久留米看護師連続保険金殺人事件|架空人物で3人を支配し、夫2人を保険金目的で殺害

公開日 2026年3月5日
最終更新 2026年7月31日
カテゴリー 1990年代 死刑

久留米看護師連続保険金殺人事件は、1998年と1999年、看護師資格を持つ女性4人が共謀し、仲間2人の夫を生命保険金目的で殺害した事件である。中心となった吉田純子は、堤美由紀、池上和子、石井ヒト美との信頼関係へ架空の人物と虚偽の要求を持ち込み、金銭だけでなく、家事や育児、家族との関係にまで指示を及ぼしていた。

殺害では、催眠作用のある薬物で被害者を昏睡状態にし、静脈への空気注入や、医療用チューブを使った大量の洋酒の注入が行われた。いずれも病死に見せかけるため、看護師として得た知識と器具が使われている。一度で死亡しなかった被害者への行為を日を改めて続けるなど、犯行は長時間に及び、裁判所は執拗で残虐、非道なものだったと認定した。

吉田には死刑、堤には無期懲役、石井には懲役17年が確定した。池上は一審公判中の2004年に死亡し、公訴棄却となった。吉田の上告は2010年3月18日に最高裁で棄却され、2016年3月25日、福岡拘置所で死刑が執行されている。

POINT
この記事でわかること
  • 吉田純子が架空人物と虚偽を使い、3人との上下関係を作った経過
  • 1998年と1999年の保険金殺人で使われた計画と犯行方法
  • 堤の母親への強盗殺人未遂と、石井の自首による事件発覚
  • 吉田を首謀者と認定した裁判と、4人に分かれた刑事処分
事件名久留米看護師連続保険金殺人事件
主な犯行期間1998年1月から2000年5月
主な発生場所福岡県久留米市、大川市など
関係した人物吉田純子、堤美由紀、池上和子、石井ヒト美
死亡被害者池上の夫と石井の夫の2人
主な罪名殺人、詐欺、住居侵入、強盗殺人未遂、脅迫
詐取した死亡保険金合計6700万円余り
事件発覚2001年8月、石井が夫の殺害を自首
吉田純子死刑。2016年3月25日に執行
堤美由紀無期懲役確定
石井ヒト美懲役17年確定
池上和子一審公判中に死亡し、公訴棄却

架空の「先生」と側近を作り、現実の出来事へ虚偽を重ねた

吉田と堤、池上、石井は、看護学校や勤務先を通じてつながりを持っていた。4人が最初から保険金殺人を目的とする対等な集団を作ったわけではない。裁判で認定されたのは、3人が吉田へ寄せていた信頼を利用し、吉田が長い時間をかけて自分を中心とする関係へ変えていった経過だった。

吉田は1992年ごろから、強い権力を持つ「先生」と、その周囲で動く側近が実在するという話を始めた。検察上層部とも関係があり、情報収集や問題処理を行う集団が自分たちを助けているという内容で、実際には存在しない人物からの手紙を置き、知り得た預金残高を「調査の結果」として示すこともあった。

虚偽は、荒唐無稽な話を一度聞かせただけではなかった。相手が抱えていた悩み、借金、夫婦関係、勤務先で起きた出来事を材料にし、架空人物が問題を解決したため経費が必要だと説明した。吉田を信頼していた3人は、直接確かめられない第三者からの命令として金銭を要求され、拒めば自分や家族へ不利益が及ぶと考えるようになった。

金銭の要求は、反省文、家事、家族との分断へ広がった

吉田が作った関係は、金を受け取るだけでは終わらなかった。池上は夫の死亡保険金のうち約3450万円を吉田へ渡し、その後も消費者金融から借りながら、最終的に1億円を超える金を支払ったと認定されている。食費を切り詰めながら働き、吉田の家族の送迎、買い物、ごみ出し、介護などを行い、毎日の反省文も書かされていた。

石井も、夫の死亡保険金約3200万円と死亡退職金を渡し、親族や消費者金融から借金をして、6000万円を超える金を吉田へ支払った。堤、池上、石井はいずれも、自分が吉田を助けているのではなく、吉田を通じて架空人物の恩義へ報いている、または要求へ従わなければならないと考えさせられていた。

裁判所は、3人が虚偽を信じたことだけを理由に責任がなくなるとは認めていない。夫や親族を殺害する決断は、それぞれが越えてはならない一線を自ら越えたものだった。一方で、吉田が経済的、精神的に追い込み、虚偽の理由を作って殺意を導き出し、具体的な計画へ引き入れたことも、共犯者間の刑を判断する重要な事情となった。

