SOS遭難事件|大雪山の巨大SOSと遺留品の検証

公開日 2026年6月25日
最終更新 2026年7月31日

SOS遭難事件は、1989年7月、北海道の大雪山系旭岳で、倒木を並べた巨大な「SOS」の文字と人骨、カセットテープなどが発見された山岳遭難事案である。その後の再鑑定で、人骨も男性のものと判明。犯罪を示す証拠は確認されず、現在は男性が登山中に道を外れ、救助を待つ間に死亡した山岳遭難事故と考えられている。

POINT
この記事でわかること
  • 1989年に大雪山で巨大なSOSが発見された経緯
  • 捜索中だった登山者2人とSOSが無関係だった理由
  • 現場から見つかった人骨と大量の遺留品
  • カセットテープに録音されていた男性の救助要請
  • 人骨が当初「女性」と鑑定され、謎が深まった経緯
  • 1984年に行方不明となった男性との関係と事故の結論
項目内容
一般的な呼称SOS遭難事件、大雪山SOS遭難事件、旭岳SOS事件
SOS発見日1989年7月24日
発見場所北海道・大雪山系旭岳南側の湿地帯
発見のきっかけ行方不明になった登山者2人の航空捜索
発見物倒木で作られたSOS、人骨、カセットレコーダー、テープ、衣類、日用品など
遺骨の人物1984年7月に旭岳で行方不明となった愛知県の会社員男性と判断
失踪当時の年齢25歳
事件性犯罪を示す証拠は確認されていない
現在の位置づけ道迷いによる山岳遭難事故とみられる

1989年7月、旭岳で登山者2人が行方不明になる

事件が明るみに出たのは、1989年7月24日のことだった。北海道の大雪山系で、登山をしていた男性2人が予定の経路から外れ、旭岳周辺で行方が分からなくなる。通報を受けた北海道警察は、ヘリコプターを出して上空から捜索を開始した。

旭岳は標高2291メートル。北海道最高峰であり、夏でも天候が急変しやすく、登山道を外れると深い沢や背丈ほどの笹に進路を阻まれる場所がある。捜索隊は、行方不明者の服装や所持品を手掛かりに山中を探した。ところが、ヘリコプターの乗員が最初に見つけたのは、登山者の姿ではない。

湿地帯の地面に、空からでなければ全体を確認できないほど大きな文字が浮かんでいた。倒木を並べて作られた「SOS」である。

上空から発見された巨大な「SOS」の文字

SOSは、付近にあった白樺などの倒木を組み合わせて作られていた。使われた木は1本ずつが数メートルあり、文字全体も数十メートル規模だったとされている。地上では周囲の草木に紛れてしまいますが、上空から見るとSOSの3文字がはっきり読み取れた。捜索隊は当然、行方不明になっていた2人が救助を求めて作ったものだと考える。

ヘリはSOSの北側を重点的に捜し、その後、離れた場所にいた男性2人を発見。2人は無事に救助された。捜索は成功したように見えた。しかし、救助された2人の話を聞いた警察は、思いがけない事実を知る。2人は巨大なSOSを作っておらず、存在すら知らなかったのだ。

SOSを作った別の遭難者がいる可能性

救助された2人とSOSが無関係なら、近くに別の遭難者がいる可能性がある。しかも、巨大な文字を作った人物が今も山中で救助を待っているとすれば、一刻を争う状況だった。北海道警察は翌日以降、SOSの周辺へ捜索隊を投入する。ヘリから見えた文字の位置を基準に、湿地帯や沢、岩場を詳しく調べた。

やがて捜索隊は、SOSから離れた斜面や沢の周辺で、白く変色した骨の破片を発見する。骨は一カ所にまとまっておらず、広い範囲に散らばっていた。動物によって運ばれたり、長年の雪解け水で移動したりした可能性が考えられている。近くからは、人が生活していたことを示す大量の品も見つかった。

現場に残されていた多数の遺留品

現場から回収された遺留品は、登山中の短い休憩で使うようなものだけではなかった。

  • カセットテープレコーダー
  • 複数のカセットテープ
  • 衣類や靴
  • リュックサック
  • 歯ブラシや歯磨き用品
  • シャンプーなどの日用品
  • タオルや雨具
  • 漫画や雑誌類
  • 時計などの携行品

長期間山中に放置されていたため、多くは傷み、泥や植物に覆われていた。遺留品の特徴から、1984年7月に旭岳周辺で行方不明になった愛知県江南市の会社員男性との関連が浮上する。男性は失踪当時25歳。単独で北海道を訪れ、旭岳に入山した後、消息を絶っていた。

