2025年3月11日午前、東京・高田馬場の路上で、ライブ配信をしていた佐藤愛里さん(22)が突然襲われた。佐藤さんは山手線沿線を歩きながら配信する企画の途中で、視聴者が見ているスマートフォンの前で事件が起きた。
逮捕された高野健一は、以前から佐藤さんの配信を見ていた人物だった。二人の間には約255万円の貸金をめぐる民事上の争いがあり、高野は返還を求めて裁判手続まで取っていた。
2026年7月、東京地裁は高野に懲役16年を言い渡した。判決は金銭トラブルの経緯を量刑上考慮しながらも、佐藤さんの首などを少なくとも55回刺す・切る行為や、犯行後の行動から殺意は強固だったと認定している。
| 事件名 | 東京・高田馬場ライバー女性刺殺事件 |
|---|---|
| 発生日 | 2025年3月11日 |
| 場所 | 東京都新宿区高田馬場の路上 |
| 被害者 | 佐藤愛里さん(22) |
| 被告人 | 高野健一 |
| 背景 | 約255万円の貸金をめぐる民事上の争い |
| 主な罪 | 殺人罪など |
| 刺突・切創 | 少なくとも55回 |
| 検察求刑 | 懲役20年 |
| 弁護側意見 | 懲役9年が相当 |
| 一審 | 2026年7月15日 東京地裁・懲役16年 |
山手線沿線を歩くライブ配信中に待ち伏せされた
事件当日、佐藤さんは山手線沿線を歩いて回る趣旨のライブ配信をしていた。配信予定は事前に告知され、当日の映像からも現在地を推測できる状態だった。
高野は配信情報を手掛かりに佐藤さんを探し、高田馬場で待ち伏せした。午前9時50分ごろ、路上を歩いていた佐藤さんへ接近し、刃物で襲った。ライブ配信という公開された情報が、被害者の現在地を特定する手段として使われた事件だった。
高野は2021年末ごろから佐藤さんの配信を見ていた
高野が佐藤さんの配信を見始めたのは2021年12月ごろとされる。配信サービスでは合計163万円を超える「投げ銭」を行い、その後、佐藤さんから生活費などとして金を貸してほしいと頼まれるようになった。
貸し付けは短期間に重なり、総額は約255万円に達した。高野は自分の貯金だけで足りず、消費者金融から借りた金も渡していたと法廷で明らかになっている。投げ銭として支出した金と、返済を前提に貸した金は別の性質を持つ。
返済されたのは約3万円、民事訴訟でも回収できなかった
高野が貸したとする約255万円に対し、返済されたのは約3万円だった。高野は返還を求め、2023年には民事訴訟を起こした。裁判で請求が認められても、実際の回収には結びつかなかった。
高野は佐藤さんの収入を差し押さえようとするなど法的手段を続けたが、金を取り戻せない状態が長期化した。一方、佐藤さんは配信活動を続けており、高野はその状況への不満と怒りを強めていった。
口座差押えで確認できた残高は約160円だった
高野は民事訴訟だけで終わらず、債権回収のため佐藤さん名義の口座を差し押さえた。しかし、法廷で示された経過では、対象口座に残っていたのは約160円だった。判決で返済を求めても、実際に金を回収できるとは限らない状況が続いた。
高野は貸付金を工面する過程で貯金を使い果たし、消費者金融への返済も抱えていた。裁判所が後に「心理的に追い詰められた」と評価したのは、単に交際や配信をめぐって感情的になったという事情ではなく、貸金回収の法的手段まで取ってなお回収できなかった経過を含んでいる。
事件の約1年前には「復讐だけしたい」と知人へ送っていた
高野の怒りは事件当日に突然生じたものではなかった。検察側の証拠では、2024年初めごろ、知人へのメッセージで、金が返らないなら「復讐だけしたい方向になった」という趣旨の言葉を送っていた。
さらに2023年、返済を求める民事訴訟を起こしたころにはインターネットでナイフを購入し、事件前日の2025年3月10日には佐藤さんの配信企画を知って2本の刃物を持って上京した。長期間の不満が、具体的な準備を伴う行動へ変わった過程が公判で示された。
事件当日は2本の刃物を持って佐藤さんを探した
検察側は、高野が犯行当日に2本の刃物を持ち、佐藤さんの配信を利用して居場所を突き止め、待ち伏せしたと主張した。偶然街中で出会い、その場で口論になった末の犯行ではない。
裁判では、高野がどの段階で殺意を抱いたのかが争点になった。高野自身は、金銭問題を世間に知らしめ、佐藤さんに訴訟を起こさせる状況を作るため傷つけようと思ったなどと述べ、最初から殺すつもりだったことは否定した。
少なくとも55回の刺突・切創、首の傷は頸動脈まで達した
判決が認定した犯行態様は極めて執拗だった。佐藤さんの身体には、少なくとも55回の刺突・切創があり、首に加えられた一撃は頸動脈に達するほど強いものだった。
東京地裁は、攻撃した回数、刃物を向けた部位、力の強さを踏まえ、殺意は強固だったと判断した。被告人が「殺すつもりではなかった」と述べたことだけで、客観的な犯行態様から認められる殺意が否定されることはなかった。
