、死体遺棄、詐欺、詐欺未遂
第1事件男性を戸籍上の夫にし保険を掛け、殺害後5014万円余を詐取
第2事件女性に保険を掛けて殺害、交通事故死を装ったが保険金詐取は未遂
別件詐欺自身の交通事故を偽装し417万円余を詐取
一審1998年7月29日・高知地裁、死刑
控訴審2000年9月28日・高松高裁、控訴棄却
最高裁2004年11月19日、上告棄却
死亡2011年1月27日、大阪医療刑務所で病死

最初の被害者を同居させ、戸籍上の夫にしてから保険を掛けた

最高裁判決が最初に示す被害者は、坂本の知人だった54歳の男性である。坂本は妹夫婦と共謀し、言葉巧みに男性を自宅へ住まわせたうえ、戸籍上だけの夫にした。その後、男性を対象に2件の保険契約を結んだ。

単に保険加入済みの人物を殺害したのではない。被害者との生活関係と戸籍上の関係を作り、保険契約を準備したうえで殺害へ進んだことが、計画性を示す事情となった。最高裁は、2件の殺人をいずれも保険金を得る目的の犯行と認定している。

男性を泥酔状態にし、殺害後に5014万円余の保険金を得た

第1事件では、男性に酒を飲ませて泥酔状態にしたうえで襲った。最高裁判決は、坂本自身が大きな石で男性の頭部へ最初の攻撃を加え、その後、共犯者とともに、または共犯者が鼻と口をふさぐなどして窒息死させたと認定している。

殺害後は死亡について事実と異なる説明をし、保険会社へ請求。死亡保険金合計5014万円余りを受け取った。保険金目的だったという判断は、後から推測された動機ではなく、保険契約の準備から殺害、請求、受領までの一連の行為を踏まえた裁判所の認定である。

約5年後、最初の被害男性の元内縁の妻が次の標的になった

第1事件から約5年後、坂本宅には最初の被害男性の内縁の妻だった60歳の女性が同居していた。坂本は保険代理店を営む人物と共謀し、この女性にも2件の保険を掛けた。

最高裁は、就寝中で無防備だった女性に対し、坂本が大きな石で頭部へ最初の攻撃を加えた後、共犯者とともに、または共犯者が鼻と口をふさぐなどして死亡させたと認定した。2件目でも、保険契約と殺害が切り離された偶然の出来事とはされていない。

遺体を道路に置き、交通事故死に見せかけようとした

女性の殺害後、坂本らは遺体を自宅付近の路上へ遺棄した。狙いは、実際の殺害ではなく交通事故で死亡したように装うことだった。保険金を請求するため、死因そのものを偽装しようとしたことになる。

しかし、殺害の事実が発覚し、この女性に掛けた保険金の詐取は未遂に終わった。第1事件では死亡保険金を実際に得たのに対し、第2事件では殺人と死体遺棄は成立したものの、保険金を得る目的は達成されなかった。この違いは罪名にも反映されている。

坂本自身の交通事故を装った417万円余の詐欺も起訴された

起訴された事件は2件の殺人だけではない。最高裁判決は、坂本が第2事件の共犯者とともに、自分が交通事故に遭ったように装い、保険金417万円余りを詐取した別件も認定している。

最高裁の事件名が「殺人、死体遺棄、詐欺、詐欺未遂被告事件」となっているのはこのためである。死刑の中心は2人の生命を奪った殺人だが、一連の保険利用や偽装行為まで含めて刑事責任が審理された。

2件で共犯者は異なるが、坂本が首謀者だったと認定された

第1事件では妹夫婦、第2事件では保険代理店を営む人物が共犯とされた。同じメンバーが二つの殺人を繰り返したわけではない。それでも最高裁は、双方の事件で坂本が首謀者として犯行を立案・計画し、主導的役割を果たしたと認定した。

さらに、坂本は計画を立てただけで現場を他人へ任せたのではなく、いずれの殺害でも自ら被害者へ最初の攻撃を加えたとされた。共犯者がいたことを理由に責任を分散させることはできず、計画面と実行面の双方で中心にいたことが量刑上大きな意味を持った。

被害者の弱い立場を利用したことも、最高裁が重く見た

最高裁判決は、被害者2人について知的能力が低かったとし、坂本らが巧みに懐柔したうえで保険を掛けたと述べている。被害男性は泥酔状態、女性は就寝中という、いずれも抵抗しにくい状態で襲われた。

裁判所が問題にしたのは被害者の属性それ自体ではなく、その弱い立場を利用して保険契約から殺害まで進めた犯行方法だった。保険金を得るために人間関係を作り、相手を無防備な状態にして襲ったという計画の一貫性が認定されている。

