徳島ラジオ商殺し事件|冨士茂子さんの死後再審と1985年の無罪判決

公開日 2026年6月26日
最終更新 2026年8月14日

徳島ラジオ商殺し事件は、1953年11月5日未明、徳島市の電器店兼住宅で店主の三枝亀三郎さんが殺害され、内縁の妻だった冨士茂子さんが犯人とされた事件である。現在も冨士さんの無罪は確定している。一方、三枝さんを殺害した真犯人は特定されておらず、事件は再審手続きにおける証拠開示や検察官の不服申し立てを考える原点として語り継がれている。

項目内容
一般的な事件名徳島ラジオ商殺し事件
別称徳島ラジオ商事件、徳島ラジオ商殺人事件
発生日1953年11月5日未明
発生場所徳島県徳島市の電器店兼住宅
死亡した被害者店主・三枝亀三郎さん
冤罪被害者冨士茂子さん
事件時の関係三枝さんの内縁の妻
冨士さんの逮捕1954年8月13日
一審判決1956年4月18日、徳島地裁が懲役13年
有罪確定1958年5月
仮出所1966年11月
再審請求計6回
冨士さんの死去1979年11月15日
再審開始決定1980年12月13日
再審無罪判決1985年7月9日
無罪確定1985年7月19日
現在冨士さんの無罪確定。真犯人は特定されていない

1953年11月5日、電器店主が自宅で刺殺される

事件が起きたのは、徳島市中心部でラジオなどを扱う電器店の奥にある住居部分だった。店主の三枝亀三郎さんは、何者かに刃物で9か所を刺されて死亡。隣で寝ていた冨士茂子さんも胸や腹部付近に傷を負っていた。同じ部屋には、2人の間に生まれた当時9歳の娘もった。娘は「覆面をした男が入ってきた」という趣旨の証言をしている。

現場では屋根上の電線や電話線が切られ、中古の懐中電灯や刃物が発見された。布団の上には、靴を履いた人物が残したとみられる複数の足跡もあった。

徳島市警察は当初、外部から何者かが侵入した事件とみて捜査した。現場近くで不審な男を見たという情報もあり、警察は地元の暴力団関係者や窃盗常習者らを調べる。一時は男性2人を犯人とみて追及しましたが、証拠が足りず起訴には至らなかった。その後、警察組織の再編や担当者の異動が重なり、外部犯人を追う捜査は停滞する。代わって徳島地検が、冨士さんによる内部犯行という見方で独自捜査を進めた。

住み込み店員2人を長期間拘束し、目撃証言を作成

検察が注目したのは、同じ敷地内の小屋で生活していた当時17歳と16歳の住み込み店員だった。2人は、電話線を切った疑いや刃物を所持した疑いで身柄を拘束され、家庭裁判所への送致後も鑑別所で取調べを受けた。その過程で、冨士さんと三枝さんが争う場面を見た、冨士さんに頼まれて電話線を切った、凶器を処分したなどとする大量の供述調書が作成される。

後の再審では、2人が捜査官の誘導や圧力を受け、事実ではない供述をしたと認めた。

事件発生から約9か月後の1954年8月13日、冨士さんは殺人容疑で逮捕された。取調べでは一時的に自白調書の作成に応じましたが、すぐに内容を否定。公判でも一貫して無実を主張した。一方、9歳の娘が語った「覆面の男」の存在は、年少者の記憶や認識は確実ではないとして重視されなかった。

1956年4月18日、徳島地裁は、三枝さんの女性関係に悩んだ冨士さんが計画的に殺害したとして、懲役13年を言い渡す。高松高裁は計画的犯行という認定を変更しながらも、有罪判断を維持した。冨士さんは最高裁へ上告しましたが、後に取り下げ、1958年5月に懲役13年が確定した

元店員が偽証を告白|検察審査会は起訴相当

有罪判決が確定するころ、住み込み店員の一人が、捜査段階の供述と法廷での証言は虚偽だったと告白した。法務省人権擁護局などが調査した結果、もう一人の店員も偽証を認める。2人は警察へ出頭しましたが、徳島地検は不起訴とした。徳島検察審査会は起訴相当と議決したものの、当時は現在のような強制起訴制度がなく、検察は不起訴を維持した。

有罪判決の決め手となった証人自身が証言を否定しても、冨士さんの再審は容易には認められなかった。

冨士さん側は1959年から再審請求を始めた。第1次請求は手続き上の理由で棄却され、第2次、第3次、第4次請求も認められない。証人が偽証を告白しても、確定した有罪判決を覆す壁は極めて高いものだった。冨士さんは1966年11月に仮出所する。自由を取り戻した後も、神近市子さん、市川房枝さん、作家の瀬戸内晴美さんらの支援を受けながら、無罪と名誉回復を求め続けた。

第5次再審で開示された「不提出記録」

1978年1月、冨士さんは第5次再審請求を申し立てた。この審理で、検察側はそれまで裁判所へ提出していなかった22冊の捜査記録を開示す。事件発生から20年以上が過ぎて、初めて明らかになった資料だった。記録には、外部犯人の侵入をうかがわせる現場写真や目撃情報が含まれていた。特に、冨士さんらが寝ていた布団に残された靴跡は、室内に第三者が入った可能性を示す重要な証拠である。

