1994年12月19日夜、栃木県芳賀郡市貝町で牧場を営む72歳の男性と68歳の妻が自宅で殺害され、現金や宝石類を奪われた。翌20日未明には住宅へ灯油がまかれて火を付けられ、木造2階建ての建物が全焼した。牧場夫婦殺人放火事件では、夫妻のもとで住み込み勤務をしていた平野勇が強盗殺人と放火などに問われた。
平野は別件の道路交通法違反と盗難車の使用をきっかけに逮捕され、取調べの中で夫婦殺害について供述した。公判では殺人と放火を否認し、自白の任意性や殺意の有無を争ったが、宇都宮地方裁判所は死刑を言い渡し、2006年9月に最高裁で確定した。平野に対する死刑は2008年9月11日、東京拘置所で執行された。
| 事件名 | 牧場夫婦殺人放火事件 |
|---|---|
| 発生日 | 1994年12月19日~20日 |
| 発生場所 | 栃木県芳賀郡市貝町 |
| 被害 | 牧場経営者の男性(72歳)と妻(68歳)が死亡、住宅全焼 |
| 被告人 | 平野勇(事件当時47歳) |
| 現在の状況 | 2006年9月1日に死刑確定、2008年9月11日に執行 |
住み込み勤務で知った夫妻宅と財産の状況
平野は1993年夏ごろから1994年7月末まで、妻とともに被害者夫妻の牧場で住み込みの作業員として働いていた。約1年間の勤務を通じ、夫妻の生活時間や住宅の構造、家の中に貴金属があることを知り得る立場にあった。退職後も夫妻宅へ忍び込んで窃盗をしたことがあるとされ、かつての雇用関係が犯行の機会を作る情報として利用された。
事件当時、平野は生活費や遊興費に困り、窃盗を重ねていた。安定した収入がなく、車両を盗んで移動するなど、別の財産犯も続いていた。そこで以前働いていた牧場の経営者宅へ入り、現金や宝石類を奪うことを考えた。まったく知らない家を狙ったのではなく、資産の存在と周囲の環境を把握している場所を選んだ点に、犯行の準備性が表れていた。
被害者夫妻にとって、平野は過去に同じ敷地で働き生活した人物だった。雇用を終えた後に財産を狙われることを予測するのは難しく、夫妻側に事件を招く事情はなかった。裁判では、勤務経験から得た情報を金銭目的の侵入に使ったことが、動機の利己性を示す事情として扱われた。
平野は牧場を辞めた後にも夫妻宅へ入り、物を盗んだことがあると認めていた。住人の不在時間や貴金属の保管場所を知っていたことから、事件当夜の侵入は偶然選んだものではなかった。元従業員という立場で得た知識が、犯行場所の選定と物色を容易にした。
12月19日夜に侵入し夫婦を相次いで襲う
1994年12月19日午後10時40分ごろ、平野は夫妻宅へ侵入した。目的は室内にある現金や宝石類を盗むことだったが、家の中で72歳の夫に気付かれた。平野はナイフなどを用いて夫を襲い、その後、68歳の妻も殺害した。夫婦は自宅で就寝に入る時間帯に侵入され、逃げたり周囲へ助けを求めたりする機会を奪われた。
平野は捜査段階で殺害を認める供述をした一方、公判では、盗みに入ったことは認めながらも殺意を否定した。夫については、もみ合ううちに偶然ナイフが刺さったという趣旨の説明をし、妻の死亡についても検察側の主張どおりの殺害ではないと争った。しかし、夫妻の負傷状況、凶器の使われ方、犯行後の財産奪取と放火を一体として見ると、偶発的な傷害だけでは説明できないと判断された。
事件の資料にはナイフや千枚通しが用いられたと記録され、夫婦は複数の刺創を負っていた。裁判所は、侵入を発見されたことで強盗へ転化し、抵抗と通報を封じるために殺害したと認定した。窃盗目的で始まったとしても、人を殺して財物を奪えば強盗殺人となる。
現金と宝石類を奪い証拠を消すため放火
夫妻を襲った後、平野は現金約56万円と、評価額約771万円に上る宝石類などを持ち去った。被害品の中心が高額の装飾品だったことは、平野が勤務中に財産の所在を把握していたとの見方を補強した。単に目の前にあった少額の現金を取ったのではなく、換金可能な品を選んで持ち出していた。
平野は20日午前4時30分ごろ、犯行を隠すため室内に灯油をまいて火を付けた。木造2階建て住宅約180平方メートルは全焼した。当時、夫婦はすでに死亡していたと認定されたため、放火については非現住建造物等放火罪が適用された。火災によって現場の痕跡を消し、夫婦の死亡を火事によるものに見せかける意図があったとされた。
放火は殺害から数時間後に行われており、平野はその間に室内を物色し、被害品を整理していた。火を付けて立ち去るまでの行動は、犯行発覚を避けようとする目的に沿っていた。住宅が全焼しても、遺体の損傷状況や焼け跡の鑑定、被害品の所在、平野の行動記録を合わせることで、火災前に夫婦が襲われた事実が明らかにされた。
