1994年1月26日、長野県塩尻市の農地から47歳女性の遺体が見つかった。その夜、大阪で自称「犬訓練士」として活動していた上田宜範が逮捕される。2月に入ると、同じ土地からさらに男女4人の遺体が相次いで発見された。5人には、上田と仕事、金銭、犬の繁殖・訓練事業を通じて関わっていたという共通点があった。
食品安全委員会の調査報告書は、警察庁広域重要指定120号事件として、死亡した5人を瀬戸博さん、藤原三平さん、柏井耕さん、高橋サチ子さん、志治信子さんと記録している。殺害時期は1992年6月から1993年10月まで。いずれも筋弛緩剤の塩化スキサメトニウムを注射されて死亡し、遺体は長野県塩尻市の農地へ埋められていた。
事件名の「愛犬家」だけを見ると、犬を飼う人が無差別に狙われた事件のようにも受け取れる。しかし最高裁判決が認定した5件の動機はそれぞれ違う。悪口をめぐる怒り、開業資金の約束、未払いのアルバイト料、繁殖用の犬をめぐる要求、そして別の被害者の遺体を隠していることが発覚する恐れ。犬事業は複数の被害者との接点だったが、殺害理由を一つにまとめることはできない。
| 犯行時期 | 1992年6月~1993年10月 |
|---|---|
| 被害者 | 瀬戸博さん、藤原三平さん、柏井耕さん、高橋サチ子さん、志治信子さん |
| 刑事裁判で認定された死亡者 | 5人 |
| 主な方法 | 筋弛緩剤を注射して殺害し、長野県塩尻市の農地へ遺棄 |
| 上田宜範の逮捕 | 1994年1月26日 |
| 一審 | 1998年3月20日、大阪地裁が死刑 |
| 控訴審 | 2001年3月15日、大阪高裁が控訴棄却 |
| 最高裁 | 2005年12月15日、上告棄却。死刑確定 |
犬の訓練・繁殖事業を通じて広がった人間関係
上田は大阪で犬の訓練に関わり、繁殖施設や関連事業を進める構想を周囲へ話していた。被害者の中には犬を通じて知り合った人物もいれば、以前の職場で知り合った男性もいる。事業をめぐって出資や労務の提供が行われると、上田と相手の間には金銭上の約束も生じた。
最高裁判決を読むと、上田は問題が起きるたびに同じ理由で殺害したのではない。むしろ、自分へ不満や要求を向ける相手との問題を解決せず、その相手を排除する方向へ進んでいる。5人を一人ずつ見ることで、連続殺人の共通構造が見えてくる。
1人目・瀬戸博さん――職場での悪口をめぐる怒り
最初の被害者は、上田の元同僚だった瀬戸博さん(23)。最高裁判決によれば、瀬戸さんから「職場で自分の悪口を言い触らした」と非難されたことなどをきっかけに、上田は瀬戸さんへ憤まんを募らせた。
上田は瀬戸さんを長野県塩尻市の畑地へ誘い込んだ。そこで手足を縛るなどしたうえ、駐車中の車内で筋弛緩剤を注射して殺害した。食品安全委員会の資料では、この殺害は1992年6月とされている。
殺害に使われた塩化スキサメトニウムは、医療現場で筋弛緩に使われる薬剤である。食品安全委員会資料がこの事件を取り上げているのは、本来医療に使われる薬物が犯罪へ転用された事例として整理されたためだ。
2人目・藤原三平さん――自分が約束した開業資金を求められた
藤原三平さん(33)は、上田が店の開業資金を援助するなどと約束していた知人夫婦の夫だった。最高裁によれば、藤原さんから約束を履行するよう求められたが、上田には資金の当てがなかった。
要求を受け続けることを嫌がった上田は、藤原さんを殺害することにした。藤原さんも塩尻市の畑地へ誘い出され、車内で眠っている間に筋弛緩剤を注射され死亡した。
この犯行では、被害者側から突然不当な要求を受けたというより、上田自身が先に資金援助を約束していた事情がある。最高裁が動機に酌量の余地がないと評価した背景には、自ら作った約束を履行できない問題を、相手の殺害で消そうとした経過があった。
3人目・柏井耕さん――未払いのアルバイト料
