群馬県大胡町女子高生誘拐殺人事件は、2002年7月19日、群馬県勢多郡大胡町で、高校1年生の女子生徒が見知らぬ男に車で連れ去られ、殺害された事件である。2008年4月10日、坂本正人の死刑は東京拘置所で執行された。現在も刑事手続きはすべて終結している。
- 安田愛さんが下校後に誘拐された経緯
- 坂本正人が少女を人質にしようと考えた背景
- 山林での殺害と身代金要求までの流れ
- 23万円の受け渡しから坂本逮捕に至った捜査
- 一審が死刑ではなく無期懲役を選択した理由
- 東京高裁が一審を破棄して死刑とした理由
- 最高裁を経ずに死刑が確定した経緯
- 2008年の死刑執行と現在の状況
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 一般的な事件名 | 群馬県大胡町女子高生誘拐殺人事件 |
| 別称 | 群馬女子高生誘拐殺人事件、大胡町女子高生殺害事件 |
| 発生日 | 2002年7月19日 |
| 誘拐場所 | 群馬県勢多郡大胡町の路上(現在の前橋市) |
| 殺害場所 | 群馬県勢多郡宮城村柏倉の山林(現在の前橋市) |
| 被害者 | 安田愛さん(当時16歳) |
| 被害者の立場 | 県立高校1年生 |
| 加害者 | 坂本正人(事件当時36歳) |
| 事件当時の職業 | 無職 |
| 主な被害 | 誘拐、性的暴行、窃盗、殺害、身代金要求 |
| 殺害方法 | 手やカーオーディオのコードで首を絞める |
| 最初の身代金要求額 | 50万円 |
| 実際に受け取った金額 | 23万円 |
| 逮捕 | 2002年7月20日 |
| 遺体発見 | 2002年7月24日、坂本の供述に基づき山林で発見 |
| 主な罪名 | 殺人、わいせつ略取、人質強要、強姦、窃盗、拐取者身代金取得、住居侵入、強盗、傷害 |
| 一審判決 | 2003年10月9日、前橋地裁が無期懲役 |
| 控訴審判決 | 2004年10月29日、東京高裁が一審を破棄して死刑 |
| 死刑確定 | 坂本が上告せず、2004年11月に確定 |
| 死刑執行 | 2008年4月10日、東京拘置所で執行 |
| 現在 | 死刑執行済み。刑事手続きは終結 |
安田愛さんは終業式を終えた高校1年生だった
安田愛さんは、大胡町に住む県立高校1年生だった。事件当日の2002年7月19日は、1学期の終業式だった。学校を終えた安田さんは一度帰宅し、その後、中学時代の友人たちとの待ち合わせ場所へ徒歩で向かっている。夏休みが始まる日の昼下がりだった。特別な危険を伴う場所へ出かけたわけではなく、住み慣れた町の路上を歩いていただけである。
その途中で声をかけてきたのが、安田さんとは面識のなかった坂本正人だった。事件を語る際に中心となるべきなのは、死刑判決の珍しさだけではない。友人と過ごすはずだった16歳の少女の未来が、一方的に奪われた事実である。
坂本正人は道を尋ねるふりをして接近
7月19日午後1時ごろ、坂本は車を運転しながら歩いていた安田さんを見つけた。そして、目的地までの道を知りたい、地図を書いてほしいという趣旨の言葉をかける。安田さんが応じようと近づいたところ、坂本は態度を変え、無理やり車内へ押し込んだ。
偶然、路上で一人になった少女を見つけ、その場で標的に選んだ犯行だった。安田さん個人への恨みや、以前から狙っていた事情はない。坂本自身も後に、連れ去る相手は誰でもよかったという趣旨の供述をしている。
連れ去りの当初目的は「人質」だった
坂本が少女を誘拐した背景には、別居状態となっていた妻や子どもとの問題があった。坂本は妻や子どもへ暴力を繰り返しており、家族は福祉機関に保護されていた。坂本は面会を求めていましたが、自由に会うことは認められていなかった。そこで坂本は、無関係な女性を人質にし、福祉事務所へ妻や子どもとの面会を認めさせようと考えたとされている。
ただし、家族との別離や孤立感が犯行を正当化することはない。家族が保護されたのは、暴力から安全を確保するためだった。その状況への不満を、面識のない少女への誘拐と暴力へ向けた点に、坂本の身勝手さがある。
車内で安田さんの自由を奪う
安田さんを車へ押し込んだ坂本は、そのまま群馬県内を走り続けた。安田さんは、どこへ連れて行かれるのか分からない状態で長時間拘束される。車から降りることも、家族や友人へ連絡することもできなかった。坂本はその間に、当初考えていた人質としての利用とは別に、安田さんへ性的暴行を加えている。