1998年、妻への信頼を利用して夫を昏睡させた

最初の殺害対象となったのは池上の夫で、当時39歳だった。吉田は夫への嫌悪だけでなく、池上自身の手で夫を殺害させ、夫殺しの罪を背負わせて一生苦しめるという意図を持っていたと認定された。さらに生命保険金の存在を知り、病死として扱われれば発覚しないと考えた。

吉田らは、看護師として得た知識を持ち寄り、自然死に見える方法を検討した。薬剤を長期間摂取させる案から、注射器を使う方法へ移り、勤務先の病院から薬剤や注射器を持ち出した。殺害後にどのように振る舞うかまで打ち合わせており、裁判所は計画性が極めて高かったと評価している。

1998年1月21日、池上は夫が入浴している間に、催眠作用のある薬物を混ぜたビールを準備した。妻から渡された飲み物を疑わずに口にした夫が昏睡すると、薬液の注射と静脈への空気注入が始まった。夫は血管の痛みで声を上げ、咳き込みながら何度も半ば意識を取り戻したが、注入は続けられた。

一度で死亡しなかったため、二日後に同じ計画を続行した

最初の実行では時間がかかり、その日のうちに殺害することが難しいと判断されて中断した。しかし、中止されたのはその場の行為だけであり、夫を殺害する計画は撤回されなかった。吉田らは、同月23日深夜に再び実行することを決めた。

池上は再び薬物を混ぜた飲食物を夫へ与えた。気分が悪いと訴えて目を覚ましかけた夫に対しては、いたわるように装いながら、さらに薬物を混ぜた飲み物を口にさせた。池上が途中で吉田のもとへ行き、殺害の中止を期待する様子を見せると、吉田は早く実行するよう強く迫った。

池上は自宅へ戻り、うめき声を上げる夫の静脈へ空気を繰り返し注入した。吉田は別の共犯者にも空気を注入するよう指示し、夫は搬送先の病院で空気塞栓により死亡した。痛みや苦しみを目の前にし、一度は犯行を中断する機会もあった。それでも日を改めて続行したところに、計画の強固さと被害者の生命を顧みない残虐性が表れている。

夫には幼い3人の娘がいた。父親を突然失っただけでなく、後に母親が殺害へ関与していたことを知る立場に置かれた。支払われた保険金のほとんどは吉田のものとなり、被害者の子どもたちの生活を支えるために残されたわけではなかった。

2人目では、病院へ搬送した後に死亡させる計画へ変えた

2人目の対象は、石井と別居していた夫で、当時44歳だった。吉田らは最初の事件で遺体が司法解剖されそうになった経験を踏まえ、次は心臓が動いている状態で病院へ運び、搬送後に死亡させることで病死と扱わせようとした。前の殺害で発覚しかけた点を、犯行をやめる理由ではなく、次の計画を精密にする材料として使っていた。

1999年3月27日、石井は子どもの用事を装って夫を自宅へ呼び、催眠作用のある薬物を混ぜたカレーと洋酒を口にさせた。夫が昏睡すると、吉田らが室内へ入り、鼻から胃へ医療用チューブを通した。注射器をチューブへ接続して大量の洋酒を注入し、薬液や水、静脈への空気注入も重ねた。

吉田も実行行為の一部を担い、他の共犯者へ具体的な指示を出した。空気がレントゲン画像に写る可能性を指摘されると、それ以上の注入は控えられ、被害者が十分に衰弱したと判断した時点で行為を終えた。夫は病院へ搬送された後、翌28日、誤嚥性肺炎による呼吸障害で死亡した。

室内では、病気の人を救う医療処置に似た手順が、人を死なせるために進められた。呼吸と循環へ影響する薬剤や器具の知識は、救命ではなく、死亡時刻と死因を偽装するために使われている。最高裁は、周到な準備のもとで行われた殺害方法を、執拗で残虐、非道なものと評価した。

2人を殺害した後、堤の母親から通帳と印鑑を奪おうとした

2件の殺人と保険金詐欺を終えた後も、犯罪は止まらなかった。吉田はマンション購入費用などを得る目的と、親しい関係にあった堤を家族から引き離す目的から、堤の母親を殺害して預金通帳と印鑑を奪う計画を立てた。

2000年5月、石井と池上は堤の母親宅へ向かい、石井が室内へ侵入してインスリン製剤を注射した。母親は昏睡状態に陥ったが、目を覚まして屋外へ逃げ出したため、殺害と通帳の強奪は未遂に終わった。吉田は現場へ行かなかったものの、犯行前後に電話で報告を受け、行動を確認していた。