家族や知人が遺留品を確認した結果、男性が使用していた物と一致するものが含まれていたとされている。さらに周辺を捜索したことで、身元を示す所持品も発見され、遺留品が男性のものである可能性は高まった。

カセットテープに残されていた男性の叫び声

事件を全国的に知らしめたのが、遺留品の中にあったカセットテープである。テープには音楽やテレビアニメの主題歌などが録音されていた。ところが、その一部に、若い男性が大声で救助を求める音声が残されていたのだ。男性は声を張り上げながらSOSを繰り返し、自分が崖の上で動けなくなっていることや、草が深くて上がれないこと、ヘリコプターに出会った場所の近くにいることなどを訴えていた。

録音時間は数分程度。男性は、遠くを飛ぶ航空機や捜索ヘリに向けて叫んだ内容を、何らかの理由でカセットテープに残したとみられている。自分の声を録音しておけば、救助後に状況を説明できると考えたの可能性がある。あるいは、録音した声を繰り返し再生し、上空へ届かせようとした可能性も語られた。

ただし、なぜ救助要請を録音したのかは、本人が亡くなっているため分かっていない。

人骨は当初「女性」と鑑定された

遺留品と録音された声は、1984年に行方不明となった男性とのつながりを示していた。ところが、発見された人骨を大学の専門機関が調べたところ、当初は女性の骨である可能性が高いとの鑑定結果が出る。現場には、男性の持ち物とみられる遺留品がある。一方、見つかった骨は女性と鑑定された。

それでは、男性の遺体はどこにあるのか。女性は誰なのか。そして、巨大なSOSを作ったのはどちらなのか。北海道の山中で男女2人が死亡していた可能性や、犯罪に巻き込まれたのではないかという憶測も広がった。しかし、当時の行方不明者記録を調べても、周辺で遭難した女性へ結びつく情報は確認できなかった。

この食い違いによって、単なる遭難事故だったはずの事案は、一転して謎の多い「SOS事件」として注目されることになる。

再鑑定で人骨も男性のものと判明

警察は、人骨と遺留品の関係を確かめるため、詳しい鑑定を続けた。その結果、当初女性と判断された人骨は、実際には男性の骨だったことが判明する。長期間屋外にさらされた骨は損傷が激しく、動物によるかみ痕も残っていた。発見された部位も限られていたため、最初の段階では性別の判断が難しかったとみられている。

遺留品、失踪時期、身体的特徴などを総合した結果、人骨は1984年に行方不明になった愛知県の会社員男性のものと判断された。これにより、男性の遺留品と身元不明女性の人骨が同じ場所にあるという最大の矛盾は解消される。現場にいたのは男女2人ではなく、男性1人だった可能性が高いと整理された。

巨大なSOSは遭難男性が作ったのか

人骨と遺留品の身元は整理されたものの、巨大なSOSを誰が作ったのかという疑問は残った。現場でほかの遭難者が確認されなかったことから、一般的には1984年に行方不明となった男性が作ったものと考えられている。一方、使われた倒木は大きく、1人で運び、空から読める形へ並べるには相当な体力と時間が必要である。

男性はやせ型だったとされ、険しい斜面で身動きが取れなくなっていたという録音内容とも、矛盾するように見えた。ただ、遭難直後にはまだ動ける状態で、数日かけて少しずつ木を運んだ可能性もある。SOSを完成させた後に体力を失い、沢へ下りたところで戻れなくなったとも考えられるでしょう。

倒木が比較的軽くなっていた可能性や、雪のある時期に移動させた可能性も指摘された。男性がSOSを作ったとする直接的な記録はない。しかし、別の人物が作ったことを示す証拠も見つかっておらず、男性による救難信号だったとの見方が最も有力である。

なぜSOSを作れるのに下山できなかったのか

この事件でもっとも繰り返し語られてきた疑問が、巨大なSOSを作る体力がありながら、なぜ自力で下山できなかったのかという点である。旭岳南側の湿地帯や沢は、地図上では登山道に近く見えても、実際には深い笹や急斜面に囲まれている。高い場所から沢へ下ることはできても、同じ斜面を登り返すのは難しい場所がある。男性の録音にも、草が深く、上へ戻れないという趣旨の言葉が残されていた。

道を見失った男性が、開けた湿地へ出て上空から見えるSOSを作り、そこで救助を待った可能性がある。しかし、天候の悪化や低温、食料の不足によって次第に体力を失い、水を求めて沢へ移動した後、斜面を登れなくなったの可能性がある。大雪山では夏でも夜間の気温が大きく下がる。雨で衣服が濡れれば、低体温症に陥る危険もある。

