青酸コーラ無差別殺人事件は、1977年1月、東京都港区の品川駅周辺に置かれたコーラ瓶から青酸化合物が検出され、飲んだ男性2人が死亡した事件である。1992年1月4日、犯人を特定できないまま公訴時効が成立した。現在でも犯人や動機は判明していない。
- 品川駅付近の電話ボックスに毒入りコーラが置かれた経緯
- 高校生の檜垣明さんと菅原博さんが死亡した状況
- 別の青酸入りコーラ瓶で被害を免れた少年
- 王冠が付いた瓶が未開封に見えた理由
- 大阪の中毒事件や青酸チョコレートとの関係
- 青酸の入手先を追った捜査が難航した背景
- 公訴時効成立後も犯人が不明である現在の状況
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 一般的な呼称 | 青酸コーラ無差別殺人事件、青酸コーラ連続殺人事件、毒入りコーラ事件 |
| 発生日 | 1977年1月3日深夜から1月4日 |
| 主な発生場所 | 東京都港区高輪、品川区北品川の品川駅周辺 |
| 死亡者 | 2人 |
| 被害者 | 檜垣明さん(16歳)、菅原博さん(46歳) |
| 毒物 | シアン化ナトリウムとされる青酸化合物 |
| 犯行方法 | 青酸化合物を混入したコーラ瓶を、公衆電話付近などへ放置 |
| ほかの毒入り瓶 | 北品川の商店に設置された赤電話付近で1本を回収 |
| 大阪の事件 | 1977年2月13日、39歳の男性が意識を失ったが回復 |
| 関連が疑われた事件 | 東京駅周辺などで発見された青酸入りチョコレート |
| 逮捕・起訴 | なし |
| 公訴時効 | 1992年1月4日に成立 |
| 現在の状況 | 犯人、動機ともに不明。公訴時効成立済み |
電話ボックスに置かれていたコーラ瓶
最初の被害につながったコーラ瓶は、品川駅近くにあった公衆電話ボックスの床へ置かれていた。1977年1月3日午後11時半ごろ、新幹線の列車食堂で働いていた従業員らが、勤務を終えて宿舎へ戻る途中に瓶を発見する。コーラ瓶には王冠が付いており、一見すると未開封のように見えた。
その場にいた同僚が瓶を拾い、一行の中で最も年少だった檜垣明さんへ渡したとされている。檜垣さんはコーラ瓶を勤務先の宿舎へ持ち帰った。
16歳の高校生・檜垣明さんが死亡
檜垣明さんは京都市に住む高校1年生で、冬休みを利用して列車食堂のアルバイトをしていた。1月4日午前1時ごろ、宿舎で拾ったコーラを飲んだところ、味に異変を感じてすぐに吐き出した。口を水ですすいだものの、間もなく意識を失う。病院へ搬送され、胃洗浄などの処置を受けましたが、救命できなかった。
飲み残された液体から青酸反応が確認され、死因は青酸中毒と判断された。わずかな量を口にしただけでも生命を奪う、強い毒性を持つ物質が混入されていた。
約600メートル離れた路上で2人目の死亡者
同日午前8時15分ごろ、最初の電話ボックスから北へ約600メートル離れた高輪3丁目の路上で、男性が倒れているのを通行人が発見した。男性は作業員の菅原博さんで、当時46歳だった。病院へ搬送されましたが、すでに死亡していた。菅原さんが倒れていた場所の近くから、飲み残しの入ったコーラ瓶が見つかる。
菅原さんの体内と瓶の液体から青酸反応が確認され、警察は檜垣さんの死亡事件と関連する無差別殺人と判断した。2人の間に面識はなく、犯人から個人的な恨みを受けていたことを示す事情も確認されていない。
北品川でも別の青酸入りコーラを回収
警察が品川駅周辺を捜索したところ、北品川の商店に設置された赤電話付近から、別のコーラ瓶が見つかった。この瓶にも王冠が付いており、液体から青酸反応が確認されている。商店の少年は瓶の存在に気付き、用事を終えた後に持ち帰ろうと考えていた。
少年が戻った時には警察が捜索を始めており、瓶は飲まれる前に回収された。犯人が放置したとみられる複数の瓶は、誰が手にするか分からない場所へ置かれていた。
未開封に見える瓶が利用された危険性
当時は、瓶に入った清涼飲料水が広く販売されていた。犯人は瓶を一度開けて毒物を入れ、王冠を再び取り付けたとみられている。王冠が付いていたため、拾った人は誰かの飲み残しではなく、未開封の商品だと受け止める可能性があった。
瓶の中身や外観だけで、毒物が混入されていることを見分けるのは困難だった。事件後、落ちている飲食物を口にしないよう、学校や家庭で注意が呼び掛けられる。
青酸ナトリウムの入手先を追った捜査
事件に使われたとみられるシアン化ナトリウムは、青酸ソーダとも呼ばれる強い毒性を持つ化合物である。当時は金属のメッキ加工など、工業分野で使用されていた。警視庁は約65人の専従捜査員を置き、青酸化合物を扱う工場や事業者を調べた。
コーラ瓶の王冠や製造番号から流通経路を確認し、現場周辺でも大規模な聞き込みを行っている。しかし、当時は毒物の保管や使用履歴が現在ほど厳密に管理されていない事業所もあり、特定の入手元へ絞り込めなかった。
目撃情報は犯人特定につながらず
