2017年3月23日、札幌地裁は、27年前に娘を失った遺族の請求を再び認めた。相手は1990年の殺人事件で北海道警が全国指名手配していた元被疑者。刑事事件は2005年に公訴時効が完成していたが、遺族は民事判決による損害賠償請求権を失わせないため、二度目の訴訟を起こしていた。
事件で亡くなったのは、札幌市の信用金庫に勤務していた生井宙恵さん(当時24歳)。北海道警は当時22歳だった長田良二を殺人事件の被疑者として全国に指名手配したが、身柄を確保できないまま15年が経過した。刑事裁判は一度も開かれていない。
| 事件発生 | 1990年12月19日 |
|---|---|
| 被害者 | 生井宙恵さん(当時24歳) |
| 捜査 | 北海道警が長田良二を殺人容疑で全国指名手配 |
| 公訴時効 | 2005年12月19日に完成 |
| 刑事裁判 | 開かれていない |
| 第1次民事訴訟 | 2007年提訴、2008年に約7,497万円の賠償判決 |
| 第2次民事訴訟 | 2017年再提訴、同年3月23日に同様の判決 |
| 現在 | 刑事責任を裁く手続は終了、民事判決の維持が遺族の課題 |
仕事を終えた生井宙恵さんが帰宅せず、3日後に遺体が見つかった
生井宙恵さんは1990年12月19日、信用金庫での勤務を終えた後に行方が分からなくなった。家族が帰宅しないことを不審に思い、警察が捜索を開始した。
12月22日、生井さんの遺体が自宅近くで見つかり、警察は殺人事件として捜査本部を設置した。当時の新聞報道では、首などに刃物による傷があり、失血死とみられたと報じられている。
北海道警は近所に住む22歳の男性を全国指名手配した
捜査は生井さんの周辺人物へ広がり、北海道警は近所に住み、高校の後輩でもあった長田良二を被疑者として特定した。殺人事件の発生後、長田の所在は分からなくなった。
殺人事件被害者遺族の会「宙の会」の資料では、現場に残された指紋などから長田を被疑者とし、全国に指名手配したとされている。
逮捕できないまま、当時の殺人罪の時効15年が迫った
1990年当時、殺人罪の公訴時効は15年だった。長田の行方が分からないまま年月が過ぎ、警察は刑事手続へ進むための身柄確保ができなかった。
2004年の法改正で殺人罪の時効は25年へ延長されたが、改正前に犯した罪については従前の時効期間を適用する経過措置が置かれた。そのため、この事件の時効は延長されなかった。
2005年12月19日、公訴時効が完成した
事件から15年となる2005年12月19日、殺人罪の公訴時効が完成した。これにより、長田をこの殺人事件で起訴し、刑事裁判で有罪・無罪を判断する道は閉ざされた。
時効完成は「無罪判決」とは違う。裁判所が犯罪事実を審理して無罪と判断したのではなく、国家が刑罰を求めて起訴できる期間が法律上終了したという意味である。
2010年の殺人罪時効廃止でも、刑事事件は復活しなかった
2010年4月、殺人罪など人を死亡させた一定の犯罪について公訴時効が廃止・延長された。法改正は、施行時点でまだ時効が完成していない事件には適用された。
一方、附則は、施行時にすでに公訴時効が完成している罪には新制度を適用しないと定めた。札幌信金女性職員殺人事件は2005年に時効が完成していたため、2010年の法改正によって刑事捜査・起訴の期限が復活することはなかった。
遺族は2007年、刑事ではなく民事で責任を問う訴訟を起こした
刑事事件の時効完成から約2年後、遺族は長田を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。「宙の会」の資料によると、提訴は2007年9月。刑事裁判が開かれないまま終わった事件で、民事上の責任を裁判所に判断してもらうことを求めた。
長田は所在不明で、法廷へ出廷して争うこともなかった。札幌地裁は2008年3月、母親と妹に対して合計7,497万2,779円などを支払うよう命じる判決を出した。
民事判決は「殺人罪の有罪判決」ではない
ここで法的な区別が必要になる。札幌地裁が損害賠償を命じたことは、民事上の責任を認めた判断であり、刑法上の殺人罪で有罪判決を言い渡したものではない。
刑事裁判では国家が被告人の犯罪事実を立証し、刑罰を科すかを判断する。民事裁判は遺族と相手方の間で損害賠償義務を判断する手続で、目的も証明の構造も異なる。
判決を取っても、所在不明では賠償金を回収できなかった
賠償判決が出ても、相手が所在不明で財産も把握できなければ、実際に支払いを受けることは難しい。「宙の会」は、判決で認められた権利が実際の被害回復につながらない問題を、長年にわたり制度上の課題として訴えてきた。
2018年に同会が保存した毎日新聞の記事では、凶悪事件の被害者・遺族が判決を得ても賠償金を回収できない実情が紹介され、生井さんの事件もその代表例として取り上げられている。
2017年、賠償請求権を維持するため二度目の訴訟へ
確定判決で認められた権利にも消滅時効がある。「宙の会」の資料によると、2008年の判決から10年が近づいたため、遺族は2017年2月に再び提訴した。
同年3月23日、札幌地裁は再び遺族側の請求を認めた。所在不明の相手に対して判決を維持するため、遺族側が改めて裁判費用と手続負担を負う構造が続いた。
2026年、事件は「時効成立・民事判決継続」と位置づけられている
「宙の会」は2026年4月時点の事件一覧で、札幌信金女性職員殺人事件を「時効成立」とした上で、未解決事件の活動では「民事判決継続」と位置づけている。
同会は2026年3月の総会でも、殺人事件の損害賠償判決を国が実効的に支える仕組みや、再提訴を繰り返さなければならない制度の見直しを政府へ要望した。札幌事件で生じた問題は、個別事件を超えた犯罪被害者支援の制度論へつながっている。
2027年が近づき、再び「判決を維持するための裁判」が課題になる
2017年の再判決から10年となる2027年が近づいている。「宙の会」は、現行制度のままでは再び権利維持のための手続が必要になるとして、再提訴や請求権消滅に関する法制度の見直しを求めている。
事件は刑事裁判の結果で終わったのではない。刑事では時効によって裁判の機会を失い、民事では遺族が判決を得ても相手が所在不明のため履行を受けられない。二つの手続の違いが、事件から35年以上を経た現在まで問題を残している。
参考資料・出典
・殺人事件被害者遺族の会「宙の会」事件一覧・活動経緯
・「宙の会」『殺人事件の損害賠償判決に対する代執行制度の確立について』
・「宙の会」保存資料 毎日新聞「賠償の新たな枠組みを」2018年3月27日
・法務省「刑事訴訟法における公訴時効に関する改正」
・法務省「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」
関連事件
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