2003年7月1日、長崎市中心部の家電量販店から4歳の種元駿ちゃんが連れ出された。翌2日、駿ちゃんは市内のパーキングビル下で死亡しているのが見つかる。長崎県警が補導したのは中学1年生の少年で、当時12歳。刑法上の刑事責任年齢に達していなかった。
この事件では、成人事件で使われる「逮捕」「起訴」「有罪判決」という流れをそのまま当てはめることができない。少年は14歳未満の触法少年として児童相談所と家庭裁判所の手続に付され、長崎家裁は児童自立支援施設送致と強制的措置を決定した。後年には事件記録が廃棄されていたことも判明し、事件は少年司法の処遇だけでなく、被害者の情報アクセスと裁判記録保存の問題にもつながった。
| 発生 | 2003年7月1日 |
|---|---|
| 場所 | 長崎市内の家電量販店から連れ出され、市内のパーキングビルで事件が発生 |
| 被害者 | 種元駿ちゃん(当時4歳) |
| 行為少年 | 中学1年生・当時12歳 |
| 法的区分 | 14歳未満の触法少年 |
| 家裁の処分 | 児童自立支援施設送致 |
| 強制的措置 | 当初1年間を限度として認められ、2004年に延長 |
| 刑事裁判 | 行われていない |
| 制度上の影響 | 触法少年調査・低年齢少年の少年院送致をめぐる少年法改正議論の背景の一つ |
| 後年の問題 | 長崎家裁の事件記録が廃棄されていたことが判明 |
4歳の種元駿ちゃんは家電量販店から連れ出された
国会会議録は、事件を「12歳の少年が4歳の幼児を略取誘拐した上、パーキングビルの上から落下させる」事件として記録している。駿ちゃんは7月1日に長崎市内で行方が分からなくなり、翌日に死亡が確認された。事件発生から間もなく捜査線上に浮上した少年は、駿ちゃんと面識のある家族や成人の被疑者ではなく、12歳の中学1年生だった。
被害者の氏名は種元駿ちゃん。後年のテレビ朝日の検証番組では、父の種元毅さんが、少年審判の記録閲覧を求め続けた経緯も伝えられている。低年齢少年の保護という少年法の理念と、子どもを失った遺族が事件の経緯を知りたいという要求が、同じ事件の中で鋭く向き合うことになった。
少年は12歳――刑事裁判ではなく「触法少年」の手続に進んだ
刑法41条は、14歳に満たない者の行為を罰しないと定める。少年法は、14歳未満で刑罰法令に触れる行為をした少年を家庭裁判所の審判対象となる「触法少年」として扱う。このため、本件の少年に刑事責任を問い、懲役や禁錮などの刑罰を言い渡す刑事裁判は開かれなかった。
「12歳だから無罪になった」という説明も正確ではない。無罪は刑事裁判で有罪が立証されなかった場合などに言い渡される裁判上の結論だが、本件では刑事裁判そのものがない。少年に対して行われたのは、非行事実と要保護性を審理し、再非行防止や育成のための処遇を決める少年保護事件の手続だった。
長崎家裁は児童自立支援施設送致と「強制的措置」を選んだ
長崎家庭裁判所は2003年9月29日、少年を児童自立支援施設へ送致する保護処分とし、1年間を限度に強制的措置を取ることを認めた。国立国会図書館の書誌には、時事通信社の当時記事として「男児誘拐殺人の12歳、自立支援施設移送――強制的措置を・長崎家裁が決定」が残る。
児童自立支援施設は、比較的低年齢の少年について生活指導や自立支援を行う児童福祉施設であり、刑罰を執行する刑務所とは性質が異なる。一方、本件で認められた強制的措置は、逃走防止などのため行動の自由を一定範囲で制限できる仕組みだった。重大な結果を生んだ12歳の少年に対し、当時の制度の中でどの程度の拘束と教育を組み合わせるかが問われた。
2004年、強制的措置はさらに1年間延長された
事件から1年以上が経過した2004年9月、長崎家裁は強制的措置の期間をさらに1年間延長した。テレビ朝日のテレメンタリーは、前年7月1日に駿ちゃんを駐車場屋上から落として死亡させた当時12歳の少年について、この延長決定が行われたと伝えている。
ここでも重要なのは、延長されたのが「刑期」ではないことだ。少年に懲役刑が科され、その期間が延びたわけではない。児童福祉法上の施設処遇の中で、強制的措置を必要とする状態が続いているとして家裁が期間を延長した。現在の事件分類でも「有期刑」と扱うべき事案ではない。
審判では少年の成育歴や精神状態も調べられた
家裁の処分決定に先立っては、少年の成育歴、行動傾向、事件との関係を把握するための調査や精神鑑定が行われた。公表された審判内容を検討した研究では、発達上の特徴が事件に影響した可能性が論じられた一方、その特徴そのものを犯行の直接原因とする単純な説明は採られていない。
少年事件では診断名や性格評価だけが切り取られると、原因が一つの障害や特性に還元されやすい。本件の家裁手続が扱ったのは、刑罰を決めるための責任能力鑑定ではなく、少年の状態と環境を把握し、今後どのような保護・教育を行うかという問題だった。
家裁が審判内容を公表した一方、遺族の記録閲覧には壁があった
本件では長崎家裁が処分決定の内容を公表したこと自体が異例だった。少年のプライバシーを保護しながら、重大事件について社会へ説明する必要があるとの判断が背景にあった。ところが、遺族側が求める情報へのアクセスは別の問題として残った。
