日野町事件|自白と「引当捜査」が揺らぎ、阪原弘さんの死後再審開始が確定

公開日 2026年7月23日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
1984年
都道府県
滋賀県
事件分類
冤罪事件 / 強盗・監禁・暴行事件 / 殺人事件
司法状況
再審

2026年2月24日、最高裁第二小法廷は、滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件をめぐる検察側の特別抗告を棄却した。これにより、無期懲役が確定したまま75歳で死亡した阪原弘さんについて、裁判をやり直す再審開始が確定した。

確定判決の中心にあったのは阪原さんの自白と、被害者の金庫や遺体が見つかった場所を自ら案内したとされる「引当捜査」だった。ところが再審請求で開示された写真やネガから、その案内過程をそのまま信用できない事情が浮かび、自白の信用性も大きく揺らいだ。

さらに2026年6月19日、大津地検は再審公判で有罪を主張せず、新たな有罪立証もしない方針を明らかにした。阪原さんはすでに亡くなっているため、再審は遺族が名誉回復を求めて続ける死後再審となる。

事件名日野町事件、日野町強盗殺人事件
発生1984年12月28日夜~29日未明ごろ
場所滋賀県蒲生郡日野町
被害者酒店を経営していた女性(当時69歳)
遺体発見1985年1月18日
金庫発見1985年4月28日
被告人阪原弘さん
逮捕1988年3月
一審1995年6月30日 大津地裁・無期懲役
控訴審1997年5月30日 大阪高裁・控訴棄却
上告審2000年9月27日 最高裁・上告棄却
第2次再審開始2018年7月11日 大津地裁
再審開始確定2026年2月24日 最高裁が検察の特別抗告を棄却
2026年6月の検察方針有罪主張・新たな有罪立証を行わない

酒店から女性と手提げ金庫が消えた

1984年12月28日夜、日野町で立ち飲みのできる酒店を営んでいた69歳の女性が行方不明になった。店からは女性所有の手提げ金庫もなくなっており、警察は女性が事件に巻き込まれた可能性を調べ始めた。

1985年1月18日、女性の遺体が日野町内の宅地造成地で見つかった。さらに4月28日には、別の山中から持ち去られていた手提げ金庫が発見される。遺体と金庫が別々の場所に捨てられた強盗殺人事件として捜査が続いた。

常連客だった阪原弘さんが3年以上後に逮捕された

阪原さんは被害女性の酒店を利用していた常連客だった。事件直後から捜査対象にはなったものの、逮捕されたのは事件から3年以上が過ぎた1988年3月である。任意同行後、連日の取調べを受ける中で、女性を殺害して金庫を奪ったという自白調書が作成された。

起訴後、阪原さんは自白を撤回し、無罪を主張した。直接的な物的証拠によって阪原さんと犯行を結び付ける構造ではなく、裁判では自白の信用性と、自白に基づいて行われた引当捜査の意味が重要になった。

「自分で金庫の場所を案内した」ことが有罪認定を支えた

捜査機関は、阪原さんが金庫発見場所や遺体発見場所を自ら案内できたとして、引当捜査の実況見分調書を作成した。犯人しか知らない場所へ捜査員を導いたのであれば、自白の信用性を補強する事情になる。

確定審では、この引当捜査が阪原さんと犯行を結び付ける重要な材料として扱われた。自白内容には客観的事実との食い違いが指摘されながらも、1995年6月30日、大津地裁は無期懲役を言い渡した。

控訴・上告は棄却され、2000年に無期懲役が確定

阪原さん側は一審判決を不服として控訴したが、1997年5月30日に大阪高裁が控訴を棄却した。さらに上告したものの、2000年9月27日に最高裁が上告を棄却し、一審の無期懲役判決が確定した。

阪原さんは服役後も無実を訴え、2001年に第1次再審請求を申し立てた。大津地裁は2006年に請求を棄却し、即時抗告審が大阪高裁で続いていたが、2011年3月18日、阪原さんは服役中に病死した。

一審と控訴審では、有罪を支えた理由が異なっていた

確定までの裁判経過には特徴がある。東京弁護士会が2026年の最高裁決定後に整理した経過によると、一審の大津地裁は自白の信用性を低く評価しながら、情況証拠を中心に有罪とした。これに対し大阪高裁は、情況証拠だけでは有罪認定できないとしつつ、自白の基本的な根幹部分は信用できるとして控訴を棄却した。

同じ有罪という結論でも、どの証拠を中心に置くかは一審と控訴審で異なっていた。最高裁は2000年9月に上告を棄却し無期懲役が確定したが、その後の再審では、自白を補強するとされた引当捜査そのものの信用性が新証拠によって再検討されることになる。

