2019年7月18日午前、京都市伏見区にある京都アニメーション第1スタジオへ青葉真司(当時41歳)が侵入し、1階でガソリンをまいて着火した。建物内にいた社員ら70人のうち36人が死亡し、32人が重軽傷を負った。火は吹き抜け階段を通じて短時間で上階へ広がり、多くの人が避難経路へ到達できなかった。
青葉も全身に重いやけどを負い、長期間の治療後、2020年5月に逮捕された。裁判では犯行事実よりも、京都アニメーションに作品を盗まれたという妄想が意思決定へ与えた影響と、刑事責任能力が争われた。京都地裁は2024年1月に完全責任能力を認めて死刑を言い渡した。青葉は控訴後、2025年1月に自ら取り下げた。大阪高裁は2026年3月、取り下げを有効と判断したが、弁護人は異議を申し立てており、2026年8月時点でその手続が続いている。
| 事件名 | 京都アニメーション放火殺人事件 |
|---|---|
| 発生日 | 2019年7月18日 |
| 発生場所 | 京都市伏見区・京都アニメーション第1スタジオ |
| 被害 | 36人死亡、32人重軽傷 |
| 加害者 | 青葉真司 |
| 現在の状況 | 死刑確定扱い。控訴取り下げの効力をめぐる異議申立て中 |
第1スタジオへ向かうまでのガソリン購入と準備
青葉は事件前、さいたま市の住居で単身生活をしていた。京都アニメーションへ強い不満を抱き、同社が自身の小説を盗用したと考えていた。実際には、青葉が応募した作品は形式審査を通過しておらず、同社作品との共通点も認められなかったが、本人は盗用されたとの考えを深めていた。
2019年7月、青葉は新幹線などで京都へ移動し、第1スタジオや本社周辺を確認した。京都府内のホームセンターで携行缶や台車、刃物などを購入し、ガソリンスタンドでは発電機に使うと説明して約40リットルのガソリンを入手した。携行缶を台車で運び、スタジオ近くまで移動している。
事件当日の朝、青葉はガソリンをバケツへ移し、携行しやすい状態にした。周辺の防犯カメラ、店舗の販売記録、交通機関の利用履歴から、京都到着後の移動と準備が確認された。裁判所は、数日にわたり必要な物をそろえ、攻撃対象へ向かった経過を計画性の判断に用いた。
午前10時30分ごろの侵入と急速な延焼
7月18日午前10時30分ごろ、第1スタジオでは社員らが制作作業を行い、外部から来訪する人の予定もあった。青葉は建物正面から1階へ入り、周囲の人や床へガソリンをまいた。直後にライターで着火すると、気化したガソリンへ火が移り、爆発的に燃え広がった。
青葉は放火時、京都アニメーションに対する非難を叫んだと複数の生存者が証言している。1階にいた人は出入口や窓から避難しようとし、2階と3階の人は階段やベランダ、屋上へ通じる経路を目指した。しかし、建物中央のらせん階段付近から煙と熱が上昇し、上階の視界と呼吸を短時間で奪った。
青葉自身にも火が付き、スタジオから離れた路上で倒れた。近隣住民や警察官が確保し、医療機関へ搬送した。現場では消防が消火と救助を行い、負傷者は京都府内外の病院へ運ばれた。
36人の死亡と32人の負傷、身元公表まで
建物内にいた70人のうち、36人が死亡した。多くは2階から屋上へ向かう階段付近などで発見され、死因には焼死、一酸化炭素中毒、窒息などが含まれた。32人が負傷し、広範囲のやけどや気道熱傷など、長期治療を必要とする人もいた。
京都府警は、遺族の意向や身元確認の状況を踏まえながら、死亡した社員の氏名を段階的に公表した。被害者は作画、演出、美術、色彩、制作進行など、アニメーション制作の各部門を担っていた。単に同じ建物にいた多数の人が被害に遭ったのではなく、一つの制作現場の人員と技能が大きく失われた。
負傷した社員の中には職場復帰した人もいる一方、身体機能や外見の変化、痛み、記憶への影響を抱えて生活する人がいる。裁判では被害者参加制度を通じて遺族や負傷者の意見が示され、被害が事件当日に終わらず、治療や生活再建へ続いていることが伝えられた。
全身やけどの治療を経て行われた逮捕と起訴
青葉は全身の大部分に重いやけどを負い、当初は取調べや勾留に耐えられる状態ではなかった。大阪府内の医療機関などで皮膚移植を含む治療を受け、自力で会話や移動ができる程度まで回復した後、2020年5月27日に殺人などの疑いで逮捕された。
逮捕まで約10か月を要したが、その間も京都府警は現場検証、購入記録、防犯カメラ、青葉の端末や住居の資料を調べた。ガソリンの入手方法、京都での宿泊、スタジオ周辺の下見、本人の作品応募歴などが確認され、事件前の認識と行動が整理された。
京都地検は刑事責任能力を判断するため鑑定留置を行い、複数の精神科医による鑑定を踏まえて2020年12月に起訴した。罪名は殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、建造物侵入、銃刀法違反だった。
