レジで最後の買い物をしたとみられる男女が、午後8時56分に店を出た。その19分後、2階の事務所で女性3人が拳銃で殺害された。金庫には一発の弾痕が残されていた。ところが、中にあった約526万円は一円も持ち去られていなかった。犯人は金を奪えなかったのか。それとも、最初から金など必要なかったのか。1995年7月30日、東京・八王子の小さなスーパーで起きた事件は、31年たった今もその問いに答えを出せずにいる。現場に残された靴跡は市販の2種類のスニーカーに絞られ、100点以上の指紋のうち未特定のものは7点になったと報じられた。それでも、誰が引き金を引いたかは明らかになっていない。
午後9時15分、祭りの終わった町で
1995年7月30日は日曜日だった。八王子市大和田町の「スーパーナンペイ大和田店」。店の近くにある北の原公園では夕方6時から盆踊りが行われ、警視庁の記録によれば、午後9時6分ごろに終了していた。
事件発生の推定時刻は、その約9分後。午後9時15分ごろである。

スーパーは1階が売り場で、事務所は2階にあった。そこへ上がるには建物の外側にある階段を使う。住宅と工場が混在する一角に建つ、ごく日常的な店だった。少し前まで近所の人が買い物をし、公園には盆踊りに集まった人々がいた。
2階の事務所にいたのは、パート従業員の稲垣則子さん(当時47歳)、アルバイトの矢吹恵さん(17歳)、前田寛美さん(16歳)。矢吹さんと前田さんは高校2年生だった。3人は頭部を拳銃で撃たれて死亡した。警視庁は、抵抗していない女性従業員3人が殺害されたと明記している。
被害者の一人と食事に出掛ける約束をしていた知人らが異変に気付き、午後10時8分ごろ、事件が警察に知らされた。これはNHKの取材で示された時刻だ。発生から、すでに約50分が経過していた。
犯人の顔をはっきり見たという目撃者は確認されていない。店には防犯カメラがあったが、当時のカメラには録画機能がなかったとNHKは報じる。現場周辺で不審な人物や車を見たという証言はあった。だが、その人物と実行犯を結びつける決定的な証拠が得られていない。
銃撃までの時間は短かった。捜査は、その短い時間の前後にいたかもしれない人たちを、31年間探し続けている。
金庫に一発。だが、約526万円は残された
この事件を難しくしているものの一つは、事務所にあった金庫だ。
NHKが2025年に公表した取材によれば、金庫の扉には一発の弾痕があった。それとは別に、稲垣さんには二発、矢吹さんと前田さんにはそれぞれ一発。現場で問題となった銃弾は計五発だった。金庫にあった売上金は約526万円。犯人はこの現金を奪っていない。室内も大きく荒らされてはいなかったという。
金庫に銃を向けた痕跡がある。ならば、犯人は金を狙ったのか。
しかし、もし金を狙ったのなら、なぜ現金を持ち去らず、女性3人の命を奪ったのか。逆に、誰かへの恨みから殺害したのだとすれば、なぜ金庫を撃ったのか。
警視庁が捜査の正式名称を「大和田町スーパー事務所内けん銃使用強盗殺人事件」としているのは事実だ。一方、犯人の動機が裁判で認定されたわけではない。捜査当初から、売上金を狙う強盗だった可能性と、強盗を装った別の目的だった可能性の両方が検討されたとNHKは伝えている。
「金が残されたから怨恨に違いない」と言い切ることはできない。金庫を開けられなかった、何かに邪魔された、急いで立ち去ったなどの可能性を考えることはできる。しかし、それらはいずれも、犯人の供述や確かな証拠で裏付けられた結論ではない。
現場の銃弾だけを見れば、金庫は犯行の重要な対象に見える。現金が残っていたという結果だけを見れば、それも確信できなくなる。一見すると犯行の目的を示すはずの痕跡が、かえって目的を分からなくしている。
8時56分のレシート――探しているのは「犯人」ではない
警視庁の2026年公開ページには、奇妙に具体的な数字が並んでいる。