火災が起きた時刻と遺体の負傷状況を分けて調べることにより、夫婦が火事で逃げ遅れたのではないことが判明した。焼け跡から得られる証拠には限界があったが、灯油を使った出火と殺害後の財物持ち出しを結び付けることで、放火の隠蔽目的が明らかになった。
別件逮捕から盗難車と夫婦殺害へ捜査が進む
事件から3日後の12月22日、平野は無免許・酒気帯び運転の疑いで指名手配されていたところを逮捕された。乗っていた車が盗難車だったため窃盗事件としても捜査され、最終的には複数の窃盗が起訴対象となった。夫婦殺害の直後に盗難車で移動していたことから、警察は行動経路や所持品を詳しく調べた。
平野は道路交通法違反の取調べを受ける中で、牧場の夫婦を殺害したことを自ら話し始めたとされた。1995年1月には宇都宮中央警察署長宛ての手紙を書き、そこでも殺害への関与を認める内容を記していた。捜査側は、この供述と手紙、夫妻宅からの被害品、火災現場の鑑定結果などを組み合わせて立件した。
公判で平野は、夜間に長時間取り調べられ、追い込まれて虚偽の自白をしたと主張した。自白だけで有罪を決めることはできないため、裁判所は供述が始まった状況、内容の変化、本人の直筆書面、客観証拠との整合性を検討した。別件で逮捕された直後から自発的に話し始めた点などから、強制による虚偽供述とは認められなかった。
殺人と放火を否認した公判で争われた証拠
第一審では、平野が夫婦を殺害したか、殺意があったか、放火したかが主要な争点となった。弁護側は、司法解剖で被害者1人の死因が特定されていないことや、検察側が凶器の一つとした花瓶が発見されていないことを指摘した。平野自身も住居侵入と財物奪取の一部は認めながら、強盗傷害にとどまると主張した。
宇都宮地方裁判所は2000年2月17日、捜査段階の供述には任意性と信用性があると判断した。警察署長への直筆の手紙、取調べで供述を始めた経緯、犯行後の行動などを重視し、夫婦に対する殺意と放火を認定した。金銭目的でかつての雇用主夫婦を殺害し、住宅を焼いて証拠を消そうとした責任は極めて重いとして死刑を言い渡した。
平野には1974年、金銭をめぐるトラブルから女性を殺害し、懲役10年の判決を受けた前科があった。この前科だけで本件の有罪が決められたわけではないが、死刑を選択する量刑段階では、過去に人の生命を奪う犯罪で服役した後に再び2人を殺害した点が重く評価された。
第一審は、一部の凶器が見つかっていないことや解剖所見に不明確な部分があることを認めながらも、それだけで平野の関与全体が否定されるものではないとした。直接証拠の弱い箇所を、供述、手紙、現場状況、被害品の流れが相互に補う構造で事実を認定した。
高裁と最高裁が死刑を維持
平野は控訴し、自白の信用性、殺意、放火の認定、死刑の重さを争った。2002年7月4日、東京高等裁判所は控訴を棄却した。夫妻宅へ財物を奪う目的で侵入し、凶器を繰り返し用いた状況、犯行後に被害品を持ち出して放火した経過から、第一審の事実認定に誤りはないと判断した。
最高裁では、弁護側が事実誤認や量刑不当、自白の問題などを主張した。2006年9月1日、最高裁第二小法廷は上告を棄却し、死刑が確定した。判決は、夫をナイフ、妻を千枚通しなどで刺して殺害し、隠蔽目的で家に放火した犯行であり、動機に酌量の余地がないとした。
捜査段階で自白し、反省を示す事情があったとしても、被害者が2人であること、財産を奪う目的、殺害後の放火、殺人前科を含む犯罪歴を考慮すると刑事責任は重大だとされた。裁判所は、個別の証拠上の問題を検討したうえで、全体として平野の供述と客観的状況が一致すると結論付けた。
最高裁判決までには、第一審から約6年半を要した。平野は各審級で殺人と放火の認定を争ったが、上級審は証拠関係を改めて検討し、事実誤認や量刑を変更すべき事情はないとした。死刑は上告棄却により確定した。
死刑確定から2年後の2008年に執行
死刑確定後、平野は東京拘置所に収容された。確定から約2年後の2008年9月11日、死刑が執行された。61歳だった。同日には他の死刑確定者に対する執行も行われ、法務省から氏名と確定した犯罪事実が公表された。
事件では、元従業員が勤務経験によって得た情報を用い、以前の雇用主夫婦を狙った。侵入が見つかった後に2人を殺害し、高額な宝石類を奪い、住宅を焼いたという一連の経過が認定されている。逮捕の入口は殺人事件そのものではなく、無免許・酒気帯び運転と盗難車だったが、そこから自白と物証の確認が進み、事件全体が解明された。
平野が公判で殺人と放火を否認したため、裁判は捜査段階の自白だけに依存せず、直筆書面、遺体の状況、現場の焼損、被害品、犯行前後の行動を総合して判断した。最終的に三つの審級が死刑を維持し、刑の執行によって法的手続は終結した。
平野の死刑執行時点で、確定判決を取り消す再審開始決定は出ていなかった。
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