1986年5月9日、東京都江東区で小学1年生の本間裕士ちゃん(6歳)が帰宅途中に誘拐された。須田房雄は子どもの興味を引く昆虫を使って近づき、裕士ちゃんを連れ去った後に殺害し、家族へ2000万円の身代金を要求した。
事件は身代金の受け渡しをめぐる捜査の末に須田の逮捕へ進み、東京地裁は同年12月22日に死刑を言い渡した。須田はいったん控訴したものの、1987年1月に自ら取り下げたため一審判決が確定し、1995年5月26日に東京拘置所で死刑が執行された。
| 事件名 | 裕士ちゃん誘拐殺人事件 |
|---|---|
| 発生日 | 1986年5月9日 |
| 主な発生場所 | 東京都江東区など |
| 被害者 | 本間裕士ちゃん(当時6歳) |
| 被告人 | 須田房雄 |
| 主な罪 | 身代金目的誘拐、未成年者略取、殺人など |
| 身代金要求 | 2000万円 |
| 一審 | 1986年12月22日、東京地裁・死刑 |
| 死刑確定 | 1987年1月、控訴取下げにより確定 |
| 死刑執行 | 1995年5月26日、東京拘置所 |
友人宅から帰る6歳の裕士ちゃんが狙われた
事件が起きたのは5月9日の午後だった。裕士ちゃんは友人宅から一人で帰る途中で、須田はその移動時間に接触した。事件を伝える資料では、裕士ちゃんが昆虫好きだったことを利用し、カブトムシの幼虫を見せるなどして誘い出したとされている。
被害者と須田の間に、家族ぐるみの関係や長く続く対立があった事件ではない。金を得るため幼い子どもを身代金誘拐の対象に選び、日常の帰宅経路で接近したことが犯行の出発点となった。
身代金を得る目的で子どもを連れ去った
須田は自宅の転居費用や飲食店の開業資金などを必要としていたと報じられ、金銭を得る目的で誘拐を計画した。裕士ちゃんを車で連れ去った後、家族に対して2000万円を要求する電話をかけた。
身代金目的誘拐では、家族は被害者が生存して戻ることを前提に犯人の指示へ対応する。この事件では、裕士ちゃんは要求が続けられている時点で既に殺害されており、家族は救出の可能性を信じながら交渉に臨むことになった。
誘拐後、裕士ちゃんは殺害されていた
事件を伝える資料では、須田は裕士ちゃんを連れ去った後に殺害したとされる。石で頭部を殴り、首を絞めたと伝えられており、身代金を受け取った後に解放するため被害者を生かしていた事件ではなかった。
この点は、誘拐と殺人が別々に偶発したのではなく、金銭目的の犯行の中で幼い被害者の生命まで奪ったことを意味する。東京地裁の量刑でも、6歳の子どもを対象にした身代金目的誘拐と殺害の重大性が中心となった。
2000万円を求める電話が家族へ続いた
須田は裕士ちゃんの家族へ身代金2000万円を要求し、受け渡しに向けた連絡を重ねた。警察は家族と連携しながら電話の内容や指定場所を追い、身代金の授受現場で犯人を確保するための捜査を進めた。
警視庁捜査一課特殊班を扱った毛利文彦の書籍にも、この事件は「昭和六十一年、本間裕士ちゃん誘拐事件」として身代金授受現場の章で取り上げられている。事件は、誘拐犯との交渉と受け渡し現場をめぐる捜査が大きな比重を占めた事例だった。
身代金の受け取りに現れた須田を警察が追った
事件を伝える資料によると、須田は身代金を受け取ろうとした場面で警察の捜査線上に浮上し、逮捕された。公衆電話などを使って接触地点を変える中、警察は要求時刻や指定場所を追って身代金授受の機会を捜査した。
逮捕後は誘拐だけでなく、裕士ちゃんの殺害についても捜査が進んだ。刑事裁判では、身代金を得るために子どもを連れ去った経過、殺害、死亡後にも家族へ金銭を要求した一連の行為が審理された。
東京地裁は事件発生から7カ月余りで死刑判決
東京地裁は1986年12月22日、須田に死刑を言い渡した。事件発生から一審判決まで7カ月余りであり、身代金目的で6歳児を誘拐して殺害した結果が極めて重く評価された。
被害者は1人だったが、幼い子どもを金銭目的で誘拐し、家族への要求を行いながら生命を奪ったという事件の性質が量刑に反映された。判決後、弁護人は上級審で審理を続けるため控訴手続を取った。
控訴した後、須田本人が取下げを選んだ
須田はいったん控訴したが、1987年1月に本人が控訴を取り下げた。フォーラム90の資料でも、須田について「1987年1月 控訴取下げ確定」と記録されている。
そのため、この事件には東京高裁の控訴審判決も最高裁の上告審判決もない。死刑は上級審の棄却によって確定したのではなく、東京地裁の死刑判決に対する控訴が取り下げられたことで確定した。
上級審で死刑の妥当性を判断する判決は出ていない
死刑事件では、一審の後に控訴審、上告審まで進む例が多い。一方、被告人本人が有効に上訴を取り下げれば、一審判決がそのまま確定することがある。須田の刑事手続はこの形で終結した。
東京高裁で量刑を審理する前に控訴が取り下げられたため、東京地裁の死刑判決が1987年1月にそのまま確定した。最高裁の上告審にも進んでいない。
1995年5月26日、東京拘置所で死刑執行
死刑確定から約8年後の1995年5月26日、須田の刑は東京拘置所で執行された。フォーラム90の上訴取下げ資料にも、須田の控訴取下げ確定と同日の執行日が記録されている。
これにより須田本人に対する刑事手続は終わった。再審によって有罪認定や刑が変更された経過は確認されておらず、現在の法的な結末は「一審死刑判決、控訴取下げによる確定、1995年執行」となる。
誘拐事件の捜査記録として残る身代金授受現場
裕士ちゃん事件は、被害者の生命が既に奪われていた一方で、警察が家族への要求電話と身代金の受け渡しを追う捜査を続けた事件でもある。捜査一課特殊班を扱った書籍の目次で本件が身代金授受現場の事例として掲げられているのは、その捜査経過を示している。
子どもが日常の帰宅途中に誘い出され、家族への金銭要求へつながった事件は、誘拐防止だけでなく、発生後に被害者の安全を確保しながら犯人を追う難しさも残した。裕士ちゃんの死亡、家族への身代金要求、そして控訴取下げによる死刑確定までが一つの刑事事件として続いている。
参考資料・出典
- フォーラム90「上訴取下げをした人、あるいは上訴をしなかった人」
- 「本間裕士ちゃん殺害事件」新聞記事一覧
- 相模原市立図書館「警視庁捜査一課特殊班」資料詳細
- 戦後の主な誘拐殺人事件「裕士ちゃん誘拐殺人事件」
関連事件
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