坂本は夫殺害を否認し、自白は強要されたと主張した

裁判では、坂本がすべての起訴事実を一貫して認めていたわけではない。当時の報道では、坂本は夫とされた男性の殺害について、自白は強要されたとして無罪を主張した。

また、一審では認めていた女性殺害についても、控訴審では共犯者の単独犯行だという趣旨の主張へ変えたとされる。したがって、坂本本人が「2人を保険金目的で殺した」と一貫して認めていた事件ではない。最終的な有罪事実は、本人の供述ではなく確定判決の認定を基準に捉える必要がある。

高知地裁は1998年に死刑、高松高裁も2000年に維持した

高知地裁は1998年7月29日、坂本に死刑を言い渡した。控訴審の高松高裁は2000年9月28日、控訴を棄却して一審の死刑判断を維持した。

最高裁の裁判例結果詳細では、原審を高松高裁、原審判決日を2000年9月28日と確認できる。事件番号は平成12年(あ)1634号。上告審では事実誤認と量刑不当などが主張されたが、最高裁はこれらを適法な上告理由に当たらないとした。

最高裁は、2件の計画性と坂本の主導性から死刑を維持した

最高裁第二小法廷は2004年11月19日、坂本の上告を棄却した。判決は、2件とも保険金目的で、被害者に保険を掛け、周到に計画し、殺害後には証拠隠滅や偽装を行ったことを挙げている。

特に、坂本が首謀者として計画を立て、重要な実行行為も自ら行った点を重視した。遺族の処罰感情や社会への影響も考慮され、刑事責任は非常に重いと判断された。一方で、貧しく恵まれなかった成育歴など坂本に有利な事情にも触れたが、死刑を変更するほどではないと結論づけた。

「保険金殺人」という呼び方だけでは、2件の違いが見えにくい

2件はいずれも保険金目的と認定されたが、経過は同一ではない。第1事件では男性を戸籍上の夫にして保険を掛け、殺害後に5014万円余りを実際に得た。第2事件では女性の死亡を交通事故に見せかけようとしたものの、殺害が発覚して保険金詐取は未遂に終わった。

共犯者も異なり、坂本の公判での主張も変化している。二つをまとめて「同じ手口の連続殺人」とだけ説明すると、成立した罪と未遂に終わった行為、共犯関係、裁判上の争点が抜け落ちる。

死刑執行ではなく、2011年に病死して刑の執行は行われなかった

坂本の死刑は2004年11月に確定したが、刑は執行されなかった。坂本は2011年1月27日、肝臓がんのため大阪医療刑務所で死亡した。83歳だった。

したがって、坂本を「死刑執行済み」と表現することはできない。死刑判決が確定した後、執行を受けないまま病死した死刑確定者である。死刑判決、死刑確定、死刑執行、収容中の死亡は、それぞれ異なる法的・事実上の段階として区別しなければならない。

確定判決から見えるのは、二つの殺人をつないだ計画と主導性

最高裁判決は、坂本の人物像を抽象的な評価で描くのではなく、具体的な行為を積み上げている。被害者を同居させる、保険を掛ける、無防備な状態を作る、自ら最初の攻撃を加える、殺害後に保険金を請求する、あるいは事故死を装う。

2件の間には約5年の間隔があり、共犯者も異なる。それでも、保険金を得るために人間関係と契約を利用し、坂本自身が計画と実行の中心を担ったという点が共通していた。死刑を維持した最高裁の理由は、まさにこの一連の具体的行為に置かれている。

事件期間は1987年から1992年――約5年を隔てた別々の殺人だった

事件期間は1987年1月17日から1992年8月19日と記録されている。最高裁判決も、最初の男性殺害から「約5年後」に女性殺害が起きたと記している。

短期間に同じ共犯者が連続して襲った事件ではなく、長い間隔を挟み、別の共犯関係で起きた2件だった。両事件を一つにつないだのは、坂本が保険契約を準備し、計画と実行の中心を担ったという裁判所の認定である。

本人の否認と、確定判決の認定は分けて記述する必要がある

坂本は裁判の過程で殺害への関与を争っており、本人の供述だけを並べれば事件像は揺れる。一方、最高裁が維持した原判決は、2件とも坂本が首謀者であり、自ら最初の攻撃を加えるなど重要な実行行為を担ったと認定している。

本人の供述と裁判所の認定は、同じ事実として混ぜることはできない。最終的な有罪事実は確定判決に従い、否認や供述変更は裁判上の争点として位置付けるのが正確である。

病死によって終わったのは刑の執行であり、有罪判決が消えたわけではない

2011年の死亡は、再審無罪や恩赦によって死刑判決が取り消された結果ではない。坂本は死刑確定者として収容されている間に病死し、死刑を執行する対象が死亡したことで本人に対する刑の執行が行われないまま終わった。

確定した有罪判決そのものが、死亡によって無罪へ変わるわけではない。「死刑囚だったが執行されなかった」という事実と、「死刑判決が確定しなかった」という説明は全く異なる。坂本の最終的な法的状態は、死刑確定後の収容中死亡である。

参考資料・出典

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