マツダ本社工場連続殺傷事件|元期間従業員が車で工場を暴走し12人を死傷させた事件

公開日 2026年3月16日
最終更新 2026年7月31日

マツダ本社工場連続殺傷事件は、2010年6月22日朝、広島市南区と安芸郡府中町にまたがるマツダ本社工場で、元期間従業員の引寺利明(当時42歳)が乗用車を暴走させ、従業員らを次々と襲った事件である。一方、裁判所は犯行時の完全責任能力を認定。2012年に無期懲役判決が言い渡され、2013年9月、最高裁が上告を棄却したことで無期懲役が確定した。

POINT
この記事でわかること
  • マツダ本社工場で12人が死傷した犯行の経緯
  • 元期間従業員・引寺利明とマツダの雇用関係 「集団ストーカー被害」という主張と裁判所の判断
  • 妄想性障害がありながら完全責任能力が認められた理由
  • 無期懲役判決から最高裁での確定までの裁判経過

マツダ本社工場連続殺傷事件の概要

事件名マツダ本社工場連続殺傷事件
発生日・期間2010年6月22日
発生場所広島県広島市南区・安芸郡府中町のマツダ本社工場
被害死亡者数:浜田博志さん(当時39歳)負傷者11人
被告人等引寺利明(犯行当時42歳)
裁判・捜査状況殺人、殺人未遂、銃刀法違反/2012年3月9日、広島地裁が無期懲役/2013年3月11日、広島高裁が控訴棄却/2013年9月24日、最高裁第二小法廷が上告棄却/無期懲役現在の状況刑事裁判は終結し、無期懲役が確定 2010年6月22日朝、出勤時間帯の工場へ車で侵入 事件が起きたのは2010年6月22日午前7時35分ごろだった。
現在の状況マツダ本社工場連続殺傷事件は、2010年6月22日朝、広島市南区と安芸郡府中町にまたがるマツダ本社工場で、元期間従業員の引寺利明(当時42歳)が乗用車を暴走させ、従業員らを次々と襲った事件である。一方、裁判所は犯行時の完全責任能力を認定。2012年に無期懲役判決が言い渡され、2013年9月、最高裁が上告を棄却したことで無期懲役が確定した。

マツダ本社工場で12人が死傷した犯行の経緯

引寺は乗用車マツダ・ファミリアS-ワゴンを運転し、広島市南区仁保沖町にあるマツダ本社宇品工場の東正門付近へ現れる。東正門前で従業員らが被害に遭った後、引寺は警備員の制止を振り切って工場敷地内へ侵入した。当時はちょうど、夜勤と日勤の従業員が入れ替わる時間帯だった。工場の始業時刻は午前8時15分で、構内には出勤する従業員が多くった。

引寺は人の少ない時間を偶然走ったのではない。裁判でも、従業員が多い時間帯を狙った計画性が重要な事情として扱われた。

宇品工場から本社工場へ約5キロを暴走

引寺の車は宇品工場内を走った後、社内橋の東洋大橋を渡って別の工場地区へ向かった。構内を曲がり、場所を移しながら従業員らに接触。宇品工場だけで犯行を終えず、広島市南区から安芸郡府中町側を含む広大な事業所内を走行した。一連の走行は約10分間、距離にして約5キロに及んだとされている。

最終的な被害者は12人。浜田博志さん(当時39歳)が死亡し、11人が重軽傷を負った。被害者はいずれも男性だった。事件現場ではブレーキ痕がほとんど確認されず、車のフロントガラスやボンネットも大きく損傷していた。単なる構内交通事故ではなく、捜査機関は意図的な連続襲撃として捜査を進める。

死亡したのは39歳の従業員・浜田博志さん

死亡した浜田博志さんは、事件当時39歳だった。浜田さんを含む被害者らは、それぞれ通常の勤務のため工場内にいた従業員である。引寺との個人的なトラブルが原因で狙われたわけではなかった。引寺自身も、捜査段階でマツダ従業員を広く標的とする趣旨の供述をしている。個人的に特定の相手だけを襲った事件ではなく、企業への恨みを無関係の従業員へ向けた無差別性が事件の大きな特徴だった。

被害者12人については、後に工場内で被害に遭ったことから労働災害として認定されている。

犯行後、自ら110番して逮捕された引寺利明

引寺は午前7時45分ごろ、工場の北門から逃走した。その約40分後、工場から離れた場所で自ら110番し、自分が犯行を行ったと申告する趣旨の連絡をした。駆けつけた警察官が引寺の身柄を確保。車内には刃物もあり、午前8時23分ごろ、まず銃刀法違反容疑などで逮捕された。

捜査では、引寺が車だけでなく刃物も準備していたことが判明する。引寺は、車が止まった場合には刃物を使うことを考えていた趣旨の供述もしていた。この点も、突発的な運転事故ではなく、複数の手段を想定した殺傷計画だったことを示す事情として捜査対象となった。

マツダでの実質勤務は短期間だった

引寺は事件当時、一般に「元マツダ期間工」と報じられた。マツダ側の説明によると、引寺は2010年3月に6か月契約の期間社員として採用され、4月1日からバンパー製造業務に従事した。しかし4月14日には退職している。実際に勤務した日数は短く、当時の報道では実質8日間と伝えられた。

事件直後、引寺は「解雇されたため恨みがあった」とする趣旨の説明をしていた。一方、マツダ側は自己都合による退職だったとしている。この食い違いは、後に明らかになる引寺の精神状態と深く関係していた。

