2021年、静岡県藤枝市で車内にのこぎりを持っていた男への職務質問をきっかけに、全国の露天風呂を狙った盗撮グループの捜査が広がった。男は「盗撮に邪魔な木を切るため」と説明し、その後、山中から望遠レンズで女湯を撮影する手口が明らかになった。
捜査は複数県へ波及し、グループのリーダー格とされた男は「20歳から盗撮を始め、沖縄を除く46都道府県で少なくとも1万人以上を撮影した」と供述した。静岡地裁は2023年6月30日、起訴された18件を認定し、懲役2年10月の実刑判決を言い渡した。
| 事件名 | 組織的な露天風呂盗撮事件 |
|---|---|
| 主な摘発時期 | 2021年~2023年 |
| 主な撮影場所 | 北海道・茨城・神奈川・岐阜・兵庫など |
| 手口 | 山中などから望遠レンズで露天風呂を遠距離撮影 |
| 捜査の広がり | 2023年までに多数の関係者を検挙 |
| リーダー格の供述 | 46都道府県で1万人以上を盗撮 |
| 静岡地裁判決 | 2023年6月30日、懲役2年10月・機材没収 |
発覚の端緒は、車内にあった「のこぎり」
一連の捜査の入口は、露天風呂そのものではなかった。2021年10月、静岡県藤枝市の国道1号バイパスの駐車場で警察官が車内で仮眠していた男に職務質問し、のこぎりを所持していたことから銃刀法違反で逮捕した。
用途を尋ねられた男は、露天風呂を盗撮する際に視界を遮る木を切るためだったと説明した。神奈川県で盗撮した帰途だったことも分かり、端末や機材、同行者、通信記録をたどる捜査が始まった。
100~300メートル離れた山中から望遠撮影
グループが使ったのは、浴場内へ小型カメラを持ち込む典型的な盗撮とは異なる手口だった。温浴施設を見下ろせる山中などへ入り、100~300メートルほど離れた地点から高性能の望遠レンズ付きカメラを向けた。
撮影者は利用者や施設従業員から見えにくい場所を選び、長時間山中にとどまることもあった。FNNの公判報道では、女性客が多い土日や祝日を狙い、12時間ほど潜んで撮影するケースも認定された。
場所、機材、撮り方を仲間へ共有したリーダー格
リーダー格の男は、自分で撮影するだけでなく、盗撮しやすい温泉施設や山中の撮影地点、機材の使い方を仲間へ教えていた。グループはインターネット上の盗撮画像を扱う掲示板などを通じて知り合ったと報じられている。
判決でも、中心的な立場から共犯者に知識を与え、犯行へ誘い込んだ点が非難された。個々の撮影者が偶然同じ方法を使ったのではなく、経験や撮影地点が人から人へ引き継がれていたことが事件の特徴だった。
知人女性を露天風呂へ連れて行かせた撮影も
公判で認定された事件の中には、仲間の男が知人女性を露天風呂へ誘い、その入浴中の姿を別の場所から撮影したものもあった。利用者が撮影者の存在を知らないだけでなく、同行者への信頼まで利用した形だった。
こうした犯行では、施設側の目隠しや巡回だけで防ぐことが難しい。撮影地点が敷地外の山中にあり、さらに入浴者を誘導する人物が内部側にいる場合、通常の施設警備では異変を察知しにくい。
「46都道府県、1万人以上」は本人の捜査段階の供述
リーダー格の男は警察の調べに対し、20歳ごろから盗撮を始め、沖縄を除く46都道府県で少なくとも1万人以上を盗撮したと供述した。この数字は、裁判で1万人分の被害が個別に認定されたという意味ではない。
静岡地裁が刑事裁判で認定したのは、2020年から2021年にかけて5道県で行われた18件の盗撮だった。長年の供述上の被害規模と、起訴され有罪認定された行為の範囲は分けて見る必要がある。
2023年までに13人逮捕、のちに16人検挙と報道
2023年2月時点で、静岡県警の一連の捜査では少なくとも13人が逮捕されたと報じられた。その後、FNNは事件の発覚から判決までを振り返る記事で、関係者16人が検挙されたと伝えている。
人数が異なるのは、報道時点と「逮捕」「検挙」という集計の範囲が違うためである。関係者全員が同じ事件で一括して裁かれたわけではなく、実際に撮影した場所や関与の態様に応じ、各地の迷惑防止条例違反などが適用された。
公判では17回の計画的・組織的犯行として懲役3年を求刑
2023年4月の論告で検察側は、起訴された行為について「17回にも及ぶ計画的で組織的な犯行」として懲役3年を求刑した。入浴中という高度に私的な場面を狙い、撮影した映像が拡散される危険もある悪質な行為だと指摘した。
弁護側は反省や家族による監督などを挙げ、執行猶予を求めた。また、仲間と共謀したとされた1件については、本人が現場に行っておらず合意もなかったとして争った。判決では最終的に18件が認定された。
静岡地裁は懲役2年10月、カメラなどの没収を命令
2023年6月30日、静岡地裁はリーダー格の男に懲役2年10月の実刑を言い渡し、デジタルビデオカメラ1台と単眼鏡1本の没収も命じた。求刑は懲役3年だった。
