1984年3月18日夜、兵庫県西宮市にある江崎グリコ社長宅へ覆面の男らが押し入り、社長を連れ去った。犯人側は身代金10億円と金塊100キログラムを要求したが、社長は監禁場所から自力で脱出した。その後、犯人は食品会社への脅迫、工場への放火、現金受け渡しの指示、青酸ソーダを混入した菓子の店頭放置を繰り返した。
「かい人21面相」を名乗る犯人は、警察や報道機関へ挑戦状を送り、江崎グリコに続いて丸大食品、森永製菓、ハウス食品などを標的にした。警察は警察庁指定第114号事件として複数府県で捜査したが、犯人を特定できなかった。1985年8月の終結宣言後に犯行は確認されず、一連の事件は2000年2月までにすべて公訴時効が成立した。
| 事件名 | グリコ・森永事件 |
|---|---|
| 発生期間 | 1984年3月~1985年8月 |
| 発端 | 江崎グリコ社長誘拐事件 |
| 主な被害企業 | 江崎グリコ、丸大食品、森永製菓、ハウス食品など |
| 主な手口 | 身代金要求、企業脅迫、放火、青酸入り菓子の店頭放置 |
| 犯人名乗り | かい人21面相 |
| 現在 | 未解決。2000年2月までに一連の事件の公訴時効成立 |
西宮市の社長宅から始まった身代金目的誘拐
1984年3月18日午後9時30分ごろ、覆面をした男2人が江崎グリコ社長宅へ侵入した。男らは社長の妻と長女を拘束し、入浴中だった社長を連れ出した。翌朝、高槻市内の公衆電話ボックスで、現金10億円と金塊100キログラムを要求する脅迫状が見つかった。
社長は大阪府茨木市内の倉庫に監禁されたが、3日後に自力で脱出し、近くの国鉄貨物駅で保護された。身代金は支払われず、誘拐そのものは人質の帰還によって終わった。しかし、犯人側は会社に対する脅迫をやめず、グリコの施設へ放火し、商品に毒物を入れたとする文書を送った。
犯人は単に社長個人から金を奪うのではなく、企業活動と商品の安全への信用を攻撃した。グリコは商品の回収や操業停止を迫られ、流通業者も売場から製品を撤去した。犯人の姿や人数は明確にならず、誘拐現場、監禁場所、電話、脅迫状など各所に残った情報を結ぶ大規模な捜査が始まった。
「かい人21面相」の挑戦状と報道機関の利用
1984年4月以降、犯人は新聞社や警察へ手紙を送り始めた。文面では「かい人21面相」と名乗り、捜査をからかい、自らの行動を予告した。名称は児童向け探偵小説に登場する怪人二十面相をもじったものとみられ、複数の筆跡や文章の特徴から、複数人の関与が想定された。
挑戦状は、犯人側が公表したい情報を報道機関へ直接届け、企業と消費者へ不安を広げる手段になった。警察だけに脅迫状を送る場合と異なり、新聞で内容が報じられると、商品の安全性に対する疑いが全国へ伝わる。犯人は報道の反応を見ながら、標的や要求を変えていった。
一方、犯人名義の文書がすべて同じ集団によるものか、便乗した文書が含まれていたかは確定していない。捜査では紙、タイプ文字、筆跡、方言的な表現、投函場所などが調べられたが、特定の個人へ結び付ける決定的な証拠にはならなかった。
丸大食品などへ移った現金要求と受け渡し指示
犯人はグリコへの脅迫をいったん終えると宣言した後、丸大食品へ現金を要求した。社員に列車へ乗るよう指示し、沿線に置いた目印や無線連絡を使って受け渡し場所を次々と変更させた。警察は現金を運ぶ社員に捜査員を同行させ、駅や道路へ多数の警察官を配置した。
現金受け渡しの場面では、不審な男が目撃された。国鉄高槻駅付近で捜査員を注視していた男は、後に特徴的な目つきから「キツネ目の男」と呼ばれた。別の受け渡しでは、現金を運ぶ車や駅の様子を撮影した防犯映像に人物が映り、「ビデオの男」として公開された。
これらの人物が実行グループの一員だったことは確認されていない。似顔絵と映像は広く公開され、多数の情報が寄せられたが、身元の特定には至らなかった。犯人側は警察の配置を把握しているように受け渡しを中止し、現金を受け取らないまま次の脅迫へ移った。
青酸ソーダ入り菓子が置かれた売場
1984年秋、犯人は森永製菓を脅迫し、同社商品へ青酸ソーダを入れたと通告した。実際に大阪、兵庫、京都などのスーパーマーケットや百貨店で、青酸ソーダが混入された菓子が発見された。商品には毒が入っていることを示す紙が付けられ、購入者が口にする前に回収された。
毒入り商品は関西だけでなく、関東、中部の売場でも見つかった。販売店は対象商品の撤去と点検を行い、食品会社は出荷、広告、販売計画の変更を迫られた。死者は出なかったが、店頭に通常の商品と同じ外観の毒物入り食品を置く行為は、不特定多数を対象とする殺人未遂として捜査された。
犯人が警告表示を付けたことは、殺意や危険性を否定するものではない。第三者が表示を見落とす、子どもが手に取る、表示が外れる可能性があり、青酸ソーダを摂取すれば死亡する危険があった。企業への金銭要求と一般消費者への無差別な危険が結び付いたことで、事件は誘拐・恐喝から広域殺人未遂へ拡大した。