裁判では、抵抗できない状態に置いたうえでの行為として、わいせつ略取と強姦の罪が認定された。被害の詳細を必要以上に描写することは、安田さんの尊厳を損ねかねない。坂本が誘拐した少女を自らの欲望のために利用したという事実である。
宮城村の山林で逃げようとした安田さんを襲う
坂本は安田さんを乗せたまま、大胡町から約5キロ離れた宮城村柏倉の山林へ向かった。現在の行政区分では、大胡町と宮城村はいずれも前橋市の一部となっている。当時は別の自治体だった。山林で車が止まった際、安田さんは車外へ逃げようとした。
助かろうとした安田さんを、坂本は追いかけて取り押さえる。そして手で首を絞めた後、車内のカーオーディオに使われていたコードを首へ巻き、さらに締め続けた。安田さんは抵抗を続けましたが、坂本は殺害行為をやめなかった。
殺害後に財布から現金を盗む
安田さんを殺害した後、坂本は所持品を確認した。そして、財布に入っていた現金約3000円を盗んだと認定されている。さらに、安田さんの携帯電話も自分の手元に残した。この携帯電話は、後に両親へ身代金を要求するために使われる。
坂本は遺体を山林内に隠し、その場を離れた。誘拐の発覚を恐れて殺害した後、所持金を盗み、さらに家族から金を得ようとした行動には、被害者への配慮が一切見られない。
午後11時半ごろ、安田さんの母親へ電話
7月19日午後11時30分ごろ、安田さんの携帯電話から自宅へ連絡が入った。電話をかけてきたのは坂本だった。娘を預かっているという趣旨の話をし、両親へ金を準備するよう要求する。当初の要求額は50万円だった。
母親が金融機関の営業時間外で、すぐには用意できないと説明すると、坂本は要求額を下げていく。電話を受けた家族は、安田さんが帰宅していないことと結びつけ、約20分後に警察へ通報した。
安田さんが生きているように装う
坂本は、安田さんとは以前からメールをやり取りしていたなど、事実と異なる説明をした。家族に娘の声を聞かせることはありませんでしたが、安田さんがまだ生きているかのように振る舞い続ける。しかし、身代金要求の電話をかけた時点で、安田さんはすでに殺害されていた。
両親は娘の無事を願い、犯人を刺激しないよう言葉を選びながら電話に応じている。実現する可能性のない解放を期待させながら金を要求した行為は、後の控訴審で強く非難された。
50万円から23万円へ要求額を引き下げる
坂本は翌7月20日まで、安田さんの携帯電話を使って家族へ繰り返し連絡した。最初は50万円を求めていましたが、最終的には家族が用意できる23万円を受け取ることに同意する。高額な身代金を周到に得ようとした典型的な誘拐事件とは異なり、要求や受け渡し方法は場当たり的だった。
一審はこの点を、犯行全体が綿密に計画されていなかったことを示す事情の一つと評価している。一方、控訴審は、計画が粗雑であることと、被害者を意図的に誘拐・殺害した責任の重さは別問題だと判断した。
父親が赤堀町内の消火栓へ現金を置く
7月20日正午ごろ、坂本は身代金の受け渡し場所を指定した。場所は、当時の群馬県佐波郡赤堀町内の路上だった。安田さんの父親は、現金23万円を入れた封筒を指定された消火栓付近へ置く。周囲では、群馬県警の捜査員が動きを監視していた。
やがて坂本が車で現れ、封筒を回収する。捜査員は直ちに確保せず、安田さんが別の場所に拘束されている可能性も考えながら尾行した。坂本の車が赤信号で停止したところで、捜査員が身柄を確保している。
逮捕時も安田さんの所在について虚偽説明
坂本は身柄を確保された後も、すぐに安田さんを殺害したとは認めなかった。仲間が複数いて、安田さんは別の人物と一緒にいるという趣旨の説明をしている。警察は安田さんが生存している可能性を捨てず、捜索と坂本への取り調べを続けた。
しかし、坂本の説明を裏付ける共犯者は見つからない。供述には矛盾が多く、事件への単独関与が疑われていく。安田さんの行方が分からない時間は、逮捕後も続いた。
7月23日夜、坂本が殺害を認める
逮捕から3日後となる7月23日夜、坂本は安田さんの殺害を認めた。そして、遺体を宮城村の山林に隠したと供述する。捜査員は供述された場所へ向かい、翌24日未明から捜索を開始。山林内で安田さんの遺体を発見した。
