座間9人殺害事件【特集】9人を一つの『自殺願望』で説明できない理由――公判証拠と報道倫理

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同事件の事件記録:座間9人殺害事件|SNSで接触した9人、承諾を否定した死刑判決と2025年の執行

はじめに――一人の行方不明者を探した先に、9人の遺体があった

2017年10月30日、神奈川県座間市のアパートの一室で、9人の遺体が見つかった。被害者は女性8人と男性1人、当時15歳から26歳までの若い人たちだった。警察がそこへたどり着いたきっかけは、東京都八王子市で行方が分からなくなった一人の女性の捜索だった。女性の兄がSNS上のつながりを追い、警察が接触相手の足取りを調べるなかで、白石隆浩の住む部屋に捜査が及んだ。

同じ部屋で、約2か月の間に9人の命が奪われていた。事件後、人々の関心は、白石がどのように相手と知り合ったのか、被害者がなぜ部屋へ向かったのか、そしてなぜ誰も途中で犯行を止められなかったのかに集まった。だが、被害者が悩みを抱えていたことを、殺害された原因であるかのように説明してはならない。犯行を選び、実行したのは白石である。

事件の現場となった座間市のアパート(2017年11月5日撮影)
事件の現場となった座間市のアパート(2017年11月5日撮影)。

2020年の裁判では、弁護側が「殺害への承諾」を中心的な争点とした。一方、白石自身は被害者が殺害を承諾していなかったことを認め、裁判所も承諾を否定した。2020年12月15日に東京地裁立川支部が死刑を言い渡し、弁護人が控訴したものの、白石本人が取り下げたため、2021年1月5日に判決は確定した。2025年6月27日、法務省は白石の死刑を執行したと発表した。

この事件を理解するには、9人という数字だけでは足りない。SNSでの接触、金銭と性的欲求を目的とした犯行、公判で明らかになった生存者の存在、捜査につながった家族の行動、被害者の尊厳、そして判決が認定した責任をつなげて読む必要がある。

9人を同じ筋書きに押し込むと、何が見えなくなるか

『自殺願望を示す投稿をした人々が犠牲になった』という要約は、接触の経路を説明しても、9人それぞれに起きたことを説明し尽くさない。男性被害者は知人を探す過程で白石と関わったとされ、被害経過も罪名も女性8人と同一ではない。裁判所は各人の行動や状況を踏まえて承諾の有無を判断した。

本特集の読みどころは『承諾を否定した』という判決の結論そのものではなく、結論へ至る前に被害者を一括りにしない視線である。SNSの言葉、犯人の説明、法廷で確認された行動、報道された私生活は異なる種類の情報だ。情報の出所を分けて読むことが、事件記録から被害者の輪郭を消さないための第一歩になる。

1.2017年夏――SNSで相手を探す行為が犯行の入口になった

白石は、SNSに自殺願望や苦しい気持ちを記した人々へ接触したとされる。当時使われていたTwitter(現在のX)には、見知らぬ人同士が悩みを打ち明け、相手を探せる仕組みがあった。白石はそうした投稿から対象を探し、メッセージのやり取りを通じて会う約束を取りつけていた。

ここで注意したいのは、SNSそのものが9人を殺害したわけではないということだ。SNSは接触を可能にした経路であり、白石が相手の状況に付け込んだことが事件の本質である。誰かが「死にたい」と書いた場合、それは深刻な苦しさの表現かもしれない。実際に何を望み、誰からどのような助けを必要としているかは、投稿だけで決められない。まして、その一言が他人に命を奪わせる承諾になるはずはない。

白石が相手の不安や孤独に共感するように振る舞ったことは、事件の報道と公判で繰り返し取り上げられた。ただし、すべての被害者がまったく同じ言葉をかけられ、同じ心理状態で部屋へ向かったと決めつけることはできない。被害者ごとに出会い方も生活状況も違った。報道が明らかにした接触の共通性を指摘することと、9人を一つの型へ押し込むことは別である。

近しい人が危険を察知しにくかった点も、SNSを介した接触の特徴だった。家族や友人が知っている交際相手と違い、相手の本名、居場所、関係の深さが周囲に伝わらない場合がある。事件を防ぐ仕組みを考えるには、若者の投稿を一律に取り締まるという発想だけでなく、相談先へつながる道と、危険な接触を見分ける支援の両方が必要になる。