妄想性障害が犯行へ与えた影響
2023年9月に始まった裁判員裁判で、青葉は起訴内容について、自分が行ったことに間違いないと述べた。弁護側は、青葉には妄想性障害があり、京都アニメーションに作品を盗まれたという妄想に支配されて犯行に及んだとして、心神喪失による無罪または心神耗弱による刑の減軽を求めた。
検察側は、妄想が動機の形成へ影響したことは認めつつ、犯行方法を選び、準備し、発覚を避ける行動を取る能力は保たれていたと主張した。公判では二つの鑑定結果が検討され、病気の有無だけでなく、犯行の各段階で善悪を判断し、行動を制御できたかが審理された。
青葉は過去にも事件を起こし服役した経験があり、放火すれば多くの人が死亡することや、自分が刑罰を受けることを理解していた。京都へ移動して道具を購入し、ガソリンの購入目的を偽って説明した行動は、現実に即した判断ができていたことを示す事情とされた。
完全責任能力と死刑を認めた京都地裁判決
2024年1月25日、京都地裁は青葉に死刑を言い渡した。判決は妄想性障害の存在を認めたが、盗用されたとの妄想は京都アニメーションを標的にする動機へ影響したにとどまり、ガソリンを使う方法、建物や時間帯の選択、準備と実行を直接支配したものではないと判断した。
青葉は自身の考えに沿って複数の選択肢から行動を決め、途中で計画を修正することもできたとして、心神喪失や心神耗弱ではなく完全責任能力が認定された。36人が死亡し32人が負傷した結果、ガソリンを屋内で着火する危険性、被害者に落ち度がないことなどが量刑上重視された。
弁護人は翌日、責任能力の判断などを不服として控訴した。青葉本人も控訴し、大阪高裁での審理に向けて弁護側は控訴趣意書を提出していた。
控訴取り下げの効力をめぐる2026年の手続
青葉は2025年1月27日、自ら控訴を取り下げる書面を提出した。大阪高裁は、検察側が控訴していなかったため、一審の死刑判決が確定したと扱った。弁護人は、取り下げが一時的、衝動的な判断であり、訴訟行為能力に疑問があるとして、直ちに効力を争った。
2026年3月17日、大阪高裁は、青葉が取り下げによって死刑判決が確定する意味を理解しており、判断能力に問題はなかったとして、取り下げを有効とする決定を出した。妄想性障害が取り下げの判断へ強く影響したとは認めなかった。
弁護人は3月23日、この決定へ異議を申し立てた。2026年7月時点の共同通信の整理でも、青葉は死刑囚とされる一方、弁護人の異議申立てが続いている。したがって、現在の法的状態は死刑確定扱いだが、控訴取り下げの有効性をめぐる手続が完全に終わったとはいえない。
全焼した第1スタジオは解体され、跡地は京都アニメーションが管理している。会社は遺族や近隣住民の意見を聞きながら、慰霊の方法と土地の利用を検討した。事件から5年となる2024年には、宇治市内に追悼碑が設置され、犠牲者を悼む場所が整えられた。
国内外から京都アニメーションへ多額の支援金が寄せられ、会社は遺族と負傷者への支援、治療、事業継続に充てる方針を示した。制作は段階的に再開され、事件前からの作品や新作が公開されたが、失われた人材と経験をそのまま取り戻すことはできない。
消防と建築の検証では、建物は当時の法令上必要な設備を備えていたとされた一方、屋内で大量のガソリンがまかれた火災は通常の建物火災を大きく超える速度で拡大した。事件後は、ガソリン販売時の本人確認や使用目的の確認が強化され、携行缶への販売記録を残す運用が全国で進められた。
青葉が応募した小説と京都アニメーション作品の関係も証拠として調べられた。応募作品は募集要項の形式審査を通過せず、社内で作品化を検討する段階へ進んでいなかった。青葉が盗用されたと主張した場面や設定についても、表現上の共通性があるとは認められず、裁判所は被害を受けた社員らが青葉の作品を盗んだ事実はないとした。
公判では、青葉の治療を担当した医師や、精神鑑定を行った医師が証言した。重いやけどから回復する過程で青葉が他者から治療を受けた経験は、事件後の認識へ一定の変化を与えたと述べられたが、法廷での謝罪や反省の程度については遺族の受け止めが分かれた。判決は、治療への感謝と犯行責任の理解を同じものとは扱わなかった。
遺族の中には、青葉がなぜ控訴を取り下げたのか、本人の言葉で経緯を知りたいとする人もいる。死刑判決が確定したかどうかだけでなく、責任能力を高裁で改めて審理する機会が失われることへの問題意識も示された。異議申立ての手続は、本人の判断を尊重する範囲と、死刑事件で十分な審理を確保する必要性の間で検討されている。
第1スタジオにいた70人のうち、事件による死傷を免れたのは2人だけだった。被害規模は、建物内の人数と火の広がりが重なった結果である。
異議申立ての判断は未了である。
手続は続く。
継続中。
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