2023年5月25日午後4時26分ごろ、長野県中野市江部から「男が女性を刺した」という110番通報が入った。自宅近くで女性2人をナイフで襲った青木政憲は、現場へ駆け付けた中野警察署の警察官2人にも猟銃を発射するなどした。村上幸枝さん(66)、竹内靖子さん(70)、池内卓夫さん(61)、玉井良樹さん(46)の4人が死亡した。
青木は自宅へ入り、猟銃を持ったまま約12時間立てこもった後、翌26日未明に身柄を確保された。2023年11月に殺人などで起訴され、2025年9月から裁判員裁判が始まる。一審最大の争点は刑事責任能力だった。長野地裁は2025年10月14日、完全責任能力を認めて死刑を言い渡したが、弁護側が同月27日に控訴した。2026年5月25日時点でも控訴審の日程は決まっておらず、死刑は確定していない。
| 事件発生 | 2023年5月25日 |
|---|---|
| 場所 | 長野県中野市江部 |
| 被害者 | 村上幸枝さん(66)、竹内靖子さん(70)、池内卓夫さん(61)、玉井良樹さん(46) |
| 被告人 | 青木政憲 |
| 凶器 | ナイフ、ハーフライフル銃 |
| 身柄確保 | 2023年5月26日午前4時37分ごろ |
| 鑑定留置 | 2023年8月~11月 |
| 起訴 | 2023年11月16日、殺人・銃刀法違反など |
| 初公判 | 2025年9月4日、長野地裁 |
| 求刑 | 死刑 |
| 一審 | 2025年10月14日、死刑 |
| 控訴 | 2025年10月27日、弁護側が控訴 |
| 2026年5月25日現在 | 控訴審の日程未定、死刑未確定 |
散歩中の村上幸枝さんと竹内靖子さんを相次いで襲った
事件が始まったのは5月25日午後4時すぎだった。村上幸枝さんと竹内靖子さんは近所を散歩していた。青木は自宅近くで2人に接近し、ナイフで刺すなどした。午後4時26分ごろ、現場を目撃した住民から110番通報が入った。
後の裁判では、青木が事件の約1年前から、2人に「ぼっち」「きもい」などと悪口を言われているという妄想を抱いていたことが審理された。実際に2人がそのような発言をした事実を示す証拠はなく、精神症状と犯行との関係が責任能力の争点へ直結した。
通報で駆け付けた警察官2人も猟銃などで殺害された
通報を受けて中野署地域課の池内卓夫巡査部長と玉井良樹警部補がパトカーで現場へ向かった。青木は2人にハーフライフル銃を発射し、さらにナイフも使用したとして起訴された。4人の被害者はいずれも失血死だったとされる。
池内さんと玉井さんは殉職後、それぞれ2階級特進した。住民2人への襲撃から、救助のため現場に到着した警察官への発砲まで短時間に続いたため、警察は周辺を封鎖し、住民へ屋内退避や避難を呼び掛けた。
猟銃を持ったまま自宅へ入り、約12時間立てこもった
4人を襲った後、青木は自宅へ戻った。住宅には家族がおり、警察は銃を所持した青木への説得と周辺の安全確保を続けた。立てこもりの途中で家族は住宅から脱出し、保護された。
翌26日午前4時37分ごろ、青木が住宅から出てきたため身柄を確保された。最初の通報から約12時間が経過していた。以後、警察は4人それぞれの殺人容疑について逮捕・再逮捕を重ね、使用された猟銃や刃物、事件前の行動などを調べた。
起訴前の精神鑑定を経て、4人への殺人などで起訴された
長野地検は2023年8月から約3か月、青木の刑事責任能力を調べるため鑑定留置を行った。鑑定留置終了後の11月16日、4人に対する殺人と銃刀法違反などで起訴した。
捜査段階では、女性2人について「ぼっちとばかにされた」などと受け取ったことを動機として話したとされる。一方、精神鑑定では妄想性の症状が確認され、公判では、その症状が善悪を判断する能力や行動を制御する能力をどこまで低下させていたかが中心争点となった。
初公判で青木被告は認否を示さず「黙秘します」と述べた
2025年9月4日、長野地裁で裁判員裁判が始まった。青木被告は起訴内容について問われ、「黙秘します」と答えた。被告人質問でも基本的に黙秘を続けたため、事件当時の心理や動機は、捜査段階の供述、家族の証言、精神鑑定、犯行前後の行動などから検討された。
検察側は妄想症があったこと自体は認めつつ、判断能力に問題はなく完全責任能力があったと主張した。弁護側は統合失調症が再燃・悪化した状態にあり、善悪の判断やそれに従って行動する能力が著しく低下した心神耗弱だったとして、死刑回避を求めた。
ナイフの準備や犯行前のメッセージも責任能力判断の材料になった
公判では、青木が事件前にナイフを購入して刃を研いでいたこと、2023年4月に弟へ人を殺す趣旨を含むメッセージを送っていたこと、事件後に遺体を台車で自宅敷地へ運ぼうとした行動などが示された。
検察側は、こうした準備や状況に応じた行動から、妄想があっても現実の状況を理解し、自分の目的に沿って行動できていたと主張した。弁護側は、妄想そのものが犯行を生み、正常な判断を大きく妨げていたとして評価を争った。
10回の公判で精神科医や家族の証言が重ねられた
