三鷹事件|無人電車で6人死亡、僅差の死刑判決を問う第4次再審

公開日 2026年2月4日
最終更新 2026年7月31日

三鷹事件は、1949年7月15日夜、旧国鉄中央線三鷹駅で無人の電車が動き出し、車止めを突破して駅前へ突入し、6人が死亡、20人が負傷した事件である。国鉄の大規模人員整理と労働運動が激しく対立する占領期に起きた。

国鉄労働組合関係者らが逮捕・起訴されたが、一審は共産党員9人を無罪とし、非党員の竹内景助だけを単独犯として無期懲役とした。東京高裁は竹内を死刑とし、最高裁大法廷は1955年、僅差の多数意見で死刑を維持した。

竹内は無実を訴えながら再審請求中の1967年1月18日、東京拘置所で病死した。第2次再審請求は2024年に最高裁で棄却。2026年2月4日、孫がパンタグラフ写真と供述変遷を新証拠として第4次再審請求を東京高裁へ申し立てた。2026年7月現在、再審開始決定は出ていない。

POINT
この記事でわかること
  • 無人電車が三鷹駅から駅前へ暴走した経過
  • 国鉄人員整理と共産党への警戒が捜査へ与えた背景
  • 共産党員9人無罪、竹内景助だけ有罪となった証拠構造
  • 一審無期から控訴審死刑、最高裁の僅差判断
  • 2026年の第4次再審請求で提出された新証拠
事件名三鷹事件
発生日1949年7月15日夜
発生場所旧国鉄中央線三鷹駅・駅前
被害6人死亡、20人負傷
事件内容無人電車が暴走し車止めを突破
起訴竹内景助ら10人
一審共産党員9人無罪、竹内に無期懲役
控訴審竹内に死刑
最高裁1955年、死刑維持
竹内の死亡1967年1月18日、再審請求中に病死
第2次再審2024年4月、最高裁が特別抗告棄却
第4次再審2026年2月4日、孫が東京高裁へ申立て
現在の状況死刑確定判決は維持・第4次再審請求中

午後9時すぎ、運転士のいない電車が動き出した

1949年7月15日夜、三鷹電車区に留置されていた電車が、運転士を乗せないまま動き始めた。電車は三鷹駅構内へ進み、通常の停車位置で止まらなかった。

列車は終端の車止めを突破し、脱線しながら駅前の商店街へ突入した。帰宅途中の人や駅前にいた人が巻き込まれ、6人が死亡、20人が重軽傷を負った。

電車の操作系統に人為的な設定が加えられていたとして、捜査は単なる設備事故ではなく、電車転覆致死事件として進められた。

国鉄の大量解雇と、共産党をめぐる緊張の中で起きた

事件当時、国鉄は行政機関から公共企業体へ移行し、大規模な人員整理を進めていた。多くの職員が解雇対象となり、国鉄労働組合では強い反発が起きていた。

同時に、占領政策は労働運動を後押しする段階から、共産主義勢力を警戒する方向へ変化していた。事件の前後には下山事件、松川事件も起き、三事件は後に「国鉄三大事件」と呼ばれた。

こうした背景は、事件を政治的謀略と断定する証拠ではない。しかし捜査が早期に共産党員と労組関係者へ向かった理由を理解するには欠かせない。

国鉄労組関係者らが逮捕され、共同犯行として起訴された

警察は国鉄職員と労組関係者を相次いで逮捕した。最終的に竹内景助と共産党員9人が、電車を暴走させた共同犯行として起訴された。

検察側の構図は、人員整理への反対闘争を激化させる目的で、複数人が計画し、電車へ細工して暴走させたというものだった。

被告人の大半は犯行を否認した。組織的共謀を直接示す会議記録や物証が十分にあるかが裁判の争点になった。

竹内景助は共産党員ではなく、供述を何度も変えた

竹内は三鷹電車区で働く国鉄職員だったが、日本共産党員ではなかった。電車の構造と運転に関する知識を持っていた。

取調べで竹内は関与を認める供述をし、共犯者を含む説明や単独犯とする説明など、内容を変化させた。公判では無実を主張した。

供述が変わったことは、検察側には竹内が隠していた事実を徐々に話した事情と評価され、弁護側には取調べに合わせて作られた虚偽自白の表れと評価された。

自白の一部が電車の客観的状態と整合するか、捜査官から情報を与えられず本人だけが知り得た内容だったかが重要となった。

一審は、共産党員による共同謀議を認めなかった

東京地裁は1950年8月、共産党員9人を無罪とした。検察が主張した組織的な共同謀議を、証拠によって認定できないと判断した。

一方、竹内については本人の供述、電車の知識、事件前後の行動などから単独犯行を認定し、無期懲役を言い渡した。

同じ起訴事実の中で、共謀したとされた9人は無罪、竹内一人だけ有罪となった。検察の当初の事件像が崩れても、竹内の自白と個別証拠は別に評価された。

東京高裁は無期懲役を破棄し、竹内へ死刑を言い渡した

検察側と竹内側の控訴を受け、東京高裁は1951年3月、一審の量刑を破棄して竹内に死刑を言い渡した。共産党員9人の無罪は維持された。

高裁は、無人電車を駅前へ暴走させ、多数の一般市民を死亡させた結果を極めて重大と評価した。特定の6人だけを狙ったのではなく、駅前にいる不特定多数の生命を危険へさらした犯行だった。

