2021年6月1日午後、東京都立川市曙町のホテルで、派遣型風俗店に勤務する31歳の女性が、客として部屋に入った当時19歳の少年に包丁で多数回刺されて死亡した。女性から盗撮被害の連絡を受けて駆け付けた25歳の男性従業員も、ホテルの廊下で腹部や首を刺され、約3か月の重傷を負った。
少年は事件翌日に身柄を確保され、その後の鑑定留置と家庭裁判所の審判を経て検察官送致された。東京地裁立川支部の裁判員裁判では、殺人、殺人未遂、銃刀法違反について犯行時の責任能力が最大の争点となり、2023年12月14日、懲役23年の判決が言い渡された。
| 事件名 | 立川市ホテル男女殺傷事件 |
|---|---|
| 発生日 | 2021年6月1日 |
| 発生場所 | 東京都立川市曙町のホテル |
| 被害 | 31歳女性が死亡、25歳男性従業員が重傷 |
| 被告 | 犯行当時19歳の元少年 |
| 起訴 | 殺人、殺人未遂、銃刀法違反 |
| 一審判決 | 懲役23年(求刑懲役25年) |
被害女性を指名し、午後3時の予約を入れた
公判で示された経過によると、元少年は事件前日、以前から客として利用していた派遣型風俗店へ電話をかけ、31歳の女性を翌日の午後3時に指名して予約した。当日は店の事務所で料金を支払った後、凶器となる包丁と撮影用の端末を持ってホテルへ向かった。
女性は午後3時29分ごろ客室へ入った。元少年は端末を作動させて室内を撮影していたが、数分後に女性が盗撮に気付いた。女性は午後3時36分ごろ店へ電話をかけ、盗撮されていることを伝えた。店側が男性従業員をホテルへ向かわせる一方、客室ではその直後に殺傷行為が始まった。
女性の胸や腹部などを多数回刺す
元少年は刃体約20センチの包丁を使い、女性の胸や腹部、頭部などを繰り返し刺した。女性は限られた時間の中で多数の刺創を負い、搬送先の病院で死亡した。判決は、執ように攻撃を加えた犯行態様を極めて重く評価した。
この事件では、被害女性が盗撮を店へ知らせたことと、その直後に攻撃が始まったことが時系列上の重要な点となった。一方、裁判で示された動機は盗撮を注意されたことへの報復だけではなく、元少年が自身の人生に悲観して自殺を考え、以前から好意を抱いていた女性を巻き込んで死のうと考えるに至ったというものだった。
駆け付けた男性従業員にも包丁を向ける
女性から連絡を受けた25歳の男性従業員は、異常を確認するためホテルの部屋へ向かった。男性がドアをノックすると、元少年はドアの隙間から応対した後、男性の腹部を包丁で刺し、さらに後退する男性の首付近にも刃物を向けた。
男性は約3か月の治療を要する重傷を負ったが、一命を取り留めた。公判では男性に対する殺意も争われ、弁護側は殺意を否定したものの、検察側は包丁の殺傷能力や攻撃した部位を根拠に殺人未遂が成立すると主張した。裁判所も殺人未遂を認定した。
ホテルから逃走し、翌日に羽村市で確保
元少年は男性従業員を刺した後、ホテルから逃走した。警視庁はホテルや周辺の防犯カメラ、予約情報などから行方を追い、翌6月2日、羽村市内で原付バイクに乗っていた元少年を発見した。職務質問を受けた際には逃れようとする行動もあり、その後に身柄を確保された。
捜査では、犯行に使われた包丁の準備、ホテル予約、被害女性の指名、撮影用端末の使用、事件後の逃走などが確認された。これらは後の裁判で、犯行時に自分の行動の意味を理解し、目的に沿って行動を選択できていたかを判断する材料にもなった。
鑑定留置後、家庭裁判所から検察官送致
元少年は犯行当時19歳で、当時の少年法上は家庭裁判所の審判を経る必要があった。捜査段階では精神状態を調べるため鑑定留置が行われ、事件は東京家裁立川支部へ送致された。家裁は2021年11月11日、刑事処分が相当として検察官へ送致した。
東京地検立川支部は同月19日、殺人などの罪で起訴した。起訴時点で被告は20歳になっていたが、犯行時は19歳だったため、事件時の少年法に基づく手続が取られた。被告の氏名は主要な裁判報道でも匿名で扱われている。
犯行前、退職と保護観察が重なっていた
