広島県海田町遺体なき強盗致死事件は、2022年6月、広島県安芸郡海田町の事務所で、投資金の返還を求められた男性が長時間監禁され、激しい暴行を受けて死亡した事件である。一方、今泉被告には一審で無期懲役判決が出され、2025年7月に広島高裁が控訴を棄却した。現在も、門被告の控訴の有無や刑の確定状況を明確に示す公表情報は確認されていない。
- 竹内義博さんが海田町の事務所で監禁された経緯
- 投資金返還トラブルが暴力的な債権回収へ変わった流れ
- 門美帆子被告と今泉俊太被告の役割の違い
- 遺体が見つからないまま死亡が認定された理由
- 男女7人の逮捕・起訴と裁判の進み方
- 門被告に懲役11年が言い渡された理由
- 共犯者の判決と現在の状況
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 一般的な事件名 | 広島県海田町遺体なき強盗致死事件、海田町強盗致死事件 |
| 別称 | 海田町男性監禁・死体遺棄事件、遺体なき強盗致死事件 |
| 発生日 | 2022年6月1日から6月2日 |
| 主な現場 | 広島県安芸郡海田町南幸町の事務所 |
| 被害者 | 竹内義博さん(当時71歳) |
| 事件の背景 | 暗号資産などへの投資金返還をめぐるトラブル |
| 関与した人数 | 男女7人 |
| 主な被害 | 監禁、暴行、現金約11万円の強奪、死亡 |
| 遺体の状況 | 現場から運び出され、現在でも発見されたとの公表情報は確認されていない |
| 強盗致死罪で起訴 | 門美帆子被告、今泉俊太被告 |
| その他の被告ら | 監禁罪、強盗罪、死体遺棄罪などで起訴 |
| 門被告の求刑 | 懲役14年 |
| 門被告の一審判決 | 2024年7月11日、懲役11年 |
| 今泉被告の一審判決 | 2024年10月10日、無期懲役 |
| 今泉被告の控訴審 | 2025年7月22日、広島高裁が控訴を棄却 |
| 現在 | 門被告は一審で懲役11年。 |
投資金返還トラブルが事件の出発点だった
事件のきっかけは、竹内義博さんと複数の女性との間で起きていた投資金返還トラブルだった。竹内さんは、暗号資産などの運用名目で女性らから資金を預かっていたとされている。はじめのうちは配当が支払われていたものの、その後は入金が滞り、元本も戻らなくなった。被害を訴えた女性は5人にのぼる。門美帆子被告もその一人で、現場では1000万円の返還を求める発言をしていたことが公判で示された。
ここで取るべき手段は、本来なら民事訴訟や差し押さえなどの法的手続きだった。ところが実際には、話し合いは威圧的な「回収」へと変質していく。
門美帆子被告らは「債権回収役」の男2人を呼んだ
女性らは、竹内さんから金を取り戻すため、外部の男2人へ協力を求めた。その中心にいたのが、古物商だった今泉俊太被告である。今泉被告らは、法的な代理人ではない。相手を威圧し、現場で支払いを迫る役割を担っていた。2022年6月1日夜、女性5人と男2人の計7人は、海田町南幸町にある竹内さんの事務所へ集まる。
その場が単なる返金交渉で終わっていれば、死亡事件にはつながらなかったはずだった。しかし、この時点で事態はすでに危うい方向へ傾いていたといえる。
竹内義博さんは約16時間にわたり監禁された
竹内さんは、2022年6月1日午後8時45分ごろから翌2日午後1時10分ごろまで、事務所内にとどめ置かれた。男女らは竹内さんの携帯電話を取り上げ、外部へ助けを求める手段を奪っている。複数人に囲まれた状態で、自由にその場を離れることはできなかった。拘束は夜をまたいで続く。金を返せという要求は繰り返され、時間がたつほど雰囲気は張り詰めていった。
監禁は、それ自体が重大な犯罪である。しかも今回は、監禁の最中にさらに暴行や強盗が重なっていった。
返金要求は一方的で執拗な暴行へ変わった
今泉被告は、竹内さんへ返金しなければ危害を加えるという趣旨の言葉を浴びせ、激しい暴行を加えたと認定されている。公判では、短い時間の中で数十回に及ぶ暴行があったことが示された。胸部を中心に強い衝撃が繰り返し加えられ、竹内さんは次第に抵抗できない状態へ追い込まれていく。
門被告自身が今泉被告と同程度の暴行を加えたわけではないものの、現場にいて返金要求へ加わり、竹内さんを逃げられない状況に置き続けた。裁判所は、こうした一連の行為を個別に切り離すのではなく、共同行為として評価している。
現場では現金約11万円が奪われた
