大分替え玉保険金殺人事件は、2002年1月31日、大分県宇佐郡安心院町(現在の宇佐市)で、路上生活をしていた男性(当時62歳)が、別人の「死体」に仕立てる目的で殺害された保険金殺人事件である。
2005年に福岡地裁小倉支部が2人へ死刑判決を言い渡し、控訴審でも維持。2010年11月8日に最高裁が上告を棄却し、尾崎と原の死刑が確定した。現在も、両名の死刑執行や死亡を示す公的発表は確認されておらず、公開されている死刑確定者資料では未執行として扱われている。
- 原正志の死亡を偽装して保険金を得ようとした「替え玉」の仕組み 62歳男性に睡眠導入剤を飲ませ、安心院町の川で殺害した経緯
- 事件直後の偽装工作が短時間で見破られた理由
- 北九州市の強盗殺人・放火事件と死刑確定までの裁判経過
大分替え玉保険金殺人事件の概要
| 事件名 | 大分替え玉保険金殺人事件 |
|---|---|
| 発生日・期間 | 2002年1月31日 |
| 発生場所 | 大分県宇佐郡安心院町(現在の宇佐市) |
| 被害 | 路上生活をしていた男性(当時62歳)首謀者尾崎正芳(事件当時27歳)実行役原正志(事件当時44歳)共犯者尾崎の会社関係者1人も関与し、別途有罪判決が確定目的原正志が死亡したと偽装し、原を被保険者とする生命保険金を得ること犯行方法睡眠導入剤を服用させ、川で上半身を水没させて溺死させた偽装工作 |
| 裁判・捜査状況 | 2005年5月16日、福岡地裁小倉支部が尾崎・原に死刑/2007年1月16日、福岡高裁が控訴棄却/2010年11月8日、最高裁第二小法廷が上告棄却/尾崎正芳、原正志ともに死刑現在の状況現在の公開情報では両名とも未執行の死刑確定者として扱われている 「替え玉」とは何だったのか|保険加入者本人ではなく別人を殺害 一般的な保険金殺人では、生命保険を掛けられた本人を殺害し、受取人が死亡保険金を請求する構図が想像される。 |
| 現在の状況 | 2005年に福岡地裁小倉支部が2人へ死刑判決を言い渡し、控訴審でも維持。2010年11月8日に最高裁が上告を棄却し、尾崎と原の死刑が確定した。現在も、両名の死刑執行や死亡を示す公的発表は確認されておらず、公開されている死刑確定者資料では未執行として扱われている。 |
原正志の死亡を偽装して保険金を得ようとした「替え玉」の仕組み 62歳男性に睡眠導入剤を飲ませ、安心院町の川で殺害した経緯
この事件は違った。保険を掛けられていた原正志本人は生き残り、無関係の第三者を殺して「原が死亡した」と偽装する計画だった。計画が成功すれば、生命保険金を得られるだけではない。原にとっては、自分が死亡したことになれば多額の借金の追及から事実上逃れ、別人として人生をやり直せるという思惑もあった。
この「保険加入者の身代わりとして別人を殺す」という異例の構図から、事件は大分替え玉保険金殺人事件と呼ばれるようになった。ただし、殺害された男性が原に似ていたわけではない。むしろ事件発覚時には、遺体と原の外見上の違いが偽装を疑わせる重要な要素となった。
首謀者・尾崎正芳と実行役・原正志の関係
尾崎正芳と原正志が知り合ったのは2000年ごろだった。2人は床下工事などを扱う会社で上司と部下の関係となる。一審判決によると、尾崎は原が仕事で失敗すると怒鳴ったり殴ったりする一方、仕事を教え、食事を提供し、トラブル時には助けることもあった。単純な友人関係ではなく、支配と依存が入り混じった関係が形成されていく。
原は借金を抱え、尾崎へ多額の金を渡すようになった。過去には窃盗事件を起こし、盗んだ現金の一部を尾崎へ渡したことも裁判で認定されている。一方の尾崎も、会社退職後に始めたスナックなどの経営が悪化し、資金繰りに窮していた。女性顧客らから金をだまし取る詐欺にも及び、次第により大規模な金策へ向かう。
事件当時、2人は養子縁組の関係を通じて戸籍上兄弟になっていた。当時の姓が同じだったため、事件報道では人物関係が分かりにくい場合がありますが、本記事では現在広く知られる尾崎正芳、原正志の氏名で統一する。
原正志に生命保険を掛け、死亡偽装を計画
一審判決によると、尾崎は原を生命保険や自動車保険に加入させ、原の死亡や事故を偽装して保険金を得ることを考えるようになった。2001年12月7日、原は死亡保険金3200万円の生命保険契約を申し込んだ。さらに搭乗者傷害時に保険金が支払われる自動車保険も契約している。