ハウス食品をめぐる滋賀県内の追跡
1984年11月、ハウス食品への現金要求では、犯人が指定した受け渡しに合わせ、警察が名神高速道路や滋賀県内へ捜査員を配置した。現金を積んだ車は細かな指示に従って移動し、警察車両が周辺を警戒した。
滋賀県内では、不審車両を警察官が発見して追跡した。運転していた男は検問を突破し、車を乗り捨てて逃走した。車両は盗難車で、内部から無線を傍受する装置などが見つかったとされる。犯人へ接近した場面だったが、夜間の追跡と連絡の混乱もあり、身柄を確保できなかった。
この失敗は捜査機関内で重く受け止められた。広域に移動する犯人に対し、府県をまたぐ無線連絡、車両配置、情報共有が十分でなかったことが検証された。事件は、その後の広域重要事件における指揮系統や通信体制を見直す契機の一つとなった。
滋賀県警本部長の死亡と犯行終結宣言
1985年8月、滋賀県警本部長が自宅で死亡した。前年のハウス食品事件で犯人を取り逃がした責任を感じていたと報じられ、事件捜査の重圧が背景にあったとみられた。犯人はその直後、報道機関へ「くいもんの会社いびるのもうやめや」とする趣旨の終結宣言を送り、以後、かい人21面相を名乗る一連の犯行は確認されなくなった。
終結宣言は犯人の逮捕や組織の解明を意味しなかった。警察は引き続き、誘拐現場の関係者、脅迫状の作成者、毒物の入手経路、受け渡し場所に現れた人物、盗難車の使用者を調べた。似顔絵や映像を基にした情報提供の呼び掛けも続いた。
犯人像については、食品業界の関係者、暴力団、過激派、企業内部に詳しい人物など多くの仮説が報じられた。しかし、いずれも公的に犯人と確認されたものではない。未解決事件では、捜査線上に浮かんだ人物や報道上の仮説を、確定した容疑者として扱うことはできない。
2000年までに成立した公訴時効
事件当時、誘拐、恐喝未遂、放火、殺人未遂などにはそれぞれ公訴時効が定められていた。犯行が止まった後も捜査は続いたが、起訴できる期限は罪名と発生日ごとに順次到来した。2000年2月までに、一連の事件はすべて公訴時効が完成した。
時効成立後に犯人が判明しても、当時の事件について刑事裁判へかけることはできない。2010年に殺人罪などの公訴時効が廃止されたが、すでに時効が完成した事件を復活させる制度ではない。グリコ・森永事件は、被疑者が検挙されないまま終了した警察庁指定事件として残っている。
2026年5月の国会審議でも、警察庁指定事件24件のうち、被疑者が検挙されていない事件の一つとしてグリコ・森永事件が挙げられた。公訴時効によって刑事捜査の目的は失われたが、江崎グリコ社長誘拐から毒入り菓子までの実行者、人数、現金要求の目的は確定していない。
江崎グリコ社長が監禁場所から脱出できたことは、犯人側の計画を崩した一方、犯行グループの全体像を明らかにする機会にはつながらなかった。社長を連れ出した者、監禁を担当した者、脅迫状を作成した者、電話や受け渡しを監視した者が同じ人物かは不明である。複数人が役割を分担したと考えられたが、人数や関係は確定していない。
脅迫を受けた企業は、警察への協力と事業の継続を同時に求められた。犯人の指示どおり現金を運べば受け渡しの場で逮捕できる可能性があるが、社員の安全は保証されない。要求を拒めば、商品への毒物混入を実行される危険があった。企業は製品回収、品質検査、販売店への連絡、消費者への説明に追われ、直接奪われた金額以上の損失を受けた。
毒入り菓子の発見後、流通現場では包装の破損や不審な貼り紙を確認し、売場を監視する対応が取られた。食品会社は密封性を高める包装や、開封の痕跡が分かる構造を検討した。事件だけを原因とする単一の制度改正ではないが、製造後から消費者へ渡るまでの商品防護を重視する考え方が広がった。
捜査には延べ100万人を超える警察官が投入されたとされ、脅迫状、電話、車両、毒物、現金受け渡しなど膨大な資料が集められた。それでも、犯人が現場へ姿を見せる時間が短く、盗難車や公衆電話を使い、捜査員の動きを監視していたため、証拠は個人へ収束しなかった。大規模な人員投入が、そのまま検挙へ結び付くわけではないことを示した事件でもある。
公訴時効が成立しているため、現在は犯人を起訴するための捜査を継続する法的目的がない。一方、国会答弁や警察白書では、未検挙の警察庁指定事件として公式記録が維持されている。事件名に含まれる二社だけでなく、多数の食品会社、販売店、社員、消費者が脅迫と危険にさらされた広域事件だった。
犯人が要求した現金は、確認されている範囲では受け取られていない。巨額の要求、複雑な受け渡し、直前の中止が繰り返されたため、金銭獲得だけが目的だったのか、企業や警察を混乱させること自体を重視していたのかは確定していない。犯人の動機は、残された文書の表現から推測されるにとどまる。
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。


