マルヨ無線強盗殺人放火事件は、1966年12月5日、福岡市下川端町にあった電器店「マルヨ無線川端店」で、宿直中の男性店員2人が襲われた事件である。2026年3月24日、福岡地裁は第7次再審請求を棄却した。弁護団は決定を不服として福岡高裁へ即時抗告しており、現在でも再審をめぐる手続きが続いている。
- マルヨ無線川端店で店員2人が襲われた経緯
- 強盗事件が死者を伴う放火事件へ発展した状況
- 尾田信夫死刑囚と共犯少年に言い渡された判決
- 尾田死刑囚が認めている事実と否認している事実
- 石油ストーブの転倒方法が争点となった理由
- 7回にわたる再審請求と新たに開示された証拠
- 2026年の再審請求棄却と現在の法的状況
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 一般的な事件名 | マルヨ無線強盗殺人放火事件、マルヨ無線事件 |
| 別称 | 川端町事件 |
| 発生日 | 1966年12月5日 |
| 発生場所 | 福岡市下川端町のマルヨ無線川端店(現在の福岡市博多区下川端町) |
| 被害者 | 宿直中の男性店員2人 |
| 被害 | 店員1人死亡、1人負傷 |
| 奪われた金品 | 現金約22万円、腕時計など |
| 主な凶器 | ハンマー |
| 出火原因の認定 | 石油ストーブを倒して放火したとするのが確定判決 |
| 主な被告人 | 元店員・尾田信夫(事件当時20歳) |
| 共犯者 | 事件当時17歳の少年 |
| 尾田死刑囚の一審判決 | 1968年12月24日、福岡地裁が死刑 |
| 控訴審 | 1970年3月20日、福岡高裁が控訴棄却 |
| 上告審 | 1970年11月12日、最高裁が上告棄却 |
| 共犯少年の判決 | 懲役13年が確定 |
| 尾田死刑囚の主張 | 強盗への関与は認める一方、放火を否認 |
| 第7次再審請求 | 2013年に申し立て |
| 2026年の決定 | 3月24日に福岡地裁が再審請求を棄却 |
| 現在 | 弁護団が福岡高裁へ即時抗告中。死刑は未執行 |
現場は福岡市中心部のマルヨ無線川端店
事件現場となったのは、福岡市下川端町にあったマルヨ無線川端店である。現在の行政区分では、福岡市博多区下川端町に当たる。当時は電器製品を扱う店舗として営業しており、夜間は店員が宿直していた。事件が起きた12月5日夜も、男性店員2人が店内に残っていた。
翌朝まで通常どおり勤務するはずだった2人は、突然侵入してきた男たちに襲われる。店内には、逃げ道を失わせる火まで放たれた。
元店員の尾田信夫と17歳少年が店へ侵入
確定判決で犯人と認定されたのは、マルヨ無線で勤務した経験を持つ尾田信夫死刑囚と、当時17歳だった少年である。尾田死刑囚は事件当時20歳。過去に店で働いていたため、内部の構造や売上金の扱いを知り得る立場にあった。確定判決は、金銭を得る目的に加え、元勤務先に対する不満も犯行の背景にあったと認定している。
2人は深夜の店舗へ入り、宿直中の店員を排除して金品を奪う行動に出た。
宿直中の店員2人をハンマーで襲う
店内へ侵入した2人は、宿直していた男性店員2人にハンマーで殴りかかった。頭部などを突然攻撃された店員たちは重い傷を負い、十分に抵抗できない状態へ追い込まれる。犯人側は事務所にあった集金用のかばんなどから、現金約22万円を奪った。店員が身に着けていた腕時計も持ち去ったと認定されている。
目的の金品を手にすれば、その場から逃げることはできたはずだった。しかし、事件は強盗だけでは終わらなかった。
確定判決は石油ストーブを倒して放火したと認定
確定判決によると、尾田死刑囚は逃走する前、店内にあった石油ストーブを倒した。漏れ出した灯油などに火が燃え広がり、店内は炎と煙に包まれる。裁判所は、強盗の発覚を遅らせ、証拠を消す目的で放火したと認定した。重傷を負った店員のうち1人は、自力で燃える店舗から脱出している。
もう1人は逃げることができず、店内で死亡した。強盗と暴行に加え、放火によって退路を奪われた結果だった。
店員1人が焼死し、もう1人は負傷
