2017年9月12日午前10時ごろ、神戸市長田区五番町3丁目の路上で、任侠山口組(現・絆会)代表の織田絆誠が乗った車列が襲撃され、警護役の楠本勇浩さん(当時44歳)が拳銃で撃たれて死亡した。兵庫県警は山口組系組員の菱川龍己を殺人と銃刀法違反の疑いで指名手配し、重要指名手配被疑者として行方を追った。
菱川は約9年間逃走した後、2026年6月23日、山口県下松市の集合住宅で逮捕された。逮捕のきっかけは「似た男がいる」という情報で、潜伏先は別人名義で契約されていた。神戸地方検察庁は同年7月13日、殺人と銃刀法違反の罪で起訴した。2026年8月時点では有罪判決は出ておらず、公判での審理を待つ段階である。
| 事件名 | 神戸市長田区暴力団組員射殺事件 |
|---|---|
| 発生日 | 2017年9月12日 |
| 場所 | 神戸市長田区五番町3丁目 |
| 被害者 | 楠本勇浩さん(当時44歳) |
| 被告 | 菱川龍己 |
| 現在の状況 | 2026年6月逮捕、7月起訴、公判待ち |
山口組分裂後に続いた組織間の緊張
事件当時、山口組は分裂し、神戸山口組、そこから離脱した任侠山口組など複数の組織が対立していた。組事務所への発砲や車両への攻撃が各地で起き、警察は抗争の拡大を警戒していた。
織田絆誠は任侠山口組の代表で、移動時には複数の車と警護役が付いていた。菱川は当時、対立する側の山口組系組織に所属していたとされ、捜査では組織的な襲撃か、共犯者がいたかが重要となった。
暴力団抗争であっても、住宅や店舗のある公道で拳銃が使われれば一般市民を巻き込む危険がある。事件は午前中に発生し、通行人や近隣住民がいる時間帯だった。
山口組の分裂後は、組織名や所属が短期間で変化し、過去の人間関係を現在の組織図だけで理解できない。捜査は事件当時の所属、指示系統、車列の情報を知り得た人物を基準に、襲撃計画がどこで共有されたかを調べた。
五番町の路上で襲われた車列
2017年9月12日午前10時ごろ、織田の乗る車を含む車列が長田区五番町3丁目を通行していた。襲撃者は車列へ接近し、織田を狙ったとみられる行動に出た。
警護役の楠本勇浩さんが対応し、拳銃で2発を撃たれたとされる。うち1発が顔面に命中し、楠本さんは死亡した。襲撃者は織田本人を殺害できないまま現場から逃走した。
現場周辺には防犯カメラがあり、警察は襲撃前後の人物と車両を追った。放置された車、ヘルメット、銃器などの物証が捜査対象となり、計画的な準備と逃走経路が検討された。
楠本さんは織田を守る位置におり、襲撃者との間に入ったとみられる。発射位置、弾道、車列の配置から、本来の標的が誰だったか、実行者が相手を識別して撃ったかが検察の立証に関わる。
菱川龍己の指名手配と公開捜査
兵庫県警は物証、映像、組織関係者への聞き込みから菱川を被疑者として特定し、殺人と銃刀法違反の疑いで指名手配した。警察庁は重要指名手配に指定し、顔写真と身体情報を全国へ公開した。
菱川は事件直後から所在をくらませ、本人名義の住居、電話、金融口座を避けているとみられた。暴力団組織の人間関係を通じて移動や生活の支援を受けた可能性があり、警察は関係先を捜索した。
長期間逮捕されなかったことから、海外逃亡、死亡、外見の変更なども検討された。手配写真は事件当時の姿であり、加齢や体重変化を考慮した情報募集が続いた。
重要指名手配後、警察は写真、身長、暴力団での所属歴を全国へ共有した。ホテルや賃貸の通常審査を避けても、知人の部屋、建設現場などの短期就労、医療機関での受診に別名義の痕跡が残る可能性があった。
約9年間途切れた生活の痕跡
菱川が自力で潜伏していたのか、複数の支援者がいたのかは、逮捕後の捜査対象となった。
組織の再編も進み、事件当時の所属関係は後に変化した。山健組は2021年に山口組へ復帰したが、過去の事件の刑事責任が消えるわけではない。警察は組織間の力関係と逃走支援を分けて捜査した。
菱川の名前で公的記録が残らない一方、別人名義の契約、知人名義の電話、現金による就労などがあれば、支援者側の記録から足取りをたどれる。逮捕後には潜伏期間全体を再構成する作業が始まった。
潜伏期間の全体が解明されれば、事件直後に誰が逃走を手助けし、どの時期に山口県へ移ったかが分かる。支援者が菱川の手配を知りながら住居や金銭を提供した場合には、犯人蔵匿など別の犯罪が成立する可能性もある。
「似た男がいる」という情報と山口県での発見
2026年6月上旬、山口県警に「手配写真に似た男がいる」という趣旨の情報が寄せられた。兵庫県警と山口県警は約60人態勢の合同捜査本部を設置し、下松市内の集合住宅にいる男の身元を確認した。
6月23日早朝、捜査員が部屋へ入り、菱川の身柄を確保した。現場は事件現場から約300キロ離れ、菱川は一人で室内にいた。長年の指名手配が、一般からの目撃情報を起点に動いた。
逮捕時、県警は認否を明らかにしなかった。
