2004年8月2日未明、兵庫県加古川市西神吉町で、藤城康孝(当時47歳)が自宅の東西にある住宅を相次いで襲った。裁判所が認定した被害者は8人。7人が死亡し、1人が約3か月の治療を要する重傷を負った。藤城はさらに、母親が住む自宅へガソリンや灯油をまいて放火し、建物を全焼させた。
事件の事実関係そのものよりも、裁判で長く争われたのは藤城の責任能力だった。複数の精神鑑定が異なる評価を示し、弁護側は心神喪失または心神耗弱を主張した。神戸地裁、大阪高裁、最高裁はいずれも刑事責任を負える状態だったと判断し、2015年に死刑が確定。2021年12月21日、大阪拘置所で刑が執行された。
| 発生日 | 2004年8月2日未明 |
|---|---|
| 場所 | 兵庫県加古川市西神吉町 |
| 被害 | 7人死亡・1人重傷 |
| 被告人 | 藤城康孝(犯行時47歳) |
| 罪名 | 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火 |
| 一審 | 2009年6月12日・神戸地裁、死刑 |
| 控訴審 | 2013年4月26日・大阪高裁、控訴棄却 |
| 上告審 | 2015年5月25日・最高裁、上告棄却 |
| 確定刑 | 死刑 |
| 執行 | 2021年12月21日・大阪拘置所 |
午前3時ごろ、最初に東隣の親族宅へ向かった
神戸地裁判決によると、藤城は以前から、近隣の親族や住民に見下され、邪魔者扱いされているとの感情を募らせ、複数人の殺害と自宅への放火を考えていた。前夜の別の隣人との言い争いをきっかけに、その計画を実行する決意を固めたと認定されている。
午前3時ごろ、藤城は東隣の親族宅へ入り、46歳の男性を玄能で殴打したうえ、骨すき包丁で刺して殺害した。続いて80歳の女性を襲撃。いったん死亡したと思ってその場を離れたが、女性が生きて屋外へ逃れたため、後に追いかけて再び刺し、死亡させた。
別の住宅では一家4人が殺害された
藤城は近くの別の住宅にも向かった。そこで64歳の男性と同年齢の妻、27歳の長男、26歳の長女を次々に襲撃し、4人全員を死亡させた。さらに、最初の親族宅に異変を聞いて駆けつけた55歳の男性も殺害した。
その男性と一緒に来た50歳の妻も胸部や背部、頸部などを刺され、肺や血管を損傷する重傷を負ったが生存した。死亡7人、重傷1人という被害は、二つの住宅を短時間に行き来して生じている。
襲撃後、軽乗用車は現場近くで衝突・炎上した
神戸新聞が事件を振り返った記事によると、藤城は襲撃と放火の後、軽乗用車で現場を離れた。車は現場から約700メートル南の加古川バイパス橋脚に衝突して炎上し、近くにいた警察官が藤城の身柄を確保した。民家火災として始まった通報対応は、周辺住宅で多数の住民が襲われていることが分かるにつれて、大量殺傷事件の捜査へ切り替わった。
一審判決は、藤城が犯行後に自殺を図ったことを、被告人に有利に考慮すべき事情の一つとして挙げている。ただし、その事情を含めても、7人を殺害し1人に重傷を負わせた結果や、複数の被害者をあらかじめ対象として凶器を準備した計画性を上回るものではないと判断した。
最後に自宅へ火を放った
襲撃後、藤城は母親が住む自宅の畳や布団、付属建物の床などにガソリンや灯油をまき、ライターで点火した。建物は全焼し、周囲への延焼の危険も生じた。殺人・殺人未遂に加え、この放火が現住建造物等放火罪として起訴された。
裁判所は、殺害だけでなく、母親が現に住んでいた家屋を焼いた点も強く非難した。最高裁判決も、全焼に加えて近隣建物への延焼の危険を生じさせたとして、量刑上重い事情に位置付けている。
一審判決は放火の理由について、犯行後に古い自宅の外観が報道されることを恥ずかしいと考えたためだったと認定している。母親が生活する家を自ら焼き、しかもガソリンを使ったことで隣家への延焼や逃げ遅れの危険まで生じさせた点を、殺人とは別の重大な行為として評価した。
動機は「現実の確執」だけでは説明されなかった
藤城は近隣の親族らから長く理不尽な扱いを受けていると感じ、その感情を強めていた。裁判では、現実の人間関係上の対立と、藤城の強い被害意識をどう評価するかが重要になった。単に「近所トラブルが殺人に発展した」とまとめるだけでは、責任能力をめぐる争いを捉えられない。
弁護側は、藤城が持続性妄想性障害の影響を受け、犯行時に心神喪失または心神耗弱だったと主張した。精神障害の診断名だけで刑事責任が決まるわけではなく、善悪を判断する能力や、その判断に従って行動を抑える能力がどの程度失われていたかが法的な焦点となった。
判決文では、二つの鑑定が食い違った理由そのものも検討されている。一方は、特定の親族や近隣住民から嫌がらせを受けているという認識を、訂正困難な「妄想」と捉えて持続性妄想性障害と診断した。もう一方は、現実の人間関係上の出来事から大きく外れない「被害念慮」と捉え、情緒不安定性人格障害などの人格面を中心に評価した。
神戸地裁が重視したのは診断名だけではなく、藤城が目的に沿って行動を組み立てていた点だった。判決によれば、玄能と骨すき包丁2本を準備し、最初の住宅から別の住宅へ移動し、いったん死亡したと思った被害者が生存していると分かると再び追跡した。裁判所は、こうした行動が事理弁識能力と行動制御能力の著しい低下とは整合しないと評価した。
一審では精神鑑定の評価が正面から争われた
