日立女子中学生誘拐殺人事件|14歳少女を誘拐・殺害し身代金要求、綿引誠の死刑確定と病死

公開日 2026年7月29日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
1978年
都道府県
茨城県
事件分類
殺人事件 / 誘拐・拉致事件
司法状況
確定
最終刑・処分
死刑

1978年10月16日、茨城県日立市で14歳の女子中学生が姿を消した。連れ出したのは、家族と親せき同様の付き合いがあった綿引誠(当時39歳)だった。綿引はあらかじめ用意した薬物で少女を昏睡状態にし、殺害した後、家族へ身代金を要求した。

最高裁は、綿引が多額の借金返済と遊興資金を得る目的で犯行を計画したと認定した。被害者は1人だったが、水戸地裁は死刑を選択し、東京高裁、最高裁もこれを維持した。死刑確定から約25年後の2013年6月23日、綿引は刑を執行されないまま東京拘置所で病死した。

事件名日立女子中学生誘拐殺人事件
発生日1978年10月16日
発生場所茨城県日立市周辺
被害者14歳の女子中学生1人
被告人綿引誠(事件当時39歳)
主な罪名身代金目的誘拐、殺人、死体遺棄、拐取者身代金要求、準強姦未遂
一審1980年2月8日・水戸地裁、死刑
控訴審1983年3月15日・東京高裁、控訴棄却
上告審1988年4月28日・最高裁第一小法廷、上告棄却
その後2013年6月23日、東京拘置所で病死

家族と付き合いのある39歳の男が少女を車へ乗せた

綿引は被害者一家と以前から付き合いがあり、少女にとって全く知らない大人ではなかった。最高裁判決は、綿引が「親せき同様のつきあいをしていた家の娘」を下校途中に誘拐したと認定している。偶然通りかかった子どもを狙った事件ではなく、警戒されにくい関係を利用した犯行だった。

当時の綿引は鉄工業を営んでいたが、事業や遊興によって多額の借金を抱えていた。確定判決では、借金返済に加え、女性との遊興を続ける資金を得るために身代金目的の誘拐を計画したとされた。金銭上の行き詰まりが、具体的な誘拐計画へ結びついていた。

あらかじめ用意した薬物で昏睡させた

綿引は10月16日、少女を車に乗せて連れ出し、事前に準備していた薬物を使って昏睡状態にした。最高裁判決は、この準備行為も含めて犯行の計画性を認めている。連れ出してから突発的に金銭を要求することを思いついたのではなく、誘拐前から身代金取得を目的としていたという認定だった。

昏睡状態の被害者に対しては準強姦未遂の行為も認定された。その後、綿引は少女を殺害し、遺体を山中に放置した。被害者を生存させたまま家族との交渉を続けた事件ではなく、殺害後に家族へ連絡して身代金を求める経過をたどった。

少女が死亡した後も家族へ身代金を要求

綿引は少女を殺害した後、その家族へ電話をかけて身代金を要求した。報道では要求額は3000万円とされている。家族は少女が生きて戻る可能性を信じて対応したが、その時点ですでに救出は不可能な状態だった。

身代金を実際に受け取ることはできなかった。だが、身代金目的で少女を誘拐し、殺害した上で家族へ要求を行った一連の行為は、後の裁判で量刑を左右する中心的な事情となった。金銭目的、年少者の誘拐、事前準備、殺害、遺棄、死亡後の身代金要求が一つの計画の中で評価された。

捜査で綿引が浮上し、殺害と遺棄が明らかになる

少女が帰宅せず、家族へ身代金要求の電話が入ったことから警察は誘拐事件として捜査した。被害者の交友関係や事件当日の行動、家族の事情を知る人物が調べられ、綿引が捜査線上に浮上した。

綿引は逮捕され、身代金目的誘拐や殺人などで起訴された。遺体発見と現場検証によって殺害の事実が確認され、裁判では、身代金取得の目的が最初から存在したのか、犯行の計画性をどう評価するか、被害者1人の事件で死刑を選択することが相当かが大きな問題となった。

水戸地裁は被害者1人の事件で死刑を選択

水戸地裁は1980年2月8日、綿引に死刑を言い渡した。被害者が1人であることや、綿引に重大な前科がなかったことは有利な事情として考慮されたが、それでも刑事責任は極めて重いと判断された。

判決で重く見られたのは、金銭目的で14歳の少女を狙ったこと、家族との関係を利用して連れ出したこと、薬物を事前に準備していたこと、殺害後も少女が生きているかのように家族へ身代金を要求したことだった。犯行の各段階が偶発的ではなく、目的に沿って進められた点が量刑の中心となった。

東京高裁は1983年に控訴を棄却

綿引側は死刑判決を不服として控訴したが、東京高裁は1983年3月15日に控訴を棄却した。身代金目的の認定や量刑について争われたものの、一審の事実認定と死刑判断は維持された。

