2009年12月10日夜、JR新宿駅で痴漢を疑われた原田信助さん(当時25歳)は、自ら110番通報した後に警察へ同行し、翌朝まで事情を聴かれた。署を出た後、原田さんは東京メトロ東西線早稲田駅で電車にはねられて死亡した。
新宿署は原田さんの死後も捜査を続け、2010年1月29日に東京都迷惑防止条例違反の疑いで書類送検した。しかし原田さんは死亡していたため不起訴となり、痴漢行為の有無を審理する刑事裁判は開かれていない。後に遺族が東京都を相手に国家賠償請求訴訟を起こしたが、警察の対応を違法とする判断も得られなかった。
| 発生 | 2009年12月10日夜 |
|---|---|
| 場所 | JR新宿駅、新宿警察署、東京メトロ早稲田駅 |
| 当事者 | 原田信助さん(当時25歳) |
| 警察での扱い | 逮捕ではなく任意同行・事情聴取 |
| 死亡 | 2009年12月11日、早稲田駅で電車にはねられ死亡 |
| 書類送検 | 2010年1月29日、東京都迷惑防止条例違反容疑 |
| 刑事処分 | 被疑者死亡を理由に不起訴 |
| 国賠提訴 | 2011年4月26日 |
| 国賠一審 | 2016年3月15日、請求棄却 |
| 最終結果 | 2017年11月16日、最高裁で遺族側敗訴が確定 |
新宿駅で痴漢を疑われ、原田さん自身が110番した
事件は、原田さんが職場の集まりから帰宅する途中に起きた。駅構内ですれ違った女子学生から身体を触られたと指摘され、同行していた男子学生らとの間で揉み合いになった。原田さんは痴漢を否定し、自分が暴行を受けたとして携帯電話から110番通報している。
その後、原田さんは警察官とともに交番へ行き、新宿警察署へ任意同行された。ここで重要なのは、原田さんが現行犯逮捕された事件ではないことだ。後の国賠訴訟でも、任意同行と事情聴取が実質的な強制に当たったか、警察がどのように双方の申告を確認したかが争われることになる。
痴漢の申告と、原田さんが訴えた暴行被害
遺族側の説明では、原田さんは痴漢の被疑者として扱われた一方、自分が受けた暴行について十分に取り合ってもらえなかったと感じていた。支援者側が公開した資料では、警察の110番情報メモに、申告された犯人の服装と原田さんの服装が異なる旨や、「痴漢の事実がなく」と読める記載があったとされる。
ただし、この記載だけをもって警察が最終的に原田さんの嫌疑を否定したと断定することもできない。警察は原田さんの死亡後も捜査を続け、最終的には痴漢容疑で事件を検察へ送っている。事件当夜の記録と、その後の捜査結果をどう評価するかは、遺族側と東京都側で大きく異なった。
早朝に警察署を出た後、早稲田駅で死亡
事情聴取は深夜から翌朝まで続いた。原田さんは新宿署を出た後、母校の早稲田大学に近い東京メトロ東西線早稲田駅へ向かい、12月11日朝に電車にはねられた。警察は自殺とみた。
原田さんが死亡に至った心理状態について、遺族・支援者は警察での対応との関係を訴えてきた。一方、それを刑事裁判で認定した判決は存在しない。後の国家賠償請求でも、警察官の行為が国家賠償法上違法だったかが中心に争われた。
死後49日で痴漢容疑の書類送検
2010年1月29日、新宿署は原田さんを東京都迷惑防止条例違反の疑いで書類送検した。本人が死亡していたため、検察は被疑者死亡を理由に不起訴とした。
この不起訴は「無罪判決」ではない。同時に、原田さんが痴漢をしたと認定する有罪判決でもない。被疑者死亡によって刑事手続が終わったため、供述や防犯カメラ映像などを公開の法廷で争い、裁判所が犯罪事実を認定する機会そのものがなかった。
防犯カメラや供述をめぐり、遺族側が疑問を提示
遺族側は、申告者が示した人物像と原田さんとの相違、防犯カメラ映像の扱い、死後に作成された捜査書類などを問題にした。ジャーナリストによる取材では、原田さんが警察とのやり取りを録音していたことや、国賠訴訟で多数の捜査資料が提出されたことも報告されている。
ただし、支援者や取材者が指摘した矛盾を、そのまま裁判所が認定した事実と置き換えることはできない。国賠訴訟では東京都側が捜査の適法性を主張し、裁判所は最終的に遺族の請求を認めなかった。
母親が東京都へ1000万円の国家賠償を請求
原田さんの母親は2011年4月26日、警察の任意同行や事情聴取などが違法だったとして東京都に1000万円の損害賠償を求めた。東京地裁の事件番号は平成23年(ワ)第13866号で、社会的影響などから2項特別保存の対象事件にも挙げられている。
訴訟では、駅でのトラブルから任意同行、警察署内での事情聴取、死亡後に行われた捜査までが検討された。遺族側は警察が原田さんを一方的に痴漢の被疑者として扱ったと主張し、東京都側は違法な拘束や取調べを否定した。
東京地裁は警察の捜査を違法と認めなかった
2016年3月15日、東京地裁は遺族側の請求を棄却した。東京高裁も2017年5月18日に控訴を棄却し、同年11月16日には最高裁で遺族側の上告が退けられ、敗訴が確定した。
ここで国賠訴訟の結論と、痴漢行為そのものの刑事責任は分けて見る必要がある。国賠訴訟で遺族が敗訴したことは、原田さんについて痴漢罪の有罪判決が確定したことを意味しない。刑事事件は被疑者死亡による不起訴で終わっている。
「冤罪事件」と断定できる刑事判決も存在しない
本件は「新宿駅痴漢冤罪事件」などと呼ばれてきたが、原田さんの無罪を認定した刑事判決は存在しない。逆に、有罪を認定した刑事判決もない。したがって法的な位置づけとして残るのは、痴漢容疑で書類送検された後に被疑者死亡で不起訴となったこと、そして捜査の違法性を争った国賠訴訟で遺族側の請求が棄却されたことだ。
事件を理解するうえで重要なのは、「不起訴だから無罪」「国賠敗訴だから痴漢は事実だった」という二つの短絡を避けることにある。刑事裁判が開かれなかったため、原田さんが疑われた行為について裁判所が有罪・無罪を判断した事実はない。
参考資料・出典
- 東京地方裁判所「2項特別保存事件一覧」
- 水島朝穂「痴漢冤罪事件はなぜ起きるか(その2・完)」2012年3月5日
- MyNewsJapan「原田信助はなぜ命を絶ったか」連載
- 新宿ニュース「痴漢捜査後に自殺『違法な捜査なし』で遺族側が敗訴」2016年3月15日
- 林克明「痴漢冤罪に遭い、自ら生命を絶った原田信助さんの墓参りに行ってきた」
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