有罪判決と矛盾する証拠が捜査機関の手元にありながら、確定審では十分に開示されていなかったことが、再審へ向けた大きな転機となった。

第5次再審請求の審理中、冨士さんは腎臓がんを患い、重い状態となった。1979年11月8日、弟や妹ら4人が第6次再審請求を申し立てる。その1週間後の11月15日、冨士さんは無罪判決を聞くことなく亡くなった。本人の死亡によって第5次請求は終了しましたが、徳島地裁は、きょうだいによる第6次請求が適法であり、それまでの審理を引き継げると判断する。

1980年に再審開始|検察の即時抗告でさらに長期化

1980年12月13日、徳島地裁は、冨士さんを犯人とした確定判決の事実認定は「もはや維持しがたい」として、再審開始を決定した。検察側は即時抗告しましたが、1983年3月12日、高松高裁が棄却。検察は最高裁への特別抗告を断念し、再審開始が確定した。それでも検察は再審公判で有罪を主張し、31人の証人と4件の鑑定を申請。改めて懲役13年を求刑したため、無罪判決までさらに2年以上を要した。

1985年7月9日、徳島地裁は冨士茂子さんに無罪を言い渡した。判決は、検察側の内部犯行説を退け、現場には外部犯人の存在へ結びつく積極的な痕跡があると認定した。住み込み店員2人の供述や証言も信用できず、冨士さんを犯人とする証拠は残らなかった。検察は控訴せず、同月19日に無罪が確定する。

事件から約31年8か月、冨士さんの死から約5年8か月後の名誉回復だった。

遺族が引き継いだ請求で再審開始が確定し、徳島地裁は1985年7月9日、検察側の立証では犯人と認められないとして無罪を言い渡した。死後に開かれた再審で無罪となった初期の代表的事例である。

現在の状況|無罪判決確定、真犯人は不明

現在も、冨士茂子さんの再審無罪判決は確定している。

2025年には再審無罪判決から40年を迎え、徳島県内で関係者が冤罪の根絶と再審制度の見直しを訴えた。

冨士さんは、夫を殺害した犯人ではない。本来は同じ部屋で襲われ、傷を負った被害者だった。それにもかかわらず、捜査機関が内部犯行説を先に描き、その筋書きに沿う供述を未成年の店員から得たことで、被害者が加害者へ置き換えられていった。無実を示す可能性のある証拠が開示されたのは、事件から20年以上が過ぎた後である。もっと早く開示されていれば、冨士さんが生きている間に無罪となった可能性もあった。

証拠を隠さず開示すること、再審開始後は速やかに裁判をやり直すこと。徳島ラジオ商殺し事件は、見込み捜査や供述への依存だけでなく、再審制度の不備によって名誉回復が死後まで遅れた冤罪事件として、今も重い教訓を残している。

徳島ラジオ商殺し事件で確認された追加経過

事件当夜、同じ部屋で寝ていた冨士さん自身も刃物で負傷していた。現場には外部から侵入した人物の存在を示す足跡や遺留品があったものの、捜査は次第に「内部犯行説」へ傾いていく。冨士さんは1956年に懲役13年の判決を受け、1958年に有罪が確定。服役後も無実を訴え、再審を求め続けましたが、1979年11月、無罪判決を聞くことなく亡くなった。

きょうだいが遺志を引き継いだ第6次再審請求で裁判のやり直しが決まり、1985年7月9日、徳島地裁が無罪を言い渡した。日本の裁判史上初めて、死後再審によって無罪が認められた事件である。

1953年、徳島市の電器店兼住宅で店主の三枝亀三郎さんが殺害され、負傷していた内縁の妻・冨士茂子さんが犯人とされた冤罪事件である。1956年に徳島地裁で懲役13年を言い渡され、1958年に有罪が確定した。検察が内部犯行説に固執し、身柄を拘束した未成年の住み込み店員2人から、冨士さんを犯人とする虚偽の供述を得たことが大きな原因である。

1979年11月15日に亡くなり、きょうだいが再審請求を引き継いだ。無罪判決は死後約5年8か月の1985年7月9日に言い渡された。日本の裁判史上初めて、本人の死後に再審公判が開かれ、無罪判決が確定した事件として知られている。冨士さんの無罪は確定していますが、三枝亀三郎さんを殺害した人物は特定されていない。

冨士茂子さんの無罪は確定したが、三枝亀三郎さんを殺害した人物は現在も特定されていない。

1953年11月5日未明、徳島市のラジオ商で経営者の男性が刃物で殺害された。警察は店内にいた内縁の妻・冨士茂子さんと住み込み店員らから事情を聴き、店員の供述を基に冨士さんを逮捕した。冨士さんは一貫して無実を訴えたが、1958年に懲役13年が確定し服役した。出所後も再審請求を続け、店員供述の変遷、凶器や血痕をめぐる鑑定、捜査段階の誘導が争われた。本人は再審開始を見ることなく1979年に死亡した。

事件は店舗兼住宅で起き、店主は就寝中に鋭利な刃物で襲われた。冨士さんは物音を聞いて異変に気付き、周囲へ助けを求めたと説明した。外部から侵入した痕跡、店内にいた人物の位置、犯行時刻を確定するため、警察は住み込み店員らの供述を重視した。徳島ラジオ商殺し事件をめぐるこの段階では、再審事件では、確定判決を覆す新証拠が、旧証拠と合わせて合理的な疑いを生じさせるかが問われる。

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