2.約2か月の連続犯行――被害者9人という事実の重さ

2017年8月下旬から10月下旬にかけて、白石は座間市のアパートで次々と殺害を重ねた。被害者は女性8人、男性1人だった。初期報道では身元確認に時間を要し、発見された遺体の数が先に知られた。やがてDNA型鑑定などを通じて9人全員の身元が確認され、それぞれに家族や生活があったことが明らかになっていった。

白石には強盗・強制性交等殺人などの罪が問われた。事件当時の法令に基づく罪名は、現在の日常語でいう「殺人」だけでは説明できない。裁判では金品を奪う目的、性的な行為を伴う犯行、遺体を損壊・遺棄した行為がそれぞれ審理された。判決が問うたのは、単に死者が何人だったかだけでなく、各被害者に対して何が行われ、どのような刑事責任が生じるかだった。

事件の異常さを示そうとして、遺体の状況を細部まで再現する記事もある。しかし、読者が理解すべきなのは、犯行が隠蔽され、次の被害へ進むことを可能にした事実である。被害者が亡くなった後に何をされたかは捜査と立証のうえで重要だが、必要以上の描写は犠牲者を刺激的な材料として扱う危険を伴う。

捜査が始まった時点で、9人の事件が一度に把握されていたわけではない。行方不明者を探す動きが一つの部屋へ集中し、そこで判明した状況から別の被害者の特定へ進んだ。被害者数を最初から知っている私たちは、その結末から逆算して事件を見がちだ。しかし当時、家族たちはそれぞれの人が今どこにいるのかを知らず、必死に情報を集めていた。

3.家族がSNSをたどった――事件発覚の経緯

最後の時期に行方不明となった女性を探していた兄は、SNS上で妹につながる手がかりを求めた。捜索の過程で白石の存在が浮上し、警察は白石と接点のある女性の協力を得て、その行動を追った。2017年10月30日、白石のアパートの部屋で遺体が発見された。警察は当初、死体遺棄の疑いなどから捜査を進め、その後、一連の殺害行為を調べた。

この経緯は「SNSが事件を生んだ一方で、SNSが事件を解決した」という単純な対比で語られがちだ。確かにSNS上の情報は家族による捜索の手がかりになった。しかし、実際には家族が諦めずに動いたこと、協力者が情報を提供したこと、警察が相手を特定して現場に入ったことなど、複数の人の判断が重なっている。技術だけが犯行を可能にしたわけでも、技術だけが事件を発見したわけでもない。

家族が捜すために公開した情報が、別の被害者家族の記憶や捜査資料と結びつくこともある。一方、公開範囲を広げすぎれば、本人の私生活や交友関係が無関係の人々の目にさらされる。その葛藤は、行方不明者を探す家族が置かれる現実の難しさを示している。後から結果を知った立場で「もっと早く探せたはずだ」と断じることは容易だが、当時の家族が利用できた情報は限られていた。

4.「金」と「性欲」――法廷で明らかになった動機

公判で白石は、金銭と性的な欲求を動機として語った。東京地裁立川支部の判決も、被害者の心理状態につけ込み、信頼を得て自宅に誘い出し、自分の欲求を満たすため犯行に及んだと認定した。被害者に寄り添うような接触の形式と、加害者の実際の目的には大きな隔たりがあった。

動機を説明するとき、白石がどの順番で何を考えたかまで想像で埋めるべきではない。本人の供述は重要だが、それだけが真実の全体とは限らない。捜査で確認された行動、被害者との通信記録、金品に関する証拠、裁判所の認定を照らし合わせる必要がある。供述の印象的な一言が、事件全体の説明に置き換わる危険があるからだ。

金銭目的についても、相手からどれほどの金を得られたかという結果だけが問題ではない。人を利用できるかどうかで扱いを変え、欲求を満たす対象として見る考え方が、事件の各場面で表面化した。性的欲求と金銭目的のどちらがより強かったかを単純に順位づけするより、両方が被害者への暴力と結びついたことを見るべきだろう。

5.「殺されずに帰った女性たち」――通説を揺さぶる公判証言

2020年10月12日の第6回公判では、殺害された9人とは別に、白石の部屋に入ったものの命を奪われずに帰った女性2人の存在が明らかになった。共同通信の公判取材によれば、白石は一部の女性を殺害しなかった理由として、金銭を得られる可能性があったことを語った。ある女性は2017年9月に約10日間を白石の部屋で過ごし、帰宅していた。[参考資料3・4]

