1980年2月23日、富山市内で18歳の女子高校生・長岡陽子さんが姿を消した。家族へ身代金を求める電話が入り、行方を探すさなか、今度は長野市で20歳の会社員・寺沢由美子さんが誘い出される。二人はともに殺害され、遺体は山中に遺棄された。
逮捕されたのは宮崎知子と北野宏だった。検察は二人の共謀による連続誘拐殺人として起訴したが、裁判の結論は分かれる。富山地裁は2件を宮崎の単独犯行と認定して宮崎に死刑、北野に無罪を言い渡した。1992年に北野の無罪が確定し、1998年には最高裁が宮崎の上告を棄却した。
| 事件名 | 富山・長野連続女性誘拐殺人事件 |
|---|---|
| 発生 | 1980年2月23日~3月 |
| 被害者 | 長岡陽子さん(18)、寺沢由美子さん(20) |
| 目的 | 確定判決では身代金取得目的 |
| 逮捕 | 1980年3月30日、宮崎知子・北野宏 |
| 一審 | 1988年2月9日、宮崎に死刑・北野に無罪 |
| 控訴審 | 1992年3月31日、名古屋高裁金沢支部が一審判断を維持 |
| 北野の法的状態 | 1992年、無罪確定 |
| 宮崎の上告審 | 1998年9月4日、最高裁が上告棄却 |
| 再審 | 第5次再審請求の特別抗告を2024年11月27日に最高裁が棄却 |
| 現在 | 宮崎の死刑確定判決は維持。北野は無罪確定 |
「良いアルバイトがある」――18歳の長岡陽子さんを車へ誘った
最高裁判決によると、宮崎は借金の返済や自らの欲求を満たす資金を得るため、若い女性を誘拐し、その家族から身代金を奪う計画を立てた。富山市内で帰宅途中だった長岡さんに「良いアルバイト先がある」などと持ちかけ、自分の車へ乗せたと認定されている。
宮崎は長岡さんに睡眠薬を飲ませて意識を失わせ、あらかじめ準備していた腰ひもで首を絞めて殺害。遺体を山中に遺棄した。力ずくで連れ去るのではなく、仕事の話を使って警戒を解かせるところから犯行が始まっている。
殺害後、長岡さんの家族へ身代金を要求した
長岡さんを殺害した後も、事件は終わらなかった。宮崎は家族へ電話をかけ、身代金を要求した。最高裁判決では、家族側の対応から要求を中止したものの、長岡さんの所在を心配する家族が宮崎のもとを訪れる状況になっていたことも認定されている。
つまり宮崎は、長岡さんの家族が深刻な不安の中にいることを直接知っていた。それでも身代金目的の計画を断念せず、次の女性を狙った。この経過は、後に最高裁が死刑を維持する量刑判断でも重く扱われる。
3月5日、長野市で寺沢由美子さんが誘い出された
次に狙われたのは、長野市内で働いていた寺沢由美子さんだった。宮崎は帰宅途中の寺沢さんにも言葉巧みに近づき、車へ乗せた。睡眠薬で意識を失わせた後、準備していた腰ひもで首を絞めて殺害し、遺体を山中へ遺棄したと最高裁は認定している。
寺沢さんの家族に対しては、電話で3000万円の身代金を繰り返し要求した。2件は、若い女性へ接近して車に誘う、睡眠薬を使う、殺害後に遺体を山中へ遺棄し、家族へ金を要求するという基本構造が重なっていた。
3月30日、宮崎知子と北野宏を逮捕
捜査は富山県と長野県をまたぐ広域事件となった。共同通信社の年表には、長野県警が1980年3月30日、長野市の会社員誘拐事件と富山県の女子高校生殺害事件で宮崎知子と北野宏を逮捕したことが記録されている。
二人は仕事上も私生活上も近い関係にあり、捜査機関は共謀による犯行を疑った。だが、「二人が親密だったこと」と「二人が殺人を共謀・実行したこと」は同じではない。後の長期裁判では、この共犯関係を証拠によって認定できるかが大きな争点になる。
同じ法廷で、一人に死刑、一人に無罪
富山地裁は1988年2月9日、宮崎について2件の身代金目的誘拐、殺人、死体遺棄などを認定し、死刑を言い渡した。一方、共犯として起訴されていた北野宏には無罪判決を出す。裁判所が採用したのは、2件とも宮崎が単独で実行したという事実認定だった。
北野については、捜査段階の供述がどこまで信用できるのかが問題となった。重大事件で二人が同時に逮捕・起訴されたという経過だけを見れば「男女の共犯事件」と映るが、判決はその構図を維持しなかった。
1992年、北野宏の無罪が確定した
名古屋高裁金沢支部は1992年3月31日、宮崎の有罪・死刑と北野の無罪という一審判断を維持した。共同通信社年表にも、この日に北野の無罪が確定したことが記録されている。
北野は、刑事裁判で有罪になった人物ではない。現在の記事で事件関係者を整理する場合も、「共犯として起訴されたが無罪が確定した人物」と位置づける必要がある。確定判決上、2件の殺害を実行したと認定されたのは宮崎である。
最高裁が示した宮崎知子の犯行動機と計画性
宮崎の上告審判決は、事件を単なる「2人殺害」として扱っていない。最高裁は、それまでの生活で生じた借金を一挙に返済し、自らの欲求を実現する資金を得ようとして身代金目的の誘拐殺人を計画したと認定した。
さらに、最初の事件で長岡さんの家族が苦しんでいることを十分認識しながら計画を断念せず、寺沢さんを狙った点を指摘する。2件とも睡眠薬と事前に準備したひもを使っており、最高裁は「計画的に、かつ、連続して」敢行した犯罪として評価した。
前科がなくても、死刑を維持した理由
最高裁第二小法廷は1998年9月4日、宮崎の上告を棄却した。判決は、金銭欲から出た誘拐殺人で動機に酌量の余地がなく、殺害方法、遺族の被害感情、富山・長野両県にまたがる事件の影響などを総合して罪責は重いとした。
宮崎に前科がないことなど有利な事情も検討された。それでも、二人を計画的・連続的に誘拐して殺害し、家族へ身代金を要求した一連の行為を踏まえ、原審が維持した死刑はやむを得ないと結論づけている。死刑判断の理由は、被害者数だけではなく、動機・計画性・連続性・犯行後の要求まで含む。
死刑確定後も再審請求が続いた
宮崎は死刑確定後、再審を繰り返し求めた。第5次再審請求では富山地裁が請求を退け、名古屋高裁金沢支部も即時抗告を棄却。宮崎側は最高裁へ特別抗告した。
最高裁第一小法廷は2024年11月27日、特別抗告を棄却した。これにより第5次再審請求でも再審開始は認められず、1998年に確定した死刑判決は維持されている。2026年8月26日時点で、死刑が執行されたとの公表はない。
この事件を「男女2人の連続殺人」とだけ書けない理由
事件発生時、宮崎と北野はそろって逮捕され、共犯として裁判にかけられた。しかし最終的な司法判断は、宮崎について有罪・死刑、北野について無罪である。一つの事件の中で、逮捕・起訴時の構図と確定判決の構図が大きく変わった。
長岡陽子さんは18歳、寺沢由美子さんは20歳だった。二人が身代金を得る手段として選ばれ、殺害後も家族への金銭要求が続いたことが事件の中心にある。その事実と同時に、共犯として起訴された北野が有罪とは認められなかった経過まで記して初めて、この事件の刑事裁判を正確に捉えられる。
参考資料・出典
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