2019年3月28日、熊本地裁は宮田浩喜さんに対し、1985年の殺人について無罪を言い渡した。有罪判決を支えていたのは捜査段階の自白だったが、その自白には「燃やした」とされたシャツの布片が、実際には捜査機関に押収されて残っていたという矛盾があった。
被害者は熊本県松橋町(現在の宇城市)に住んでいた岡村又雄さん(59)。宮田さんは岡村さん殺害の罪で懲役13年の判決を受け、刑務所を出た後に再審を求めた。再審無罪から7年後の2026年には、捜査と公判活動の違法性をめぐる国家賠償訴訟が最高裁へ進んでいる。
| 事件発覚 | 1985年1月8日 |
|---|---|
| 場所 | 熊本県下益城郡松橋町(現在の宇城市) |
| 被害者 | 岡村又雄さん(59) |
| 逮捕 | 1985年1月20日、宮田浩喜さん |
| 一審 | 1986年12月22日、熊本地裁・懲役13年 |
| 有罪確定 | 1990年1月26日、最高裁が上告棄却 |
| 再審開始 | 2016年6月30日、熊本地裁 |
| 再審無罪 | 2019年3月28日、熊本地裁・殺人について無罪 |
| 現在 | 国家賠償訴訟で国が最高裁へ上告中(2026年8月28日時点) |
岡村又雄さんは自宅で死亡しているのを発見された
1985年1月8日午前9時30分ごろ、岡村又雄さんが自宅室内で死亡しているのが見つかった。頸部を刃物で多数回刺されており、捜査は殺人事件として始まる。宮田さんは岡村さんの将棋仲間で、事件前に岡村さん宅で一緒に酒を飲んでいた人物の一人だった。
警察は1月8日夜から宮田さんへの任意取調べを続けた。当初は犯行を否定していたが、1月20日に岡村さんを殺害したとする供述へ転じ、その日に逮捕された。2月10日、殺人罪で起訴される。捜査中に宮田さん宅から拳銃と実包が見つかったため、銃刀法違反なども別件として起訴された。
任意取調べは1月8日夜から続き、12日目に自白へ転じた
宮田さんへの取調べは、遺体が発見された1月8日の夜から19日まで連日続いた。熊本県弁護士会の資料では、宮田さんは長時間の任意取調べを受け、ポリグラフ検査で陽性反応が出たと告げられた後、否認から自白へ転じたとされる。1月20日に自白調書が作成され、その日のうちに逮捕された。
捜査機関は、宮田さんが岡村さんと酒席を共にしていたことや、以前から関係が良好ではなかったことを犯行の背景として見た。しかし、捜査の初期段階から宮田さんの身体や衣服に岡村さんの血液が付着していたといった直接的な痕跡が確認されたわけではない。自白の内容が客観証拠と合うかどうかが、本来きわめて重要な事件だった。
有罪立証の中心に置かれたのは、宮田さん自身の自白だった
宮田さんと岡村さん殺害を直接結び付ける物証は乏しかった。凶器とされた切出小刀から岡村さんの血液が検出されたわけではなく、殺人を目撃した人物もいない。有罪判決の中心に置かれたのは、連日の取調べの後に作られた宮田さんの自白だった。
自白では、岡村さん宅で口論となり、いったん自宅へ戻って小刀を持ち出し、岡村さんを刺したとされた。さらに小刀の柄にシャツから切り取った布を巻き、犯行後、その布とシャツの左袖部分を燃やしたという内容も含まれていた。この「燃やした布」が、後に確定判決を揺さぶることになる。
初公判では認めたが、第5回公判から殺人を否認した
宮田さんは1985年4月の初公判でいったん殺人を認めたものの、同年8月の第5回公判から否認へ転じた。取調べ段階の自白は信用できず、自分は岡村さんを殺害していないと争う。
1986年12月22日、熊本地裁は自白の任意性と信用性を認め、殺人などについて懲役13年を言い渡した。福岡高裁も控訴を棄却し、1990年1月26日に最高裁が上告を棄却。有罪判決が確定した。宮田さんは服役を続け、1999年に刑務所を出た。
確定判決が描いた犯行時刻と凶器は、自白に大きく依存していた
確定判決は、1985年1月6日午前1時30分ごろ、宮田さんが刃体約11センチの切出小刀で岡村さんの頸部などを多数回刺し、左総頸動脈の切損による失血で死亡させたという犯行像を認定していた。岡村さんが刃物で殺害されたこと自体は再審でも否定されていない。
問題は、その凶器が本当に宮田さんの小刀だったのか、そして宮田さんがその行為をしたのかという点だった。再審開始決定では、新たな鑑定によって岡村さんの創傷と小刀の形状が相当に矛盾する疑いが示され、自白のうち凶器に関する部分まで信用性が揺らいだ。
「燃やした」はずのシャツ片が、捜査機関の証拠に残っていた
再審で決定的な意味を持ったのは、検察側から開示されたシャツの布片だった。宮田さんは自白で、凶器の柄に巻くため左袖から布を切り取り、残った左袖部分とともに燃やしたと説明していた。ところが、警察は起訴後の1985年2月14日、宮田さん宅付近からその左袖部分を押収していた。
さらに複数の布片を元のシャツとつなぎ合わせると、シャツはほぼ完全な形に復元できた。自白通りに左袖を切り取り、残部まで焼却していたなら、この状態で布片が残ることは説明できない。自白の核心部分と客観証拠が正面から食い違っていた。
凶器とされた小刀についても、自白を支える証拠が弱まった
再審請求では、凶器とされた小刀と岡村さんの創傷との整合性も見直された。小刀から血液の付着を証明できなかった鑑定結果があり、創傷の特徴についても新たな法医学的検討が行われた。