公衆電話付近では、不審な人物や車を見たという情報が複数寄せられた。最初の瓶が置かれた時間帯についても、周辺住民や電話ボックスの利用者から事情聴取が行われている。一方、瓶を実際に置く場面を明確に目撃した人物はいなかった。
現在のような防犯カメラ網もなく、電話ボックス周辺を移動する犯人の姿や車両を映した記録は残っていない。瓶や王冠から犯人を特定できる指紋なども得られず、捜査は難航した。
大阪で起きた青酸入りコーラ中毒事件
東京の事件から約40日後の1977年2月13日、大阪府藤井寺市でも毒入りコーラとみられる事件が起きた。39歳の男性が、酒店の公衆電話付近に置かれていたコーラ瓶を拾い、勤務先へ持って行った。男性はコーラを飲んだ後に意識がもうろうとなり、病院へ搬送される。その後、意識を回復した。
男性が飲んだとされる瓶の液体からは青酸反応が確認されている。一方、東京と大阪では距離があり、瓶が置かれた経緯にも不明な点が残った。大阪の事件が東京の2人を殺害した人物によるものだったとは、最終的に確認されていない。
青酸入りチョコレート事件との関係
大阪の事件翌日の2月14日、東京駅の八重洲地下街で、大量のチョコレートが入った紙袋が発見された。不審に思った発見者が届け出た後、製造会社による検査で、一部から青酸化合物が確認されたとされている。箱には、日本人を非難する趣旨の短い文言が付けられていたとの報道もある。
同じころ、神田駅で拾ったチョコレートを食べた男性が体調を崩す事案もあった。これらは青酸コーラ事件と関連付けて報道されましたが、同一犯であることを示す決定的な証拠はない。
確認された死亡者は東京の2人
青酸コーラ事件について、死亡者が3人だったとする記述が見られることがある。しかし、他人が放置した青酸入りコーラによって殺害されたと確認されている死亡者は、檜垣明さんと菅原博さんの2人である。大阪でコーラを飲んだ男性は回復しており、東京の青酸入りチョコレートでも死亡者は確認されていない。
後に死亡した関係者の事案を一連の殺人被害へ含める記述もありますが、犯人が直接殺害した被害者として扱うことはできない。
1992年1月、犯人不明のまま公訴時効
事件当時、殺人罪の公訴時効は15年と定められていた。警視庁は青酸の流通経路、瓶の販売地域、目撃情報、不審人物などを調べましたが、逮捕に必要な証拠を得られなかった。1992年1月4日、東京で発生した殺人事件の公訴時効が成立した。
2010年には殺人罪など、人を死亡させた重大犯罪の公訴時効が廃止されている。ただし、法改正前にすでに時効が完成していた本事件を、再び起訴できる状態へ戻すものではない。
青酸コーラ無差別殺人事件の主な時系列
- 1977年1月3日午後11時半ごろ:品川駅近くの電話ボックスでコーラ瓶を発見
- 1月4日午前1時ごろ:檜垣明さんが宿舎でコーラを飲み、意識を失う
- 同日朝:檜垣さんが青酸中毒により死亡
- 午前8時15分ごろ:高輪3丁目の路上で菅原博さんを発見
- 同日:菅原さんの死亡と、近くのコーラ瓶から青酸反応を確認
- 同日:北品川の赤電話付近から別の青酸入りコーラを回収
- 事件後:警視庁が専従捜査員を置き、青酸の入手先や瓶の流通経路を捜査
- 2月13日:大阪府藤井寺市で39歳の男性がコーラを飲んで意識を失うが回復
- 2月14日:東京駅周辺などで青酸入りチョコレートが発見される
- 1992年1月4日:東京の殺人事件で公訴時効が成立
- 2010年4月:殺人罪などの公訴時効が廃止されるが、本事件には適用されず
- 現在:犯人、動機、毒物の入手経路は不明
現在の状況|犯人未特定、公訴時効成立済み
青酸コーラ無差別殺人事件では、犯人として逮捕、起訴された人物はいない。瓶を置いた人物の目撃情報や、青酸ナトリウムの具体的な入手先も特定されなかった。犯行声明はなく、無差別に人を殺害しようとした目的も分かっていない。
大阪の中毒事件や青酸入りチョコレートについても、東京の事件と同じ犯人だったと確定していない。現在の正確な状況は、2人を死亡させた犯人が特定されないまま、公訴時効が成立した未解決事件である。
青酸コーラ無差別殺人事件が残したもの
青酸コーラ無差別殺人事件では、未開封に見える飲料が、誰でも利用できる電話ボックス付近へ置かれた。檜垣明さんは、冬休み中のアルバイトを終えて宿舎へ戻った後、拾ったコーラを口にして命を奪われた。菅原博さんも、同じ地域に置かれた別の瓶を飲んだとみられ、青酸中毒で死亡している。
2人に共通していたのは、犯人との関係ではなく、毒入り瓶を偶然手に取ったことだけだった。事件は、街中に置かれた身近な商品が殺人の道具へ変えられるという恐怖を社会へ広げた。開封の痕跡が分かりやすい容器の必要性が意識され、拾った飲食物を口にしないよう注意する契機の一つにもなった。
毒入り瓶を置いた人物と被害者二人の間に接点は確認されておらず、標的を定めない犯行だった可能性が高いとみられてきた。
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