3人目の柏井耕さんは20歳。上田の仕事を手伝っていた人物で、アルバイト料の支払いを求めていた。最高裁判決は、上田がその支払い要求を煩わしく思い、柏井さんを殺害することにしたと認定している。
柏井さんも塩尻市の畑地へ誘われ、車内で眠っているところへ筋弛緩剤を注射され殺害された。瀬戸さん、藤原さん、柏井さんの3人は、1992年6月から7月の短期間に相次いで死亡した。
柏井さんの母・梅本啓子さんは、後に『息子はもう帰らない! 大阪・愛犬家連続殺人事件13年目の結審』を出版している。東京都立図書館の書誌情報にも残るこの記録は、20歳の息子が突然帰らなくなった家族が、失踪から事件発覚、長期裁判までを追ったものだ。被害者が発見されるまで、家族にとっては「連続殺人の被害者」ではなく、行方が分からない一人の息子だった。
最初の3人は行方不明のまま、1年以上が過ぎる
1992年に3人が殺害されても、すぐに一つの連続殺人事件として発覚したわけではない。上田は遺体を大阪から離れた長野県の農地へ運び、土中へ隠した。三つの失踪は、表面上は別々の行方不明として残った。
この空白が、翌1993年の犯行を可能にした。周囲の複数の人物が姿を消しても、共通する一人の知人と殺害までを結びつけるには、さらに二人の失踪と捜査の進展が必要だった。
4人目・高橋サチ子さん――繁殖用の犬をめぐる資金
4人目の高橋サチ子さん(47)は、犬の繁殖事業を通じて上田と金銭関係を持っていた。最高裁によると、高橋さんは繁殖用の犬を購入するための資金を上田へ渡しており、その犬を入手するよう強く求めるようになった。
上田はその要求に憤激し、1993年10月、大阪府八尾市にあった自宅で高橋さんへ筋弛緩剤を注射して殺害した。遺体はその場に置いたままにはできない。上田は遺体をロッカーへ収め、車で運ぶ準備をした。
当時の『週刊新潮』記事を再編集したデイリー新潮の長期記事では、高橋さんが失踪前に預金を引き出し、上田と接触していた経緯も紹介されている。金銭の動きと最後の接触が、後の捜査で重要な手掛かりとなっていった。
5人目・志治信子さん――車内のロッカーが次の殺害を招く
志治信子さん(47)は、上田が進める犬の繁殖事業へ多額の資金を提供していた。事業が始まらないため、上田に実行を繰り返し求めていたと最高裁は認定している。
1993年10月29日、志治さんは上田の車に同乗した。その荷台には、高橋さんの遺体を収めたロッカーが積まれていた。最高裁判決によれば、志治さんがそのロッカーに関心を示したことで、上田は遺体の存在に気づかれたと思い込んだ。
上田はその場で志治さんを殺害することを決め、大阪市内の路上に停車した車の荷台で、手足を縛るなどしたうえ筋弛緩剤を注射した。5件目は、未払い金や事業上の要求だけでなく、直前に殺害した高橋さんの遺体を隠していることが発覚する恐れが直接のきっかけとなった。
2人の女性が数日の間に失踪し、過去の3人へ捜査がつながる
1993年10月、高橋さんと志治さんという47歳の女性2人が数日の間に相次いで行方不明になった。二人はいずれも上田と犬事業を通じた関係を持っていた。捜査が進むと、上田の周囲では前年にも男性3人が姿を消していたことが分かってくる。
1994年1月26日、長野県塩尻市の農地からまず女性1人の遺体が発見された。同日夜、上田は逮捕される。2月10日と12日には残る4人の遺体も見つかった。別々に見えていた5件の失踪が、同じ土地へ遺棄された連続殺人として結びついた。
捜査段階で上田は5人の殺害や遺体遺棄を認めたとされ、その供述は遺体発見へつながった。だが、裁判になると態度を一変させる。
初公判で全面否認――捜査段階の自白から一転
1994年8月24日の初公判で、上田は5人を知っていること自体は認めたが、自分は殺害も死体遺棄もしていないとして全面的に無罪を主張した。捜査段階で犯行を認めた供述と、公判での全面否認が正面からぶつかることになった。