竹内は最高裁へ上告し、自白の信用性、事実認定、死刑量刑を争った。

最高裁大法廷の判断は僅差で、全裁判官が一致していなかった

最高裁大法廷は1955年6月、竹内の上告を棄却し、死刑判決を維持した。判断は僅差で、無罪または原判決を破棄すべきとする反対意見が複数あった。

多数意見は、自白の主要部分と客観証拠が符合し、竹内の単独犯行を認めることができるとした。

反対意見は、供述の変遷、物証との矛盾、死刑事件で求められる証明の慎重さを問題にした。僅差だったこと自体が無罪を意味するわけではないが、証拠評価への司法内部の強い対立を示している。

電車をどのように動かしたかが、再審で繰り返し争われた

電車を無人で走らせるには、主幹制御器、ブレーキ、パンタグラフなどを操作し、電力を得る必要がある。確定判決は竹内が一人で必要な操作を行ったと認定した。

再審側は、事件直後の電車の状態、パンタグラフの位置、複数の操作を一人で行える時間、竹内の供述との違いを指摘した。

鉄道設備の技術的検討は、単なる専門知識の争いではない。自白どおりの方法で電車が動いたのか、写真と現場資料がその説明を否定するのかという、有罪認定の核心に関係する。

竹内は獄中から無実を訴え、再審を申し立てた

死刑確定後、竹内は再審を請求し、支援者や弁護人へ書簡を送り続けた。

竹内は死刑を執行されないまま健康を悪化させ、1967年1月18日、東京拘置所で脳腫瘍により死亡した。45歳だった。

本人の死亡で第1次再審請求は終了した。死刑は執行されなかったが、有罪・死刑判決が取り消されたわけではない。

遺族による第2次再審請求は、2024年に最高裁で棄却された

2011年、竹内の長男が東京高裁へ第2次再審請求を申し立てた。新たな技術鑑定、自白の分析、現場資料などが提出された。

東京高裁は2019年に請求を棄却し、異議審も2022年に棄却した。最高裁第二小法廷は2024年4月、特別抗告を退けた。

第2次請求の終了により、確定判決は維持された。裁判所は新証拠を既存証拠と総合しても、確定判決へ合理的な疑いを生じさせないと判断した。

第3次請求は請求人死亡により、内容判断前に終了した

2024年9月、長男は第3次再審請求を申し立てた。しかし審理中に請求人が死亡し、2025年10月、東京高裁は手続を打ち切った。

再審請求では、請求人の資格と死亡後の手続継続が問題になる。提出された証拠が再審開始に値するかの終局判断まで進まない場合がある。

この経過を「第3次再審も証拠不足で棄却された」と書くのは正確ではない。請求人死亡による手続終了と、証拠を評価した棄却は区別すべきである。

2026年2月、孫が第4次再審請求を申し立てた

2026年2月4日、竹内の孫が東京高裁へ第4次再審請求を申し立てた。

弁護側は、竹内の供述が捜査・公判で繰り返し変化し、信用できないと主張している。さらに、事件直後の電車を写したパンタグラフの写真と専門家意見書が、確定判決の犯行方法と整合しないとする。

第4次請求は、第3次で提出された主張や資料を請求人を変えて引き継ぐ面がある。2026年7月現在、東京高裁が再審開始または棄却を決定したとの公表は確認できない。

政治的謀略説と、刑事裁判の証拠評価を混同しない

三鷹事件は下山・松川事件とともに、労働運動と共産党への弾圧を目的とした謀略だったとする見方が長くある。

占領政策、国鉄人員整理、捜査報道の偏りは検証すべき歴史的背景である。一方、特定の国家機関や外国機関が電車を暴走させたと認定する確定証拠は公表されていない。

竹内が冤罪だった可能性を検討することと、未確認の黒幕を真犯人として断定することは別である。第4次再審の中心は、確定判決を支えた自白と技術的証拠に合理的疑いが生じるかにある。

6人の死亡を、政治史と冤罪論の背景へ置かない

三鷹事件は、戦後政治史と再審制度を語る代表例となった。しかし、暴走電車が駅前へ突入し、事件と無関係の6人が死亡し20人が負傷した被害が出発点である。

竹内を有罪とした判決が正しいかを検証することは、被害者を軽視することではない。真の実行者を誤れば、被害者に対する刑事司法の回答も誤ったままになる。

2026年現在、法的には竹内の死刑判決が確定した状態で、第4次再審請求が審理対象となっている。記事では「冤罪確定」「再審開始」と先走らず、同時に僅差判決と新証拠の存在を消さない記録が必要である。

再審請求中という表記が意味する段階

第4次再審請求が申し立てられたことは、裁判所が新証拠の審理対象を受け付けたという段階であり、竹内の無罪や再審開始を認めたことではない。

東京高裁は今後、新証拠を確定審の証拠と総合し、死刑判決の事実認定に合理的な疑いが生じるかを判断する。決定が出るまでは、死刑確定判決と請求中の再審手続が並存する。

請求人が孫へ変わったことも、証拠の価値を自動的に高めたり下げたりしない。判断対象は親族の信念ではなく、写真、供述、技術鑑定が確定判決を揺るがすかである。

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