火災が収まった後、店舗内から男性店員1人の遺体が見つかった。被害者は、仕事で宿直していただけである。金銭トラブルや加害者との個人的な争いに関係していたわけではない。もう1人の店員も、ハンマーによる攻撃で負傷している。辛うじて外へ逃れたことで、火災の中で命を失う事態は免れた。
1人が死亡し、1人が重傷を負ったという被害結果が、後の刑事裁判と再審請求の出発点となる。
共犯少年が出頭し、尾田信夫も逮捕される
事件後、福岡県警は強盗殺人と放火の疑いで捜査を進めた。事件から5日後の1966年12月10日、共犯とされた少年が警察へ出頭する。少年の供述などから尾田信夫の関与が浮上し、同年12月27日、尾田も逮捕された。
捜査では、店舗への侵入、店員への暴行、金品の奪取、火災の発生までが一連の犯行として扱われる。尾田と少年はいずれも起訴されましたが、事件当時の年齢や役割の違いによって、最終的な量刑には大きな差が生じた。
共犯少年の供述が尾田信夫の裁判で重視された
尾田死刑囚の裁判では、共犯少年の供述が重要な証拠の一つとなった。少年は、強盗だけでなく、店員を殺害し、証拠を消すために店へ火をつける計画が示されていたという趣旨の証言をしている。一方、尾田死刑囚は後に、強盗計画への関与は認めながらも、店員の殺害や放火まで事前に計画していたとの供述を否定した。
両者の供述には一致する部分と食い違う部分がある。その信用性は、死刑確定後の再審請求でも繰り返し争われることになった。
1968年、福岡地裁が尾田信夫に死刑判決
1968年12月24日、福岡地方裁判所は尾田信夫に死刑判決を言い渡した。認定された罪は、強盗殺人、強盗殺人未遂、現住建造物等放火などである。裁判所は、店員2人をハンマーで襲い、金品を奪っただけでなく、火を放って1人を死亡させた犯行を極めて重大と判断した。
共犯少年には懲役13年が言い渡されている。少年側はその後、上告せず、実刑判決が確定した。尾田死刑囚は死刑判決を不服として控訴する。この控訴審から、放火に関する明確な否認を始めた。
尾田信夫は控訴審から放火を否認
尾田死刑囚は、強盗に入って店員を襲い、金品を奪ったことまで全面的に否定しているわけではない。争っている中心は、石油ストーブを故意に倒して放火したかどうかである。尾田死刑囚は、捜査段階でストーブを蹴り倒したと供述したものの、警察から厳しく追及され、事実と異なる自白をしたと主張している。
放火が否定されれば、火災による店員の死亡について、確定判決どおりの責任を問えるのかが変わる。そのため、この事件の再審問題は「事件全体が架空だった」という主張ではなく、確定判決を構成する重要部分の事実認定を争うものだ。
1970年、最高裁で死刑が確定
1970年3月20日、福岡高等裁判所は尾田死刑囚側の控訴を棄却し、死刑判決を維持した。尾田死刑囚は最高裁へ上告しましたが、同年11月12日、最高裁第一小法廷が上告を棄却する。これにより、強盗殺人、強盗殺人未遂、放火などを認定した死刑判決が確定した。
尾田死刑囚はその後も死刑を執行されず、確定死刑囚として長期間収容されている。現在では、現在収容されている確定死刑囚の中で、死刑確定後の収容期間が最も長いとされている。
死刑確定後も繰り返された再審請求
尾田死刑囚は、死刑確定後、放火の認定を覆すために再審請求を繰り返していた。再審とは、確定した有罪判決に重大な誤りがある疑いが生じた場合、裁判をやり直すための手続きである。通常の控訴や上告とは異なり、確定判決を覆すだけの新しく明白な証拠などが必要になる。
尾田死刑囚は、第1次から第4次までの再審請求を本人で行いましたが、いずれも認められなかった。その後は弁護団の支援を受け、石油ストーブの構造や火災の発生状況を中心に、より専門的な検証が進められる。
第5次再審請求で同型ストーブの実験を実施
1979年に申し立てられた第5次再審請求では、日本弁護士連合会の支援を受けた弁護団が、ストーブに関する鑑定や検証を求めた。確定判決では、尾田死刑囚が石油ストーブを蹴り倒したと認定されている。ところが1994年、福岡高裁が同型ストーブを使って検証したところ、足で蹴っても容易には横転しないことが確認された。