さらに綿引は最高裁へ上告した。上告審では、当初から身代金を奪う目的があったのかについても争われたが、最高裁は原判決の事実認定を是認した。

最高裁が示した「身代金目的」と死刑の理由

最高裁第一小法廷は1988年4月28日、綿引の上告を棄却した。判決は、綿引が多額の借金返済と遊興資金を得るため、親せき同様に付き合っていた一家の14歳の娘を誘拐し、準備していた薬物で昏睡させて殺害した事実を認定している。

最高裁は、金銭欲に基づく誘拐殺人であること、準強姦未遂、死体遺棄、身代金要求を伴うこと、犯行が計画的であったこと、遺族の被害感情が深刻であることなどを総合した。反省や重大な前科がないことを考慮しても、死刑はやむを得ないという結論だった。これにより綿引の死刑が確定した。

確定後も再審を求め、死刑は執行されなかった

死刑確定後、綿引は東京拘置所に収容された。資料では再審請求を続けていたことが確認されているが、確定した有罪判決が取り消されることはなかった。

死刑確定から長期間が経過しても刑は執行されなかった。個別の死刑確定者について、なぜ特定の時期に執行されなかったのかは通常公表されないため、綿引についても執行されなかった理由を具体的に断定することはできない。

2013年6月23日、東京拘置所で74歳で死亡

2013年6月、綿引は東京拘置所で体調を崩し、くも膜下出血と診断された。法務省の発表を伝えた当時の報道によると、治療が続けられたが、6月23日夜に74歳で死亡した。

綿引は死亡時まで死刑確定者であり、刑の執行を受けたわけではない。1978年の事件から約35年、1988年の死刑確定から約25年を経て、拘置中の病死によってその生涯を終えた。

借金は約1400万円、最高裁は金銭目的を明確に認定

当時の報道や死刑確定者資料では、綿引が抱えていた借金は約1400万円とされる。最高裁も、女性との遊興などによって生じた多額の借金を返し、さらに遊興を続ける資金を得るための犯行だったと認定した。単に生活に困窮していたという事情ではなく、金銭を得るために特定の家庭の娘を狙い、身代金を要求する計画へ進んだ点が明示されている。

弁護側は上級審で、身代金取得が本来の目的ではなく、少女への性的な目的が先にあったという趣旨の主張もした。しかし最高裁は、身代金を奪う目的があったとする原判決の認定を是認した。準強姦未遂が成立することと、身代金目的誘拐が成立することは両立すると判断された。

最高裁は「被害者1人」だけで量刑を決めなかった

死刑選択では被害者数が重要な事情になるが、本件の最高裁判決は人数だけで結論を出していない。14歳の中学生を金銭目的で誘拐した罪質、事前に薬物を準備した計画性、殺害後の死体遺棄、家族への身代金要求、準強姦未遂まで含め、犯行全体の悪質性を総合した。

一方で、綿引が公判段階で反省しているとみられることや、重大な前科がなかったことも判決文に挙げられている。最高裁はこれらを考慮した上でなお、一・二審の死刑を是認した。被害者数と他の量刑事情をどのように組み合わせて判断したかが、判決文から読み取れる。

死刑確定後、再審請求を続けた

死刑確定後も綿引は有罪認定を争い、再審請求を行った。死刑確定者資料では複数回の再審請求が記録され、死亡時にも再審手続が続いていたとされる。再審開始決定や無罪判決には至らず、1988年の確定判決は死亡まで維持された。

死刑確定者が再審を申し立てていることと、確定判決が取り消されたことは同じではない。綿引の場合、法的な地位は一貫して死刑確定者のままで、2013年の死亡によって刑の執行が不可能になった。

事件から3日後、綿引は逮捕された

身代金要求を受けた捜査では、少女と接点があり、家庭の事情を知る人物の行動が調べられた。綿引は事件から3日後に逮捕され、捜査は誘拐事件から殺人・死体遺棄事件へ移っていった。

少女の遺体が確認されたことで、身代金要求の時点ではすでに死亡していた経過が明らかになった。家族へ金銭を要求する行為と、被害者の生命を奪った行為が時間的に分かれていたことも、公判で犯行後の情状として重く扱われた。

2013年6月、くも膜下出血で治療中に死亡

綿引は2013年6月5日、東京拘置所内で倒れているところを発見され、くも膜下出血と診断されたと報じられた。その後も治療が続けられたが、同月23日夜に死亡した。

法務省は翌24日未明に死亡を公表した。死刑確定者が執行ではなく病死した場合、確定判決が消えるわけではない。綿引は死刑確定者の身分のまま死亡し、刑の執行には至らなかった。

参考資料・出典

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