裁判員裁判は計10回の公判に及び、精神鑑定を担当した医師や家族らが証人として出廷した。診断名だけで結論を出すのではなく、妄想がどのように形成され、犯行の選択や準備、現場での行動へどの程度影響したかが具体的に検討された。
青木被告は被告人質問でほぼ全面的に黙秘したため、法廷では家族とのやり取り、事件前のメッセージ、凶器の準備、犯行中と立てこもり中の行動などが責任能力判断の材料になった。結審時に発言の機会を与えられた際には、異次元の存在から迫害を受けていたという趣旨の話と、被害を受けた人への謝罪を述べた。
検察は死刑を求刑、弁護側は心神耗弱による減刑を求めた
2025年9月24日の論告求刑で、検察側は4人が死亡した結果の重大性、犯行態様、強い殺意などを挙げ、死刑を求刑した。被害者遺族も法廷で意見を述べた。
弁護側は、犯行時には統合失調症の強い影響下にあり、完全責任能力を前提に死刑を選択すべきではないと主張した。実行行為の有無だけでなく、精神疾患が刑事責任と量刑にどの程度影響するかが最後まで争われた。
診断名ではなく、犯行時に判断能力がどこまで保たれていたかが問われた
責任能力の判断では、精神疾患の診断があること自体で刑が軽くなるわけではない。裁判所が検討したのは、犯行当時、行為の善悪を理解し、その理解に従って自分の行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下していたかという点だった。
検察側と弁護側は、青木被告に精神症状が存在したという入口では大きく対立せず、その症状が4人への殺害行為に及ぼした影響の程度で争った。事件前からの準備、標的とした相手、警察官到着後の行動、立てこもり中の対応などが、症状の影響を評価する材料として積み上げられた。
長野地裁は完全責任能力を認め、4人殺害で死刑を選択した
2025年10月14日、長野地裁は青木被告に死刑を言い渡した。判決は、事件当時に完全責任能力があったと認定し、精神症状が犯行へ一定の影響を与えたとしても、善悪の判断能力や行動制御能力が著しく低下していたとは認めなかった。
量刑では4人の生命が奪われた結果、住民2人への襲撃に続いて警察官2人を殺害した経過、凶器の準備などを重視し、死刑を回避すべき事情は見いだせないとした。青木被告の弁護団は10月27日、判決を不服として東京高裁へ控訴した。
一審判決後も遺族は控訴審の開始を待ち続けている
死刑判決から約2週間後に弁護側が控訴したため、事件の司法手続は東京高裁へ移った。女性2人の遺族は、事件から3年となった2026年5月、家族を失った悲しみが続いていることに加え、控訴審が始まらない状況への思いを公表した。
一審判決が死刑であっても、控訴が続いている間は刑は確定しない。遺族が求めているのは、一審判決を前提に結論を急ぐことではなく、控訴審が開始され、改めて適正な司法判断が示されることだった。
2026年8月時点でも死刑は未確定、控訴審開始を待つ段階
事件から3年となった2026年5月25日時点で、控訴審の日程はまだ決まっていなかった。女性2人の遺族も、早期に控訴審が始まり適正な判断が示されることを求めるコメントを公表している。
一審の死刑判決は控訴によって確定していない。2026年8月28日時点では、長野地裁で死刑判決を受け、東京高裁に控訴中という法的状態にある。
事件後、ハーフライフル銃の所持許可基準が厳格化された
青木被告が所持許可を受けていたハーフライフル銃が犯行に使用されたことは、銃規制の見直しにもつながった。警察庁は、この事件で射程距離の長いハーフライフル銃が犯罪に悪用された場合の危険性が明らかになったとしている。
2024年6月に成立した改正銃刀法では、従来はライフル銃以外の猟銃として扱われていた一定のハーフライフル銃について、より厳しいライフル銃の所持許可基準を適用する制度へ変更された。対象は、銃腔に腔旋を有する部分が銃腔全体の5分の1以上となる猟銃で、これまでの分類より厳格な許可要件が課される。
警察は猟銃の所持許可審査で、申請者と同居する親族や近隣住民への聞き取りなどを通じ、他人の生命・身体・財産を害するおそれがないかを確認する運用も続けている。さらに改正法では、許可を受けた猟銃を2年以上用途に使用していない場合、公安委員会が許可取消しなどを行える仕組みも整えられた。事件の刑事裁判は控訴審へ続く一方、銃の許可制度では既に具体的な制度変更が実施されている。
参考資料・出典
- テレビ朝日「長野4人殺害事件で初公判 被告の男『黙秘します』」
- FNNプライムオンライン「青木政憲被告 初公判 責任能力と量刑が争点」
- TBS NEWS DIG「女性や警察官4人を殺害した被告の責任能力は」
- テレビ朝日「長野・中野市4人殺害事件 34歳被告に死刑判決」
- NBS長野放送「死刑判決は不服 被告側の控訴を受け遺族コメント」
- NBS長野放送「長野4人殺害事件から3年 控訴審の日程は未定」
- 共同通信・熊本日日新聞「長野4人殺害から3年で追悼」
- 警察庁「銃砲による凶悪事件を踏まえた規制の強化と警察の取組」
- 警察庁「2024年6月 銃刀法が改正されました」
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