竹内さんは、暴行と脅迫を受ける中で、財布などにあった現金を奪われた。被害額は約11万円である。投資金全体から見れば一部にすぎませんが、暴力で抵抗を封じたうえで金品を奪えば、法的には強盗に当たる。ここは重要な点である。返還請求権があると考えていても、自力で相手の所持金を奪ってよいわけではない。
金銭トラブルと強盗は別問題であり、裁判所もその線引きを明確にした。
暴行後、竹内さんは死亡したと認定された
現場で現金を奪った後も、竹内さんへの暴行は止まらなかった。広島地裁は、死亡の危険が高い一方的で執拗な暴行が加えられ、その結果として竹内さんが死亡したと認定している。遺体が見つかっていないため、司法解剖による死因の特定はできない。それでも、現場の状況、暴行の内容、関係者の行動、その後の搬出状況を総合し、死亡は合理的な疑いなく認められると判断された。
遺体がないことと、死亡を立証できないことは同じではない。この事件は、そのことを強く示した裁判でもあった。
竹内義博さんの遺体は事務所から運び出された
6月2日午後、竹内さんは事務所から外へ運び出されたとされている。捜査では、遺体が毛布のようなものに包まれ、車の荷室へ積み込まれた疑いが浮上した。今泉被告らは、その後、高速道路を使って広島県外へ移動したとみられている。運搬に使われた車両は、のちに埼玉県内で壊された状態で見つかった。
しかし、遺棄場所の特定には至らず、竹内さんの遺体も発見されていない。被害者の遺体が戻らないという現実は、遺族にとって大きな苦しみを残す。事件の重大さは、ここでも際立っていた。
「遺体なき強盗致死事件」と呼ばれた理由
この事件が「遺体なき強盗致死事件」と呼ばれたのは、被害者の遺体が見つからないまま、強盗致死罪の立証が進められたためである。通常、死亡事件では遺体の状況や解剖結果が重要な証拠になる。ところが本件では、それらが存在しなかった。そのため検察側は、現場の血痕、暴行時の音声、関係者の供述、防犯カメラ、車の移動記録など、遺体以外の証拠を積み上げて死亡を立証している。
裁判所もまた、証拠全体の整合性を重視した。個々の証拠だけでなく、複数の事実がつながることで、死亡と共犯関係を認定した形である。
行方不明事件として始まった捜査が強盗致死事件へ発展した
当初、警察は71歳男性の行方不明事案として捜査を始めた。最後に竹内さんの存在が確認されたのが海田町の事務所だったことから、周辺の防犯カメラ、出入りした人物、通信履歴などの確認が進められる。その結果、複数の男女が事務所に長時間滞在していたことや、事件後に竹内さんの姿が消えたことが判明した。
広島県警は捜査本部を設置し、監禁事件として関係者の特定を進める。やがて、監禁だけでは説明できない重大な事態が浮かび上がっていた。
門美帆子被告らは監禁容疑で逮捕・起訴された
2022年10月までに、門被告を含む男女6人が監禁容疑で逮捕され、起訴された。門被告は、竹内さんの携帯電話を取り上げ、ほかの関係者とともに事務所に監禁したとされる起訴内容を認めている。この段階では、竹内さんはなお行方不明者として扱われていた。けれども捜査が進むにつれ、現場から死亡と遺体搬出をうかがわせる事情が次々に出てくる。
監禁事件として始まった捜査は、より重い結果を伴う事件へと姿を変えていった。
2023年1月、門被告らは死体遺棄容疑でも逮捕された
2023年1月23日、広島県警は竹内さんがすでに死亡していると判断する。そして門被告、今泉被告ら男女4人を死体遺棄容疑で逮捕した。送検は翌24日に行われている。逮捕容疑は、竹内さんの遺体を事務所から車に積み込み、埼玉県内またはその周辺へ運んで遺棄したという内容だった。
報道によれば、門被告らは死体遺棄容疑について否認または黙秘の姿勢を示していた。
男女7人全員が強盗致死容疑で再逮捕された
2023年2月13日、警察は関与した男女7人全員を強盗致死容疑で再逮捕した。捜査機関は、女性らが投資金の返還を受ける目的で今泉被告らを呼び、暴力による回収へ加わったとみている。ただし、7人の役割や暴行の程度は一様ではなかった。そのため検察は、誰が死亡結果へどこまで責任を負うのかを整理しながら起訴内容を分けている。
門被告と今泉被告については、強盗致死罪の成立が正面から争点になった。
門美帆子被告に問われた法的責任
門被告は、直接暴行を主導した今泉被告とは立場が異なる。それでも、返金を迫る側の当事者として現場に加わり、監禁状態を維持し、強盗の場面にも関与していた。裁判では、こうした行動が死亡結果につながる一連の共同行為に当たるかが問われる。弁護側は、門被告が死亡するほどの暴行までは予見していなかった、主要な実行犯ではないという点を強調した。
