群馬一家3人殺害事件|小暮洋史の重要指名手配と現在

公開日 2026年3月6日
最終更新 2026年7月31日

群馬一家3人殺害事件は、1998年1月14日夜、群馬県群馬郡群馬町三ツ寺、現在の高崎市にある住宅で、夫婦と祖母の一家3人が殺害された事件である。事件から28年が過ぎた現在でも、小暮は警察庁指定重要指名手配被疑者である。所在につながる有力情報には、上限300万円の捜査特別報奨金が設定されている。

POINT
この記事でわかること
  • 1998年1月14日に旧群馬町三ツ寺で起きた一家3人殺害の経緯
  • 小暮洋史が長女へのストーカー行為を続けたとされる背景
  • 両親と祖母が殺害され、帰宅した長女も拘束された状況
  • 黒い日産シルビアで逃走後に足取りが途絶えた経緯
  • 小暮洋史の年齢・身長・癖・推定顔貌など警察公表情報
  • 2026年も続く重要指名手配と上限300万円の報奨金制度
項目内容
事件名群馬一家3人殺害事件
警察の呼称群馬町三ツ寺(現高崎市)における一家3人殺人事件
発生日1998年1月14日夜
場所群馬県群馬郡群馬町三ツ寺(現在の高崎市)
被害者夫婦と祖母の計3人
死亡した人物石井武夫さん(48)、妻・千津子さん(48)、祖母・トメさん(85)
指名手配被疑者小暮洋史(こぐれ ひろし)
小暮の生年月日1969年7月31日
事件当時の年齢28歳
2026年7月10日時点56歳
身長約170cm
容疑殺人
逃走車両黒色の日産シルビア
現在の指定警察庁指定重要指名手配被疑者
報奨金捜査特別報奨金 上限300万円
現在逮捕の公式発表なし、捜査継続

1998年1月14日夜、旧群馬町三ツ寺の住宅で一家3人が殺害された。命を奪われたのは、石井武夫さんと妻の千津子さん、そして祖母のトメさん。武夫さんと千津子さんはともに48歳、トメさんは85歳だった。3人と同居していた長女は当時20歳。事件の背景をたどると、その長女に一方的な好意を寄せていたとされる男へ行き着く。

それが、元トラック運転手の小暮洋史だった。群馬県警は、小暮が一家3人を殺害した疑いがあるとして捜査。現在まで殺人容疑で全国に指名手配している。

始まりは長女への好意|誘いを断った後につきまといが続いた

小暮と長女は、もともとまったく接点がなかったわけではない。報道によると、小暮は長女が勤務していたドラッグストアに、配達関係の仕事で出入りしていた。そこで長女と知り合い、やがて個人的に接触するようになったとされている。長女は一度、小暮と出かけたことがあった。しかし、その際の行動に不安を感じ、その後は誘いを断るようになったという。

ところが、それで関係が終わったわけではなかった。仕事帰りに車でつけられる。職場や自宅に無言電話がかかってくる。長女の証言をもとにした報道では、現在もいうストーカー行為にあたるような行動が繰り返されたと伝えられている。好意を受け入れてもらえない。それを理由に相手との距離を置くのではなく、追い続ける。事件の前には、すでに危険な兆候が現れていたのだ。

「もう会わない」と思った矢先|小暮は突然姿を消していた

事件直前、小暮は仕事を辞め、長女の職場にも姿を見せなくなったとされている。それまで接触を避けたいと感じていた長女にとって、小暮が来なくなったことは一つの安堵だったはずである。少なくとも、日常から遠ざかっていくように見えていた。しかし実際には、事態は終わっていなかった。

1998年1月14日夜。長女が自宅へ戻ったとき、そこにはいるはずのない小暮がいたとされている。家族3人は、すでに襲われていた。

父母は刃物で、祖母は首を絞められ死亡|一家3人が奪われた

群馬県警の捜査やその後の報道によれば、小暮には長女の両親を刃物で刺し、祖母の首を絞めて殺害した疑いが持たれている。両親はともに48歳。祖母は85歳だった。事件の発端となったとみられているのは、長女への一方的な執着である。ところが実際に命を奪われたのは、その長女を支えていた家族3人だった。

自宅は本来、家族が最も安心できる場所である。その家の中で両親と祖母が相次いで殺害される。しかも長女は、その事実を知らないまま帰宅することになる。事件の重さは、犠牲者3人という数字だけでは測れない。一人の女性に向けられた執着が、その家族全体を破壊したとみられているからである。

何も知らず帰宅した長女|家の中には小暮がいた

長女は、その夜に起きていたことを知らないまま自宅へ戻った。すると家の中には小暮がいたとされている。報道された長女の証言によると、階段を上がろうとしたところで後ろから腕をつかまれた。家族に気づいてもらおうと大声を出したものの、誰も姿を見せない。