さらに、強く倒した場合には安全装置が作動し、給油タンクが外れる現象も確認されている。これは、確定判決が認定した具体的な放火方法に疑問を生じさせる結果だった。
ストーブが蹴って倒れなくても再審は認められなかった
実験によって、確定判決どおりの方法でストーブを転倒させることが難しいと分かっても、再審開始には至らなかった。福岡高裁は、足で蹴り倒す方法に疑問があっても、手を使うなど別の方法で意図的に傾けることは可能だと判断する。確定判決に記された放火方法が正確でなかったとしても、尾田死刑囚が故意に火災を起こしたという核心までは崩れないとされた。
1995年3月28日、福岡高裁は即時抗告を棄却している。弁護団は最高裁へ特別抗告しましたが、1998年10月27日に棄却された。
1998年の最高裁決定が再審法に残した意味
1998年の最高裁決定は、尾田死刑囚の再審を認めなかった。一方、確定判決が一つの刑を科した複数の犯罪事実のうち、一部について無罪とすべき明白な新証拠があれば、再審理由になり得るとの考え方を示している。尾田死刑囚の場合、強盗への関与を認めながら、放火部分の無罪を求めている。
そのため、事件の一部分だけを争う再審請求であっても、法的に再審の対象になり得ることが明確になった。ただし最高裁は、当時提出された証拠では放火そのものを否定するには足りないとして、請求を退けている。
第6次再審請求も最高裁まで棄却
尾田死刑囚は第5次請求が最高裁で退けられた後、改めて第6次再審請求を申し立てた。しかし、2008年3月に福岡地裁が請求を棄却。弁護団は福岡高裁へ即時抗告した。福岡高裁も2012年3月29日、即時抗告を棄却している。
最高裁への特別抗告も2013年6月に退けられ、第6次請求の手続きは終了した。それでも尾田死刑囚と弁護団は放火の否認を続け、翌月には第7次再審請求を申し立てる。
2013年に第7次再審請求を申し立てる
2013年7月、尾田死刑囚は福岡地裁へ第7次再審請求を申し立てた。弁護団が争点としたのは、石油ストーブが火災時にどのような状態だったのか、尾田死刑囚の自白は客観的証拠と一致しているのかという点である。新たな鑑定では、ストーブの部品に残された溶融痕の位置や状態が分析された。
弁護側は、確定判決が前提としたような傾いた状態ではなく、ストーブが直立したまま異常燃焼した可能性があると主張する。人為的な転倒ではなく、機器の異常などによる失火だった可能性が認められれば、放火の認定は根本から揺らぐ。
50点を超える証拠が新たに開示された
第7次再審請求の審理中には、検察側から50点を超える証拠が新たに開示されたと報じられた。その中には、共犯少年の取調べ状況を録音したテープも含まれていた。共犯者の供述は尾田死刑囚の有罪認定を支えた重要な証拠である。どのような質問を受け、どの段階で供述が変化したのかを確認できる録音には、大きな意味がある。
弁護団は、証拠が長期間開示されなかったこと自体も、再審制度の課題だと指摘していた。確定判決を争うには新証拠が必要である一方、その証拠の多くを捜査機関が保管しているためである。
2026年3月、福岡地裁が第7次再審請求を棄却
2026年3月24日、福岡地裁は尾田信夫死刑囚の第7次再審請求を棄却した。弁護側は、ストーブが直立した状態で異常燃焼した可能性を示す鑑定や、火災を再現した映像などを提出していた。しかし福岡地裁は、現住建造物等放火の認定へ合理的な疑いを生じさせる明白な証拠とはいえないと判断する。
確定判決を支える証拠関係は堅固であり、新証拠を加えて検討しても結論は変わらないとして、再審開始を認めなかった。この決定によって死刑判決が新たに言い渡されたわけではない。1970年に確定した死刑判決が、引き続き維持された形である。
弁護団が福岡高裁へ即時抗告
弁護団は、福岡地裁の決定を不服とし、2026年3月27日付で福岡高裁へ即時抗告した。弁護側は、ストーブを故意に倒したとする確定判決の認定には、なお合理的な疑いが残ると主張している。福岡高裁は、地裁が新証拠を適切に評価したか、確定判決の放火認定を維持できるかを改めて審理することになる。
