大口病院連続点滴中毒死事件|患者3人殺害と5件の殺人予備、死刑を回避した無期判決

公開日 2026年2月19日
最終更新 2026年8月1日

2016年9月、横浜市神奈川区の旧大口病院で、入院患者の点滴へ消毒液が混入され、患者3人が中毒死した。病院で勤務していた元看護師の久保木愛弓は、患者の容体が自分の勤務中に急変し、遺族へ説明する状況を避けるため、勤務外の時間に死亡するよう点滴へ薬品を入れたと認定された。

久保木は3件の殺人と、患者へ投与予定の点滴バッグ5個へ消毒液を混ぜた殺人予備で起訴された。検察は死刑を求刑したが、横浜地裁は犯行時の精神状態、動機形成、更生可能性などから無期懲役を選択した。東京高裁も2024年に双方の控訴を棄却し、無期懲役が確定した。

事件名大口病院連続点滴中毒死事件
発覚2016年9月
発生場所横浜市の旧大口病院
被害入院患者3人死亡
加害者久保木愛弓(元看護師)
起訴内容殺人3件、殺人予備5件
確定判決無期懲役

点滴袋の異常から始まった捜査

病院では薬剤を複数職員が扱い、点滴バッグが準備から投与まで別の場所を移動する。誰が触れたかを追える記録、施錠保管、防犯カメラ、勤務交代時の確認が不十分だと、異物混入の時点を特定しにくい。事件後、医療機関では医薬品の管理と不審な死亡の報告体制が見直された。患者の安全を個人の注意だけに依存させない仕組みが必要となった。

2016年9月、使用前の点滴袋に小さな穴や異物が見つかり、病院が警察へ通報した。患者の死亡が多いことだけでは、終末期医療を担う病棟で犯罪を疑う根拠になりにくい。未使用バッグへの混入という客観的な異常が確認されたことで、保管場所へ出入りできた職員、薬剤の種類、過去の死亡患者の検体を調べる捜査が始まった。

2016年9月、入院中の男性患者の容体が点滴後に急変し、死亡した。医師が通常の病状では説明しにくい変化を疑い、点滴袋を調べると泡立ちなどの異常が見つかった。

鑑定で、点滴から界面活性剤を含む消毒液成分が検出された。患者の血液や別の点滴も調べられ、医療事故ではなく、誰かが意図的に薬品を混入した疑いが強まった。

病院は警察へ通報し、病棟を保存して点滴バッグ、薬品、監視記録、勤務表を提出した。外部の侵入者だけでなく、点滴保管場所へ日常的に接近できる職員が捜査対象となった。

相次いだ患者死亡と3件の殺人

捜査は過去の死亡記録を広く調べたが、保存された血液や点滴がない患者では薬物の有無を後から確認できない。久保木被告の供述にも件数や時期が曖昧な部分があり、裏付けのない供述だけで殺人を追加起訴することはできなかった。多数の余罪があるとする表現は、捜査対象と有罪認定を混同するため避けなければならない。

被害者はいずれも治療を受けるため入院し、医療職へ生命を委ねていた。病状が重い患者であっても、自然な経過より早く死亡させる行為は殺人であり、余命の長短によって生命の価値が変わるものではない。裁判では基礎疾患と薬剤投与の影響を鑑定し、消毒液の成分が死亡へ作用したことを個別に認定した。

起訴された殺人は患者3人に対するものであり、病院で亡くなった多数の患者全てが久保木被告によって殺害されたと認定されたわけではない。報道では病棟の死亡数が示されたが、死因、検体の有無、薬剤との因果関係を個別に立証できる事件に限って起訴された。確認できない死亡を余罪として断定しないことが重要である。

捜査では、最初に発覚した患者だけでなく、直前に死亡した別の患者の体内からも同じ消毒液成分が検出された。保存されていた検体や診療記録を調べ、三人の死亡が立件された。

被害者はいずれも高齢で、病状が重い患者を受け入れる病棟に入院していた。病気による自然死が起こり得る環境だったため、薬品混入を示す化学鑑定がなければ犯罪発覚が遅れる可能性があった。

事件当時、病院で多数の患者が死亡していたとの報道があるが、その全員が久保木に殺害されたと裁判で認定されたわけではない。確定した刑事責任は、3人の殺人と5件の殺人予備である。

未使用の点滴バッグ5個への混入

患者へ接続される前の点滴バッグへ消毒液が入れられていた事件は、特定の被害者が死亡していないため殺人ではなく殺人予備として起訴された。誰に使用されるか決まっていないバッグへ混入すれば、勤務交代後に別の看護師が患者へ投与する可能性がある。犯行時に被害者を個別に選ばない手口は、病棟全体へ危険を広げた。

病棟の保管場所から、患者へ使用する予定の複数の点滴バッグにも消毒液が入っていることが分かった。実際に患者へ投与される前に発見されたため死亡結果は生じなかった。

検察は、特定患者が死亡する危険を認識して薬品を混入したとして殺人予備罪を適用した。誰にどのバッグが投与されるか確定していない場合でも、殺害の準備を具体的に進めたかが問題となった。

点滴バッグへ外見上分かりにくい方法で薬品を入れる行為は、病院の安全管理を根本から破壊した。患者や家族は治療のための点滴を拒む理由がなく、医療者への信頼を利用した犯行だった。