この事実は「白石の部屋に入った人は全員殺害された」というイメージを覆す。ただし、生還した女性が最終的に2人だけだったという意味ではない。後の公判では、別の女性が部屋に入りながら逃げ帰った経緯も取り上げられた。初めに明らかになった2人という人数と、法廷で触れられた生存者の全体を混同してはならない。[参考資料5・9]

ここには慎重な読み方が必要だ。白石が「金を得られると思った」と語ったとしても、その説明だけで女性が無事に帰れた理由のすべてが分かるわけではない。加害者の自己説明を事実認定と同じ強さで扱えば、相手の行動を完全に計算していたという誇張につながる。それでも、少なくとも白石が人との関係を金銭の可能性と結びつけて考えていたことは、公判記録からうかがえる。

同じ場所を訪れ、同じ人物に接触しながら生死が分かれたという事実は、被害者自身の選択の良し悪しを意味しない。犯行が実行されるかどうかを決めたのは加害者であり、誰が生き延びたかを被害者の注意深さや強さで単純に説明してはならない。

6.承諾殺人という弁護側の主張

裁判の重要な争点の一つは、被害者が殺害を承諾していたかどうかだった。弁護側は、被害者が自ら死を望んでいたとして、通常の殺人とは異なる法的評価を求めた。しかし、SNSで死への思いを記したことと、実際に他人に殺されることを自由な意思で承諾したことは同じではない。

刑法上の承諾殺人は、単に相手が絶望的な発言をしていたと確認できれば成立するものではない。本人が具体的な殺害行為を認識し、それを真意から承諾したかという問題がある。追い詰められた言葉を、加害者側に都合よく「承諾」に読み替えることはできない。裁判所は、9人について殺害への承諾があったとは認めなかった。

白石本人も、被害者が殺害されることを承諾していなかった旨を公判で述べている。このため弁護人と本人の主張の間には違いがあった。刑事裁判では弁護人が法律上の主張を構成することがあるが、それをそのまま被告人自身の認識や裁判所の認定と同一視するのは誤りである。

「死にたい」と書いた人を犯人が狙ったという事実を伝えるとき、投稿した人の弱さが犯行を招いたかのような文章は避けるべきだ。判決が否定したのは、他人の苦しみの言葉を殺害への許可証にする論理そのものだった。

7.被害者の背景をどこまで語るべきか

事件報道では、被害者の顔写真、名前、学校や職業、SNSでの投稿などが広く取り上げられた。事件の全容を伝え、行方不明者の身元を明らかにする必要性がある一方、本人が望まなかったかもしれない私生活まで全国へ広めることには深刻な問題がある。2017年には、被害者の実名報道のあり方をめぐり法律家からも声明が出された。

被害者の人生を「自殺願望があった若者」という一つの属性に閉じ込めてしまえば、事件の意味が歪む。誰かが落ち込んでいた時期だけで、その人の生活や人間関係のすべてを説明できるはずはない。家族にとっては事件以前の日々があり、友人にとっては別の姿があった。加害者と接触した時点だけが被害者の人生ではない。

本人の過去の言葉を公開する際も、それがどの時期の投稿で、誰に向けられ、どんな文脈で書かれたかは重要だ。捜査資料の一部に現れた断片だけから、被害者が自分の死を望み続けていたと断定することはできない。報道の中で生じた人物像と、裁判で必要な範囲の事実認定を分けることが求められる。

8.公判で積み上げられた証拠と、判決までの時間

初公判は2020年9月30日、東京地裁立川支部で開かれた。事件発覚から約3年を要した背景には、9人分の犯行が審理対象となり、遺体の発見状況、通信記録、金銭のやり取り、各被害者の殺害前後の状況など、多くの事実を整理する必要があったことがある。裁判員裁判は24回に及んだ。

法廷では、白石の供述だけでなく、被害者とのやり取り、捜査関係者の証言、遺体の鑑定などを通じて犯行が検証された。公判の報道は日を追って新たな情報を示したが、審理途中の証言と最終判決の認定を混同してはならない。ある日の被告人質問で語られた説明が、その後の証拠調べや裁判所の判断でどのように扱われたかが重要になる。

被害者が複数いる事件では、全体像を説明するために一人ひとりの経緯が短くまとめられがちだ。しかし、裁判ではそれぞれの殺害について日時、行為、動機、証拠を確認する必要がある。9人という数字は一つの事件名に収まっていても、法廷では別々の命について判断が積み重ねられた。