その後、2002年1月15日には、さらに死亡保険金1700万円の別の生命保険契約を申し込ませたと認定された。当初は、原が死亡したとする偽の死亡診断書を用意する案も検討されていた。しかし、それを引き受ける医師を見つけることは困難だった。そこで尾崎は、より直接的で残酷な方法へ進む。実在する第三者を殺し、その死体を原本人だと偽る計画である。
最初に狙われた男性は不審を抱いて逃げ出した
原は北九州市内で、自分の身代わりとして殺害する人物を探した。2002年1月中旬ごろ、路上生活をしていた男性に「土木関係の仕事がある」などと声を掛ける。男性を住居へ誘い込み、酒で酔わせて浴室で溺死させる計画だった。しかし男性が酒を飲まなかったため、この日は実行できなかった。
次には睡眠導入剤を飲ませ、ホテル浴室で殺害した後、川へ遺体を運び「釣り中の転落事故」に見せかける案が作られる。原は実際に男性を連れて川へ向かいましたが、水深が浅く、溺死事故に見せるのは困難だった。1月30日にも殺害が計画されましたが、男性は原の言動を不審に思い、隙を見て逃走する。最初の標的は生きて逃れることができた。
次の標的となった62歳男性を「仕事がある」と誘った
最初の男性に逃げられた後、原と尾崎は別の人物を身代わりにすることにした。標的となったのは、先の男性の近くで路上生活をしており、原とも顔見知りになっていた当時62歳の男性である。原は男性に対し、別の人物が仕事を断ったため代わりに土木関係の仕事をしないか、という趣旨の話を持ち掛けた。
男性はそれを信じた。仕事を紹介されると思い、原と行動を共にすることになる。男性には、原の生命保険を得るため自分が身代わりにされるという事情を知るすべはなかった。裁判で認定された事件像では、職を求める立場につけ込んだ犯行だった。
2002年1月31日、安心院町で替え玉殺人を実行
2002年1月31日、尾崎は会社関係者の共犯者に連絡し、大分県宇佐郡の宿泊施設へ2人分の予約を取らせた。当初は男性へ睡眠導入剤を飲ませ、宿泊先の浴室で溺死させる計画だった。しかし宿泊施設に目的に適した浴室がなく、計画は変更される。尾崎は電話で原へ指示し、睡眠導入剤で眠らせた男性を安心院町の川へ運び、そこで溺死させて事故死を装うことにした。
同日午後7時ごろ、原は男性に、作業で石を磨く際に肺へ粉が入るため必要な薬だという趣旨の嘘をついた。裁判所の認定では、男性はその説明を信じ、睡眠導入剤ハルシオン10錠を服用した。男性はやがて熟睡状態となる。原らは男性を車で川へ運んだ。
両足首を持って逆さにし、上半身を水中へ沈めた
一審判決が認定した殺害方法は極めて残酷だった。午後8時20分ごろ、原は眠らされた男性を川端の水門付近まで運んだ。そして男性の両足首を両手で持って宙づりにし、上半身を水中へ沈めた。男性は溺死した。
さらに原は、顔の判別を難しくするため、遺体の顔の上へ石を落としたと認定されている。共犯者は堤防上で見張りをし、原が逃げ出さないよう監視する役割も担っていた。これは、原自身が尾崎との関係の中で従属的な立場に置かれていた側面と同時に、実行犯として自ら被害者を殺害した事実を示している。
被害男性の衣服に原正志の健康保険証を入れた
殺害後、計画の「替え玉」部分が実行された。男性の衣服には原正志の健康保険証が入れられていた。遺体を原本人だと思わせるための偽装工作である。原は自分自身について別の名前を名乗り、死亡した男性が原であるかのように装おうとした。
計画が成功すれば、保険契約上は原が死亡したことになり得る。そこで死亡保険金を請求し、実際の原は別人として生きる。その構図こそ事件名の由来である。しかし、偽装は極めて早い段階で崩れた。
午後9時30分ごろの119番通報から偽装が露見
殺害から約1時間後の午後9時30分ごろ、原は死亡診断を受けられる病院を尋ねる目的で119番通報した。消防側は事故の可能性があるとして警察へ連絡し、警察官が現場へ来た。原は偽名を名乗り、遺体を自分自身に見せかけようとした。しかし、死亡した62歳男性と当時44歳の原では、人相や身長などが大きく異なっていた。
警察官は説明に疑問を持ち、偽装は短時間で見破られる。翌2月1日、原は逮捕された。同月9日には、原の供述などを受けて尾崎も逮捕された。こうして、保険金請求に至る前に替え玉計画は崩壊する。
