柴又三丁目女子大生殺人放火事件|A型の血液・黄土色コートの男、30年続く未解決捜査

公開日 2026年2月20日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
1996年
都道府県
東京都
事件分類
放火事件 / 未解決事件 / 殺人事件
事件状況
未解決

1996年9月9日。朝から雨が降り続き、東京は11月初旬並みの肌寒さだった。午後3時50分ごろ、東京都葛飾区柴又3丁目の自宅に残った上智大学4年の小林順子さん(当時21歳)は、その約50分後までの間に刃物で殺害され、住宅に火を放たれた。事件から30年を迎える2026年8月現在も、被疑者は特定されていない。

警視庁が現在公開している手掛かりは少なくない。現場には犯人のものとみられるA型の血液が残り、凶器は刃渡り8センチ以上の小型刃物と推定されている。犯行に使われた布粘着テープ、事件直前に目撃された黄土色のコート姿の男、血痕が付着したマッチ箱なども捜査対象となってきた。それでも、これらを一人の被疑者へ結びつける決定的な情報には至っていない。

発生日1996年9月9日
発生時間帯午後3時50分ごろ~午後4時39分
場所東京都葛飾区柴又3丁目の小林さん宅
被害者小林順子さん(当時21歳、上智大学英語学科4年)
事件殺人・放火
犯人について警視庁が公表する情報男性、犯行時に負傷・出血、血液型A型
凶器の推定刃渡り8センチ以上、刃幅約3センチ、先の尖った片刃
目撃された男黄土色系コート、身長150~160センチ前後
懸賞金公的300万円+私的500万円、最大800万円
現在の募集期間2025年9月9日~2026年9月8日

母親が外出してから119番通報まで、約50分の空白

警視庁が犯行時間帯として示すのは、順子さんの母親が外出した午後3時50分ごろから、火災の119番通報があった午後4時39分までの間である。現場は柴又駅から北西へ約250メートルの住宅街。観光地として知られる柴又の駅東側とは異なり、西側には当時から住宅が密集していた。

順子さんは英語学科4年で、事件の2日後には念願だった米国留学を控えていた。2025年のテレビ朝日取材で父の賢二さんは、順子さんが参考書や日用品を自ら留学先へ送っていたことを明かしている。留学直前という事情は順子さんの当時の生活を示すが、警視庁はそれを犯行動機として公表していない。

小型の片刃と、全国に流通していた高価な布粘着テープ

警視庁は、犯行に使われた刃物について、刃渡り8センチ以上、刃幅約3センチ、先端が尖った片刃と推定する。果物ナイフやペティナイフに近い形状が例示されているが、凶器そのものが押収されたとの発表はない。

もう一つの重要な遺留物が布粘着テープだった。静岡県内の工場で1994年1月以降に製造された製品で、幅50ミリ、長さ25メートル、当時700~800円程度。一般品より高価で、主に梱包用途で売られていた。法人向けだけでなくホームセンターや文具店にも流通しており、購入者を一点に絞れる品物ではなかった。

テープの粘着面には植物片、木片、犬の毛

警視庁の分析では、使用されたテープの粘着面から植物片、木片、犬の毛などが見つかった。これらは犯人の衣服などに付着し、外部から現場へ持ち込まれた可能性があるとされる。

一つ一つは日常環境に存在し得る微細物だが、犯人の生活場所や仕事場、移動経路に結びつく可能性を持つ。警視庁はテープの製造時期や流通経路まで調べたものの、特定の購入者や勤務先へ結びついたとの発表はしていない。

口と手には粘着テープ、足はストッキングで縛られていた

共同通信の事件解説やFNNの資料では、順子さんは口や手を粘着テープで巻かれ、足首はストッキングで縛られていたとされる。犯人は室内にあった物だけではなく、製造時期まで特定された布粘着テープを使用しており、そのテープ自体が捜査資料として長く分析されてきた。

足首に使われた「からげ結び」は、着付けや造園など複数の場面で用いられる結び方と報じられた。職業を一つに絞る証拠ではないが、犯行時の手順を再現し、同様の結び方に慣れた人物を調べる材料となった。

犯人は現場でけがをし、A型の血液を残した

警視庁は犯人を男性とみており、犯行時に何らかのけがをして出血したと公表している。血液型はA型。共同通信の用語解説では、現場の血液から男性のDNA型も検出されたとされる。

DNA型が残っていることは捜査上大きな手掛かりだが、照合対象となる人物がいなければ氏名は自動的には分からない。警視庁は事件当日に刃物傷や切り傷を負っていた人物、事件前後に突然転居した人物、急に仕事を休んだり辞めたりした人物の情報を現在も求めている。

午後3時30分、黒い傘を差していた黄土色コートの男

事件から約24年後の2020年、犯行時間帯に近い新たな目撃情報が警視庁へ寄せられた。目撃時刻は午後3時30分ごろ。事件現場南側の交差点で、黒い傘を差して立つ男を、自転車で通りかかった人物が見ていた。

男は身長150~160センチ程度のやせ型。黄土色っぽい襟付き・フードなしのコートを着ており、体格に合わないほど大きめだった。ズボンは黒っぽいスウェットのようなもの。犯行開始時間とされる午後3時50分より前に、現場近くにいた人物である。