配信中のスマートフォンを拾い、佐藤さんの顔を映した
佐藤さんの声が聞こえなくなった後、高野は配信に使われていたスマートフォンを拾い、倒れている佐藤さんの顔を撮影した。さらに頭部を蹴り、「死んでますかね」などと話したことも判決で問題とされた。
東京地裁は、この行為を被害者の尊厳を踏みにじるものとして厳しく評価した。殺害行為だけでなく、佐藤さんが抵抗できなくなった後に配信を利用して見せつけるような行動を取ったことも量刑判断に含められた。
当初は殺人未遂容疑で逮捕、その後に殺人事件として捜査
佐藤さんは搬送後に死亡が確認された。高野は現場付近で確保され、当初は殺人未遂容疑で逮捕されたが、被害者の死亡を受けて殺人事件として捜査が進められた。
刑事責任能力を調べるための鑑定留置を経て、2025年5月29日に殺人罪などで起訴された。捜査段階では殺意を否定する趣旨の供述も伝えられていたが、裁判では起訴内容そのものは認めたうえで、殺意の強さや量刑が争われた。
佐藤さんの母親は厳しい処罰を求めた
裁判では遺族の言葉も証拠として示された。佐藤さんの母親は、娘が借金を返していなかったのであれば「それは悪いこと」としながらも、なぜ命まで奪ったのか、別の方法はなかったのかという趣旨を述べ、厳しい処罰を求めた。
この言葉は、貸金問題と殺人を同じ次元で扱わないという事件の核心を示している。民事上の返済義務があったとしても、その解決手段は裁判や強制執行であり、相手の生命を奪うこととは切り離される。
2026年7月の初公判で起訴内容を認め、謝罪した
2026年7月1日、東京地裁で裁判員裁判の初公判が開かれた。高野は起訴内容について認め、佐藤さんと遺族に謝罪する言葉を述べた。
一方で弁護側は、事件の背景に返済されない貸金があったこと、高野が法的手段を尽くしていたことを量刑上重視するよう求めた。検察側は、待ち伏せと多数回の攻撃から悪質性が高いとして懲役20年を求刑した。
弁護側はASDの特性も主張し、懲役9年が相当とした
弁護側は、高野に自閉スペクトラム症(ASD)の特性があり、怒りや行動への歯止めを弱めたとして刑を軽くする事情になると主張した。最終的に懲役9年が相当だと求めている。
東京地裁は、この特性が犯行に一定の影響を与えた可能性を検討しながらも、重大な減軽事情とはしなかった。判決では、同様の特性がなくても、長期間の怒りが高まれば行動への歯止めが利かなくなることはあり得るとして、弁護側の評価を退けた。
裁判所は貸金問題の経緯を、犯行動機の形成事情として考慮した
量刑で特徴的だったのは、裁判所が佐藤さん側の金銭の受け取り方や返済対応にも言及した点である。判決は、佐藤さんが高野から金を借り、収入を隠すなどして返済を免れようとした経過を「詐欺的な手口」と表現した。
高野は生活資金まで貸し、消費者金融から借金を負ったうえ、民事手続を使って返済を求めても回収できなかった。裁判所は、この経緯について犯行動機が形成された背景として一定の同情の余地があると評価した。
金銭トラブルがあっても、暴力を正当化する事情にはならない
一方、貸金をめぐる問題が殺人を正当化したわけではない。東京地裁は、多数回の攻撃による身体的苦痛、強固な殺意、犯行後に被害者を撮影して尊厳を傷つけた行為を重く見ている。
判決は、被害者側の対応と被告人の殺害行為を別々に評価した。返済を受けられず怒りを募らせた経緯は量刑事情の一つだが、それでも刃物を準備し、居場所を特定して待ち伏せし、生命を奪った責任は重大だという判断だった。
検察側は、佐藤さんが「やめて」と訴えても攻撃を続けた点も悪質性の根拠に挙げた。裁判員裁判では、貸金問題への不満がどこまで量刑を左右するかだけでなく、犯行時に被害者の制止を無視して攻撃を継続した事実が重く検討された。
2026年7月15日、東京地裁が懲役16年を言い渡した
東京地裁は2026年7月15日、高野に懲役16年を言い渡した。検察の求刑20年より4年短く、弁護側が求めた9年よりは大幅に長い量刑だった。
裁判所は、金銭問題が一方的に高野の側だけから生じたものではないことを考慮しながら、犯行自体は強固な殺意に基づく悪質な殺人と評価した。公開された判決報道で確認できる司法判断は、この東京地裁の一審判決である。
参考資料・出典
- テレビ朝日「ライブ配信中の22歳女性を殺害 ファン一転『復讐したい』44歳被告男」
- テレビ朝日「高田馬場“配信女性”殺害 44歳男に懲役16年」
- テレビ朝日「“ライバー女性”殺害事件 判決で明らかになった55回以上の刺突・切創」
- テレビ朝日「高田馬場ライバー女性殺害 初公判」
- テレビ朝日「被告人質問 高田馬場ライバー女性殺害」
- 共同通信配信「高田馬場女性殺害、懲役16年」
- 共同通信配信「ライブ配信女性殺害、弁護側は懲役9年を求刑」
- 北國新聞「高田馬場の女性殺害、男を起訴」
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