9.2020年12月15日――死刑判決と裁判所の判断

2020年12月15日、東京地裁立川支部は白石に死刑判決を言い渡した。判決は、被害者らが殺害を承諾していたとする主張を退け、金銭的・性的欲求を満たすために犯行に及んだと認定した。命を奪う行為が反復され、被害者が9人に及んだ結果と、その経過の悪質性が量刑判断に反映された。

死刑判決を伝える際には、まずどの裁判所が、何年何月何日に、どのような判断をしたかを示す必要がある。「死刑になった」という一文だけでは、控訴の可能性が残る一審判決なのか、刑が確定した後なのか区別できないからだ。本件でも、判決が言い渡された日と確定した日は異なる。

当時の報道は、白石本人が死刑を受け入れる趣旨を示していたことも伝えている。ただし、被告人の考え方と、刑事司法としての結論は別の問題である。刑の重さは被告人が希望したから決まるものではない。裁判所は証拠に基づいて犯罪事実を認定し、法に従って量刑を判断した。

10.控訴の取り下げ――最高裁判決は存在しない

判決から3日後の2020年12月18日、弁護人は控訴した。ところが白石は同月21日、その控訴を本人の意思で取り下げた。控訴期限が過ぎた2021年1月5日、一審の死刑判決が確定した。この順番は、事件の法的な経過を記録するうえで欠かせない。

座間9人殺害事件では、東京高裁が有罪・無罪や量刑について実体的な控訴審判決を出したわけではない。最高裁が死刑を維持した事件でもない。「最高裁で死刑が確定した」と説明すれば、存在しない審理を付け加えることになる。判決の確定は、控訴が取り下げられ、期間が満了したことによる。

弁護人が控訴したという事実と、本人が取り下げたという事実の間には、刑事手続上の重要な違いがある。弁護側の法律上の主張は最後まで争われたわけではなく、裁判所の判断も一審のものが確定した。この点は、事件を短い年表だけで見ると見落としやすい。

11.2025年6月27日――死刑執行と公的発表

法務省は2025年6月27日、白石隆浩の死刑を執行したと発表した。同日の法務大臣臨時記者会見では、約2か月の間に9人の命を奪った事件の重大性が説明された。公的な発表により、裁判の確定から4年以上を経て刑が執行されたことが確認できる。

判決の確定と執行も、別の出来事である。2021年1月5日は死刑判決が法的に確定した日であり、2025年6月27日はその刑が執行された日だ。死刑判決が言い渡された2020年12月15日とあわせ、三つの日付を正確に区別したい。日本の刑事司法では、判決が確定した後も執行までの期間が存在する。そこを省略すれば、手続の全体像を読者へ伝えられない。

死刑執行の発表によって加害者の刑事手続は終わった。しかし、それが被害者の人生や遺族の苦しみを終わらせるわけではない。刑罰の執行は国家による法的な手続の完了であり、失われた生活が回復したことを意味しない。事件に関する記録を続ける意義は、犯人の最期を伝えるだけでなく、その前に奪われた9人の生を忘れないところにある。

12.「自殺願望のある人が集まった事件」という説明の危うさ

座間事件はSNSの自殺関連投稿と結びつけて報道されることが多い。そのため、被害者たちが自発的に集まり、結果として殺害されたかのような印象を生む説明も見られる。しかし、判決が認定した犯罪は、加害者が相手の状態を利用して誘い出し、金銭的・性的欲求のために殺害した行為である。被害者の投稿が犯行の責任を軽くすることはない。

「死にたい」という言葉は、必ずしも具体的な死の計画を表すわけではない。つらい生活を変えたい、苦しさを誰かに分かってほしい、これ以上一人で耐えられないといった意味で発せられることもある。本人の真意は、短い投稿の文字列だけから判定できない。裁判で承諾が否定されたことは、この事件を扱う際の基本的な線引きとなる。

SNS上で知り合った相手が「一緒に死のう」「手伝う」と語る場合、その言葉だけでは信頼できる援助者だと判断できない。白石の手口をめぐる報道は、救済を装う接触が、支配や暴力の入口になり得ることを示した。ただし、その危険を伝える際に、悩みを公開した人が軽率だったと非難する表現へ流れるべきではない。危険な言葉を向けた側の行為と責任を中心に据える必要がある。