神戸地裁の審理では複数の専門家による鑑定が扱われた。ある鑑定は迫害妄想を重視し、妄想性障害を認める方向の評価を示した。一方、別の鑑定は精神病性の障害ではなく、人格面の特性や言語面の問題を中心に捉えた。
2009年5月29日、神戸地裁は藤城に死刑を言い渡した。判決は、犯行時に完全責任能力があったと認定。標的を選び、凶器を準備し、複数の住宅を移動しながら行動したことなど、犯行の目的性と一貫性も責任能力判断の材料になった。
控訴審は妄想性障害を認めても死刑を維持した
控訴審では、藤城が妄想性障害に罹患していたという前提に立つ鑑定も検討された。重要なのは、一審と控訴審で医学的評価の置き方に違いがありながら、最終的な法的結論は変わらなかった点である。
大阪高裁は2013年4月26日、藤城の事理弁識能力と行動制御能力が著しく低下していたとは認めず、控訴を棄却した。精神障害が犯行へ一定の影響を与えた可能性を認めても、刑法上の心神耗弱に達していたとは評価しなかった。
最高裁が示したのは「鑑定=法的結論ではない」という判断
2015年5月25日、最高裁第二小法廷は上告を棄却した。最高裁は、責任能力の判断は専門家の医学的診断だけで機械的に決まるものではなく、犯行前後の言動、動機、計画性、行動の一貫性などを含めて裁判所が判断するものだという立場から、原判決を是認した。
最高裁は、藤城が妄想性障害に罹患し、その障害が犯行に一定の影響を与えたこと自体は否定し難いとした。それでも、事理弁識能力や行動制御能力が著しく低下していたとはいえないと判断し、責任能力に関する上告理由を退けた。
この判断では、精神医学上の診断と刑法上の責任能力が同じ問いではないことが改めて表れている。病気や障害の存在が認められても、それが犯行時の判断能力・行動制御能力をどの程度損なったのかは、犯行の準備、対象の選択、行動の順序、犯行後の振る舞いまで含めて別に評価される。本件では三審を通じ、その低下は心神耗弱に当たる程度ではないとの結論が維持された。
7人死亡という結果と犯行態様が死刑判断を支えた
量刑では、7人の生命が奪われ、1人が重傷を負った結果が最も重く評価された。複数の被害者を短時間のうちに順次襲い、身体の重要部位を刃物で攻撃したこと、自宅を放火して周囲にも危険を及ぼしたことが指摘されている。
最高裁は、藤城に前科がないことや、妄想性障害が犯行に一定の影響を与えたことも考慮した。しかし、それらを踏まえても刑事責任は重大であり、一審が選択した死刑を是認せざるを得ないと結論付けた。
一審も、被告人側に有利な事情を無視してはいない。藤城一家が親族側から長年嫌がらせを受けていた事実、生育歴に不遇な面があったこと、言語面の障害が人格形成へ影響した可能性、前科前歴がなかったこと、犯行事実そのものは認めていたことなどを列挙した。そのうえで、被害者側に生命を奪われるほどの落ち度はなく、7人死亡という結果を前に極刑を回避する事情にはならないと判断した。
2009年6月12日、神戸地裁が死刑を言い渡した
2009年6月12日、神戸地裁は、殺人7件、殺人未遂1件、現住建造物等放火を認定して藤城に死刑を言い渡した。殺人7件についてそれぞれ死刑を選択し、刑法の併合罪の規定により最終的な主文を死刑とした。殺人未遂と放火について別個の有期懲役刑を上乗せするのではなく、最も重い殺人について選択した死刑で処断している。押収された骨すき包丁2本の没収も命じた。
量刑理由では、藤城一家と親族側との間に長年の確執があったこと、幼少期からの生育歴や言語面の問題が人格形成へ一定の影響を与えた可能性、前科前歴がなかったことなども検討された。それでも、複数人を対象に準備したうえで7人の生命を奪った結果を最も重く見て、死刑以外の刑を選ぶことはできないと結論づけた。
事件前の相談を受け、警察・市・県は連絡体制を作った
事件後には、藤城と住民の間で以前からトラブルが重なり、近隣住民から加古川署や県の加古川健康福祉事務所へ相談が寄せられていたことも明らかになった。神戸新聞は、事件当時の住民が暴力的な言動や接触について相談していたと伝えている。
事件を受け、加古川健康福祉事務所、市、加古川署は、精神保健上の対応が必要と考えられる相談や事案について情報を共有する連絡会を設置した。2021年の死刑執行時にも、この連絡会が継続し、担当者会議を定期的に開いていると報じられている。刑事裁判とは別に、事件後の行政対応として残った動きである。
2021年12月21日、大阪拘置所で死刑執行
法務省は2021年12月21日、藤城康孝を含む3人の死刑を執行した。藤城は大阪拘置所に収容されており、65歳で刑が執行された。この日は2019年12月以来、約2年ぶりの死刑執行だった。
藤城については、現在も死刑確定者として収容中とする古い説明は正確ではない。2021年の執行によって本人に対する刑の執行は終了している。本件の司法上の中心点は、精神障害の影響を認めつつも完全な刑事責任能力を認定し、死刑を維持した三審の判断にある。
参考資料・出典
- 神戸地裁 平成16年(わ)第1064号・第1157号 判決
- 最高裁第二小法廷 平成25年(あ)第729号 判決
- TKCローライブラリー「兵庫県 加古川7人殺害 死刑確定」
- 神戸新聞「2004(平成16)年8月2日 加古川市で7人殺害事件」
- 法務大臣臨時記者会見(2021年12月21日)
- 神戸新聞「加古川7人刺殺で死刑執行 地域連携の継続」
関連事件
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