事件発生から数日がたっていたため、遺族は安田さんと最後の対面をすることさえ難しい状態に置かれた。前橋地検は後の論告で、坂本が遺体の場所をすぐに明らかにしなかったことが、遺族の悲しみをさらに深めたと指摘している。
事件前には家族への傷害事件を起こしていた
坂本は、安田さんの事件だけで裁判を受けたわけではない。2002年5月には、同居していた子どもへ暴力を振るい、けがを負わせた傷害事件を起こしていた。子どもが教科書を読む際に間違えたことへ腹を立て、顔を殴るなどしたと認定されている。
妻や子どもが福祉機関に保護された背景にも、坂本による家庭内暴力があった。保護によって家族と会えなくなったことを一方的に恨み、その要求を通すため第三者を人質にしようとしたのが、本件誘拐の出発点だった。
事件10日前には元勤務先関係者を襲っていた
安田さんを誘拐する10日前の2002年7月9日、坂本は別の強盗事件も起こしていた。宅配便の配達員を装い、以前勤務していた会社の経営者宅へ侵入。留守番をしていた女性へ包丁を突き付け、現金約10万円を奪っている。この強盗事件は、坂本が金銭的に追い詰められ、すでに他人への暴力を伴う犯罪へ踏み込んでいたことを示した。
坂本には、それ以前の確定した前科はなかった。しかし、女子高校生誘拐殺人事件の直前に、傷害と強盗を相次いで起こしていたのだ。
殺人や人質強要など複数の罪で起訴
坂本は、安田さんに対する事件と、それ以前に起こした傷害・強盗事件を合わせて起訴された。主な罪名は、次のとおりである。
- 殺人
- わいせつ略取
- 人質による強要行為等の処罰に関する法律違反
- 強姦(事件当時の罪名)
- 窃盗
- 拐取者身代金取得
- 住居侵入
- 強盗
- 傷害
坂本は初公判で、起訴された事件の事実関係をおおむね認めた。そのため裁判の最大の焦点は、犯人が誰かではなく、坂本へ死刑を選択すべきかという量刑判断になった。
検察側は坂本正人に死刑を求刑
2003年7月29日、前橋地検は坂本へ死刑を求刑した。検察側は、自分の要求を通すために面識のない少女を人質として連れ去り、性的暴行を加え、逃げようとしたところを殺害した犯行を強く非難する。殺害後に財布から現金を盗み、遺体を隠したうえで、両親から身代金まで受け取った行動も重視された。
さらに、坂本が事件について深く考えないという趣旨の言動を示していたとして、改善更生は期待しにくいと主張している。遺族や安田さんの友人らも厳罰を求め、約7万6000人分の署名が集められた。
一審・前橋地裁は無期懲役を選択
2003年10月9日、前橋地方裁判所は坂本正人へ無期懲役を言い渡した。判決は、安田さんを誘拐し、性的暴行を加え、殺害した犯行を冷酷で凶悪だと厳しく評価している。それでも死刑を選択しなかったのは、犯行が最初から殺害まで綿密に組み立てられていたとはいえないと判断したためである。
前橋地裁は、殺害が逃走を防ぐ過程で発生した場当たり的なもので、当初から命を奪う計画があったとは認めなかった。また、前科前歴がなかったこと、途中から捜査へ協力したこと、謝罪や反省の気持ちが芽生えていることなども考慮している。
前橋地裁が示した無期懲役の主な理由
一審が死刑を回避した主な理由は、次のように整理できる。
- 殺害まで綿密に計画した事件ではなかったこと
- 殺人が場当たり的に行われたと評価されたこと
- 殺害行為は執拗だが、死刑を避けられないほど残虐とは断定しなかったこと
- 捜査途中から事実関係を認め、一定の協力をしたこと
- 事件以前に確定した前科前歴がなかったこと
- 謝罪や反省の感情が生じつつあると評価されたこと
死刑を適用する際には、被害者数だけでなく、計画性、動機、殺害方法、前科、犯行後の態度などが総合的に検討される。一審は罪責が極めて重いことを認めながらも、国家が生命を奪う刑を選ぶには、なお慎重であるべきだと判断した。
判決後に裁判長が遺族へ言葉をかける
無期懲役判決の言い渡し後、裁判長は坂本が退廷した法廷で、傍聴席の遺族へ言葉をかけた。国家が死刑判決を言い渡すことには大きな重みがあり、遺族にとって納得しにくい結果だろうという趣旨を説明したと報じられている。閉廷後に裁判長が判決の意味を遺族へ直接語ることは異例だった。