父の毅さんは審判記録の閲覧を申請したが、家裁は許可しなかったとテレビ朝日は伝えている。遺族にとっては、少年を特定する情報を公に広めることとは別に、「なぜ息子が死亡したのか」「審判で何が明らかになったのか」を知る必要があった。少年の健全育成を守る非公開原則と被害者参加の在り方が、事件後の制度議論に残された。
少年の氏名・学校・写真の拡散には弁護士会が警告した
事件後、インターネット上では少年を特定しようとする氏名、住所、学校名、写真などの情報が広がった。東京弁護士会は2003年7月15日、12歳少年の実名や顔写真などを掲載する行為について、少年法の趣旨やプライバシー、人権保護の観点から問題を指摘する声明を出した。
重大事件であっても、触法少年は成人の被疑者・被告人とは異なる法的保護を受ける。本件の理解に必要なのは、ネット上で流通した特定情報を再掲することではなく、4歳児が死亡した事実、12歳少年にどの手続が適用され、家裁がどの処分を選んだかを区別することにある。
事件は2007年の少年法改正議論の背景の一つになった
衆議院の「平成19年の国会の動き」は、2003年の長崎事件を低年齢少年による重大事件の一つとして挙げ、触法少年制度の見直しが議論された経緯を整理している。政府は同年12月の青少年育成施策大綱などで、触法少年事件における警察の調査権限の明確化や、14歳未満でも必要な場合に少年院送致を選択できる仕組みを検討課題とした。
2007年の改正では、触法少年事件について警察が行う調査の手続が法定され、一定の低年齢少年について少年院送致を可能にする方向へ制度が変わった。国会審議では下限を「おおむね12歳」とする考え方が議論されている。ただし、法改正後の制度を2003年の少年に遡って適用したわけではない。
「14歳未満でも少年院」は事件当時には存在しなかった選択肢だった
現在の少年事件制度を知っていると、本件でも少年院送致が可能だったように見える。しかし、2003年当時は14歳未満の触法少年を少年院へ送る制度はなく、家裁が選んだのは児童自立支援施設送致だった。その後の改正で制度の選択肢が広がったため、事件当時の処分と現在の制度を混同しないことが必要になる。
制度改正の理由も「12歳の少年を刑務所に入れるため」ではない。刑事責任年齢の14歳という線引きは維持されたまま、刑罰ではない保護処分の選択肢と、事実を明らかにする調査手続が見直された。刑事責任、少年審判、児童福祉の三つを分けると、この事件が法制度に投げかけた問題が見えやすい。
後年、長崎家裁の事件記録は廃棄されていたことが判明した
事件から約20年後、社会的関心を集めた少年事件の記録が各地の裁判所で廃棄されていた問題が表面化した。最高裁が2023年に公表した「裁判所の記録の保存・廃棄の在り方に関する調査報告書」では、長崎家裁が扱った2003年の男児誘拐殺人事件も検証対象となった。
報告書によれば、長崎家裁では特別保存に付すかが検討されたものの、最終的に事件記録は廃棄された。歴史的・社会的意義を持つ少年事件について、後年の検証に不可欠な一次記録が残らなかったことになる。少年のプライバシー保護と、司法記録を社会の共有財産として保存することは別の課題であり、事件はその両方を象徴する事例となった。
記録廃棄問題を受け、裁判所は特別保存制度を作り直した
最高裁は2023年の調査報告書を踏まえ、事件記録等の特別保存に関する新たな規則を制定した。2024年1月30日から新制度が施行され、歴史的・社会的意義を持つ記録を特別保存する仕組みや、外部から保存を要望できる手続が整備された。
長崎男児誘拐殺人事件では、刑事裁判による判決文が最初から存在しない。家裁記録が失われた意味は、その分だけ大きい。残っている国会資料、弁護士会声明、当時報道、後年の最高裁報告書を重ねることで、事件の骨格と制度上の変化は追えるが、廃棄された記録そのものを復元することはできない。司法記録を残す意義も、この事件のその後に含まれる。
2008年には、重大少年事件で被害者等が審判を傍聴できる制度も導入された
少年事件で被害者側がどこまで手続に関われるかという課題は、本件後も制度改正の対象となった。2008年の少年法改正では、故意の犯罪行為で被害者を死傷させた重大事件などについて、家庭裁判所が相当と認める場合に被害者等の審判傍聴を許す制度が設けられた。触法少年についても、12歳未満を除く一定の重大事件が対象に含まれる。
これは2003年の審判に遡って適用された制度ではない。しかし、駿ちゃんの遺族が審判記録の閲覧を求めながら認められなかった経緯と重ねると、少年の健全育成を守りつつ、被害者が司法手続から完全に切り離されない仕組みをどう作るかという論点が、その後も制度改正として続いたことが分かる。
参考資料・出典
- 第165回国会 本会議 第16号(衆議院、2006年11月14日)
- 平成19年の国会の動き・少年法等改正関係(衆議院)
- 長崎幼児誘拐殺人事件に関する声明(東京弁護士会、2003年7月15日)
- 男児誘拐殺人の12歳、自立支援施設移送(国立国会図書館書誌)
- 「遺族の終わりなき戦い」~種元駿ちゃん事件から1年~(テレビ朝日)
- 処分の種類(裁判所)
- 裁判所の記録の保存・廃棄の在り方に関する調査報告書について(裁判所)
- 事件記録等の特別保存について(裁判所)
- 少年法の一部を改正する法律(2008年・衆議院)
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