1994年4月26日午後8時16分ごろ、台湾から名古屋空港へ向かっていた中華航空140便が滑走路付近に墜落した。乗っていた271人のうち264人が死亡し、生存した7人も重傷を負った。
事故調査では、操縦士が意図した下降と自動飛行装置の制御が食い違い、機体が急上昇して失速した経過が解明された。機械が故障したという一言だけで説明できるものではなく、操縦操作と機体の設計・訓練が複合した事故だった。
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| 発生日 | 1994年4月26日 |
|---|---|
| 場所 | 愛知県・名古屋空港の滑走路34付近の着陸帯 |
| 主な被害 | 264人死亡・7人重傷 |
| 裁判・調査 | 1996年、事故調査報告書公表 |
1994年4月26日、台北発の旅客機が名古屋へ
中華航空140便は台湾の台北から名古屋空港へ向かっていた。使用機材はエアバスA300B4-622R型で、乗客256人と乗組員15人、計271人が搭乗していた。
飛行は進入段階まで大きな異常なく進み、副操縦士が手動で滑走路34への計器着陸進入を行っていた。高度約1000フィートで副操縦士が推力レバーの復行用GOレバーを意図せず作動させたことから、自動推力制御が着陸復行モードに切り替わった。
着陸進入中に作動した復行モード
GOレバーの作動でエンジン推力が増し、機体は予定の降下経路より高くなった。機長はこれに気付き、副操縦士へ復行モードを解除して降下経路へ戻すよう指示したが、その後、副操縦士が自動操縦装置を作動させた際にも復行モードが引き継がれた。
副操縦士は操縦桿を前に押して機首を下げようとした。一方、自動操縦装置は復行モードに従い水平安定板を機首上げ方向へ動かし続けた。手で操作する昇降舵と、自動で動く水平安定板が正反対の指令を出す状態になった。
自動操縦と手動操縦が相反する方向へ働いた
自動操縦が作動している間、水平安定板の位置が機首上げ方向へ変化した。一方で操縦士は操縦桿を前に押して機首を下げようとしたため、相反する制御が積み重なった。
副操縦士は操縦桿のトリムスイッチも試したが、自動操縦中はその操作が水平安定板に反映されない仕組みだった。約30秒の相反する操作で水平安定板は機首上げ側の限界に達し、自動操縦を解除してもその位置が残った。乗員は機首上げ方向への強い力が残っていることを十分に把握できなかった。
急上昇から失速、地上への墜落
機長が復行操作を試みる過程で、機体はさらに大きな機首上げ姿勢となった。上昇によって速度を失い、やがて失速して墜落した。
機体は名古屋空港の着陸帯内へ落下し、火災が発生した。事故発生は日本時間の20時16分ごろとされる。
271人中264人が死亡した
運輸安全委員会の事故情報によると、乗客256人、乗組員15人のうち、乗客249人と乗組員15人の計264人が死亡した。助かった乗客7人も重傷を負った。
この数字は事故の直後の速報ではなく、最終的に整理された搭乗者数と死傷者数を示すものだ。搭乗者全員が亡くなった事故ではなかったことにも注意が必要となる。
1996年に事故調査報告書が公表
日本の航空事故調査委員会は事故を調査し、1996年7月19日に報告書を公表した。操作や訓練だけでなく、自動飛行装置の制御の仕方とシステムの設計も検討対象となった。
米国の連邦航空局も、着陸復行モードと操縦士の操作の競合が失速に至った経過を事故の教訓としてまとめている。人的な操作と機体の技術的特性の双方が関係した。
操作ミスだけでは説明できない安全上の問題
機体が操縦士の意図に沿わない状態になったとき、その理由を乗員がすぐに認識し、適切に対応できる情報や訓練が必要となる。事故では、危険なトリム状態や自動制御の理解不足が問題になった。
過去の類似事象や改修の優先順位も検証の対象となり、航空機の安全性が操縦者個人の技量だけで決まるものではないことを示した。
操縦士が下げようとした機首は、なぜ上がったのか
副操縦士は機体を適切な降下経路へ戻そうと操縦桿を押した。しかし、復行モードで動作していた自動飛行装置は、水平安定板を機首上げ方向に動かしていた。互いに反対方向の操作が続き、操縦士が想定しないトリム状態になった。
この仕組みを理解すると、単に「操縦士が誤操作した」という説明では事故の経過が捉えきれない。自動制御装置の動作がどこまで乗員に分かりやすく伝わるかも、事故の重要な要素だった。
失速が起きるまでの時間
急な機首上げ姿勢では飛行機の速度が失われ、翼が揚力を維持できなくなる。事故機は急上昇の過程で速度を失い、失速に至った。
乗員は回復を試みたが、航空機は地上に墜落した。こうした事態はほんの短い時間に進行するため、モードの誤認を早く発見し、適切な操作へ移れる訓練と警報が重要になる。
事故前年の改修勧告は機体に反映されていなかった
エアバスは1993年6月、復行モード中でも高度400フィート以上で操縦桿に一定以上の力が掛かれば自動操縦を解除する改修案をサービス・ブリテン「A300-22-6021」で示していた。以前から、自動操縦装置と操縦士の機首操作が競合する事象が報告されていたためだ。
ただし、この改修は当時、航空当局が実施を義務付ける耐空性改善通報ではなく、メーカーの推奨にとどまっていた。中華航空は別の整備機会まで実施を先送りし、事故機には適用されていなかった。事故後の教訓は、操縦士の操作だけでなく、設計上の危険を現場へ伝え、改修を実施する仕組みにも及んだ。
遺族の声と事故後の航空安全
国土交通省は後年、事故遺族への聞き取りを通じて、事故後の情報提供や遺族支援についても検証した。多数の死者を出した事故の影響は、原因究明を終えても長く続く。
1994年の墜落を理解するには、着陸直前の操作、機体の自動制御、教育・改修、被害者と遺族への対応を一つの流れとして捉えることが必要になる。
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参考資料・出典
航空事故調査委員会「航空事故調査報告書96-5・中華航空140便」
米国連邦航空局「China Airlines Flight 140」
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