「集団ストーカー被害」を主張したが裏付けは確認されなかった

引寺は、マツダで働いていた際に同僚らから嫌がらせを受けたと主張した。具体的には、ロッカーを荒らされた、私生活まで監視された、複数の従業員から「集団ストーカー」行為を受けたといった認識である。しかし、警察の捜査では、引寺が訴えた組織的な嫌がらせを裏付ける事実は確認されなかった。

その後の精神鑑定では、引寺に妄想性障害があるとされる。裁判所も、マツダ従業員から迫害されているという認識について、現実の嫌がらせ被害ではなく妄想の影響を認めた。したがって、本件を「会社で本当に集団いじめを受け、その復讐として起きた事件」と説明するのは正確ではない。

引寺本人は迫害を現実だと信じていた一方、その前提となる集団ストーカー行為は立証されなかった。ここを分けて理解する必要がある。

秋葉原通り魔事件を意識した供述

捜査段階では、2008年に起きた秋葉原通り魔事件を意識していたことを示す供述も報じられた。引寺は「秋葉原のように」とする趣旨の供述をし、マツダ従業員であれば誰でもよかったという内容も伝えられている。秋葉原事件では車両と刃物が使われ、多数の市民が犠牲になった。本件でも、引寺は車で従業員を次々と襲い、車内には刃物を用意していた。

ただし、二つの事件は背景も加害者の精神状態も同一ではない。マツダ事件では、裁判上、妄想性障害と企業への被害妄想が犯行との関係で詳しく審理されている。

精神鑑定後、殺人・殺人未遂罪などで起訴

引寺の刑事裁判で避けて通れなかったのが、責任能力の問題である。広島地検は2010年7月以降、約3か月にわたって精神鑑定を実施した。引寺には妄想性障害が認められたものの、犯行前後には目的に沿った行動を取っており、刑事責任を問えるとの判断が示される。

2010年10月29日、広島地検は引寺を殺人、殺人未遂、銃刀法違反の罪で起訴した。その後も弁護側の求めなどによって精神状態の検討が続き、初公判は事件発生から約1年7か月後の2012年1月となった。

裁判では「殺意」と「完全責任能力」が最大の争点

2012年1月26日、広島地裁で裁判員裁判が始まった。弁護側は、引寺が犯行当時、妄想の強い影響を受けて心神喪失状態だったとして無罪を主張した。さらに、責任能力が認められた場合でも、車を人に衝突させた行為について殺意が認められず、傷害致死などにとどまるとの主張を展開する。

これに対して検察側は、人が多い時間帯を狙い、工場内を走行しながら従業員らを襲った行動などから、殺意と完全責任能力があったと主張した。引寺自身も公判で、マツダ従業員から集団ストーカー行為を受けたという従来の主張を続けた。

広島地裁は「死刑の選択も検討されるべき事案」と指摘

2012年3月9日、広島地裁は引寺に無期懲役を言い渡した。検察側の求刑も無期懲役だった。判決は、引寺が事件当時妄想性障害の影響を受けていたこと自体は認めている。しかし、犯行には引寺自身の悲観的・攻撃的な性格も強く関連していたと判断。妄想によって善悪を判断する能力や行動を制御する能力が失われていたとは認めず、完全責任能力を認定した。

裁判所は犯行について、計画的で非情、極めて危険と厳しく評価し、「死刑の選択も検討されるべき事案」とするほど重大性を指摘した。一方、検察側の求刑は無期懲役であり、最終的な主文も求刑通り無期懲役となった。

広島高裁、最高裁も無期懲役を維持

引寺側は一審判決を不服として控訴した。主な争点は引き続き責任能力である。弁護側は、妄想性障害の影響をより重く評価すべきだとして、一審判決の破棄を求めた。しかし2013年3月11日、広島高裁は、殺意と完全責任能力を認めた一審判断に不合理はないとして控訴を棄却した。

さらに上告しましたが、2013年9月24日、最高裁第二小法廷が上告を棄却。これにより無期懲役判決が確定した。

2010年6月22日事件発生、引寺利明を逮捕
2010年10月29日殺人、殺人未遂、銃刀法違反で起訴
2012年1月26日広島地裁で初公判
2012年3月9日広島地裁が無期懲役判決
2013年3月11日広島高裁が控訴棄却
2013年9月24日最高裁第二小法廷が上告棄却

「精神障害がある=無罪」ではないことを示した責任能力判断

この事件の裁判は、精神障害と刑事責任能力の関係を考えるうえでも重要である。引寺には妄想性障害があると認定された。その妄想は、マツダ従業員から迫害を受けているという犯行動機にも影響していた。しかし刑法上、精神障害が存在するだけで自動的に無罪になるわけではない。

裁判所が判断するのは、犯行当時、善悪を判断する能力や、その判断に従って行動を制御する能力が失われていたのか、著しく低下していたのかという点である。引寺については、犯行時間や方法を選び、車や刃物を準備し、工場内を目的に沿って走行したことなどが検討された。

最終的に裁判所は、妄想性障害の影響を認めながらも、完全責任能力があったと判断した。

マツダ本社工場連続殺傷事件の現在

現在で、本件の刑事裁判はすでに終結している。引寺利明には無期懲役が確定しており、未解決事件ではない。事件をめぐって現在も注意すべきなのは、引寺が主張した「集団ストーカー被害」を事実として扱わないことである。捜査で組織的な嫌がらせは裏付けられず、裁判では妄想性障害との関係が認定された。

一方、精神障害の影響があったからといって責任能力が否定されたわけでもない。三審を通じて、殺意と完全責任能力を認める判断が維持されている。実質的な勤務期間が短かった元従業員が、企業全体から迫害されたという認識を強め、無関係の従業員を広く標的にした。1人が死亡し、11人が重軽傷を負った結果は、企業への恨みが無差別大量殺傷へ転化した事件として現在も重く残っている。

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