青果、モヤシ、お好み焼き、焼きそば、ハム。計7点、税込み1,754円。これを購入したとされる男女がレジで精算した時刻は、事件当日の午後8時56分だった。二人は店を出て駐車場へ向かい、白いセダン型の車に乗ったという目撃情報がある。
男性は身長約177センチ、両側を刈り上げたような髪形。女性は肩までのストレートヘアで、黒っぽいワンピース風の服装。警察は現在も、この二人に関する情報を求めている。
ただし、ここで決定的な線引きが必要になる。警視庁は、この男女を犯人だと公表していない。
警察が知りたいのは、事件直前のスーパーで何が見えたか、駐車場や外階段に誰がいたかという情報である。たとえば、二人がその夜のことを覚えていた場合、その後の捜査につながる目撃情報を持っているかもしれない。警視庁も、犯人を目撃した可能性のある人として情報を募っている。
事件の19分前の買い物が31年後も記録に残るのは、その購入者を疑っているからではなく、「最後に店の日常を見ていた人」が、事件へ至る時間を埋める可能性があるからだ。
NHKの2025年の取材には、午後9時ごろ、店の近くで白い車が停車し、車内の男が事務所のほうを見ていたという住民の証言もある。夏なのに窓を閉め切り、ライトをつけていなかったと証言者は振り返った。別の住民は、白い半袖シャツの男を見たと語っている。
ここも混同してはならない。警視庁が現在探している「最後の買い物客の白いセダン」と、NHKが別の住民から聞いた「午後9時ごろの白い車」は、同じ車と確認されたものではない。目撃者の記憶が正確か、事件との関連があるかも未確定だ。
未解決事件では、二つの情報をつなぎ合わせるだけで、一人の犯人像が出来上がってしまう。その手軽さは、この事件の取材で避けなければならない落とし穴でもある。
二階へ上がる外階段――見えたはずの場所に、顔がない
ナンペイ大和田店の2階事務所は、客の目が届きにくい屋内の奥ではない。入口へ行くには外階段を上る構造だった。少なくとも、そこを使った人は屋外のどこかを通っていたことになる。
警視庁の公開情報には、外階段を上り下りした人物、敷地から出てきた人物、駐車場で車に乗り込んだ人物、店の敷地でたばこを吸っていた人物の情報がほしいと具体的に書かれている。犯人の移動経路を断定しているのではない。どの場面であれば誰かの視界に入った可能性があるかを、31年後の今も問い続けているのだ。

事件当夜は盆踊りがあった。だから通行人が多かった可能性はある。しかし、祭りの参加者が犯人を目撃していたと確認されたわけではない。
NHKの調査報道では、発砲音のような音を聞いたと語る住民が複数いたことも紹介されている。その音を、祭りに伴う音だと思い、事件と結びつけなかった人がいたという。これは取材で得た証言であって、現場での音源やその時刻が科学的に確定したという意味ではない。
近くで人々が暮らし、音が聞こえ、車が動いていても、犯人を特定できる目撃とは限らない。人は毎日の風景をすべて記録していないからだ。まして事件だと知らなかった瞬間、通り過ぎた人の顔や車の番号を正確に覚えている保証はない。
その晩を振り返っても、誰も顔を見ていない。事件の最も大きな空白は、ここにある。
26センチの靴――439足と94足まで追い詰めても
31年間の捜査が何も進まなかったわけではない。警視庁が今も公開している手掛かりの一つが、現場に残された靴跡である。
警視庁は、靴跡に該当するスニーカーが2種類あると公表した。いずれも26センチ。真新しい靴ではなく、ある程度履き込んでいたことも分かっているという。


候補の一つは1990~1991年ごろ、主に丸井などで販売されたスニーカー。東京・神奈川・埼玉の21店舗で計439足が販売されたという。もう一つは1993~1994年ごろの製品で、全国49店舗で94足。そのうち東京都内で売られたのは19足だった。