本人の死で終わらず、遺族が第2次再審請求を申し立てた

阪原さんの死亡によって本人による第1次再審請求の手続は終了した。それでも遺族は名誉回復を求め、2012年3月30日、大津地裁へ第2次再審請求を申し立てた。

第2次再審請求で大きな意味を持ったのが、新たに開示された捜査資料だった。確定審では十分に検討されていなかった写真やネガ、引当捜査に関する資料が示され、捜査記録の作られ方そのものが再び検証されることになる。

金庫発見場所の写真には「帰り道」の写真が混在していた

金庫発見場所への引当捜査では、阪原さんが目的地へ向かう途中を撮影したとされる写真が実況見分調書に使われていた。ところが開示されたネガと照合すると、「往路」として扱われた写真の中に、現場から戻る際に撮影された写真が混在していたことが判明した。

これでは、写真の並びだけを見て「阪原さんが迷わず現場へ案内した」と評価することは難しくなる。第2次再審請求では、警察官から断片的な情報を与えられた結果として現場へたどり着いた可能性も検討された。

遺体発見場所の再現では事前の「リハーサル」があった

遺体発見場所への引当捜査についても、阪原さんがその場で初めて犯行状況を再現したという単純な経過ではなかった。再審請求で開示された資料から、捜査員が阪原さんに事前の再現練習をさせていたことが明らかになった。

犯人だけが知る情報を自発的に示したのか、それとも捜査側とのやり取りを経て再現したのかでは、証拠価値が大きく異なる。引当捜査の信用性が低下すると、それによって補強されていた自白の信用性も改めて問われることになった。

自白と遺体の状況にも整合しない点が指摘された

第2次再審請求では、自白で語られた殺害態様と遺体の状況が一致するかについても新たな法医学的検討が行われた。弁護側の鑑定は、自白どおりの方法では説明しにくい点を示した。

確定判決は自白そのものを全面的に無条件で信用したわけではなかった。それでも有罪を維持できた背景には、引当捜査などの補強事情があった。再審請求では、その補強事情と自白の双方が同時に揺らいだ。

2018年、大津地裁が再審開始を決定

2018年7月11日、大津地裁は第2次再審請求を認め、再審開始を決定した。新旧の証拠を総合すると、確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じるという判断だった。

検察側は決定を不服として即時抗告した。再審開始決定が出ても、直ちにやり直しの裁判が始まったわけではない。再審を開くかどうかをめぐる争いだけで、さらに長期間の審理が続くことになった。

2023年、大阪高裁も再審開始を維持

2023年2月27日、大阪高裁は検察側の即時抗告を棄却し、大津地裁の再審開始決定を維持した。引当捜査を含む証拠の信用性を改めて検討し、再審を開始すべきだとする一審の結論を覆さなかった。

検察側はさらに最高裁へ特別抗告した。このため、2018年に最初の再審開始決定が出てからも、再審公判そのものは開かれない状態が続いた。

2018年の再審開始決定から、確定まで7年7カ月を要した

大津地裁が最初に再審開始を認めたのは2018年7月だった。検察側の即時抗告を大阪高裁が2023年2月に棄却し、その後の特別抗告について最高裁が判断したのが2026年2月。再審を実際に開くかどうかという手続だけで、最初の開始決定から確定まで約7年7カ月が経過した。

2026年2月24日、最高裁が特別抗告を棄却

最高裁第二小法廷は2026年2月24日、検察側の特別抗告を棄却した。決定は、検察側の主張は特別抗告の理由に当たらないとしたうえで、記録を見ても、新証拠の新規性・明白性を認めて再審請求を認容すべきだとした下級審の判断に誤りはないとした。

これによって2018年の再審開始決定が確定した。無期懲役以上の刑が確定した事件で、本人の死亡後に遺族が求めた再審が開始される例として、戦後初とされている。

2026年6月、大津地検は有罪主張と新たな立証をしないと表明

再審開始確定後、大津地裁では裁判所、検察、弁護側による協議が進められた。2026年6月19日、大津地検は記録を精査した結果、再審公判で有罪の主張を行わず、新たな有罪立証もしないと表明した。

検察が積極的な有罪立証を行わない以上、再審では無罪判決が言い渡される見通しが極めて高い。ただし、これは6月時点での訴訟方針であり、それ自体が無罪判決ではない。

2026年8月時点、まだ「再審無罪」が確定した段階ではない

阪原さんについては再審開始が確定し、検察も有罪主張をしない方針を示している。一方、2026年8月28日時点で、公開情報上、再審公判による無罪判決が言い渡されたことは確認されていない。

法的な現在地は「無期懲役の確定判決が存在したが、その判決をやり直す再審開始が確定し、再審公判を待つ段階」である。阪原さん本人が判決を聞くことはできないが、遺族が40年以上にわたる事件の最終的な司法判断を待っている。

参考資料・出典

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