一家の中には、元警察官もいた。それでも、家族は松永太の命令に逆らえなくなった。親族が互いを監視し、やがて殺害にまで関わらされる。なぜ、家族のつながりが逃げ道ではなく、支配を強める道具になったのか。2011年の二つの最高裁判断には、その過程と、共犯者の責任をどう捉えるかで揺れた裁判官たちの言葉が残されている。
元警察官の義弟も、家族を守れなかった
北九州監禁殺人事件を「一家が家族同士で殺し合った事件」と説明することがある。しかし、その言い方では一番重要なことが抜け落ちる。
松永太が、暴力と恐怖によって家族を従わせる状況を作っていたことだ。

2011年12月12日、最高裁第一小法廷。松永の死刑を維持した判決とは別に、緒方純子への無期懲役を維持した決定が出された。その決定に付された宮川光治裁判官の補足意見は、緒方の妹の夫が元警察官だったことに触れている。仕事を持ち、家族との生活を営んでいた男性さえ、松永の支配下で健康と判断力を失っていったという趣旨である。
警察の仕事を経験したからといって、長期間の虐待を受けても必ず抵抗できるわけではない。逆に、元警察官が従ってしまったという事実は、支配を受けた人々を弱い人間として片付ける説明の危うさを示している。
最高裁が認定した死亡者は7人。最初の男性1人と、その後に亡くなった緒方の親族6人である。うち6人は殺人、1人は傷害致死に当たる。事件が発覚した2002年には遺体が見つからず、警察は供述と客観資料を突き合わせながら全容に迫っていった。
だが、数字を並べるだけでは、松永が一家をどう取り込んだのかは見えない。その入口には、殺意をむき出しにした脅迫とは違う、金と「家族を守る」という口実があった。
「娘をかくまうため」という名目で一家から金を取った
松永と緒方は、詐欺などの疑いで指名手配され、逃亡生活を送っていた。金が要る。最高裁判決によると、松永らはまず知り合った男性を同居させ、日常的な暴行や不合理な食事制限で抵抗しにくくしたうえで、多額の金を工面させた。その男性は、長期の虐待を受けて衰弱し、必要な治療を受けられず死亡した。
男性の死から約2年後、同じような搾取の仕組みが緒方の実家へ向かう。
松永は緒方の両親や妹に、緒方が重大な犯罪を犯したと信じ込ませた。そして彼女を警察からかくまい、面倒を見るための対価だとして金を要求した。さらに一家の生活の世話をすることなども約束させ、緒方の両親、妹夫婦、その子ども2人を同居させた。ここまでは、最高裁が具体的に認定した経緯である。
最初から「家族を殺す」と宣言して呼び寄せたわけではない。娘、姉を助けたいという親族側の思いに、金銭的な要求を結びつけた。そして、いったん同じ生活圏に入った人々に対し、通電などの暴行を繰り返した。
家族の結びつきは、本来なら外からの脅威に対抗する力にもなる。松永は、その結びつき自体を利用した。緒方を守ろうとする気持ちを利用して一家を取り込み、抵抗すれば暴力を加え、金を工面させる。判決の経過をつなげると、そうした構図が浮かぶ。
仕事も、外との連絡も、家族同士の信頼も失っていった
宮川裁判官の補足意見には、一家がかつて勤務先へ通い、親戚や知人と付き合う生活を送っていたことが記されている。それが松永の働きかけによって変わった。
出勤しなくなり、外部との連絡が絶たれ、マンションでの共同生活に移っていく。内部では暴力だけでなく、待遇の差をつけるやり方が使われた。家族は少しずつ互いを疑い、同じ部屋にいながら、協力して逃げることが難しくなっていった。
「なぜ全員で逃げなかったのか」という疑問は自然に浮かぶかもしれない。しかし、その問いは事件の当事者に、自由に考え、相談し、行動できる条件が残っていたことを前提にしている。
最高裁の判断が示したのは、まさにその条件が奪われていたという点だった。長期にわたる通電や虐待により、松永の指示に逆らうことが難しい心理状態が作られた。緒方だけでなく、妹夫婦らについても同様の状態が問題にされた。
ここで「洗脳」という便利な言葉を使えば、説明は短くなる。しかし、判決で確認できるのは、超常的な力ではない。金銭の搾取、外部からの孤立、暴力、待遇差、相互不信という具体的な行動の積み重ねである。
それぞれは別々の行為に見えても、家族が助け合う余地を狭めるという点でつながっていた。
実行するのは家族、決めるのは松永という構図
緒方の父親は、松永の指示を受けた緒方による通電の暴行で死亡した。その後、残された家族にも殺害が及んだ。母親、妹、その夫、そして幼い2人の子ども。最高裁は、相手の意思が抑え込まれた状態を利用し、被害者の家族らを実行行為に関わらせたことを認定している。
とりわけ恐ろしいのは、松永がすべての犯行で直接手を下していたわけではないことだ。