久保木愛弓の逮捕と供述

逮捕まで約1年10か月を要したのは、病院職員の中から薬剤を混入した人物を客観証拠で特定する必要があったためである。勤務歴や接触可能性だけで逮捕すれば、医療現場の多数の職員へ誤った疑いを広げる。捜査は点滴袋の鑑定、勤務表、院内の行動、任意聴取を積み重ね、供述を得た後も内容を物証で確認した。

久保木被告は、患者が自分の勤務中に死亡すると遺族への説明が負担になるため、勤務外に死亡するよう薬剤を混入した趣旨を供述した。供述は動機を説明する一方、それだけで各殺人を証明するものではない。薬剤成分、点滴の保管、勤務表、患者の症状と照合され、どの起訴事実に客観的な裏付けがあるかが審理された。

警察は勤務表、病棟内の動線、薬品への接触、関係者の供述を長期間調べた。2018年、当時看護師だった久保木を逮捕し、事情聴取を進めた。

久保木は患者が自分の勤務中に死亡すると、家族への説明や対応をしなければならないことが不安だったと供述した。自分の勤務時間外に死亡するよう、あらかじめ点滴へ消毒液を混ぜたとされた。

患者個人への恨みや金銭目的ではなく、業務上の不安を避けるために患者の生命を奪った動機だった。裁判所は、職場のストレスがあったとしても、患者殺害を選ぶことに酌量の余地は乏しいとした。

責任能力をめぐる精神鑑定

弁護側は、久保木被告の自閉スペクトラム症などの特性が犯行へ大きく影響し、責任能力や量刑で考慮すべきだと主張した。裁判所は、特性が遺族対応への強い不安を形成した可能性を認めながら、薬剤の作用を理解し、発覚しにくい時期と方法を選んでいたことから完全責任能力を認定した。医学的な特性と刑事責任の有無は同一ではない。

久保木は起訴内容を認めたが、弁護側は統合失調症などの影響で心神耗弱だったと主張した。検察側は、犯行方法を選び、勤務時間との関係を計算し、発覚を避けていたことから完全責任能力があるとした。

精神鑑定では、事件当時の症状、対人不安、考え方の偏りが調べられた。診断があることと、善悪を判断できなかったことは同じではなく、具体的な計画と犯行後の対応が重視された。

横浜地裁は完全責任能力を認めた。そのうえで、精神的な問題が動機形成へ影響したことや、治療による変化の可能性を量刑事情として検討した。

死刑求刑に対する無期懲役

検察は死亡3人、殺人予備5件という結果と、医療従事者の立場を利用した点から死刑を求刑した。横浜地裁は完全責任能力を認め、犯行を重大としながら、被告人の発達上の特性、動機形成、反省、更生可能性などを考慮して無期懲役とした。被害者数だけで機械的に刑が決まるのではなく、永山判決で示された複数の量刑要素が検討された。

検察は患者3人を殺害した結果と、医療者としての立場を悪用したことから死刑を求刑した。複数人殺害であり、被害者に抵抗や回避の機会がない点を重く評価した。

2021年11月9日、横浜地裁は無期懲役を言い渡した。完全責任能力を認めながらも、犯行が自己の利益を得るための積極的な殺害とは異なること、精神状態、反省、更生可能性を考慮し、死刑しかないとはしなかった。

被害者数3人で死刑を回避した判断は議論を呼んだ。死刑は人数だけで自動的に決まらず、動機、計画性、前科、犯行後の情状などを総合するという量刑原則が適用された。

2024年控訴審と無期懲役確定

無期判決に対して検察が死刑を求めて控訴したため、控訴審は量刑が軽すぎるかを改めて審理した。東京高裁は、被害結果と医療への信頼を損なった重大性を認めながら、一審が考慮した精神的特性や更生可能性の評価に不合理はないとした。死刑と無期の境界について、被害者数だけでなく犯行形成の事情を検討した結論である。

判決確定後、病院や元職員への民事上の請求、病院運営の検証は刑事裁判とは別に扱われる。刑事裁判が久保木被告の責任を認めても、点滴管理や組織対応に改善点がなかったことにはならない。医療機関は犯罪者がいることを前提とするだけでなく、異常を職員が報告しやすく、薬剤への不正アクセスを早期に発見できる体制を整える必要がある。

東京高裁は一審判決を維持し、死刑を求めた検察側と量刑を争った弁護側の控訴を退けた。最高裁への上告がなく、または上告手続が終了したことで無期懲役が確定した。確定した事実は起訴された3件の殺人と5件の殺人予備であり、病院内の他の死亡について刑事裁判が新たな認定をしたわけではない。

検察側は死刑を求め、弁護側は刑の軽減などを求めて双方が控訴した。東京高裁では、一審が更生可能性と精神的影響を重く見過ぎたかが争われた。

2024年6月19日、東京高裁は双方の控訴を棄却した。一審の量刑判断には合理的な根拠があり、死刑を選択しなかったことが著しく不当とはいえないとした。

双方が上告せず、同年7月に無期懲役が確定した。2026年時点で、久保木の確定判決が取り消された事実はなく、病院で死亡した他の患者を追加起訴したとの公表も確認されていない。

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