検察側は、上田の供述だけに依存せず、遺体の発見状況、被害者との金銭関係、最後の接触、薬剤をめぐる事情などを積み上げた。一方、上田側は自白の信用性や犯人性を争った。
5件を一括して審理するため、裁判は長期化した。被害者一人ごとに、接点、動機、殺害場所、遺棄までの経過を検討する必要があったからだ。
大阪地裁が死刑、控訴審も維持
1998年3月20日、大阪地裁は5人の殺人と死体遺棄を認定し、求刑通り上田へ死刑を言い渡した。上田は控訴し、二審でも無罪を主張した。
2001年3月15日、大阪高裁は一審判決を維持して控訴を棄却した。上田はさらに最高裁へ上告する。初公判から最終判断まで、裁判は11年以上に及んだ。
最高裁が5人それぞれの動機を書き分けた
2005年12月15日の最高裁判決は、5人の殺害をひとまとめにせず、被害者ごとの動機を順番に記載している。元同僚から悪口を言い触らしたと責められたこと、開業資金の約束を果たすよう迫られたこと、未払いのアルバイト料を請求されたこと、繁殖用の犬を入手するよう求められたこと、そして別の被害者の遺体を積んだロッカーに気づかれたと思ったこと。
最高裁は、これらの動機・犯行に至る経緯に酌量の余地はないと評価した。1年4か月余りの間に5人を次々に殺害し、自分にとって都合の悪い相手を殺害するという選択を繰り返した点も重く見た。
捜査段階で犯行を認め反省する態度を見せたことなど、上田に有利な事情も考慮された。しかし、5人が死亡した結果、犯行態様、遺族感情、一連の行為の重大性を総合すれば、死刑を選択した一・二審の判断はやむを得ないとした。上告は棄却され、上田の死刑が確定した。
もう1人の殺害自供は立件されていない
事件には、刑事裁判で有罪となった5人とは別に、もう1件の殺害供述がある。CrimeInfoなどの整理によれば、上田は捜査段階で、元パチンコ店員の男性を殺害し、山梨県側の青木ヶ原樹海付近へ遺体を捨てたという趣旨の供述もした。
警察は供述に基づいて捜索したが、遺体は発見されなかった。このため、その1件は起訴されていない。「6人殺害が確定した事件」とするのは正確ではない。刑事裁判で殺人罪が確定した被害者は5人で、別の1件は殺害を自供したものの遺体未発見・未立件の事案として分ける必要がある。
事件名の裏側にある、5人それぞれの生活
事件名には「愛犬家」という言葉が残ったが、被害者5人の立場は同じではなかった。元同僚、開業資金をめぐる知人、アルバイトをしていた20歳の男性、犬の繁殖事業へ資金を出した女性たち。それぞれ別の生活と上田との関係があり、その延長上で姿を消した。
最高裁が5件の動機を一件ずつ書き分けたことには意味がある。「犬をめぐるトラブルで5人を殺害した」と要約するだけでは、上田がどのような場面で殺害を選んだのかが見えない。約束を果たせない、支払いを求められる、事業を進めるよう迫られる、別の殺害が発覚しそうになる。その都度、相手を排除することで問題を消そうとしたことが、連続殺人の共通構造だった。
2005年の死刑確定後
上田宜範の死刑は2005年12月15日の最高裁上告棄却で確定した。2026年8月24日時点で、CrimeInfoの現行リストには上田について死刑執行日や死亡日の記載はなく、死刑確定者として掲載が続いている。
公開情報上、死刑が執行された事実は確認されていない。刑事裁判としては5人の殺人で結論が確定しているが、家族にとっては失踪から遺体発見までの時間、そして10年以上続いた裁判までを含む長い事件だった。
参考資料・出典
- 最高裁判所「平成13(あ)670 殺人、死体遺棄被告事件」
- 食品安全委員会「国内で発生した事故・事例等に関する調査報告書」
- CrimeInfo「死刑確定者 全リスト」
- デイリー新潮「大阪愛犬家連続殺人」第1回
- デイリー新潮「大阪愛犬家連続殺人」第2回
- 東京都立図書館『息子はもう帰らない!』書誌情報
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