安田さんの両親や友人らは、死刑を求める署名を多数集めていた。無期懲役という結論と、遺族側が求める刑の間には大きな隔たりがあった。検察側は、量刑が軽すぎるとして東京高裁へ控訴する。
坂本自身も「死刑」を求めるような態度を示す
一審判決に対しては、検察側だけでなく坂本側も控訴した。坂本は、自分が死刑にならなかったことはおかしいという趣旨の発言をし、弁護人に対しても死刑を望むような意向を示したとされている。しかし、その言動が被害者への反省から出たものなのか、自らの将来を悲観しただけなのかは慎重に見る必要がある。
釈放されても行く場所や金がないから死刑にしてほしいという趣旨の説明も報じられており、償いの意思とは異なる側面があった。東京高裁は、こうした坂本の法廷での態度も含めて、更生可能性や反省の程度を検討した。
東京高裁は一審の量刑判断を破棄
2004年10月29日、東京高等裁判所は前橋地裁の無期懲役判決を破棄し、坂本正人へ死刑を言い渡した。控訴審は、一審が計画性や殺害方法の悪質さを軽く評価しすぎたと判断する。誘拐自体は、福祉機関へ要求を通すための人質を得ようとして実行されていた。対象者が安田さんになったのは偶然でも、他人を意図的に連れ去る行為そのものは計画的だった。
さらに、逃げようとする安田さんの首を手で絞め、その後コードを使って殺害行為を続けている。東京高裁は、殺害方法を残忍極まりないと評価した。
身代金要求時の言動も厳しく非難された
控訴審が特に重く見たのは、安田さんを殺害した後の行動である。坂本は両親へ身代金を要求する際、安田さんが生きているように装った。東京高裁は、両親へ電話をかける場面でも笑うなどしたと認定し、その態度を卑劣極まりないと非難している。
自ら命を奪った後、その命を取引材料にして23万円を受け取った行為だった。一審が認めた反省についても、控訴審は死刑を回避するほど確かなものとは評価しなかった。
被害者1人でも死刑が選択された理由
この事件で殺害された被害者は1人である。日本の死刑事件では被害者数が重要な要素になりますが、1人であれば死刑を選択できないという規則はない。東京高裁は、次の事情を総合して死刑が避けられないと判断した。
- 自分の要求を通すため、無関係な人を人質にしようとしたこと
- 一人で歩いていた16歳の少女を標的にしたこと
- 車へ無理やり押し込み、長時間自由を奪ったこと
- 性的暴行を加えたこと
- 逃げようとした少女へ執拗な殺害行為を続けたこと
- 殺害後に所持金を盗んだこと
- 遺体を隠し、両親へ身代金を要求したこと
- 事件直前にも家族への傷害や強盗を起こしていたこと
- 反省や更生を期待できる事情が乏しいと判断されたこと
被害者数だけではなく、誘拐から犯行後まで続いた人命軽視の姿勢が、死刑選択につながった。
最高裁の判断を経ずに死刑が確定
東京高裁の死刑判決に対し、坂本は最高裁へ上告しなかった。弁護人は上告を検討していたものの、坂本本人が上告しても取り下げるという意向を示したとされている。そのため、上告期限の経過によって、2004年11月に死刑が確定した。
一審の無期懲役が控訴審で死刑へ変更され、その死刑判決を最高裁が審査しないまま確定したことになる。刑事訴訟では、被告人が上告しない選択をすれば、高裁判決が確定する。死刑事件であっても、最高裁での審理が自動的に行われる制度ではない。
死刑確定まで約2年4カ月
事件発生は2002年7月、死刑確定は2004年11月だった。死刑事件としては、事件から刑確定までの期間が比較的短い事例である。その理由の一つは、坂本が事件の事実関係を認め、犯人性を争わなかったことである。
さらに、控訴審判決後に最高裁へ上告しなかったため、上告審に数年を要することもなかった。一方、審理期間が短かったことと、裁判が形式的だったことは同じではない。一審と控訴審では、死刑を選択するかをめぐって正反対の結論が出ている。
2008年4月10日、東京拘置所で死刑執行
2008年4月10日、法務省は坂本正人を含む死刑確定者4人の刑を執行した。坂本の執行場所は東京拘置所である。執行時の年齢は41歳だった。死刑確定から執行までの期間は、約3年5カ月である。
坂本について、再審開始や確定判決の取り消しが認められた事実はない。刑の執行によって、群馬県大胡町女子高生誘拐殺人事件の刑事手続きは終結した。
死刑執行後も遺族の被害は終わらない
