1990年11月1日夜、東京都新宿区の警視庁独身寮「清和寮」で爆弾が爆発し、新宿警察署の警察官1人が死亡した。さらに警察官や寮関係者、一般市民を含む7人が重軽傷を負った。警察庁の平成3年警察白書は、この事件を革労協狭間派が引き起こした「警視庁新宿警察署清和寮爆破殺人事件」と記録している。
爆発物には、動かした場合にも、設定時刻が来た場合にも作動する二重の仕掛けが施されていた。警察庁は、人が異常を確認しようと近づく行動まで利用して確実に殺傷することを狙った装置と評価した。組織の関与は警察資料で明確に位置付けられたが、爆弾を製造・設置した個々の実行犯は刑事裁判へ送られず、2005年11月に当時の殺人罪の公訴時効が成立した。
| 発生 | 1990年11月1日夜~2日未明 |
|---|---|
| 主な現場 | 警視庁独身寮・清和寮など |
| 死亡 | 新宿警察署の警察官1人 |
| 負傷 | 一般市民を含む7人が重軽傷 |
| 警察庁の位置付け | 革労協狭間派によるテロ・ゲリラ事件 |
| 爆発物 | 動かしても設定時刻でも爆発する二重の仕掛け |
| 背景 | 即位の礼・大嘗祭をめぐる反皇室闘争 |
| 実行犯 | 個人単位では起訴に至らず |
| 公訴時効 | 2005年11月 |
| 現在 | 刑事裁判による実行犯認定なし |
1990年は、即位の礼・大嘗祭をめぐる過激派事件が集中
平成3年警察白書によると、1990年は即位の礼と大嘗祭をめぐり、極左暴力集団が皇室行事を攻撃対象とする動きを強めた年だった。警察庁は同年、昭和50年以降最多となる143件のテロ・ゲリラ事件が発生したと記録している。
そのうち皇室闘争に関連するものは127件。警察施設、鉄道、神社、個人宅など攻撃対象が広がり、同年の一連の事件では一般市民を含む死者3人、負傷者17人が出た。清和寮爆破殺人事件は、この集中的な反皇室闘争の中でも人命被害が大きかった事件の一つだった。
即位礼正殿の儀当日だけでも、警察庁は都内34件を含む6都県40件のテロ・ゲリラ事件が起きたと記録している。大嘗宮の儀当日にも7府県で11件が発生した。清和寮事件は、その直前に警察官の生活拠点を直接狙った攻撃だった。
同年の攻撃対象は皇室施設だけに限られず、鉄道施設、神社、警察施設、関係者宅へ広がっていた。警察庁が「攻撃対象の無差別化」を指摘した背景には、政治的に狙われた対象の周辺にいた一般市民まで死傷した事例が続いたことがある。
革労協狭間派は同年17件のテロ・ゲリラ事件を起こしたと警察庁
警察白書は、革労協狭間派が「天皇制打倒のため超ド級のゲリラ戦を実現する」と主張し、1990年に17件のテロ・ゲリラ事件を引き起こしたと記載している。
清和寮事件後には、警察官らを死傷させたことを前提に、今後も「対権力闘争」を進める趣旨の主張を行ったと警察庁は記録する。警察はこの組織的な主張と犯行態様を基に、革労協狭間派による事件と位置付けた。
警察が用いる「組織による事件」と、実行犯個人の有罪は別
警察庁白書が革労協狭間派の事件と記録していることは、捜査・公安上の組織評価として重要である。一方、特定の活動家について、爆弾の製造、運搬、設置、起爆への関与を認定した確定刑事判決はない。
組織が犯行を評価・主張したことと、誰がどの役割を担当したかを刑事裁判で立証することには大きな差がある。個人を殺人犯として処罰するには、その人物自身の具体的な実行行為を証拠で示す必要があった。
清和寮を狙った「新型設置式爆弾」
平成3年警察白書が本件で特に詳しく記録しているのが爆発物の仕組みである。使用されたのは新型の設置式爆弾で、単純な時限爆弾ではなかった。
警察庁は、装置が動かされても爆発し、動かされなくても設定された時刻になれば爆発する二重の作動機構だったとしている。発見者が安全な場所へ移そうとしても危険で、触れずに置いておいても時刻が来れば爆発する構造だった。
異常を確認しに来る人まで攻撃対象にする仕掛け
警察庁は、この構造を「攻撃対象を確実に殺傷することをねらった」ものと評価した。爆発を聞いた人、異物を見つけた人、警察官や寮関係者が現場へ集まる行動そのものが、二次被害につながる危険を持っていた。
施設を破壊するだけではなく、人が近づくことを前提にした爆発物だった点が、清和寮事件の特徴となる。警察施設を狙う政治的攻撃でありながら、一般市民まで負傷者に含まれた。
通常の時限装置なら、予定時刻より前に発見できれば処理する余地がある。ところが本件の装置は、動かす行為自体を起爆条件に組み込んでいたため、発見後の安全化作業まで危険にさらす構造だった。
警察白書が「トリック爆弾」と表現したのは、単なる爆発力の大きさではなく、発見者や処理者の行動を利用する仕組みを備えていたからである。人が確認・撤去しようとする通常の反応が、そのまま殺傷につながり得た。
清和寮では警察官1人が死亡、7人が重軽傷
警察白書が示す人的被害は、警察官1人死亡、一般市民を含む7人重軽傷である。死亡したのは新宿警察署の警察官だった。
被害人数には警察官だけでなく、警察官の生活施設に出入りする人も含まれた。独身寮は警察署や機動隊の庁舎とは異なり、勤務を離れた生活の場でもある。そこへ爆発物を仕掛けたことで、警察業務と直接関係しない人へも被害が及んだ。