検察側の冒頭陳述では、元少年は普通科高校を途中で退学した後、通信制高校へ移り、2020年3月に卒業していた。仕事に就いても長続きせず、事件当時は無職だった。2021年1月にはナンバープレートを盗んだ事件で家庭裁判所の保護観察処分を受け、その翌月に金属加工会社へ就職したが、4月には人間関係の問題から退職した。
退職後も求職していたものの次の仕事は決まらず、将来への悲観を強めていったと検察側は説明した。その過程で自殺を考え、以前に客として会ったことのある女性に特別な感情を抱いていたことから、女性を殺害したうえで自分も死のうと考えるに至ったというのが、公判で示された動機の骨格だった。
裁判で争われた自閉スペクトラム症と責任能力
2023年11月に始まった裁判員裁判では、被告に自閉スペクトラム症があること自体は検察・弁護双方で大きな争いにならなかった。争点は、その特性が犯行時の判断能力や行動制御能力へどの程度影響していたかだった。弁護側は、自閉スペクトラム症の強い影響下にあり責任能力がなかったとして無罪を主張した。
一方、検察側は完全責任能力があったと主張した。被告が事前に包丁を準備し、女性を指名して予約し、盗撮用端末を作動させ、事件後には現場から逃げた一連の行動を挙げ、目的を理解して行動を選択していたと指摘した。
法廷で続いた不規則発言と「拘禁症状」の評価
公判中、被告は人定質問や被告人質問で質問と関係のない発言を繰り返し、裁判長から複数回退廷を命じられた。弁護側は訴訟能力も問題にしたが、裁判所は事件当時の精神状態と、長期拘禁後の法廷での状態を分けて検討した。
判決では、法廷で見られた不規則な言動について拘禁環境の影響による症状と評価し、それだけで犯行時の責任能力が否定されるものではないとした。事件前後の計画的な行動を重視し、完全責任能力を認めた。
精神鑑定時の発言と、法廷での言動
精神鑑定を担当した医師との面談では、元少年が被害女性について「付き合いたかった」という趣旨を話していたことも公判で示された。家庭裁判所の審判段階では、被害女性の父親や重傷を負った男性の陳述を聞き、申し訳ないという趣旨の発言をしていたことが検察官質問で取り上げられた。
これに対し、裁判員裁判が始まった後の元少年は、質問とかみ合わない発言を続け、退廷を命じられる場面が複数回あった。ただし、質問の一部には応答し、過去の出来事を認識している様子も見られた。裁判所は、こうした公判時の状態を事件当時の精神状態と同一視せず、犯行前後の具体的行動を重視して責任能力を判断した。
求刑25年に対し、懲役23年
検察側は、女性を多数回刺して死亡させた結果と、救助に来た男性にも生命に関わる攻撃を加えたことを重視し、懲役25年を求刑した。弁護側は無罪を求め、仮に有罪であっても被告の年齢や発達上の特性、更生可能性を量刑で考慮するよう主張した。
東京地裁立川支部は2023年12月14日、被告に懲役23年を言い渡した。判決は、事前に包丁を用意したことや犯行後に警察官から逃れようとしたことなどから完全責任能力を認定し、女性への攻撃を「非常に残忍で悪質」と評価した。被害者1人の生命を奪い、もう1人にも生命の危険を伴う重傷を負わせた結果は重大だとした。
現在確認できる司法上の到達点
公開資料で確認できる明確な司法判断は、東京地裁立川支部が言い渡した懲役23年の一審判決である。判決言い渡し時、被告は控訴する趣旨の発言をしたと報じられたが、その後の確定状況を裏付ける公的資料や主要報道は確認できていない。
事件の経過は、被害女性の盗撮発見と店への通報、直後の殺害、救助に入った男性への攻撃、翌日の身柄確保へと短時間で進んだ。裁判では、犯行の有無よりも、被告の精神状態と責任能力が中心に審理され、完全責任能力を前提とする長期の実刑判決に至った。
参考資料・出典
- 弁護士ドットコムニュース「懲役23年判決、元少年が31歳女性を殺害するまで」
- テレビ朝日「立川市のホテル男女殺傷事件、元少年に懲役23年」
- 千葉日報「殺人罪で逆送の元少年起訴、東京」
- 文春オンライン「立川ホテル殺傷事件・責任能力を認めた判決」
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