2000年7月1日、東京・六本木で働いていた英国人女性ルーシー・ブラックマンさん(21)は、客と海岸方面へ出かけると友人へ伝えたまま戻らなかった。翌日には見知らぬ男から「ルーシーは宗教団体に入った」とする電話があり、家族や友人が行方を捜し始める。約7か月後、神奈川県三浦市の海岸にある洞窟から遺体が見つかった。
捜査で浮上したのは不動産関連会社を経営していた織原城二だった。だが刑事裁判は、ルーシーさんを死亡させた事実まで認定したわけではない。東京地裁は2007年、ルーシーさんに関する起訴事実を無罪とし、別の女性9人に対する準強姦などで無期懲役を言い渡した。東京高裁は2008年、一審を一部破棄し、ルーシーさんに対するわいせつ目的誘拐、準強姦未遂、死体損壊、死体遺棄を有罪とした一方、準強姦致死は認めなかった。2010年12月、無期懲役が確定した。
| 失踪 | 2000年7月1日 |
|---|---|
| 被害者 | ルーシー・ブラックマンさん(当時21歳) |
| 遺体発見 | 2001年2月9日、神奈川県三浦市の海岸 |
| 被告人 | 織原城二 |
| 最初の逮捕 | 2000年10月、別の女性への準強制わいせつ容疑 |
| 一審 | 2007年4月24日、東京地裁・無期懲役 |
| 一審のルーシー事件 | 関連する起訴事実は無罪 |
| 控訴審 | 2008年12月16日、東京高裁・無期懲役 |
| 控訴審の認定 | わいせつ目的誘拐、準強姦未遂、死体損壊、死体遺棄 |
| 準強姦致死 | 控訴審でも成立を認めず |
| 確定 | 2010年12月、最高裁が被告側上告を棄却 |
| 2026年 | 無期懲役受刑者として別件民事訴訟の請求棄却判決 |
7月1日、海岸へ出かけると伝えたまま連絡が途絶えた
ルーシーさんは英国航空の客室乗務員を経験した後、友人と来日し、六本木のクラブで働いていた。7月1日午後、客と会うため外出し、友人へ電話で海岸方面へ向かっていることを伝えた。夜には帰宅する予定だったが、その後、本人からの連絡は途絶えた。
翌2日、友人のもとへ男から電話が入り、ルーシーさんは宗教団体に加わったので戻らないという趣旨の話をした。本人が自発的に失踪したように見せる内容だったが、家族や友人は納得せず、英国大使館の協力も得ながら情報提供を呼び掛けた。父親や妹も来日し、捜索は日本と英国の双方で注目されるようになった。
最後の電話は午後7時ごろ、「1時間ほどで帰る」という内容だった
失踪当日の行動は、友人への電話によって一部がたどられている。ルーシーさんは7月1日午後3時ごろ、男性からの電話を受けて渋谷区の住居を出た。午後5時ごろには友人へ、客とドライブに出て海岸へ向かっていると連絡し、午後7時ごろには「1時間ほどで帰る」という趣旨を伝えた。これが本人から友人へ届いた最後の連絡となった。
午後9時ごろには、逗子市消防本部へ周辺の救急病院を尋ねる電話があり、後に捜査で織原との関連が調べられた。失踪後に残された電話記録や関係先の資料は、ルーシーさんが海岸方面へ移動した後の経過を組み立てる重要な手掛かりになっていく。
「宗教修行」「借金」を語る電話と手紙が失踪後に現れた
7月3日には「高木明」を名乗る男がルーシーさんの友人へ電話し、本人は宗教上の修行をしており、借金を返すために滞在しているという趣旨を話した。電話記録から、この通話は織原が使用していた携帯電話から発信されたとされた。麻布署には、その後もルーシーさん名義で借金に関する手紙が届いたが、筆跡は本人のものではなかった。
織原所有の逗子市内の部屋からは、ルーシーさんのものと矛盾しない毛髪や、借金の金額や人名を書いたメモなども押収された。捜査では、失踪後に本人が自発的に姿を消したように見せる動きと、織原の関係先に残された物証が重ねて検討された。
父親と妹も来日し、警視庁は大規模な捜査態勢を組んだ
連絡が途絶えた後、父ティムさんや妹ソフィーさんら家族は英国から来日し、記者会見や情報提供の呼び掛けを続けた。事件は英国でも大きく報じられ、日本側でも捜査態勢が拡大した。織原と複数の女性被害との接点が浮上すると、警視庁は多数の捜査員を投入して過去の被害申告や関係先を洗い直した。
捜査の焦点は、失踪した一人の女性の行方から、同じ人物の周辺で繰り返されていた薬物を用いた性犯罪へ広がっていった。ルーシーさん事件の解明には、失踪当日の足取りだけでなく、別の女性たちが残していた被害申告や医療記録なども重要な手掛かりになった。
別の女性たちの申告から同じ男が捜査線上に浮かんだ
失踪後の捜査では、ルーシーさんが最後に会った客や、海岸方面へ向かった足取りが調べられた。その過程で、織原と会った後に意識を失い、性的被害を受けたとする女性たちの事件が結び付いていく。織原は2000年10月、まず別の女性に対する準強制わいせつ容疑で逮捕された。
関係先の捜索や過去の被害申告の検討から、複数の女性に薬物を使用して抵抗できない状態にし、性的行為に及んだ疑いが具体化した。1992年に死亡したオーストラリア人女性カリタ・リジウェイさんの事件も再捜査され、後の刑事裁判では準強姦致死が認定されることになる。
2001年2月、織原の所有物件近くの海岸で遺体が見つかった
2001年2月9日、神奈川県三浦市の海岸にある洞窟から切断された女性の遺体が発見された。場所は織原が所有する海岸近くの物件から近く、DNA鑑定などによってルーシーさんと確認された。失踪から約7か月が過ぎ、遺体の腐敗は進んでいた。