13.9人の身元確認と家族――数字の向こうにある時間

事件が発覚した2017年10月末、遺体の身元は一度に判明したわけではなかった。警察は鑑定や家族との照合を進め、11月には9人の身元を特定した。被害者には未成年者も含まれた。捜査機関が身元を確認するために必要とした情報と、報道機関が一般に公開した情報は同じではない。

突然連絡が取れなくなった人を捜し続けていた家族にとって、遺体の確認はきわめて重い知らせだった。事件を知る私たちは、遺体発見の日を一つの節目として年表に記す。だが、家族にとっては連絡が取れなくなった日から、情報を求めた時間、不安を抱えた夜、警察から連絡を受けた日まで、長い別の時間があったはずだ。その個別の経験を想像で描写するのではなく、家族が実際に公表した言葉の範囲を尊重する必要がある。

被害者の名前や顔写真を一斉に掲載した報道は、事件の大きさを伝えた一方、遺族の意向やプライバシーをめぐる議論を呼んだ。死者が9人という事実は確定していても、9人についてどの情報を社会に公開するかは別の問題である。公的な事実を正確に残すことと、人間の尊厳を傷つけないことは両立させなければならない。

14.捜査で重要だったデジタルの痕跡

SNSのメッセージ、端末の利用状況、関係者への聞き取りは、行方不明者の接触相手と移動の経緯を確認する手掛かりになった。オンライン上の記録は、本人が最後に誰と話したかを示す場合がある。一方、通信履歴は、そこに書かれていない出来事まで証明するものではない。画面上の言葉から当事者の真意を推測するには限界がある。

デジタル記録の重要性は、逮捕のきっかけだけではなく、後の刑事裁判にも及ぶ。被害者と加害者の接触、日時、やり取りの内容をたどることで、供述の一致や食い違いを検討できる。しかし、それぞれの通信がどのような状況で送られたか、スマートフォンを誰が操作していたか、保存された記録が全体のどの部分に当たるかを確認しなければならない。

また、SNSは個人が管理するサービス上の空間でもある。事件後に投稿が削除されたり、アカウントが停止されたりすれば、記録の継続的な保存が難しくなる場合がある。今後の行方不明者捜索や犯罪捜査では、必要な証拠を適法に保全する仕組みと、関係のない人の通信の秘密やプライバシーを守る仕組みを両立させることが重要だ。

15.生還者の証言をどう読むか――「助かった理由」を決めつけない

公判で取り上げられた生還者の存在は、事件の輪郭をより複雑なものにする。白石の部屋に出入りしたすべての人が殺害されたわけではなかった。初期に明らかになった女性2人だけでなく、後の審理で別の女性に言及されたことも、単純な人数の説明に注意を促す。[参考資料3・5・9]

しかし「なぜこの人は助かったのか」という疑問に、加害者の供述だけを答えとして置いてはいけない。白石が相手から金銭を得られると考えていたと語ったことは確認できるが、それだけでその日の本人のすべての判断が証明されたわけではない。相手の言動、周囲の事情、偶然の要素など、公開された情報だけでは分からないことが残る。

生還した人に対しても、危険な人物を見抜けたか、なぜ警察へすぐ連絡しなかったのかといった問いを安易に向けるべきではない。相手の素性を知らずに関係を続けていた人が、後から重大な犯罪者だったと知ることもある。事件の全体像を知らなかった時点の行動を、すべてを知った現在の視点で評価するのは公平ではない。

そのうえで、生還者の存在は重要な証拠にもなった。白石が部屋で人とどう接し、どのような言葉を使い、相手から何を得ようとしていたのかを考える手掛かりになる。公判取材に残る証言は、センセーショナルな逸話として消費するのではなく、判決の動機認定を理解する材料として読むべきだろう。

16.事件後の課題――誰かのSOSを見落とさないために

事件を受け、SNSを利用した危険な勧誘や、自殺をほのめかす投稿への対応が社会的な論点となった。苦しさを書いた人へ、誰がどのように声をかけるのか。未成年者が見知らぬ大人と接触する場合、どこで危険を察知できるのか。家族や学校、相談機関、プラットフォームの役割を考える必要がある。

ただし、事件の再発防止を「自殺を話題にする投稿を減らすこと」とだけ結びつけてしまえば、助けを求める言葉そのものが見えなくなる。深刻な悩みを抱えた人が、安全に相談できる場を確保することは欠かせない。相手を攻撃したり責めたりせず、必要な支援へつなぐことと、悪意ある接近への注意喚起は両立する。