午後3時55分、自宅玄関前で傘も差さずに立つ男

もう一件の目撃は午後3時55分ごろ。男は小林さん宅の玄関前に立ち、表札か2階付近をじっと見ていた。雨天にもかかわらず傘を差していなかった。身長は約160センチ、中肉かやや細身で、黄土色っぽいコートまたはレインコート、黒っぽいズボンを着ていた。

警視庁は、二つの目撃情報について、時間、場所、服装が近いことから同一人物の可能性が高いとみている。ただし、この男が犯人と確定したとの発表はない。2025年には目撃情報を基にした等身大パネルも初めて公開され、当時の通学・通勤者や近隣住民に記憶をたどるよう呼びかけた。

雨と寒さが、二つの目撃証言を結びつける

警視庁が二人の目撃者の男を同一人物の可能性が高いとみる理由には、時間と場所だけでなく服装がある。事件当日は朝から雨で肌寒く、二人とも黄土色系の襟付きコートと黒っぽいズボンの男を見ていた。午後3時30分の男は黒い傘を差していたが、午後3時55分の男は小林さん宅前で傘を差していなかった。

午後3時55分は、警視庁が示す犯行時間帯の中に入る。男は表札か2階付近を見つめていたとされるが、警察はこの目撃人物を被疑者として氏名公表しているわけではない。現在も「このようなコートを着ていた人を1996年当時の写真やアルバムで見てほしい」と情報提供を求めている。

血痕の付いたマッチ箱に残った新たな手掛かり

2025年、テレビ朝日は、現場に残された犯人のものとみられる血痕付きマッチ箱について、新たな分析結果を報じた。箱には軍手や作業用手袋のような模様が付着していたことが分かったという。

一方で、犯人の指紋は見つかっていないと報じられている。手袋の痕跡が、犯行中に着用していたものか、日常的な作業環境で付いたものかは公表されていない。警察は微細な痕跡を再検討しながら、過去の情報提供との照合作業を続けている。

足首を結んだ「からげ結び」も捜査の手掛かりになった

FNNの事件資料では、順子さんの足首はストッキングを使い、「からげ結び」と呼ばれる方法で縛られていたとされる。着物の着付けや造園作業などでも使われる結び方として知られるが、同じ結び方を知る職業や集団は一つではない。

結び方、テープ、刃物、血液、マッチ箱。現場には複数の手掛かりが残った。それでも、その特徴のどれか一つだけで被疑者を特定できるほど限定的ではなく、人物の行動歴や事件当日の動きと組み合わせた裏付けが必要になる。

事件は2010年の公訴時効制度改正後も捜査対象として残った

1996年発生の本件では、かつて殺人罪にも公訴時効が存在した。法務省資料によると、2010年の刑事訴訟法改正で、人を死亡させた罪のうち死刑に当たる殺人などについて公訴時効が廃止され、施行時にまだ時効が完成していない事件にも新制度が適用された。

そのため、本件は発生から30年近くが経過しても、時間の経過だけで刑事責任を追及できなくなる事件ではない。順子さんの父・賢二さんら被害者遺族は、長年にわたって時効制度見直しを求める活動にも参加してきた。現在も亀有警察署に特別捜査本部が置かれている。

捜査は古い証拠を繰り返し見直してきた

事件から長い年月が過ぎても、新しい目撃情報や鑑定結果が加わっている。2020年には、事件当日の午後3時30分ごろに現場南側で男を見たという証言が新たに寄せられた。事件発生から20年以上後の証言でも、既存の目撃情報と服装や位置関係が重なるため、警視庁は独立した手掛かりとして公開した。

2025年には血痕付きマッチ箱の模様や、目撃者の証言を基にした等身大パネルが報じられた。未解決事件では、当時の鑑定で十分に読み取れなかった痕跡を技術の進歩後に調べ直したり、長く話していなかった目撃者から新たな証言を得たりすることで、古い証拠の意味が変わることがある。

最大800万円の懸賞金は2026年9月8日まで

警察庁は2025年9月9日、本件を捜査特別報奨金の対象として改めて公告した。公的報奨金は上限300万円。これに「小林順子さん殺人事件の捜査に協力する会」による私的懸賞金500万円が加わり、検挙や事件解決への寄与度に応じ最大800万円が支払われる。

現在の応募期間は2026年9月8日まで。警視庁は、事件そのものの情報だけでなく、当時けがをしていた人物、不審な男や車、突然の転居・退職などについても情報を求めている。約30年前には意味が分からなかった出来事でも、現在残るDNA型や遺留物と結びつけば捜査を動かす可能性がある。

2022年のテレビ朝日報道は、事件発生から26年間で延べ11万4,000人以上の捜査員が投入されたと伝えている。それでも被疑者特定には至らなかった。人数を重ねても、現場のDNA型と一致する人物、目撃された男、テープやマッチ箱を結びつける裏付けがなければ刑事事件として立件することはできない。

被疑者はまだ逮捕されていない

2026年8月現在、被疑者の逮捕・起訴は公表されていない。犯人の血液型A型、男性DNA型、黄土色のコート姿の男、特徴的な粘着テープなどが公表されていても、特定の人物を犯人と認定する刑事裁判は行われていない。

事件から30年という年月が近づく中でも、警視庁が手掛かりの公開方法を更新しているのは、当時の記憶を持つ人から新しい情報を得るためだ。順子さんが留学へ出発するはずだった1996年9月11日より二日前に止まった時間と、被疑者を追う捜査は今も続いている。

参考資料・出典

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