被害女性は事件後も恐怖に悩まされた。一方、吉田は失敗後、堤と家族が互いを非難しているように見える偽の手紙を作り、両者を絶縁させた。殺害が失敗しても、被害者への責任や共犯者の苦痛へ向き合わず、家族関係を切断して自分の影響下へ残そうとする工作を続けていた。

石井が離れようとすると、脅迫して警察への申告を止めようとした

石井は夫の殺害後、保険金や退職金を吉田へ渡し、借金を重ねながら指示に従っていた。しかし、強圧的な言動へ耐えられなくなり、吉田のもとを離れて警察へ相談する意思を示した。吉田は、夫殺害まで申告されれば一連の犯罪が明らかになると察知した。

そこで吉田は池上と共謀し、石井へ脅迫文を2度読ませて翻意させようとした。自分が長年作り上げた恐怖と秘密を、最後まで口を封じるために利用したのである。それでも石井は2001年8月、夫殺害について警察へ自首した。

裁判所は、石井の行動がなければ、夫2人の死亡は病死として扱われたまま、堤の母親への事件も犯人不明の傷害事件にとどまった可能性を指摘した。自首は石井自身の重大な刑事責任を消すものではないが、密室化していた関係を外部へ開き、一連の犯行を捜査へつなげた転換点となった。

裁判所は、吉田が3人を利用した首謀者だったと認定した

吉田側は、自分が他の共犯者へ従属して犯行へ加わったのであり、首謀者ではないと主張した。しかし、福岡地裁は、2件の殺人と強盗殺人未遂を吉田が固有の動機から発案し、虚偽で共犯者を引き込み、医療知識を出させて計画をまとめ、現場でも実行を強く推進したと認定した。

吉田自身が殺害行為のすべてを担当しなかったのは、関与が弱かったからではない。裁判所は、最も危険で直接的な行為を他の3人へ担わせる役割分担を作った結果であり、計画の発案、実行の指示、犯行利益の取得を含めれば、その役割は抜きん出て重大だったと判断した。

一方、堤、池上、石井も、虚偽を信じたからといって、被害者の殺害に加わった責任を免れない。池上と石井は、それぞれ自分の夫を呼び寄せ、薬物を摂取させ、殺害行為を実行した。堤も医療知識や技術を提供し、殺人と強盗殺人未遂へ関与した。支配された事情は量刑上考慮されても、被害者の生命を奪う選択を正当化するものではなかった。

拘置所でも虚偽の供述を作らせようとし、反省は認められなかった

吉田は公判で反省や極刑を覚悟する言葉を述べたが、裁判所は真摯な反省を認めなかった。審理中の拘置所内で別の受刑者を通じて共犯者へ手紙を渡し、自分に有利な内容の偽証を依頼していたためである。

手紙では、殺人の指示へ関与していないという筋書きを細かく作り、共犯者の心境まで文章化して書き写すよう求めていた。過去に使ったのと同じように新たな架空人物も登場させ、他の共犯者へ不信感を向ける内容を組み込んでいた。逮捕と公判を経ても、虚偽を作り、周囲を動かし、責任を別の人物へ移そうとする行動が続いていた。

最高裁は2010年3月18日、吉田が各犯行を発案・主導し、利益のほとんどを取得した首謀者であることは明らかだとし、死刑を維持した。計画性、残虐な殺害方法、2人の死亡、強盗殺人未遂、6700万円余りの保険金被害に加え、拘置所での偽証工作も重く評価された。

4人の刑事処分と、2016年の死刑執行

吉田には2004年9月24日、福岡地裁が死刑を言い渡した。福岡高裁は2006年5月16日に控訴を棄却し、最高裁も2010年3月18日に上告を棄却したため、死刑が確定した。法務省は2016年3月25日、吉田の死刑を福岡拘置所で執行した。

堤には無期懲役、石井には懲役17年が確定している。池上は裁判中の2004年に死亡したため、有罪・無罪の判決を受けることなく公訴棄却となった。現在、吉田に対する刑事手続は死刑執行により終了し、他の共犯者についても主要な刑事裁判は終結している。

この事件の異常性は、架空の権力者という嘘そのものだけにあるのではない。友人の信頼と悩みを観察し、金銭を奪い、家族から切り離し、夫や親族を殺害する理由まで作り、実行後も保険金を受け取り、発覚しそうになると脅迫と偽証工作へ移った。複数の段階で犯行をやめる機会がありながら、他人の生命と生活を自分の欲望を満たす手段として扱い続けたところに、この事件の冷酷さが表れている。

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