2010年6月22日午前7時35分ごろ、広島市南区から安芸郡府中町にまたがるマツダ本社構内で、乗用車が出勤中の従業員を次々にはねた。12人が被害に遭い、浜田博志さん(39)が死亡、11人が負傷した。車を運転していたのは、同社で期間従業員として働いたことのある引寺利明だった。
事件後、引寺は殺人、殺人未遂などで起訴された。裁判では、従業員を狙って車を走らせた行為の殺意に加え、妄想性障害が犯行へ与えた影響と責任能力が争点となった。広島地裁は完全責任能力を認め、検察側の求刑どおり無期懲役を選択。控訴、上告はいずれも被告側から行われ、2013年に無期懲役が確定した。
| 発生日 | 2010年6月22日 |
|---|---|
| 発生時刻 | 午前7時35分ごろ |
| 発生場所 | マツダ本社構内(広島市南区~安芸郡府中町) |
| 被害 | 浜田博志さん(39)が死亡、11人が負傷 |
| 被告人 | 引寺利明(事件当時42歳) |
| 勤務歴 | 2010年3月25日採用、4月14日自己都合退職。実働8日 |
| 一審 | 2012年3月9日、広島地裁が無期懲役 |
| 控訴審 | 2013年3月11日、広島高裁が被告側控訴を棄却 |
| 確定 | 2013年9月24日、最高裁が被告側上告を棄却 |
東正門から北門まで、出勤時間帯の構内を走った
車は宇品東地区の東正門側から入り、工場と本社地区を通って北門方向へ走った。構内では出勤時間帯の従業員が移動しており、その進路上で次々に人がはねられた。会社側の公表では、最終的な被害は死亡1人、負傷11人の計12人だった。
浜田博志さんは搬送されたが死亡した。負傷者数は事件当日の時点では10人とされていたものの、その後さらに1人の負傷が確認され、11人へ訂正された。被害人数をめぐる数字にはこの発表時期の違いがある。
引寺のマツダ勤務は「実働8日」だった
引寺は事件の数年前から長期間マツダ本体で勤務していた人物ではない。2010年3月25日、6か月契約の期間従業員として採用され、研修を経て4月1日から宇品工場のバンパー製造部門で働き始めた。4月14日に「一身上の都合」で退職し、有給休暇を除く実働は8日だった。
捜査段階で引寺は「解雇された」といった趣旨の説明をしていたと伝えられたが、会社側の記録では本人から退職を申し出て受理された経過だった。事件の背景を理解するうえで、本人の認識と雇用上の記録は区別される。
事件当日の朝、乗用車で従業員を狙った
6月22日朝、引寺は乗用車で構内へ進入し、従業員らがいる方向へ走行した。犯行後も構内を走り抜け、北門から外へ出た。車内からは刃物も見つかり、捜査段階では車を止めた後に使う意図があったとの供述も伝えられた。
車で人をはねる行為について、裁判では事故ではなく故意の殺人・殺人未遂として審理された。被害者が特定の個人として選ばれたというより、勤務先に対する敵意が従業員へ向けられた形だった。
午前8時23分、警察が引寺を逮捕
構内を出た後、引寺は自ら110番通報し、午前8時23分に逮捕された。当初は殺人未遂や銃刀法違反などの容疑で捜査が始まり、浜田さんの死亡を受けて7月12日には殺人容疑で再逮捕された。
広島地検は精神状態を調べるため鑑定留置を請求し、約3か月にわたる精神鑑定が行われた。10月29日、引寺は殺人、殺人未遂、銃刀法違反などで起訴される。ここから争点は、犯行事実だけでなく、妄想が刑事責任へどこまで影響したかへ移った。
妄想性障害が認められても、責任能力は別に判断された
裁判では、引寺に妄想性障害があったこと自体が主要な前提となった。引寺は、職場で嫌がらせを受けた、個人情報を漏らされたといった認識を持っていた。しかし、そうした認識が現実に裏づけられていたかと、妄想が責任能力を失わせるほど強く犯行を支配したかは別の問題だった。
弁護側は精神障害の影響を重くみて責任能力を争った。検察側は、犯行に向けた準備や当日の行動、対象を認識しながら車を走らせた経過などから、善悪を判断し行動を制御する能力は保たれていたと主張した。
裁判員裁判で検察側が求めたのは死刑ではなく無期懲役
広島地裁の裁判員裁判で、検察側は無期懲役を求刑した。死亡した被害者が1人である一方、11人を負傷させた多数被害事件であり、強い殺意や危険性、犯行後の態度などが量刑上検討された。