数字だけを聞くと、犯人の候補者が数百人に絞られたように思える。だが、ここから「その靴を買った人が犯人」という結論には飛べない。購入した人と当夜履いていた人は一致するとは限らない。家族や知人に譲られた可能性もある。靴が処分されていれば、31年後に実物を確かめることも難しい。
そもそも警視庁の発表は、残された靴跡と合致する製品が二つの種類に絞られたというもので、具体的な履き主が確定したというものではない。販売数が限られていても、それだけで犯行当夜の人物へ直接つながるわけではない。
だから警視庁は、当時の写真やアルバムを見直してほしいと呼びかける。1990年代に撮影された何気ない一枚に、同型の靴を履いた人物が写っているかもしれない。現在の捜査が頼っているのは、現物だけではない。消えかけた生活の記録でもある。
100点以上の指紋から「7点」へ――それでも決め手ではない
現場に残った証拠は靴跡だけではない。
2025年7月、フジテレビの独自取材は、現場から採取された100点以上の指紋のうち、殺害現場の事務所内で誰のものか特定できない指紋が7点に絞られたと報じた。指紋はドアノブやカウンター、ついたてなどに残っており、照合に必要な特徴が鮮明に残っているという。
ここには大きな進展がある。捜査員が過去の関係者の指紋などと突き合わせ、誰のものか確認できた痕跡を整理してきたからこそ、「未特定の7点」という数字になった。
しかし、未特定の指紋がすべて犯人のものだと確定したわけではない。 スーパーの事務所には日常的に人の出入りがあったはずで、いつ、誰が、どのような理由で触れたかは指紋それ自体には記録されていない。仮に誰かと指紋が一致したとしても、その人物と銃撃をつなぐ別の証拠が必要になる場合がある。
証拠が存在することと、犯人の身元が分かること。その人が実際に殺害を行ったと立証できること。この三つは異なる段階だ。
事件は、手掛かりが何もなくて迷宮入りしたのではない。手掛かりを人物につなぐ作業と、その人物を犯行へつなぐ作業の両方が、なお終わっていないのである。
五発の弾丸が示したのは、銃の種類までだった
NHKの2025年の検証は、事件直後の弾丸鑑定に携わった元科学警察研究所の研究者にも取材している。
鑑定では、弾丸の形状や材質、銃身を通った際に残る痕跡などが検討された。その結果、凶器として浮上したのは、フィリピン製の小型拳銃「スカイヤーズビンガム」。米国製の拳銃を模した製品で、流通経路の追跡が難しいタイプだったと、当時の研究者は説明している。
重要なのは、ここでも「同じ型の銃」と「同じ一丁の銃」は違うということだ。同型の拳銃が見つかっただけでは、その銃がナンペイ事件に使われたとは証明できない。弾丸の条痕が似たものが押収されても、科学的に同一性を特定できるかどうかは別の問題になる。
実際、NHKの検証では、捜査の過程で特徴の似た弾丸が複数見つかりながら、実行犯の特定には結びつかなかった経緯が伝えられている。
拳銃は犯人像を物語るようでいて、決定的な人物像を与えてはくれない。銃の入手先、持ち主、使い手が同一人物であるという証拠はないからだ。海外製の拳銃だったという事実を、犯人の国籍や出自を断定する材料に使うこともできない。
中国、カナダへ伸びた捜査の手――「知っている」は解決を意味しなかった
事件から14年ほど経った2009年、捜査は日本の外へ大きく広がった。
NHKの取材によれば、中国で覚醒剤密輸に関わる罪で死刑判決を受けていた日本人男性が、八王子の事件について知っていると語ったことが発端だった。警視庁は中国側の協力を得て、この男性への事情聴取に臨んだ。
男性は自分がナンペイ事件を実行したとは語らず、知人の中国人男性が事件について事情を知っている可能性を示したとされる。捜査は、その人物が暮らしていたカナダへ向かった。日本とカナダの間には犯罪人引き渡し条約がなかったため、身柄の引き渡しは容易ではなかったという。
