1998年6月28日から29日にかけて、愛知県碧南市の住宅で、パチンコ店運営会社の営業部長だった馬氷一男さん(当時45歳)と妻の里美さん(当時36歳)が殺害され、現金などを奪われた。住宅には当時8歳と6歳の息子もいたが、子どもたちは襲われずに残された。事件は長く未解決だったが、現場に残された唾液のDNA型が別事件で服役していた堀慶末と結び付き、発生から14年後の2012年に男3人が逮捕された。堀には死刑、佐藤浩と葉山輝雄には無期懲役が確定している。
| 事件名 | 碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件(碧南事件) |
|---|---|
| 発生日・期間 | 1998年6月28日~29日 |
| 発生場所 | 愛知県碧南市・高浜市 |
| 被害 | 馬氷一男さん(45)と妻・里美さん(36)が死亡 |
| 主要人物 | 堀慶末、佐藤浩、葉山輝雄 |
| 現在の状況 | 堀は死刑確定、佐藤と葉山は無期懲役確定 |
「やくざに追われている」と訪ねた3人
3人は被害者宅へ入る前から、現金を奪うことと、抵抗された場合の対応を話し合っていた。住宅内で長時間待機した行動は、計画を中止する機会が何度もありながら犯行を続けたことを示した。
馬氷さん方が選ばれたのは、3人のうち葉山が一男さんと面識を持ち、パチンコ店の管理に携わる人物だと知っていたためだった。住宅へ入るための口実を用意し、家族がいる時間帯に訪ねていることから、偶然の侵入ではなく、金品を奪う目的で対象を定めた犯行だった。
堀慶末、佐藤浩、葉山輝雄の3人は、建設関係の仕事を通じて知り合った間柄だった。金に困っていた3人は、パチンコ店の責任者宅なら店の売上金が置かれているのではないかと考え、馬氷さん方を狙った。実際には、住宅に多額の現金が保管されているという確実な情報を得ていたわけではなく、相手の職業から金があると見込んだ犯行だった。
1998年6月28日夕方、3人は「やくざに追われているのでかくまってほしい」などとうそを言って住宅へ入った。家にいた里美さんは、突然訪れた男たちを室内に入れ、飲食物を出すことも求められた。3人はすぐに金を奪って立ち去るのではなく、一男さんが帰宅するまで長時間住宅に居座った。
住宅には夫婦の長男と次男もいた。子どもたちは途中で就寝し、深夜に一男さんが帰宅した後、夫婦が相次いで襲われた。子どもたちを残したまま両親を殺害した点は、後の裁判でも結果の重大性を示す事情として扱われた。
帰宅した夫と妻が殺害され、遺体は高浜市へ運ばれた
犯行後に使われた一男さんの車は、遺体の運搬だけでなく、住宅から離れて行動するためにも利用された。3人は現場にとどまっていた時間が長く、被害者家族の生活空間へ入り込んだうえで夫の帰宅を待っており、被害が突発的な口論から生じたものではないことが一連の行動から示された。
翌29日午前1時ごろ、一男さんが帰宅すると、3人は夫婦を制圧した。殺害にはロープなどが使われ、夫婦はいずれも窒息死した。実行行為や殺意の有無をめぐって3人の供述には違いがあり、裁判では誰がどの行為を担ったのかが争われたが、強盗目的で侵入し、夫婦を殺害して金品を奪ったという共同の計画が認定された。
奪われたのは里美さんが所持していた現金約6万円や、一男さんの装身具などだった。3人が想定したような多額の売上金は見つからなかった。夫婦の命を奪って得た金品は、犯行の危険性や準備に比べても少額だった。
3人は夫婦の遺体を一男さんの車に乗せ、碧南市に隣接する高浜市内へ運んで遺棄した。その後、別のパチンコ店へ向かい、通用口から侵入して金を奪おうとしたが、計画は成功しなかった。住宅には子どもたちが取り残され、やがて周囲の人が異変に気付いた。
遺体発見と、現場に残された唾液
当初の捜査では、住宅へ出入りした人物や夫婦の仕事上の関係者が幅広く調べられたが、現場資料と結び付く人物は見つからなかった。未解決のままでも鑑定資料を廃棄せず、照合可能な形で残したことが、後年の逮捕と公判で客観証拠を示すことにつながった。
現場資料は事件発生時の鑑定結果だけで終わらず、将来の再鑑定や照合を見込んで保管された。長期未解決事件の再点検では、当時は該当者がいなかったDNA型を、後に捜査機関が把握した人物の型と比較できる。この事件では、保存状態の良い資料が残っていたことが捜査を再始動させる前提となった。
夫婦の遺体は事件の数日後、高浜市内で発見された。捜査では、夫婦の交友関係やパチンコ店をめぐる金銭関係、住宅周辺で目撃された人物などが調べられた。被害者宅に長時間いた人物がいることは分かっていたが、当時の捜査で3人を特定するまでには至らなかった。
住宅内からは犯人につながる唾液が採取され、DNA型が保存された。事件当時の鑑定技術でも個人識別に使える資料だったが、比較する対象者がいなければ身元は分からない。指紋やDNA型は、具体的な容疑者が浮上したときに初めて強い意味を持つ物証である。
