旧ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川による性加害問題は、芸能活動を目指して事務所に出入りした多数の少年や若者が、長期間にわたり被害を受けていたと認定された問題である。被害の申告はジャニーの生前から存在し、1990年代末には週刊誌報道をめぐる民事訴訟でも性加害記事の重要部分の真実性が司法判断によって認められていた。
それでもテレビ局や新聞を含む大手メディアの継続的な検証は乏しく、事務所内でも被害を止める仕組みが作られなかった。ジャニーが2019年に死去した後、元所属者による実名告発と海外メディアの報道を契機として問題が再び社会化し、2023年8月、事務所が設けた外部専門家チームは長期間の性加害と組織的な対応不全を認定した。
旧事務所は同年9月に性加害を認めて謝罪し、被害者救済委員会を設置した。社名はSMILE-UP.へ変更され、補償業務を担う会社とタレントのマネジメント事業が分離された。2026年7月15日時点では1042人が補償を申告し、575人への支払いが公表されている。
| 問題 | 長年にわたる所属少年らへの性加害 |
|---|---|
| 主な場所 | 自宅、合宿所、公演先の宿泊施設など |
| 加害者 | ジャニー喜多川(2019年死去) |
| 転換点 | 2023年の実名告発、報道、外部調査 |
| 現在の状況 | SMILE-UP.が補償と再発防止対応を継続 |
少年たちを選抜する立場と閉鎖的な育成環境
ジャニー喜多川は、少年を発掘し、レッスンや舞台出演を通じてデビューへ導く決定権を長年にわたり握っていた。所属希望者やジュニアの多くは未成年であり、仕事を得るためには本人との接触を避けにくかった。外部調査は、ジャニーが自宅や合宿所、公演先のホテルなど、第三者の目が届きにくい場所へ少年を呼び、性的行為を繰り返したと認定している。
芸能界での成功を左右する人物と、所属やデビューを望む少年との力の差は大きかった。被害を拒否すれば仕事を失うのではないか、周囲に話しても信じてもらえないのではないかという状況が生まれ、被害者が声を上げにくい環境が続いた。性加害は個々の密室だけで完結したのではなく、人事権と選抜権が一人へ集中した組織構造の中で反復された。
外部調査では、被害の時期を一つの年代へ限定できないほど長期に及ぶことが示された。申告者の年齢、所属期間、被害の態様は一様ではなく、正確な全数の把握も困難である。加害者が死亡していることや当時の在籍資料が十分に残っていないことも、後の事実確認と補償手続を難しくした。
告発と出版物が示していた被害
ジャニーの行為は2023年になって突然初めて語られたものではない。元所属者は書籍や雑誌で経験を記し、1999年から週刊文春が複数の証言をもとに報道した。事務所側は記事を名誉毀損として提訴したが、東京高裁は2003年、性加害に関する記事の重要部分について真実性を認めた。最高裁が上告を退け、判断は2004年に確定している。
この民事訴訟はジャニー本人の刑事責任を判断する手続ではなかったが、性加害を示す証言が法廷で検討され、司法判断として残った重要な節目だった。しかし、判決確定後もテレビや新聞が問題を大きく追跡することはなく、所属タレントを多数起用する放送・広告業界と事務所の取引関係は続いた。
被害を伝える材料が存在していたにもかかわらず、社会的な監視や組織改革へ結び付かなかったことが、後の調査で大きな問題とされた。被害者側から見れば、告発しても芸能界や報道機関が動かず、加害者の影響力だけが維持される状態が続いたことになる。
2019年の死去後も進まなかった検証
ジャニーは2019年7月に死去した。生前に性加害を理由とする刑事裁判が開かれることはなく、事務所は組織として被害の全体像を公表しなかった。創業者の死後も所属タレントの活動や事業は継続し、過去の告発と民事判決を踏まえた独立調査は直ちには行われなかった。
被害者にとって、加害者の死亡は事実確認と法的責任追及の両面で大きな制約となった。本人への聴取ができず、刑事手続によって個別の行為を認定する道も失われた一方、被害による影響はその後も続いた。組織が保有する在籍資料や関係者の証言を用いて検証し、被害者を支援する責任は残った。
この時期に十分な対応が取られなかったことは、2023年の外部調査でもガバナンス上の問題として扱われた。同族経営の下で経営監督が機能せず、性加害を知り得る立場の人物が被害防止を優先しなかったこと、相談や通報を独立して扱う仕組みがなかったことが指摘された。
実名告発と海外報道が変えた状況
2023年、英国BBCがジャニー喜多川の性加害を扱うドキュメンタリーを放送し、元所属者のカウアン・オカモトらが実名で被害を語った。国内で記者会見や国会での議論が行われ、長年扱われてこなかった民事判決や過去の告発も改めて注目された。事務所と取引してきた企業、放送局、広告会社にも説明が求められた。