捜査から浮上した23日前の北九州強盗殺人・放火事件
大分の事件を捜査する過程で、さらに重大な犯罪が明らかになった。2002年1月8日、福岡県北九州市八幡東区で73歳男性が殺害され、自宅が放火されていた。この事件の背景には、尾崎が男性の親族女性から過去に詐取した合計440万円をめぐる問題があった。返金を強く求められた尾崎は、詐欺の証拠となる預かり証などを奪い、事件の発覚を防ごうと考えたと認定されている。
原は宅配便業者を装って男性宅へ入り、男性が伝票へ印鑑を押そうとしたところを襲った。首を絞め、果物ナイフで頸部を刺すなどして殺害する。目的の書類や現金を見つけられないまま、原は通帳や印鑑を持ち出した。その後、尾崎の指示を受けて灯油をまき、住宅へ放火。建物は全焼し、遺体も焼損した。
大分事件だけを見れば1人の保険金殺人ですが、刑事裁判ではこの北九州事件と合わせ、わずか23日間で2人が死亡した一連の重大犯罪として裁かれた。
尾崎正芳は首謀者、原正志は実行役と認定
裁判では2人の役割が詳しく審理された。尾崎は、北九州事件の殺人・放火について公判では共謀の一部を否定した。殺害指示は実行前に撤回した、放火は指示していないという趣旨の主張である。しかし福岡地裁小倉支部は、捜査段階の供述や原の供述などを検討し、尾崎との共謀を認定した。
一方、原については、尾崎を恐れ逆らい難い心理状態にあった側面が認められた。最高裁段階でも、原側はこうした関係を量刑上重視するよう求めている。それでも裁判所は、原が2件の殺人で直接実行行為を担い、北九州事件では放火し、大分事件では被害男性を自ら川へ沈めて殺害したことを重視した。
最終的な司法判断では、尾崎が首謀者、原が実行犯と位置づけられ、双方の刑事責任は極めて重大とされた。
2005年、福岡地裁小倉支部が2人に死刑判決
2005年5月16日、福岡地裁小倉支部は尾崎正芳と原正志の双方に死刑を言い渡した。検察側の求刑も死刑だった。裁判所は、北九州の強盗殺人・放火から大分の身代わり殺人へ連続して及んだこと、殺害方法が残虐だったこと、自己保身や金銭欲を背景とする非人間性が顕著であることなどを厳しく評価した。
原については、尾崎へ逆らい難い心理状態が存在したとしても、それは犯行決意の要因の一つにすぎず、刑事責任を大幅に軽減する事情にはならないと判断された。また、替え玉殺人には尾崎の会社関係者1人も関与しており、見張りなどの役割を担った。この共犯者については別途、懲役8年が確定したとされている。
2007年控訴棄却、2010年最高裁で死刑確定
尾崎と原は一審の死刑判決を不服として控訴した。2007年1月16日、福岡高裁は両被告の控訴を棄却。一審の死刑判断を維持した。さらに2人は最高裁へ上告する。尾崎側は北九州事件での殺害指示などを争い、原側は尾崎からの支配や脅迫的関係を背景に死刑が重すぎると訴えた。
2010年11月8日、最高裁第二小法廷は両名の上告を棄却した。最高裁は、自己中心的で身勝手な動機や経緯に酌量の余地がなく、殺害方法も残虐で非道だと評価。一、二審の死刑判断を維持した。その後、尾崎正芳と原正志の死刑が確定した。
現在の状況|死刑確定から15年以上
現在も、尾崎正芳と原正志について死刑が執行された、または死亡したとする公的発表は確認されていない。公開されている死刑確定者資料でも、2人は未執行の死刑確定者として掲載されている。本件は未解決事件ではない。尾崎と原は逮捕・起訴され、一審、控訴審、最高裁を経て死刑が確定している。
事件が現在まで強く記憶される理由は、単なる保険金目的殺人ではなく、「本人は生かしたまま、無関係の人間を殺して本人の死体に見せかける」という発想にある。しかも標的となったのは、仕事を求めていた路上生活者だった。睡眠導入剤を飲ませ、抵抗できない状態にし、川で溺死させ、顔の判別を難しくし、別人の健康保険証を持たせる。司法はこの一連の犯行を極めて重大なものと評価した。
同時に、偽装計画は事件直後の警察対応で崩れている。遺体と原本人の外見が大きく異なるという根本的な矛盾さえ解消できておらず、周到な殺害計画と杜撰な身元偽装が同居した事件でもあった。
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