事件は長期未解決事件として再検討され、愛知県警が過去の資料を洗い直した。別事件で服役していた堀のDNA型との照合が進められ、現場資料との一致が逮捕へつながる決定的な手掛かりとなった。
闇サイト殺人事件の受刑者から過去の共犯関係へ
堀が別事件で刑事施設に収容されていたことにより、捜査機関は本人確認を行ったうえでDNA型を比較できた。照合結果だけで直ちに共犯者全員が判明したわけではなく、1998年当時の勤務先、交友関係、車両の使用、3人の所在を一つずつ確認し、佐藤と葉山へ捜査対象を広げていった。
堀は2007年に発生した闇サイト殺人事件で逮捕され、同事件では無期懲役が確定していた。捜査機関が堀のDNA型を確認できる状態になったことで、碧南事件の現場資料との結び付きが判明した。2012年8月、堀、佐藤、葉山の3人は強盗殺人容疑で逮捕された。
堀と現場のDNA型が結び付いた後、捜査は当時の仕事仲間へ広がった。事件から14年が過ぎていたため、供述の変化や記憶の薄れが問題となったが、3人の関係、犯行前後の行動、車の使用状況、現場に残った客観的な証拠が組み合わされた。
さらに、堀と佐藤については、2006年に名古屋市守山区で起きた強盗殺人未遂事件も立件された。碧南事件と同様に金銭目的で住宅へ侵入したとされ、堀に対する裁判では二つの事件を通じた計画性と再犯性も量刑判断の対象になった。
3人の公判で争われた実行行為と責任の差
共犯事件では、全員が同じ動作をしていなくても、強盗と殺害について意思を通じ、互いの行為を利用して犯罪を実現したと認定されれば共同正犯となる。碧南事件の審理では、誰がどの被害者へ直接手をかけたかだけでなく、侵入前の相談、住宅内での役割、遺体運搬まで含む共同の意思が検討された。
3人は強盗目的で住宅へ入ったことなどを認めながら、夫婦への殺意や具体的な殺害行為については互いに異なる主張をした。堀の弁護側は、里美さんの殺害には関与していない、一男さんについても殺意はなかったなどと主張した。佐藤と葉山の公判でも、誰が主導し、誰が首を絞めたのかが争点となった。
裁判所は、長時間住宅を占拠し、帰宅した一男さんを待ち、夫婦を殺害したうえで遺体を運んだ一連の行動から、強盗殺人の共謀を認定した。堀については犯行を主導した立場が重く見られ、2006年の強盗殺人未遂も含めて刑事責任が判断された。
共犯者間で供述が食い違う事件では、供述だけでなく、現場の物証や犯行後の行動との整合性が重要になる。碧南事件でも、14年前の記憶をそのまま採用するのではなく、DNA型をはじめとする客観証拠と照合しながら事実認定が行われた。
堀に死刑、佐藤と葉山に無期懲役
量刑の差は、殺害された人数だけでなく、各被告人の主導性、実行行為への関与、事件後の行動、別事件を含む犯罪歴などを個別に評価した結果だった。堀については、碧南事件を主導したとされたことに加え、後年にも人命を危険にさらす強盗事件へ関与した点が重く見られた。
名古屋地裁は2015年12月、堀に死刑を言い渡した。判決は、夫婦2人の生命を奪った結果の重大性、金銭目的の計画性、住宅内にいた子どもから両親を奪った点を重視した。堀が主導的な役割を果たし、後年にも同種の強盗事件へ及んだと認定したことも、死刑選択の理由とされた。
名古屋高裁は2016年11月に控訴を棄却し、最高裁も2019年7月に上告を棄却した。これにより堀の死刑が確定した。闇サイト殺人事件で確定していた無期懲役とは別に、過去の碧南事件で死刑が確定するという経過をたどった。
佐藤には名古屋地裁で無期懲役が言い渡され、控訴されず確定した。葉山も無期懲役となり、控訴審と上告審を経て確定した。3人の刑には違いが生じたが、夫婦を死亡させた共同の刑事責任はいずれの裁判でも認められた。
長期未解決事件を動かした保存資料
逮捕までの14年間、被害者遺族にとって事件は刑事責任の所在が定まらない状態で残った。逮捕後も三つの公判が別々に進み、最高裁で堀の死刑が確定するまでさらに約7年を要した。発生から最終的な司法判断まで20年以上を要した経過も、この事件の長期性を示している。
碧南事件では、発生直後に採取された唾液が適切に保存されていたことが、14年後の解決へ直結した。事件当時に容疑者を絞り込めなくても、後に別事件や新たな情報から人物が浮上すれば、保存されたDNA型と照合できる。長期捜査で物証を維持する意義が明確に表れた事件である。
一方、DNA型が示すのは、その人物の体液が現場にあったという事実であり、殺害の役割や共謀の範囲まで自動的に決めるものではない。そのため裁判では、3人の関係や侵入の経緯、住宅内での行動、遺体の運搬、別の強盗事件との関係が詳しく審理された。
2026年8月時点で、堀は死刑確定者、佐藤と葉山は無期懲役の受刑者である。夫婦が殺害され、幼い子どもだけが残された事件は、長期間を経て刑事裁判上の結論に至った。
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。