裁判官は、人目につきにくい山中を選び、高性能の撮影機器を準備した犯行を計画性の高いものと評価した。さらに、中心的立場で共犯者へ知識を与え、盗撮へ誘い込んだことを量刑上重く見た一方、罪を認めて反省している事情も考慮した。
事件当時は都道府県条例が中心だった
リーダー格が裁かれた盗撮は2020~2021年の行為で、当時は各都道府県の迷惑防止条例などが中心的な処罰根拠だった。撮影場所が複数県にまたがったため、それぞれの条例に基づく犯罪として整理された。
遠距離からの撮影では、どこから何を撮ったのか、どの条例が適用されるのか、本人が直接撮影したのか共謀したのかを個別に立証する必要がある。全国規模のグループであっても、一つの「全国盗撮罪」でまとめて処理されたわけではなかった。
判決直後の2023年7月、性的姿態等撮影罪が施行
2023年7月13日、性的姿態撮影等処罰法の主要部分が施行され、正当な理由なくひそかに性的姿態等を撮影する行為を全国共通の犯罪として処罰する仕組みが設けられた。撮影した記録の提供や一定目的での保管なども処罰対象となる。
新法は、2020~2021年に行われたこの事件の盗撮へ遡って適用されたものではない。一方、露天風呂のように施設外から長距離撮影される事案でも、撮影行為そのものを全国共通の刑罰法規で扱う枠組みが施行後は整備された。
大量の供述被害と、裁判で認定された18件を分けて見る
この事件は「1万人以上」という数字が強く注目されたが、刑事裁判が扱ったのは証拠によって具体化され、起訴された個別の盗撮行為だった。本人の長年の供述、警察が把握したグループ全体、裁判で有罪認定された18件はそれぞれ範囲が異なる。
同時に、個別に立件できた件数だけが被害のすべてとも限らない。入浴中に遠距離から撮影された人は、その場では被害に気付けず、映像が保存・共有されても本人を特定できない場合がある。発覚の難しさとデータ拡散の危険が、長期間の犯行を可能にした事件だった。
撮影した映像は仲間内で共有され、加工も行われた
FNNの報道では、グループは撮影した映像や画像を仲間内で共有し、裸の画像と着衣時の姿を対比させる編集を行うこともあった。被害は撮影された瞬間だけで終わらず、データとして複製・共有されることで広がる性質を持っていた。
デジタルデータは一度複製されると回収が難しい。撮影機材を押収しても、別の端末へ送られた映像が残る可能性があり、被害者が撮影の事実自体を知らないまま画像が保管されることもある。
長焦点レンズや迷彩装備は、通常用途の機材でも犯行に転用された
使用された望遠レンズ、カメラ、単眼鏡などは、野鳥や風景撮影にも使われる一般の撮影機材である。機材の所持自体ではなく、入浴中の女性へ向けて山中から撮影した行為、撮影データ、移動記録、通信内容を結び付けて犯行を立証する必要があった。
撮影者が施設敷地の外にいるため、従業員が不審者として直ちに排除できないことも手口の発見を難しくした。山の地形や樹木の位置まで利用し、遠距離から死角を作る方法は、通常の館内巡回だけでは対応しにくい。
グループ全体の規模と、個々の刑事責任は別に立証された
一連の捜査では多数の関係者が浮上したが、全員の関与は同じではなかった。実際にカメラを操作した者、現場へ同行した者、撮影場所を教えた者、共謀が認定された者など、行為ごとに立証すべき内容が異なる。
そのため「全国規模の盗撮グループ」という全体像と、各被告人がどの条例違反で処罰されたかは分けて把握する必要がある。リーダー格の判決も、グループ全体の全行為を一括して処罰したものではなく、起訴された具体的な18件に対する刑だった。
新法では撮影だけでなく、提供・保管なども一定条件で処罰対象
2023年7月施行の性的姿態撮影等処罰法は、一定の性的姿態等をひそかに撮影する行為に加え、そこで作られた記録を提供したり、公然と陳列したりする行為などにも罰則を設けた。提供目的での保管や不特定多数への送信にも規定が置かれている。
露天風呂盗撮事件で問題となった「撮る」「共有する」「蓄積する」という各段階を、全国共通の法律で扱う枠組みが整備されたことになる。ただし、リーダー格の有罪判決は新法施行前の行為に対するもので、当時の迷惑防止条例などに基づいている。
参考資料・出典
- FNNプライムオンライン「露天風呂盗撮は土日・祝日を狙って 主犯格に懲役2年10カ月」
- LOOK静岡朝日テレビ「『1万人以上盗撮した』カリスマと呼ばれた男の手口とは」
- LOOK静岡朝日テレビ「盗撮のカリスマと呼ばれた男に懲役2年10カ月の実刑判決」
- LOOK静岡朝日テレビ「露天風呂に入浴中の女性を盗撮した被告に懲役3年を求刑」
- 法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」
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