同じ夜、別の警視庁独身寮も狙われた
事件は清和寮だけの単独爆破ではなく、同じ夜から翌2日未明にかけて別の警視庁独身寮でも爆発物が確認された連続事案として扱われている。
公安捜査を扱った新潮社の書籍資料では、清和寮に続いて別の警視庁独身寮も狙われた経過が取り上げられている。複数の寮を連続して対象にしたことから、偶発的に警察施設を選んだ事件ではなく、警察組織そのものを標的にした一連の攻撃として捜査された。
ただし、二つの現場で同じ人物が設置作業をしたのか、複数の実行役がいたのかという個人単位の分担は裁判で確定していない。組織的事件という評価と具体的な共犯関係は区別される。
新潮社の公安捜査に関する書籍案内でも「清和寮爆破事件/別の寮でも爆発」と章立てされ、警察独身寮が複数狙われた事件として記録されている。警察庁の資料では、重大な人的被害が出た清和寮事件が代表的な事件名として残る。
「90年天皇決戦」と清和寮事件
1990年11月12日には即位礼正殿の儀が予定され、その後に大嘗祭が続いた。極左各派はこれらの皇室行事を反対闘争の対象とし、10月から11月にかけて爆発物や発火装置を使った事件を相次いで起こした。
清和寮爆破は即位礼正殿の儀の約10日前に発生した。警察庁は、革労協狭間派が「即位の礼・大嘗祭」に向けた前段闘争として警察独身寮を狙ったと整理している。
同年の爆弾事件は29件
警察白書によると、1990年に極左暴力集団が引き起こしたテロ・ゲリラのうち、爆弾を用いた事件は29件に上った。新型迫撃弾、設置式爆弾、時限式発火装置など、装置の小型化・高性能化も進んでいた。
清和寮の二重作動式爆弾は、その中でも「トリックを用いて確実に人を殺傷しようとした」例として特記された。警察庁の公式記録で、単なる器物損壊ではなく殺人を目的とした爆弾攻撃として扱われている。
警察は秘密アジト摘発と活動家の検挙を進めた
1990年、警察は極左暴力集団の秘密アジト11か所を摘発し、秘密部隊員28人を含む211人の活動家を検挙したと白書に記録している。革労協狭間派の大宮アジトからは、手製拳銃や爆弾などが押収された。
ただし、こうした別事件・別容疑での検挙や武器押収が、そのまま清和寮事件の実行犯特定を意味するわけではない。長期の公安捜査を続けても、清和寮で爆弾を設置した人物を公判へ送るには至らなかった。
公安事件では、秘密アジトから爆弾材料や時限装置が見つかっても、それが特定の未解決事件で実際に使用された物と同一か、誰が製造・設置したかを立証する必要がある。組織への所属だけでは殺人罪の実行責任にはならない。
警察が革労協狭間派の非公然活動を継続的に捜査していたにもかかわらず本件の起訴へ至らなかったことは、公安上の組織評価と刑事裁判に必要な個人証拠の間に隔たりがあったことを示している。
実行犯を起訴できないまま15年
事件当時、殺人罪の公訴時効は15年だった。清和寮での死亡事件について、個々の実行犯を殺人罪で起訴できないまま時間が経過した。
2004年には殺人など重大犯罪の公訴時効が延長されたが、事件発生時の旧制度が適用される本件では15年の期間が進行し、2005年11月に時効が成立した。
2004年改正は殺人罪の時効を25年へ延長したが、施行前に行われた犯罪については旧法の期間を適用する経過措置が置かれた。そのため1990年の本件は15年のまま進み、改正翌年に期限を迎えた。
この経過は、後の法改正で重大犯罪の時効が長くなっても、過去の事件すべてへ同じ期間が遡って適用されたわけではないことを示す。
2010年に殺人の時効が廃止されても、本件は復活しない
2010年の刑事訴訟法改正で、殺人など死刑に当たる生命侵害犯の公訴時効は廃止された。現在の殺人事件であれば、年月の経過だけによって起訴できなくなる制度はない。
しかし法務省の経過規定では、改正法施行時に既に公訴時効が完成していた事件へ新制度は適用されない。清和寮事件は2005年に時効が完成しているため、2010年改正によって実行犯を殺人罪で新たに起訴できる状態へ戻ったわけではない。
事件の公的な位置付けは残っても、個人の刑事責任は確定しなかった
群馬県警も現在、国内で起きた主要なテロ・ゲリラ事件の例として「平成2年 警視庁新宿警察署清和寮爆破殺人事件」を掲げている。警察史の上では、革労協狭間派による重大な爆弾テロとして位置付けが定着している。
一方、刑事裁判で確定した実行犯はいない。組織名、政治的背景、爆弾の構造、人的被害までは警察資料で詳細に残ったが、「誰が設置したのか」という個人の責任だけは司法判断に至らないまま時効を迎えた。
参考資料・出典
- 警察庁「平成3年警察白書 第7章 公安の維持」
- 警察庁「警備警察50年 資料編」
- 群馬県警察「『テロ、ゲリラ事件』って何?」
- 新潮社『公安は誰をマークしているか』書籍案内
- 法務省「刑事訴訟法における公訴時効に関する改正」
関連事件
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