死刑が執行されても、安田愛さんが家族のもとへ戻ることはない。両親は、娘が生きていると信じて身代金要求へ対応した。その後、すでに電話の前に殺害されていた事実を知らされている。事件から判決、死刑確定、刑執行まで、遺族は繰り返し事件と向き合わなければならなかった。
刑事手続きの終結は、被害回復の完了を意味しない。死刑判決の異例さだけに注目すると、安田さんと遺族が受けた被害が、量刑論の背景へ追いやられるおそれがある。
「誰でもよかった」という言葉が示す無差別性
坂本は、安田さん個人を以前から知っていたわけではない。人質として利用できそうな女性を探し、偶然一人で歩いていた安田さんへ声をかけた。この意味で、事件には無差別的な性質がある。
ただし、「誰でもよかった」という言葉だけで事件を説明すれば、安田さんが置かれた具体的な状況や、坂本が重ねた選択が見えなくなる。坂本は、誘拐、拘束、性的暴行、殺害、窃盗、身代金要求という各段階で、行為をやめる機会を持ちながら犯行を続けた。
家庭内暴力を事件の免責理由にしてはならない
事件の背景には、坂本の妻や子どもが福祉機関へ保護され、面会できなくなった事情があった。しかし、これは坂本が被害を受けた結果ではなく、家族を暴力から守るための措置である。坂本は、自らの暴力によって生じた状況を受け入れず、無関係な少女を利用して要求を通そうとした。
事件を「家族に会いたかった男の犯行」とだけ表現すれば、妻や子どもが受けていた被害を見落とすことになる。坂本の家族もまた保護を必要としていた被害者であり、安田さんへの犯行と対立する存在ではない。
一審と控訴審で量刑が分かれた意味
前橋地裁と東京高裁は、坂本が行った事実について大きく異なる認定をしたわけではない。違いは、同じ事実を死刑回避の事情として重く見るか、死刑を選択すべき事情として評価するかにあった。一審は、殺害までの計画性が乏しいこと、前科前歴がないこと、反省の兆しを重視する。
控訴審は、誘拐自体の計画性、殺害の執拗さ、性的被害、殺害後の身代金要求、犯行後の態度をより重く評価した。本件は、被害者1人の事件で死刑を選ぶ際、裁判所がどの事情を重視するかによって結論が変わり得ることを示している。
現在の状況|坂本正人は死刑執行済み
事件発生から刑執行までの主な経過は、次のとおりである。
- 2002年7月19日:大胡町の路上で安田愛さんを車へ押し込み誘拐
- 同日:宮城村の山林で安田さんを殺害し、遺体を隠す
- 同日夜:安田さんの携帯電話で両親へ身代金50万円を要求
- 7月20日:23万円を受け取った坂本正人を捜査員が確保
- 7月23日:坂本が安田さんの殺害を認める
- 7月24日:供述に基づき山林で遺体を発見
- 2003年10月9日:前橋地裁が無期懲役判決
- 2004年10月29日:東京高裁が一審を破棄して死刑判決
- 同年11月:坂本が上告せず死刑確定
- 2008年4月10日:東京拘置所で死刑執行
現在も、坂本正人の死刑は執行済みである。再審によって死刑判決や有罪認定が取り消された事実はない。したがって、坂本を現在も収容されている死刑囚と表現することはできない。
法的な結論は、東京高裁で死刑を言い渡され、上告しなかったことで刑が確定し、2008年に執行されたというものだ。
群馬県大胡町女子高生誘拐殺人事件が残したもの
安田愛さんは、終業式を終え、友人との待ち合わせ場所へ向かっていた。坂本正人は、道案内を求めるふりをして安田さんの親切心につけ込み、無理やり車へ乗せている。家族と会いたいという自分の要求を通すため、無関係な少女を人質として利用しようとし、性的暴行を加え、逃げようとしたところを殺害した。
さらに、安田さんが生きているように装い、両親から23万円を受け取っている。一審と控訴審で無期懲役と死刑に判断が分かれたことは、死刑選択の難しさを示した。一方、量刑をめぐる議論が、被害者の人生を覆い隠してはならない。この事件の中心にいるのは、夏休みを迎えるはずだった16歳の安田愛さんと、娘の生還を願いながら身代金要求へ対応した家族である。
家庭内暴力からの保護、路上で子どもを狙う誘拐への警戒、被害者1人の事件における死刑選択など、複数の課題を現在にも残している。
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