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川崎連続通り魔事件|鈴木洋一が川崎市内で女性2人を襲撃し、1人を殺害・1人に重傷を負わせた通り魔事件

事件概要

項目内容
事件名川崎連続通り魔事件(川崎トンネル内女性通り魔殺人事件、梶ケ谷トンネル通り魔事件)
発生日時2006年9月23日、2007年4月5日
発生場所神奈川県川崎市宮前区梶ケ谷周辺
被害者黒沼由理さん(当時27歳)死亡、別の女性1人重傷
犯人鈴木洋一(すずき ひろかず)
犯行種別殺人、殺人未遂
死亡者数1人
判決一審懲役28年、控訴審も維持と報道
動機好みの女性を襲い、苦悶する表情を見たかったという趣旨の供述が報じられている
特徴2006年の未解決通り魔殺人が、別件服役中の自供を契機に約11年後に摘発された連続通り魔事件

事件の注目ポイント

この事件の最大の特徴は、2006年の未解決通り魔殺人と、2007年の刺傷事件が、同一犯による連続犯行として後年結び付いた点にある。2006年事件は長らく未解決のまま推移していたが、鈴木洋一が別件の殺人未遂事件で服役中に警察へはがきを送り、そこから再捜査が進んだと報じられている。いわば、別件収監中の供述が突破口になった長期未解決事件だった。

また、この事件は単発ではなく、2006年の殺人と2007年の殺人未遂が連続している。2007年4月には、2006年の殺害現場から約1.5キロ離れた宮前区内で、帰宅途中の40歳女性が刃物で刺され重傷を負っており、この事件で鈴木は逮捕・起訴され、2009年に懲役10年が確定していた。後になって、この服役中の受刑者が2006年の未解決殺人も自らの犯行だと述べたことで、2事件は「連続通り魔」として理解されるようになった。

裁判で注目されたのは、量刑の重さだけでなく、なぜ11年間も未解決だった事件が、被告の告白によって動いたのかという点でもある。報道では、鈴木が服役中に病気を経験し心境が変化したと語る一方、自分のための告白ではないかとの見方も示されている。事件の残虐性に比べ、判決は死刑や無期懲役ではなく懲役28年にとどまっており、その量刑判断も議論を呼んだ。

事件の発生

最初の事件は 2006年9月23日午前0時ごろ、川崎市宮前区梶ケ谷の通称「梶ケ谷トンネル」で起きた。被害者の黒沼由理さんは当時27歳で、帰宅途中にトンネル内の歩道で刺され、通りかかった会社員に発見された。黒沼さんは右胸と左腹を刺されており、病院へ搬送されたが約2時間後に死亡したと報じられている。

現場となった梶ケ谷トンネルは、車道両側に狭い歩道がある構造で、逃げ場が少ない場所だった。事件後、川崎市は「昨年通り魔殺人事件のあった梶ケ谷トンネル」と明記した資料を出しており、この事件が地域に強い衝撃を与えたことが分かる。

次の事件は 2007年4月5日夜 に発生した。2006年事件の現場から近い宮前区内の路上で、帰宅途中の女性が背中や腰を刺され、重傷を負った。鈴木はこの事件で殺人未遂容疑により逮捕され、その後の裁判で懲役10年が確定している。ここで重要なのは、当初この2007年事件は単独で処理され、2006年事件とは結びついていなかった点である。

犯行状況

2006年事件では、黒沼さんはトンネル南側出口付近まで逃げようとした痕跡があったと報じられている。報道によれば、現場には長い血痕が残っており、刺された後も必死に逃れようとして力尽きた状況がうかがえる。犯行は、通り魔型の突然襲撃だったとみられている。

2007年事件も、見知らぬ女性を刃物で襲う通り魔型の犯行だった。鈴木は後の裁判で、好みの女性を狙い、苦しむ表情を見たかったという趣旨の供述をしたと報じられている。これは金銭目的や怨恨ではなく、性的嗜好と暴力衝動が結びついた連続通り魔として本件が理解される理由でもある。

したがって本件は、単なる「川崎の通り魔事件」ではなく、2006年の致死事件と2007年の重傷事件を一つの連続犯行として見る必要がある事件である。

捜査経過

2006年の黒沼由理さん殺害事件は、約11年間にわたって未解決だった。捜査は続いていたものの、決め手を欠き、地域では長期未解決事件として記憶されていた。これが転機を迎えたのは、別件で服役していた鈴木から警察へ「話したい」趣旨のはがきが送られた後だったと報じられている。

鈴木は、2007年の殺人未遂事件で黒羽刑務所に服役していた。その服役中に2006年事件への関与をほのめかし、任意聴取を経て2017年に2006年の殺人容疑で逮捕されたとされる。つまり本件の解決は、防犯カメラやDNA鑑定のような華々しい決め手ではなく、別件服役者の告白と再捜査の積み上げによって実現した。

この経緯から、本件は長期捜査の代表例としても挙げられている。一般的な通り魔事件は比較的早期に犯人が浮上しやすいが、本件では2006年殺人が長く未解決となり、結果的に「2007年の別事件で服役していた犯人が後に名乗り出る」という極めて異例の形で摘発に至った。

裁判

2019年の横浜地裁公判では、遺族が出廷し、黒沼さんの父親が「被告には極刑を希望します」と訴えたとNHKが報じている。それだけ被害結果と遺族感情は深刻だった。検察側は無期懲役を求刑していた。

一方、2019年12月13日、横浜地裁は鈴木洋一に懲役28年を言い渡した。報道では、この判決は2006年の殺人と2007年の殺人未遂の双方について殺意を認定したうえで、服役中の告白や更生可能性なども考慮したものとされている。無期懲役求刑に対して有期刑の上限に近い28年が選ばれた。

さらに、2020年10月の東京高裁判決では、弁護側控訴が棄却され、一審の懲役28年が維持されたと報じられている。確認できた範囲の公開情報では、少なくとも控訴審までは一審判断が支持されている。

関連事件

川崎市登戸通り魔事件

同じ川崎市内で発生したため混同されやすいが、登戸事件は2019年に多摩区で起きた別事件で、犯人は岩崎隆一である。鈴木洋一の事件とは場所も時期も被害態様も異なる。

関連事件

社会的影響

この事件は、夜道やトンネルの防犯不安を強めただけでなく、長期未解決事件でも、別件から突然解決へ動く可能性があることを示した。川崎市の資料に事件後のトンネル壁画整備が残っていることからも、地域社会がこの事件を長く傷跡として抱えていたことが分かる。

また、量刑面では、1人死亡・1人重傷の連続通り魔に対して無期懲役ではなく懲役28年が選択されたことが議論を呼んだ。被害の重大性から極刑や無期を求める遺族感情が強かった一方、裁判所は自供や更生可能性を一定程度考慮したとみられる。ここに、本件が単なる凶悪事件にとどまらず、通り魔事件の量刑判断を考える事例としても参照される理由がある。