その時点で長女は、両親と祖母がすでに襲われていたことを知らなかった。助けを求めても家族が来ない。その理由が分からないまま、目の前には長期間つきまとってきたとされる男がいる。日常の延長で帰宅したはずの女性は、一瞬で逃げ場のない状況へ置かれた。

長女を約2時間拘束|それでも小暮は現場を離れた

報道によれば、小暮は帰宅した長女を部屋へ連れ込み、長時間にわたって拘束したとされている。その時間は約2時間。小暮は長女の上に乗るような状態で動きを抑え、「好きだ」といった趣旨の言葉を口にしたと伝えられている。すでに家族3人が殺害された住宅で、長女本人に好意を告げる。

事件の異様さが最も表れている場面の一つである。長女は抵抗し、その後、小暮は玄関から出て逃走したとされている。残された長女が家の中を確認すると、そこで初めて家族に起きた現実と向き合うことになった。前日まで同じ家で暮らしていた両親と祖母。その3人を、一度に失ったのだ。

小暮洋史は黒い日産シルビアで逃走|車も見つかっていない

事件後、小暮は車で逃走したとみられている。警察が公開してきた情報や報道で知られている逃走車両は、黒色の日産シルビア。ナンバーは「群馬33 も 8670」とされている。通常、長期逃亡事件では本人が見つからなくても、使用車両だけが放置された状態で発見されることがある。

しかし、この事件は違った。小暮本人だけでなく、シルビアも消えたまま。28年を経た現在でも、この点が大きな謎として残っている。

最後の足取りは刀水橋付近|埼玉方面へ向かった後に消えた

逃走後、小暮の車とみられるシルビアには複数の目撃情報が寄せられた。報道では、水戸市や群馬県太田市、埼玉県熊谷市周辺などでの足取りが伝えられている。中でも長く注目されてきたのが、群馬県と埼玉県を結ぶ刀水橋付近である。

小暮の車は埼玉方面へ向かったとされ、その後、確実な足取りが途絶えた。本人が別の車へ乗り換えたのか。協力者がいたのか。車ごと人目につかない場所へ移動したのか。さまざまな可能性は考えられますが、現在も、公開された確定情報だけで逃走後の行動を説明することはできない。

小暮洋史とは|56歳になった重要指名手配被疑者

群馬県警と警察庁が公開している小暮洋史の基本情報は次のとおりである。

  • 氏名:小暮 洋史(こぐれ ひろし)
  • 生年月日:1969年7月31日
  • 事件当時:28歳
  • 2026年7月10日時点:56歳
  • 身長:約170cm
  • 容疑:殺人
  • 指定:警察庁指定重要指名手配被疑者
  • 報奨金:上限300万円

2026年7月31日の誕生日を迎えれば57歳になる。事件発生時の手配写真は20代の姿である。当然ながら、現在も同じ顔つきとは限らない。そのため群馬県警は、年齢を重ねた姿を想定した複数の推定顔貌を公開している。白髪、眼鏡、ひげ、長髪、短髪など、外見が変化した場合を想定したものだ。

「手のにおいを嗅ぐ」「爪をかむ」|警察が示す癖と特徴

長期指名手配では、顔写真だけで本人を見つけることが難しくなる。28歳だった人物が50代後半になれば、髪の量や色、体重、眼鏡の有無は大きく変わっていても不思議ではない。そこで警察は、外見以外の特徴にも注目している。

  • 手のにおいを嗅ぐようなしぐさ
  • 爪をかむ癖
  • 身長約170cm
  • 面長で細身とされる特徴

髪形は変えられる。体重も変化する。しかし、長年身についた無意識の癖は残ることがある。警察がこうした情報まで公開するのは、小暮が事件当時とまったく異なる外見で生活している可能性を考えているためである。

28年間なぜ見つからないのか|本人と車が同時に消えた謎

小暮が長期間見つからない理由について、警察は捜査内容のすべてを公表していない。したがって、「国外へ逃げた」「協力者がかくまっている」「すでに死亡した」といった説を事実として扱うことはできない。ただ、この事件には大きな特徴がある。

逃走に使ったとされる車まで見つかっていないことである。警察は過去に、車ごと湖沼などへ転落した可能性も視野に入れ、捜索を行ってきたと報じられている。それでも、小暮やシルビアの発見にはつながらなかった。生きて逃亡しているのか。どこかで死亡しているのか。

28年が過ぎても、その最も基本的な部分すら確定していない。

警察庁指定「重要指名手配」|2026年も名前は消えていない

小暮は現在も警察庁指定重要指名手配被疑者である。これは、単に群馬県警が過去の事件として写真を掲載しているという意味ではない。重大事件の被疑者として、全国規模で情報提供が求められている。警察庁の重要指名手配情報には、小暮の氏名、写真、身長約170cm、殺人容疑であることが掲載されている。