熊本地裁は2016年6月30日、布片などの新証拠を踏まえ、自白の信用性を否定して再審開始を決定した。検察側は即時抗告したが、福岡高裁は2017年11月29日に棄却。さらに特別抗告したものの、最高裁も2018年10月に退け、再審開始が確定した。
再審開始をめぐり、検察は高裁、最高裁まで争った
2016年の再審開始決定に対し、検察官は即時抗告した。福岡高裁は2017年11月29日、創傷と小刀の不一致、布を巻いたという自白の虚偽の可能性などを重視し、熊本地裁の判断を維持した。
検察官はさらに最高裁へ特別抗告したが、2018年10月、最高裁もこれを退けた。再審請求から開始確定まで約6年7か月。事件発生からはすでに33年以上が過ぎており、再審公判では宮田さんの年齢と体調も考慮して速やかな審理が求められた。
2019年の再審で、殺人について無罪となった
再審公判で検察側は殺人について新たな有罪立証を行わず、2019年3月28日、熊本地裁は宮田さんに無罪を言い渡した。判決は、再審開始決定で問題となった自白や客観証拠を踏まえ、岡村さん殺害を宮田さんの犯行と認定できないとした。
ただし、再審判決は事件全体を「全面無罪」としたわけではない。殺人について無罪とする一方、捜査過程で宮田さん宅から見つかった拳銃・実包に関する銃刀法違反などについては有罪とし、懲役1年を言い渡したうえで、既に拘束されていた期間を刑期へ算入した。松橋事件で再審無罪と呼ばれる核心は、岡村さん殺害の部分にある。
再審請求時、宮田さんには認知症が進んでいた
宮田さんが再審を申し立てたのは2012年3月12日。すでに認知症が進み、成年後見人となった弁護士も再審請求に関わった。事件発生から27年が過ぎ、有罪確定からも20年以上が経過していた。
再審無罪が確定した時、宮田さんは85歳だった。翌2020年、宮田さんは国と熊本県を相手に国家賠償訴訟を起こし、長時間の取調べによる自白形成や、自白と矛盾する証拠の扱いが違法だったとして賠償を求めた。同年10月29日、宮田さんは87歳で死亡し、遺族が訴訟を引き継いだ。
国賠訴訟では「なぜ矛盾する証拠が有罪裁判で生かされなかったか」が問われた
国家賠償訴訟の焦点は、無罪になったという結果だけではなかった。警察が自白を得るまでの任意取調べは適法だったのか、起訴後に発見されたシャツの袖片や小刀の鑑定結果を把握した検察官が、それでも自白を柱とする公判を続けたことに過失がなかったかが争われた。
宮田さん側は、違法な捜査と公判活動によって長期間「殺人犯」とされ、服役まで余儀なくされたとして国と熊本県に約8500万円の賠償を求めた。宮田さん自身は判決を見ることなく亡くなり、裁判は遺族が承継した。
2025年の一審は検察の違法性を認め、県への請求は退けた
2025年3月14日、熊本地裁は国家賠償訴訟で国に約2380万円の支払いを命じた。刑事公判を担当した検察官が、自白と矛盾する証拠があることを把握しながら適切に対応せず、公判を維持した点などを違法と判断した。
一方、一審は熊本県警による取調べについて国家賠償法上の違法性を認めず、熊本県への請求を棄却した。このため原告側と国側が控訴し、福岡高裁で警察の取調べまで違法といえるかが改めて争われた。
福岡高裁は2026年、警察と検察の双方に違法行為があったと判断した
2026年7月27日、福岡高裁は一審判決を変更し、国と熊本県の双方に賠償を命じた。長時間に及んだ任意取調べなど県警側の捜査にも違法性があったと認め、検察側についても賠償責任を認める結論を維持した。賠償額は合わせて約2380万円となった。
熊本県は高裁判決を受け入れ、8月10日に上告しない方針を明らかにした。一方、国は「判例と相反する判断」として8月7日付で最高裁へ上告した。殺人についての再審無罪はすでに確定しているが、捜査・公判活動に対する国家賠償責任の最終判断は、2026年8月28日時点でまだ確定していない。
岡村さん殺害について、宮田さん以外の犯人は司法上確定していない
再審無罪は、岡村さんが殺害されていないという判決ではない。岡村さんは刃物で殺害されており、再審判決は「宮田さんが犯人であることを示す証拠がない」として殺人について無罪を言い渡した。
したがって、松橋事件の刑事手続が明らかにしたのは、宮田さんを岡村さん殺害の犯人と認定した確定判決が維持できなかったという点までである。岡村さんを誰が殺害したのかについて、新たな人物の有罪判決が出たわけではない。
参考資料・出典
- 熊本地方裁判所「松橋事件 再審判決要旨」2019年3月28日
- 熊本地方裁判所「国家賠償請求事件 判決」2025年3月14日
- 福岡高等裁判所「国家賠償請求控訴事件 判決」2026年7月27日
- 熊本県弁護士会「松橋事件 再審無罪判決に関する会長声明」2019年3月28日
- 九州弁護士会連合会「松橋事件 特別抗告棄却決定に関する理事長声明」2018年10月22日
- 共同通信ニュース用語解説「松橋事件」
- 熊本日日新聞「再審無罪『松橋事件』国賠訴訟 国と熊本県に賠償命令」2026年7月27日
- FNNプライムオンライン「松橋事件国賠訴訟 国が上告、県は上告断念」2026年8月11日
- 日本国民救援会「熊本・松橋事件国賠訴訟」
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