2013年、捜査の対象となった男性は、旅券法違反をめぐる手続きを経て日本へ引き渡された。しかし、ナンペイ事件への関与は立証されず、2014年に旅券法違反について執行猶予付きの判決を受けた後、帰国したとNHKは報じる。
この出来事を「海外の犯行グループが関与していた証拠」と書くのは誤りだ。誰かが「事件を知っている」と語ったことと、その人やその知人が殺害に関与したことは違う。実際、長い外交手続きと事情聴取を経ても、八王子事件について有罪判決につながる証拠は得られなかった。
日本にいる一人の人物を調べるだけでも難しい未解決事件で、31年前の証言を国境を越えて確かめる。その苦労は捜査の長さを物語る。同時に、大きく動いたように見える捜査が、必ずしも解決へ一歩進んだとは限らないことも示している。
疑われた人にも、別の時間が流れていた
未解決事件には、被害者や遺族だけではなく、疑いを向けられた人の人生にも長い影が落ちる。
NHKは2025年、かつて捜査対象になった男性の話も紹介した。男性は長い間、捜査当局から疑いの目を向けられ、報道の過熱によって生活に支障が出たと振り返った。だが、捜査対象になったというだけで、その人が殺人犯であるとは言えない。
捜査が続くほど、世間には「有力人物」「犯人の特徴」「外国人グループ」「怨恨」といった断片的な言葉が積み重なる。検索すると、別々の時期に浮上した仮説が、まるで一つの筋書きのように並んでいることもある。
しかし、実際には互いに矛盾した情報もある。捜査の過程で可能性が検討され、後に関与を示す証拠が得られなかったケースもある。
この事件を扱う特集で、特定の未起訴の人物を実行犯のように書くことはできない。捜査関係者の見立てや報道上の疑惑は、裁判で認められた事実ではない。そもそも、31年後の時点でも刑事裁判は始まっていない。
犯人の人物像に迫りたいからこそ、現在分かっていない部分は「分かっていない」と書くしかないのである。
2010年、時効が消えても消えなかった「時間」の壁
1995年に起きた殺人事件は、当時の制度のままであれば、時間の経過が捜査の終わりと結びついていた。だが2010年の刑事訴訟法改正で、人を死亡させた殺人など一定の重大犯罪の公訴時効が廃止された。ナンペイ事件の捜査は続くことになった。
法的な時間切れはなくなった。一方で、物証以外の手掛かりは、歳月とともに失われていく。目撃者は年齢を重ねる。記憶は薄れる。当時住んでいた家を離れる人もいる。事件が起きたとき高校生だった人は、今では中年に差しかかっている。
2025年の共同通信の報道では、警視庁が事件の捜査に投入した人員は延べ22万人を超えたという。それでも、最も重要な「誰が撃ったのか」という問いには答えがない。
捜査員が多ければ、必ず犯人にたどり着けるわけではない。証言を集めても、その一つひとつが正しいとは限らない。新しい鑑定技術が生まれても、比較すべき対象者や試料がなければ身元の特定には至らない。
ただし、31年という時間は、手掛かりを減らすだけではない。古い写真や資料が整理され、新たな証言者が現れ、昔は意味を持たなかった細部がつながる可能性もある。捜査本部は、その可能性に依然として賭けている。
2026年、警視庁が「その日のテレビ番組」を載せた理由
2026年7月30日、事件から31年となった日に警視庁は公開ページを更新し、現場周辺を再現した3D動画を掲載した。現在の建物や街並みだけでは伝えられない、当時の位置関係を示すための資料である。
同じページには、1995年7月30日に放送されたテレビ番組や、プロ野球の試合、近隣で催された盆踊りや花火大会なども記されている。
一見すると、刑事事件の情報提供ページとは思えない。なぜ、あの夜のテレビやイベントが必要なのか。
31年前の「7月30日」という日付だけを示されても、当時の自分がどこにいたかを思い出すのは難しい。しかし「あの日、盆踊りに行った」「試合を見てから買い物へ出た」と生活の場面と結びつけば、記憶をたどり直せる人がいるかもしれない。