実名告発は、被害を個人の噂として処理することを難しくした。複数の元所属者が、異なる時期に似た環境で被害を受けたと証言し、被害者の会も結成された。告発者や家族に対する誹謗中傷も起き、被害を語ること自体が新たな負担となった。
国連の「ビジネスと人権」作業部会も訪日調査で被害者や関係者から聴取し、企業による救済の実効性やメディア・エンターテインメント産業の人権課題を取り上げた。問題は一芸能事務所の不祥事にとどまらず、企業と取引先が人権侵害を把握した際にどのように対応するかという課題へ広がった。
外部専門家チームが認定した性加害と組織責任
旧ジャニーズ事務所は2023年5月、元検事総長の林眞琴弁護士らによる再発防止特別チームを設置した。チームは被害者や元役員、従業員らへの聞き取りと資料調査を行い、同年8月29日に報告書を公表した。報告書は、ジャニーが1950年代から2010年代まで長期間にわたり、多数の少年へ性加害を繰り返したと認定した。
報告書は、姉のメリー喜多川を中心とする同族経営の弊害、取締役会や監査機能の弱さ、被害申告を受け止める制度の不存在を挙げた。ジャニーの才能と事業上の成功が優先され、問題行為を正面から止める判断が行われなかったことが、被害の継続につながったと分析した。
再発防止策として、被害者への補償、経営陣の交代、ガバナンス改善、相談窓口の整備、人権方針の策定などが提言された。被害の認定では刑事裁判と同じ厳格な証明を求めず、被害申告の特質を踏まえた救済手続を設けることも求められた。
事務所の謝罪と事業の分離
2023年9月7日、事務所は記者会見を開き、ジャニーによる性加害を認めて謝罪した。藤島ジュリー景子は社長を辞任し、東山紀之が新社長となった。その後、旧事務所はSMILE-UP.へ社名を変更し、被害補償を終えた後に廃業する方針を示した。
タレントのマネジメントやコンテンツ事業は新会社へ移され、性加害への補償を担う法人と分離された。社名や看板を変更するだけでは、長年の組織的な不作為が解消されたことにはならないため、被害者との対話、資料の検証、相談体制、取引先を含む人権デューデリジェンスが継続的な課題となった。
放送局や出版社も、自社が過去の告発や裁判をどのように扱ったかを検証した。各社の調査では、事務所との取引や番組制作上の関係を過度に意識したこと、芸能担当と報道担当の間で情報が共有されなかったこと、少年への性被害を重大な人権問題として捉える感度が不足していたことなどが報告された。
被害者救済委員会による補償手続
SMILE-UP.は2023年9月、元裁判官の弁護士らで構成する被害者救済委員会を設置し、申告受付を始めた。委員会が申告者への聞き取り、在籍記録、関係資料を確認して補償額を判断し、会社が支払う仕組みである。加害者が死亡し、古い在籍資料が不完全であることを踏まえ、法律上の厳格な立証とは異なる基準が用いられた。
一方、在籍記録が確認できない申告や連絡が途絶えた申告もあり、手続は一律には進まなかった。会社は補償を行わないと判断した申告者へ通知する一方、在籍が確認できない場合でも個別事情を検討すると説明している。補償の可否や金額、申告者への説明方法をめぐっては、被害者側から改善を求める声も出た。
金銭補償だけで被害が回復するわけではない。長期の性被害は心身、就労、人間関係へ影響を残すため、会社は医療・心理面の相談窓口も設けた。救済制度には、申告者のプライバシーを守り、繰り返し詳細を語らせることで二次被害を生まない運用が求められている。
補償制度の運営と並行して、旧事務所が未成年者を保護する仕組みを欠き、経営トップへの異議申立てが機能しなかった組織構造も検証対象となった。再発防止は、相談窓口の設置だけでなく、所属者と経営者の力関係を監視し、外部者が介入できる制度を継続させることにかかっている。
2026年7月までに公表された補償状況
SMILE-UP.が2026年7月15日に公表した資料では、補償申告は累計1042人だった。このうち226人とは複数回連絡を試みても返信がなく、連絡が取れている816人のうち813人について、補償内容の通知または補償を行わない旨の連絡が行われた。
被害者救済委員会が補償内容を通知したのは583人で、576人が内容に同意し、575人に補償金が支払われた。230人には、提出資料の検証や聞き取りの結果、在籍と被害のいずれも確認できなかったとして補償しない旨が通知された。残る3人は在籍確認や聞き取りなどの手続中とされた。
これらの数字は会社が運営する制度の進捗であり、性加害を受けた人の全数を示すものではない。申告していない被害者、制度を利用できなかった人、会社の判断に納得していない人もあり得る。2026年8月時点でも、SMILE-UP.は補償受付と相談対応を続けている。
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