松永についての最高裁判決は、本人が直接実行していない犯行についても、暴行の実施や殺害を決め、緒方を通じたり自ら働きかけたりして実行させた点を重視した。直接手を下したのが誰なのかという事実と、誰が事件を決定し主導したのかという責任の所在を切り分けたのである。
家族同士が傷つけ合う状況になれば、当事者は互いを信じられなくなる。命令した人物が前面に出なくても、支配関係は続く。これは判決の認定から読み取れる事件の構造だ。ただし、個々の場面で何を考えていたかまで、一人ひとりの内心を断定することはできない。
松永の目的も、殺害そのものだけでは説明できない。最高裁は、家族から金を得られなくなると、以前の犯行の発覚を避け、逃亡生活の妨げになると考えて、残る人々を順に殺害していったと認定した。金を奪うための支配が、口封じのための殺害へと変わったのである。
緒方純子は、加害者であり、松永から暴力を受けた人でもあった
この事件が裁判で難しい問いを残したのは、緒方の立場だった。
緒方は親族の殺害に重大な役割を果たした。その事実は最高裁も否定していない。とりわけ幼い甥と姪の殺害では実行行為に関わっている。一方で、松永から長期間、激しい暴力と行動の制限を受け、逃亡を試みて連れ戻された後には、虐待がさらに強まったと認定された。

だからといって、罪を犯していないことにはならない。2005年の一審で松永と緒方はともに死刑とされた。しかし2007年、福岡高裁は松永の死刑を維持する一方、緒方を無期懲役に変更した。
最高裁の多数意見は2011年、緒方について、犯罪の首謀者は松永であり、緒方は正常な判断能力が低下した状態で追従していたこと、証拠の乏しい事件を含め積極的に自白し、事案解明に貢献したことなどを考慮した。無期懲役を覆して死刑を選ばなければ著しく不当だとはいえない、と判断したのである。
ここで区別したいのは、無期懲役への変更が「緒方には責任がない」という意味ではないことだ。最高裁も刑事責任の重大さを認め、死刑を十分検討すべき事件だとした。そのうえで、松永との主導性の差や、支配を受けていた事情を量刑に反映した。
同じ判決文で、裁判官の見方が割れた
最高裁の決定には、多数意見だけでなく、宮川裁判官の補足意見と横田尤孝裁判官の反対意見が付いている。ここを読むと、事件の捉え方が一枚岩ではなかったことが分かる。
宮川裁判官は、家族が職場や周囲から離れ、互いに疑い合う状態へ追い込まれた過程を詳しく取り上げた。公判で示された精神医学的な分析にも言及している。長期の反復的な虐待が緒方の精神状態に影響したという見解を、すべてを説明するものではないと留保しながらも、量刑を考える上での重要な事情として扱った。
一方、横田裁判官は緒方の死刑を回避すべきではないという立場をとった。緒方が松永から虐待を受けていたことは認めつつ、刑事責任を逃れるという二人の共通の利益のために、緒方自身も主体的に行動したと評価した。多数意見とは、同じ事実から導く責任の重さが異なったのである。
どちらの見方も、緒方の行為が極めて重大であることを出発点としている。違うのは、支配と暴力の影響を、刑の選択にどこまで反映させるべきかという点だった。
一連の裁判は、誰かが「操られていた」といえば責任が消えるわけではなく、逆に命令を受けて行動したからといって、命令者の責任が薄まるわけでもないことを示した。
17歳の少女が外へ出なければ、事件は見えなかった
2002年3月、当時17歳の少女が監禁先から逃れ、祖父母へ助けを求めた。少女への監禁・暴行を端緒に捜査が始まり、所在の分からなくなっていた人々の死亡が明らかになっていった。
遺体は残されていなかった。緒方が後に犯行を供述したことは、証拠の乏しい事件を解明する上で重要だったと、最高裁も評価している。だが、供述があるから何もかも明らかになったというわけではない。裁判は長期にわたり、実行者と指示者の関係、緒方がどれほど自由な意思を保っていたかが厳しく争われた。
事件を振り返るとき、松永を「怪物」と呼ぶことは簡単だ。しかし、その一言では彼が実際に何をしたのかが見えなくなる。
娘を守りたい家族の思いに金銭要求を結びつけたこと。暴力で逃げ道をふさいだこと。家族同士の信頼を壊したこと。そして、自分の手だけでなく、追い詰めた人々の手を使って犯行を重ねたこと。
最高裁の記録に残るのは、人間関係そのものを支配の道具に変えた過程である。7人が命を失った事件の中心にいたのは、不可解な共同生活の偶然ではなく、松永太が作り上げた暴力と搾取の仕組みだった。
事件の要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な事件期間 | 1996年〜1998年ごろ(2002年3月に発覚) |
| 発生場所 | 福岡県北九州市など |
| 死亡者 | 7人(殺人6件、傷害致死1件) |
| 主な当事者 | 松永太・緒方純子 |
| 一審 | 2005年9月、両者に死刑 |
| 控訴審 | 2007年9月、松永は死刑維持・緒方は無期懲役 |
| 最高裁 | 2011年12月12日、松永の死刑と緒方の無期懲役を維持 |
参考資料・出典
- 最高裁判所第一小法廷・平成23年12月12日判決 松永太、平成19年(あ)第2276号 — 死亡事件、搾取と虐待の経緯、松永の主導性、死刑維持。
- 最高裁判所第一小法廷・平成23年12月12日決定 緒方純子、平成19年(あ)第2276号 — 無期懲役維持、宮川裁判官の補足意見、横田裁判官の反対意見。
- 日本事件データベース「北九州監禁殺人事件」事件記録 — 事件の概要と時系列。