この状態が、その後の裁判に大きく影響した。遺体が見つかったことで死体損壊・遺棄の捜査は進んだが、死因を医学的に確定できなかったため、薬物投与と死亡の因果関係をどこまで証明できるかが難しい争点として残った。
10人の女性に関する事件が一つの刑事裁判で審理された
織原はルーシーさんを含む計10人の女性に対する準強姦などで起訴された。被害者の中には日本人と外国人が含まれ、事件時期も同一ではない。多数の事件が審理されたため、公判は長期化し、東京地裁の判決は2007年4月までかかった。
検察側は、女性を薬物で意識を失わせたうえで性的行為に及ぶ手口が繰り返されていたことや、関係先から得られた映像・記録などを立証に用いた。織原側は起訴内容を否定し、ルーシーさんの死亡や遺体損壊についても関与を争った。
1992年に死亡したカリタ・リジウェイさんの事件も同じ公判で審理された
起訴された10人の被害者のうち、オーストラリア人のカリタ・リジウェイさんは1992年に死亡していた。公判では、織原が睡眠作用のある薬物を使用して意識を失わせ、性的行為に及んだことと死亡との因果関係が認められ、準強姦致死が成立した。
ルーシーさんも死亡して発見されたが、遺体の状態から死因を特定できなかった。そのため、同じ被告人の一連の性犯罪として審理されながら、死亡結果に対する刑事責任は二つの事件で異なる結論になった。
東京地裁はルーシーさんの事件だけ「犯罪の証明がない」とした
2007年4月24日、東京地裁は織原に無期懲役を言い渡した。カリタ・リジウェイさんを含む他の女性9人への事件では準強姦、準強姦致死などを認定した一方、ルーシーさんに関する起訴事実については無罪とした。
一審が重視したのは、ルーシーさんについて直接的な犯行映像がなく、死因も特定できず、織原が単独で実行したと断定するには合理的な疑いが残るという点だった。無期懲役という刑自体は他の9人への犯罪によって言い渡されており、ルーシーさんの事件について有罪判決を受けた結果ではなかった。
検察・被告の双方が控訴し、東京高裁は一審の一部を覆した
一審判決後、織原側は他の9人への有罪認定と無期懲役を不服として控訴し、検察側もルーシーさんに関する無罪判断を争って控訴した。控訴審では、遺体の発見場所、失踪当日の行動、犯行後とみられる物品の購入など、複数の間接事実が改めて検討された。
2008年12月16日、東京高裁は一審を一部破棄し、ルーシーさんに対するわいせつ目的誘拐、準強姦未遂、死体損壊、死体遺棄を有罪と認定した。遺体の損壊・遺棄について織原の関与を認め、誘拐して性的行為を試みたことも認定した一方、死亡原因を確定できないことから準強姦致死は成立させなかった。刑は改めて無期懲役となった。
「ルーシーさんを殺害した罪」で有罪になったわけではない
控訴審で有罪になったことで、織原の事件への関与は司法判断として大きく前進した。しかし確定した判決は、ルーシーさんを死亡させたことまで犯罪事実として認定していない。死体損壊・遺棄や誘拐などを認定しながら、準強姦致死は証拠上成立しないという結論だった。
一方、別の被害者カリタ・リジウェイさんについては、薬物を用いた性的行為によって死亡させた準強姦致死が認定された。二人の死亡事件は同じ裁判で扱われたが、証拠状況と法的結論は同じではなかった。
2010年に無期懲役が確定、2026年にも受刑者として確認されている
織原側は東京高裁判決を不服として最高裁へ上告した。最高裁は2010年12月、上告を棄却し、控訴審の無期懲役判決が確定した。これにより、ルーシーさんへのわいせつ目的誘拐、準強姦未遂、死体損壊、死体遺棄と、他の女性たちに対する一連の性犯罪などについて刑事裁判が終結した。
2026年5月には、織原がNetflixのドキュメンタリー作品や朝日新聞社のインタビュー記事で名誉を毀損されたとして損害賠償などを求めた別件訴訟で、東京地裁が請求を棄却した。この時点でも織原は無期懲役受刑者として報じられている。
参考資料・出典
- 朝日新聞GLOBE+「ルーシー・ブラックマン事件を作品化、Netflixで配信」
- The Japan Times「Sister of missing British hostess flies in for search」
- The Japan Times「Blackman suspect remains tight-lipped」
- The Japan Times「Body parts found in a cave near Obara’s coastal condo」
- AFPBB News「ルーシー・ブラックマンさん事件の織原被告に無期懲役」
- The Japan Times「State appeals acquittal of Obara in Blackman slaying」
- The Japan Times「Serial rapist Obara’s appeal starts」
- The Japan Times「High court: Obara buried Blackman」
- 神戸新聞NEXT「織原城二受刑者の請求棄却 映画で名誉毀損認めず」
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