遭難者が正しい判断を保てるとは限らない。疲労、空腹、孤独、焦りが重なれば、登山道とは反対方向へ進んでしまうこともある。

男性が「ヘリに出会った」と語った意味

カセットテープの音声では、男性が「最初にヘリに出会った場所」という趣旨の言葉を叫んでいた。この発言から、男性は遭難中に一度、上空を飛ぶヘリコプターを見ていたとみられる。しかし、そのヘリが男性を捜していた機体だったのか、観光や別の目的で飛んでいたのかは明らかになっていない。

男性はヘリから自分が見えたと思い、救助を待ち続けた可能性がある。ところが、上空からは発見されず、ヘリは飛び去ってしまった。遠ざかる機体を見ながら、必死に声を上げたものの届かなかった。その絶望のなかで録音されたのが、発見された救助要請だったとも考えられる。

ただし、録音された正確な状況や時期は特定されていない。

犯罪や第三者の関与を示す証拠は見つからなかった

巨大なSOS、人骨の性別をめぐる混乱、絶叫が残されたテープ。こうした要素から、事件や第三者の関与を疑う説も生まれた。しかし、現場から男性が襲われたことを示す痕跡や、別の人物が生活していたことを裏付ける遺留品は確認されていない。人骨にも、他人から暴行を受けたと断定できる損傷は認められなかったとされている。

当初の「女性の骨」という鑑定も訂正され、現場に男女2人がいたと考える根拠は失われた。警察は、男性が登山中に道を誤り、SOSを作って救助を待ったものの、発見されないまま死亡したと判断している。殺人事件や失踪事件として犯人を追う事案ではなく、山岳遭難事故として整理されたケースである。

なぜ5年間もSOSが発見されなかったのか

男性が行方不明になったのは1984年。巨大なSOSが見つかったのは1989年である。空から見えるほどの文字が、なぜ5年間も発見されなかったのでしょうか。男性の捜索時にヘリコプターがどの範囲を飛んだのか、SOSが当時すでに完成していたのかについて、詳細は明らかになっていない。

遭難直後の捜索ルートとSOSの位置がずれていた可能性もある。天候や雲、木々の葉、雪の状態によっては、上空から発見しにくかったとも考えられる。また、男性が大規模な捜索の終了後にSOSを作ったのであれば、その後は偶然ヘリが近くを通るまで、誰にも気づかれなかったことになる。

1989年に別の登山者が遭難しなければ、SOSも人骨も、さらに長い間見つからなかった可能性がある。

現在の結論|謎は残るが山岳遭難事故

現在も、SOS遭難事件は未解決の殺人事件として扱われているものではない。

  • 巨大SOS:1989年7月24日に捜索ヘリが発見
  • 救助された2人:SOSを作った人物ではなかった
  • 人骨:当初は女性と鑑定されたが、再鑑定で男性と判明
  • 身元:1984年に行方不明となった愛知県の会社員男性
  • カセットテープ:男性が救助を求める声を録音
  • 第三者の関与:裏付ける証拠は確認されていない
  • 現在の位置づけ:道迷いによる山岳遭難事故

人骨と遺留品の持ち主をめぐる最大の矛盾は、再鑑定によって解消された。一方、巨大なSOSを男性がどのように作ったのか、録音を残した本当の目的、なぜ登山道へ戻れなかったのかは、完全には分かっていない。謎の多い事件ではありますが、超常現象や犯罪を示す事実はなく、一人の登山者が救助を求め続けた末に命を落とした遭難事故と捉えるのが適切である。

SOS遭難事件が残した教訓

この遭難は、登山道をわずかに外れることの危険性を示している。見通しの良い山頂付近から樹林帯へ入ると、自分がどちらから来たのか分からなくなることがある。沢へ下れば人里へ着けるように感じますが、実際には滝や崖に行く手を阻まれる場合も少なくない。道に迷ったと気づいたときは、むやみに下らず、位置を確認できる場所で救助を待つことが基本とされている。

現在は携帯電話やGPS、登山用アプリ、衛星通信機器などがある。それでも、電波の届かない場所やバッテリー切れに備え、地図、予備電源、防寒具、非常食を持つ必要がある。倒木を並べた巨大なSOSと、テープに残された声は、男性が最後まで生きて帰ろうとしていたことを物語っている。

それでも救助は間に合わなかった。不可解な山岳ミステリーとして語られることの多い事案ですが、その奥にあるのは、誰にも気づかれない山中で救助を待ち続けた一人の遭難者の死である。

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