情報提供者が手配写真と現在の男を結び付けた後、警察は直ちに踏み込まず、生活状況、出入りする人物、本人確認に使える資料を収集したとみられる。誤認逮捕を避けながら逃走を防ぐため、兵庫と山口の合同捜査が組まれた。
別人名義の部屋と逃走支援の捜査
菱川が潜伏していた集合住宅の部屋は別人名義で契約されていた。指名手配中の暴力団組員が通常の審査を受けて賃貸契約を結ぶのは難しく、県警は何者かが住居を用意したとみている。
部屋への入居が確認できるのは逮捕直前の時期で、それ以前の潜伏先は別にあった可能性がある。家賃や生活費を誰が負担し、移動にどの車両を使ったか、連絡を取っていた人物が調べられた。
犯人蔵匿や証拠隠滅に当たる行為があれば、支援者の刑事責任も問題となる。
別人名義の契約は、名義人が意図的に貸した場合だけでなく、本人確認書類を不正に使われた場合もある。
殺人と銃刀法違反での起訴と今後の公判
神戸地方検察庁は2026年7月13日、菱川を殺人と銃刀法違反の罪で起訴した。起訴状では、何者かと共謀し、織田の車を襲撃して楠本さんへ拳銃弾2発を発射し、1発を顔面に命中させて殺害したとされる。
検察は起訴時点で菱川の認否を明らかにしていない。
重要指名手配の状態は逮捕によって終了したが、事件の法的結論はこれからの刑事裁判で判断される。
共謀したとされる「何者か」の特定、映像と物証による実行者識別、長期逃走中の供述の信用性が今後の審理で問われる。
襲撃に使われた銃器と共謀関係の立証
起訴された事件では、拳銃の入手、実行者への受け渡し、車両の準備を誰が担当したかが共謀の立証に関わる。
銃器が発見されていない場合でも、現場の弾丸と過去の発砲事件を照合し、同じ銃を扱った人物をたどれる。押収された携帯電話や車両から得た位置情報が事件時刻と一致すれば、共犯者の供述を補強する客観証拠となる。
長期逃走が今後の裁判へ与える影響
約9年間の逃走は、裁判で直ちに殺人の有罪を示す証拠ではないが、なぜ別人名義で生活し、警察へ出頭しなかったかが説明の信用性に影響する。弁護側は逃走理由と事件への関与を分け、検察側は事件直後の行動と潜伏支援を一連の事実として示すとみられる。
年月の経過で目撃者の記憶が薄れる一方、当時の防犯映像、通信、鑑定資料が保存されていれば客観性を保てる。
被告が共犯者や組織から切り離された後に供述する内容は、潜伏中の支援者を守るため一部を隠していないかも検討される。
被害者遺族にとって逮捕は大きな進展だが、起訴から判決確定までは証拠開示、公判前整理手続、裁判員裁判などに時間を要する可能性がある。
菱川の逮捕により重要指名手配は終了したが、共謀したとされる人物が未特定であれば捜査は続く。実行計画を指示した者、銃器や逃走車両を準備した者がいたかを解明しなければ、襲撃全体の刑事責任は完結しない。
起訴後の認否と公判日程は、裁判所または主要報道で確認できた段階で追記する。
逮捕の端緒となったのは、2026年6月に山口県警へ寄せられた「手配写真に似た男がいる」という情報だった。兵庫、山口両県警は合同で所在を確認し、下松市の集合住宅へ捜査員を派遣した。菱川は同月23日、室内で身柄を確保された。
潜伏していた部屋は別人名義で契約されており、警察は家賃の支払い、鍵の受け渡し、生活費、連絡相手を調べた。事件後の約9年間をどこで過ごし、誰が住居や移動を支えたのかは、殺人事件とは別に犯人蔵匿などの成否にも関わる捜査事項となった。
神戸地検は7月13日、菱川が何者かと共謀して車列を襲い、楠本さんへ拳銃弾2発を発射して殺害したとして起訴した。菱川の認否は起訴時に明らかにされておらず、実行者の識別、共謀相手、銃器と遺留品の鑑定が公判の中心となる。
事件現場では弾丸や車両、ヘルメットなどが捜査対象となり、警察は襲撃前の下見、拳銃の入手、逃走車両の準備に関与した人物がほかにいなかったかを調べている。
事件直後、兵庫県警は菱川被告の顔写真と身体的特徴を公開し、警察庁の重要指名手配に指定した。国内の暴力団関係先だけでなく、宿泊、医療、就労、交通機関の記録を調べたが、本人名義の生活痕跡は長く確認できなかった。
襲撃は午前中の公道で行われた。織田絆誠の車列へ接近した人物が拳銃を発射し、警護に当たっていた楠本さんの顔面へ弾丸が命中した。現場周辺の映像、弾丸、車両、ヘルメットなどが実行者の特定に使われた。
菱川被告の逮捕で重要指名手配は解除されたが、起訴状は「何者かと共謀」としている。警察は拳銃の入手、車両の準備、事件後の逃走を助けた人物がいたかについて捜査を続けている。
2026年8月4日時点で初公判は開かれておらず、菱川被告の認否も明らかにされていない。
菱川被告は殺人と銃刀法違反の罪で起訴されたが、2026年8月4日時点で初公判は開かれていない。約9年間の潜伏経路と共謀した人物の有無についても捜査が続いている。
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