群馬県警も2026年1月に事件ページを掲載し、引き続き情報提供を呼びかけている。事件から28年。手配が長期化しても、逮捕を目指す捜査は現在進行形である。

上限300万円の捜査特別報奨金|2026年も対象期間内

小暮の所在や事件解決につながる情報は、警察庁の捜査特別報奨金制度の対象となっている。上限額は300万円である。2025年9月に警察庁が公表した広告では、対象期間は2025年11月1日から2026年10月31日まで。現在も期間内にある。

報奨金は、単に「見かけた」と連絡すれば一律に支払われるものではない。被疑者の検挙や事件解決への寄与度に応じ、上限額の範囲で決定される。それでも、事件発生から28年後も公的報奨金を設けて所在情報を求めている事実は重いものだ。

小暮洋史は「有罪確定者」ではない|法的には指名手配被疑者

この事件を扱う際、法的な表現には注意が必要である。群馬県警は小暮に一家3人を殺害した疑いがあるとして指名手配し、警察庁も重要指名手配被疑者に指定している。一方、現在も小暮は逮捕されていない。

当然ながら、この事件について起訴され、刑事裁判で有罪判決が確定した状態でもない。したがって、法的には「殺人容疑で指名手配されている被疑者」である。警察が重大な容疑をかけて追跡していることと、裁判所が有罪を確定させることは別の段階。この区別は、長期逃亡事件でも変わらない。

遺族の長女は今も情報を発信|「法に裁かれて」と願い続ける

この事件には、28年という数字だけでは見えない時間がある。家族3人を失った長女は、その後も事件を抱えて生きていた。近年はSNSなどを通じ、自ら事件について発信し、小暮につながる情報を求めている。すでに失われた命は戻らない。

それでも、指名手配された人物が逮捕され、捜査と裁判の場で何が起きたのかが問われることには意味がある。28年間逃げ続けているのか。それとも、すでにどこかで死亡しているのか。小暮の所在が分からない限り、遺族は事件の刑事手続き上の決着を見ることができない。

現在の最新状況|小暮洋史は現在も重要指名手配中

現在も、小暮洋史が逮捕されたとの公式発表はない。群馬県警は現在も事件情報を公開し、警察庁も重要指名手配被疑者として掲載している。現在の状況を整理すると、次のとおりである。

  • 1998年1月14日夜に一家3人が殺害された
  • 小暮洋史を殺人容疑で指名手配
  • 小暮は事件当時28歳
  • 2026年7月10日時点で56歳
  • 身長は約170cm
  • 黒色の日産シルビアで逃走したとされる
  • 本人だけでなく逃走車両も未発見
  • 警察庁指定重要指名手配被疑者
  • 捜査特別報奨金は上限300万円
  • 2026年も逮捕の公式発表なし

小暮が生きているとすれば、事件当時の若い姿とは大きく変わっている可能性がある。だからこそ警察は推定顔貌を複数公開し、外見だけでなく癖やしぐさにも目を向けるよう呼びかけている。

情報提供先|似た人物を見かけても直接接触しない

群馬県警は、小暮洋史の所在や事件解決につながる情報を現在も求めている。情報受付部署は群馬県高崎北警察署「群馬町三ツ寺における一家3人殺人事件捜査本部」である。

  • フリーダイヤル:0120-547-590
  • 高崎北警察署:027-371-0110

似た人物を見かけても、自分で確認しようとして声をかけたり、後を追ったりするべきではない。小暮は殺人容疑で重要指名手配されている人物である。危険性を否定できないため、本人と思われる人物への直接接触は避ける必要がある。緊急性がある場合は110番。それ以外の手がかりは、警察へ安全な方法で伝えることが重要である。

事件から28年|一家を失った夜はまだ終わっていない

1998年1月14日、旧群馬町三ツ寺の住宅で3人の命が奪われた。両親と祖母を一度に失った長女。警察が殺人容疑で追うのは、その長女に一方的な好意を寄せ、つきまといを繰り返していたとされる小暮洋史である。事件後、小暮は黒いシルビアで逃走した。

そして消える。本人も、車も見つからない。28歳だった指名手配被疑者は、2026年には56歳になった。一方、家族を失った側にとって、年月の経過は事件の終結を意味しない。逮捕もなく、裁判もなく、なぜ家族3人が殺害されたのかを被疑者本人に問う機会さえ訪れていないからである。

ストーカー行為の末に一家3人が殺害され、容疑者は車とともに姿を消した。群馬一家3人殺害事件は、過去の事件として完結していない。小暮洋史の所在が分からないまま、現在も捜査は続いている。

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