そして、オンラインでのやり取りが始まった後も、相談者が孤立しないことが重要である。信頼できる家族、友人、専門機関との関係が途切れていなければ、危険な相手の言葉だけが唯一の頼りになる状況を避けやすくなる。しかし、支援を受けられるかどうかは、本人の努力だけで決まらない。アクセスしやすい制度や、相談したことが不利益にならない環境を社会が整える必要がある。

17.数字と時系列をもう一度確かめる

この事件の基本数字は、被害者9人、内訳は女性8人と男性1人である。事件が発覚したのは2017年10月30日。初公判は2020年9月30日、東京地裁立川支部の死刑判決は同年12月15日、弁護人の控訴は12月18日、白石本人の取り下げは12月21日、確定は2021年1月5日、執行は2025年6月27日だった。

この一連の日付は、事件の捜査と司法手続を混同しないための目印になる。2017年の逮捕は捜査上の身柄確保、2020年の判決は一審の司法判断、2021年の確定は控訴期限と取り下げを経た法的状態、2025年の執行は刑の実施を示す。同じ「事件が終わった」という表現でも、どの段階を指すかによって意味が違う。

また、2020年10月の公判で存在が説明された「生還した2人」は、あくまでその時点で取り上げられた人数である。後の公判で別の女性にも言及されたことを忘れて、部屋へ入り生還した人が生涯で2人しかいなかったと断定してはならない。9人という殺害被害者数は確定した数字だが、それ以外の接触者の範囲は別に扱う必要がある。[参考資料3・5・9]

おわりに――9人を一つの事件名に押し込めない

白石隆浩は、SNSで苦しみを語る人に近づき、その言葉を利用して自宅へ誘い、金銭的・性的欲求のために9人を殺害した。裁判所は殺害への承諾を認めず、死刑を言い渡した。本人が控訴を取り下げて刑が確定し、後に執行された。この法的経過は明確に記録できる。

それでも、事件について分からないことがすべてなくなったわけではない。被害者一人ひとりが最後に抱いていた思いを、加害者の供述や断片的な投稿だけで語ることはできない。生還者がなぜ殺害されなかったのかという問いにも、公開資料から断定できない部分が残る。事実と推測を分けることは、事件の残酷さを弱めるためではない。確かめられたことを確かなものとして残すために必要なのである。

座間事件を「SNSの闇」「9人の遺体」という強い言葉だけで記憶すれば、加害者の異様さが話の中心になり、被害者の人生は背景へ押しやられる。事件を詳しく振り返る意味は、犯人の言葉を繰り返すことではなく、どのような行為が行われ、それを司法がどう認定し、何が社会に問われたのかを正確に記録することにある。

事件の要点

項目 内容
発生期間 2017年8月下旬〜10月下旬
発覚 2017年10月30日、神奈川県座間市
被害者 女性8人・男性1人の計9人、当時15〜26歳
加害者 白石隆浩
初公判 2020年9月30日、東京地裁立川支部
一審判決 2020年12月15日、死刑
控訴の経過 2020年12月18日に弁護人が控訴、同月21日に本人が取り下げ
判決確定 2021年1月5日
死刑執行 2025年6月27日

参考資料・出典

  1. 日本事件データベース「座間9人殺害事件|SNSで接触した9人、承諾を否定した死刑判決と2025年の執行」。
  2. 法務省「法務大臣臨時記者会見の概要」 2025年6月27日。
  3. 共同通信社会部取材班「座間9人殺害事件裁判『口封じ』」 集英社新書プラス。
  4. 共同通信社会部取材班「座間9人殺害事件裁判『目撃されていた遺体解体』」 集英社新書プラス。
  5. 共同通信社会部取材班「座間9人殺害事件裁判『最高の2カ月間』」 集英社新書プラス。
  6. 共同通信社会部取材班「座間9人殺害事件裁判『何者』」 集英社新書プラス。
  7. 共同通信ニュース用語解説「座間9人殺害事件」 コトバンク。
  8. 東京弁護士会「犯罪被害者の実名報道に対する会長声明」 2017年12月13日。
  9. 小野一光「殺人犯が語る、死刑への恐怖心」『冷酷 座間9人殺害事件』 幻冬舎plus。