2012年3月9日、広島地裁は求刑どおり無期懲役を言い渡した。判決は妄想性障害が犯行へ影響したことを認めつつも、完全責任能力があったと判断した。死刑が言い渡された事件ではなく、検察側の求刑も一審判決も無期懲役だった。
無期懲役を選んだ広島地裁の判断
一審は、出勤中の従業員がいる構内で車を走らせた犯行の危険性と、1人を死亡させ11人を負傷させた結果を重く評価した。多数の被害者が出た一方で、刑事裁判では死亡者数、精神障害の影響、前科や犯行後の事情などを含めて量刑が決められる。
判決理由では死刑選択の可能性に言及する場面があったが、それは検察側が死刑を求刑したという意味ではない。実際の求刑は無期懲役で、裁判所も同じ刑を選択した。
控訴したのは被告側、広島高裁も無期懲役を維持
一審後、引寺側が控訴した。責任能力の判断や量刑が争われ、弁護側は妄想性障害の影響をより重く評価すべきだと主張した。検察側が死刑を求めて控訴した経過はない。
2013年3月11日、広島高裁は被告側の控訴を棄却した。犯行に妄想性障害の影響があったとしても、それだけで心神耗弱になるわけではなく、完全責任能力を認めた一審判断に不合理はないとした。無期懲役の量刑も維持された。
最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定
引寺側はさらに上告したが、最高裁第二小法廷は2013年9月24日に上告を棄却した。これによって広島地裁の無期懲役判決が確定した。三審を通じ、最終的に維持されたのは殺人1件と複数の殺人未遂などについての完全責任能力と無期懲役だった。
この事件では、勤務歴や求刑をめぐって事実関係が取り違えられやすい。引寺がマツダ本体で実際に勤務したのは8日間で、退職は会社側の記録上は本人都合。刑事裁判では検察側が無期懲役を求め、そのまま無期懲役が確定している。
浜田博志さんの死亡と11人の負傷が残した結果
午前の出勤時間帯に起きた数分間の犯行で、浜田博志さんは39歳で命を奪われ、11人が負傷した。勤務先への不満や妄想を抱いていたことは裁判で検討されたが、判決はそれを刑事責任を免れる理由とはしなかった。
事件の法的な結論は2013年の無期懲役確定である。犯行時の精神障害を認めながら完全責任能力も認めたこと、そして多数の被害を生じさせた車による殺傷をどのように量刑へ反映するかが、裁判の中心となった。
一審では「殺意」「実行行為」「自首」も争われた
2012年1月に始まった裁判員裁判では、責任能力だけが争点だったわけではない。車で従業員をはねた行為に殺意があったか、走行そのものを殺人・殺人未遂の実行行為と評価できるか、事件後の110番通報を刑法上の自首として扱うかも審理された。引寺は起訴内容の一部について記憶がないなどと述べ、検察側と弁護側の見方が分かれた。
犯行後に自ら通報したという事実だけで、当然に法律上の自首が成立するわけではない。捜査機関が犯人を把握していた時点や、通報時の状況などが判断材料になる。裁判所はこうした事情も含めて審理したうえで、最終的な刑を無期懲役とした。
再鑑定を経ても、完全責任能力という結論は変わらなかった
公判前には精神鑑定が複数回行われた。妄想性障害による影響の程度をどう評価するかについて慎重な検討が続いたが、裁判所は、障害が犯行の背景に影響したことと、行為の是非を判断する能力が失われていたことを同一視しなかった。
広島高裁もこの枠組みを維持した。妄想が存在したとしても、犯行には本人の性格や考え方が大きく関わり、完全責任能力を否定するほどではないと判断した。最高裁の上告棄却によって、この責任能力判断と無期懲役が最終的な刑事裁判の結論となった。
参考資料・出典
- マツダ株式会社「マツダ本社構内で発生した暴走事件について」
- J-CASTニュース「マツダ工場11人殺傷の容疑者 秋葉原通り魔事件との共通点」
- 無期懲役判決リスト 2012年(広島地裁判決経過)
- 無期懲役判決リスト 2013年(広島高裁・最高裁経過)
- 47NEWS/共同通信アーカイブ「マツダ事件で無期懲役確定へ」
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