警察が公開しているのは、事件の発生時刻だけではない。事件を知らなかった人が、当時の自分を思い出すための手掛かりもある。
現場のスニーカーに心当たりがある人。午後8時56分に店で買い物をした男女について知っている人。外階段や駐車場で、いつもと違う様子を見かけた人。どの情報が重要かは、情報を持っている本人にも分からないかもしれない。
現在の懸賞金は、警察庁の捜査特別報奨金が上限300万円、協力する会の私的懸賞金が上限300万円で、合わせて最大600万円。2026年7月30日から2027年7月29日までが現行の期間となっている。支払いは情報の捜査への寄与度などによって決まり、必ず600万円が支払われるという意味ではない。
この呼びかけは、事件を懐かしむためのものではない。今も犯人を検挙するために行われている。
奪われたのは、金ではなく三人のその後だった
事件を数字で語ると、どうしても「526万円」「五発」「指紋7点」「31年」が前に出る。だが、失われたのは金庫の中身ではなかった。
稲垣則子さんは47歳。矢吹恵さんは17歳。前田寛美さんは16歳。2025年の警視庁捜査幹部の発言として、稲垣さんは介護職を、矢吹さんは保育士を目指していたことが報じられている。希望や将来の予定は、銃撃の直後に途切れた。
同じ年のフジテレビの取材では、矢吹さんの高校時代の同級生で、教師となった木村智次さんが、今も生徒に事件のことを伝えていると語った。犯人の顔が分からなくても、亡くなった友人が確かに生きていたことは知っている。大人になれなかった同級生の不在を、別の同級生は30年後も抱えている。
そして、捜査は終わっていない。2026年11月時点で、警視庁は犯人の検挙を発表していない。
八王子スーパー強盗殺人事件の最大の謎は「なぜ金庫の現金を奪わなかったか」だけではない。これほど多くの人が調べ、証拠が残され、何度も有力情報が浮上したのに、なぜ実行犯へたどり着けなかったのか。
午後8時56分のレシート。9時6分に終わった盆踊り。9時15分ごろの銃撃。そして10時8分ごろの通報。時刻は残った。靴跡も指紋も、銃弾も残った。
その中に、犯人の顔だけがない。
31年前の夜を知る人の小さな記憶が、いつかその空白を埋めることを、捜査本部はいまも待っている。
事件の要点
- 発生:1995年7月30日(日)午後9時15分ごろ、東京都八王子市大和田町・スーパーナンペイ大和田店2階事務所
- 被害者:稲垣則子さん(47)、矢吹恵さん(17)、前田寛美さん(16)。いずれも拳銃で殺害
- 未解決の核心:金庫に弾痕があった一方、売上金約526万円は持ち去られていない。犯人の動機と身元は不明
- 主な物証:現場に残った靴跡に合致するスニーカー2種類(いずれも26センチ)、銃弾、指紋。2025年には事務所内の未特定指紋が7点と報道
- 現在の捜査:2026年7月30日、警視庁が事件当時の現場を示す3D動画などの情報を公開。犯人は未検挙
- 報奨金:捜査特別報奨金上限300万円と私的懸賞金上限300万円、合計最大600万円。現行期間は2027年7月29日まで
参考資料・出典
- 警視庁「大和田町スーパー事務所内けん銃使用強盗殺人事件」 2026年7月30日更新
- 警視庁「犯人が履いていた靴の特徴は?」
- 警察庁「捜査特別報奨金に関する広告(令和8年7月1日)」
- NHK「未解決事件」取材班/中村宝子、2025年10月4日「『誰も犯人の顔を見ていない』――八王子スーパー強盗殺人事件(前編)」
- NHK「未解決事件」取材班/中村宝子、2025年10月11日「捜査はどこまで迫り、何が壁だったのか(後編)」
- フジテレビ社会部、2025年7月30日「未特定の指紋が7点に絞られた」
- テレビ朝日・ABEMA NEWS、2025年7月30日「事件前の不審な男性を見たという従業員の証言」
- 警視庁「事件は31年前」 2026年更新