一方、検察側は、門被告が違法な債権回収の場に積極的に加わり、竹内さんを逃げられない状態に置き続けた以上、結果責任を免れないと主張している。
2024年7月11日、広島地裁は門被告に懲役11年判決
2024年7月11日、広島地裁は門美帆子被告に懲役11年の実刑判決を言い渡した。判決は、竹内さんが長時間監禁され、強盗の被害に遭い、その過程で死亡した事実を重くみている。門被告についても、現場にいた単なる傍観者ではなく、違法な回収に加わった共犯と位置付けた。
一方、今泉被告のように暴行の中心を担った立場ではなかったことも考慮されている。その結果、検察の求刑14年より軽い11年となりましたが、決して軽い評価ではない。裁判所は、門被告の刑事責任を明確に認めている。
懲役14年求刑に対し11年となった理由
門被告の量刑で焦点になったのは、死亡結果への関与の深さだった。裁判所は、門被告が返還要求の中心にいた一人であり、監禁や強盗の場面で重要な役割を果たしたと認定している。ただし、激しい暴行そのものを主導したのは今泉被告で、門被告の立場はそれとは同一ではないと整理した。
量刑は、被害結果の重大さだけで決まるわけではない。共謀の内容、役割分担、犯行後の行動など、複数の事情が重ねて検討される。門被告の11年判決は、主要実行犯ではないという事情を踏まえつつも、死亡結果を伴う共犯としての責任を重く問う内容だった。
今泉俊太被告には無期懲役判決が言い渡された
門被告と並んで強盗致死罪に問われた今泉俊太被告には、より重い判断が下されている。2024年10月10日、広島地裁は今泉被告に無期懲役の判決を言い渡した。判決は、今泉被告が竹内さんへ執拗で危険な暴行を加え、死亡の主要な原因を作ったと認定している。まさに本件の中心的実行行為を担ったと評価された形である。
その後、今泉被告は控訴しましたが、2025年7月22日、広島高裁は控訴を棄却した。門被告の量刑を理解するうえでも、今泉被告との役割の差は欠かせない比較材料である。
共犯者らにも監禁罪や死体遺棄罪などで有罪判決
この事件では、門被告と今泉被告以外の関係者についても、監禁罪、強盗罪、死体遺棄罪などで裁判が進められた。全員が同じ罪名で裁かれたわけではない。死亡への関与の程度や現場での役割に応じて、適用された罪が分かれている。ただ、いずれも竹内さんを逃げられない状況へ追い込み、その後の死亡と遺体搬出につながる場面に関与したという重い事実は共通している。
一人の被害者を複数人で囲み、違法な回収へ走った結果が、取り返しのつかない死亡事件へ発展したことは明らかだった。
現在の状況|門被告は一審で懲役11年
事件発生から判決までの主な流れは、次のとおりである。
- 2022年6月1日~2日:海田町の事務所で竹内義博さんが監禁され、暴行を受けて死亡したとされる
- 2022年10月:門美帆子被告らが監禁容疑で逮捕・起訴
- 2023年1月23日:門被告ら4人を死体遺棄容疑で逮捕
- 2023年2月13日:男女7人全員を強盗致死容疑で再逮捕
- 2024年7月11日:広島地裁が門被告へ懲役11年判決
- 2024年10月10日:広島地裁が今泉被告へ無期懲役判決
- 2025年7月22日:広島高裁が今泉被告の控訴を棄却
現在も、門被告に関して確認できる法的状況は、一審で懲役11年の判決が言い渡されたことである。ただし、その後に控訴があったのか、刑が確定したのかについては、公表情報で明確に確認できていない。一方、竹内さんの遺体は見つかっておらず、事件は未解決ではないものの、被害の全体像になお大きな空白を残している。
広島県海田町遺体なき強盗致死事件が残したもの
この事件で最も重いのは、71歳の竹内義博さんが長時間にわたって自由を奪われ、暴行を受け、命を失ったうえ、遺体すら戻っていないことである。背景に投資トラブルがあったとしても、それは暴力を正当化する理由にはならない。返還を求める権利と、相手を監禁し、現金を奪い、死に至らせる行為はまったく別のものだ。
また、この事件は、遺体がなくても証拠の積み重ねによって死亡と共犯関係を立証できることを示した。同時に、被害者の遺体が見つからないまま裁判が進むことの重さも浮き彫りにしている。遺族にとっては、判決が出ても終わらない苦しみが残るからである。金銭トラブルを暴力で解決しようとした瞬間、事件は単なる返還交渉ではなく重大犯罪へ変わった。広島県海田町遺体なき強盗致死事件は、その境界をあらためて示した事件である。
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