即時抗告が棄却された場合、弁護側は最高裁へ特別抗告することも可能である。現在も再審開始は決まっておらず、即時抗告審が続いている段階である。
尾田信夫は「全面無罪」を主張しているわけではない
マルヨ無線事件は、しばしば「冤罪事件」として紹介される。ただし、尾田死刑囚は店舗への侵入や強盗への関与まで否定しているわけではない。本人と弁護団が無罪を求めている中心は、ストーブを倒したとされる放火部分である。
また、再審開始決定や無罪判決が出た事実もない。現在の法的立場は、強盗殺人や放火などで死刑が確定している死刑囚である。「放火について冤罪を主張している事件」と「冤罪が確定した事件」は明確に区別する必要がある。
放火の無罪が死刑判決へ与える影響
仮に再審で放火が無罪となっても、尾田死刑囚の強盗への関与まで自動的に無罪になるわけではない。一方、被害者1人の死亡は、確定判決では放火によって引き起こされたとされている。放火行為が存在しなかったと判断されれば、死亡結果に対する責任や、死刑という量刑の前提を改めて検討しなければならない。
そのため弁護団は、事件の一部分を争っているだけではなく、死刑判決の根幹に関わる問題だと位置付けている。裁判所側はこれまで、具体的な転倒方法に疑問が生じても、故意の放火そのものを覆す証拠にはならないと判断していた。
再審請求中でも死刑判決は確定したまま
再審請求を申し立てても、確定判決の効力が自動的に停止するわけではない。裁判所が再審開始を決定し、その決定が確定した後、改めて再審公判が開かれる。尾田死刑囚の場合、第7次請求を含め、再審開始が確定したことはない。
したがって、法的には1970年に確定した死刑判決が現在も有効である。ただし、弁護団が即時抗告しているため、第7次再審請求に関する司法手続きそのものは終わっていない。
死刑確定から55年以上が経過
尾田死刑囚は、1970年に死刑が確定してから55年以上、死刑を執行されないまま収容されている。2026年3月の再審請求棄却時は79歳だった。現在収容されている確定死刑囚の中で、死刑確定後の収容期間が最も長いとされている。長期収容の背景には、7回にわたる再審請求と、放火の認定をめぐる継続的な争いがある。
一方、長い年月が経過するほど、証拠の散逸、関係者の死亡、記憶の変化といった問題も大きくなる。事件から約60年後も結論をめぐる争いが続いていることは、再審手続きと証拠保存の在り方にも課題を投げかけている。
現在の状況|第7次再審請求は即時抗告中
事件発生から現在までの主な経過は、次のとおりである。
- 1966年12月5日:マルヨ無線川端店で店員2人が襲われ、店舗が炎上
- 12月10日:共犯とされた17歳少年が出頭
- 12月27日:元店員の尾田信夫を逮捕
- 1968年12月24日:福岡地裁が尾田に死刑、少年に懲役13年を言い渡す
- 1970年3月20日:福岡高裁が尾田側の控訴を棄却
- 11月12日:最高裁が上告を棄却し、死刑が確定
- 1979年:第5次再審請求を申し立て
- 1995年3月28日:福岡高裁が第5次請求の即時抗告を棄却
- 1998年10月27日:最高裁が特別抗告を棄却
- 2013年6月:第6次再審請求の特別抗告を最高裁が棄却
- 2013年7月:第7次再審請求を申し立て
- 2026年3月24日:福岡地裁が第7次再審請求を棄却
- 3月27日:弁護団が福岡高裁へ即時抗告
現在も、尾田信夫死刑囚の死刑判決は確定したままである。死刑は執行されておらず、第7次再審請求については福岡高裁で即時抗告審が続いている。再審開始、無罪判決、刑の変更が決まった段階ではない。
今後は福岡高裁が、新証拠と確定判決時の証拠をどのように評価するかが焦点になる。
マルヨ無線強盗殺人放火事件が残したもの
マルヨ無線強盗殺人放火事件では、夜間勤務中だった店員2人が突然襲われ、1人の命が奪われた。生きて店舗を出られなかった被害者と、重傷を負いながら脱出した被害者が受けた苦痛は、再審問題とは別に見失ってはならない事実である。同時に、死刑という取り返しのつかない刑罰が確定した以上、その前提となった放火の認定に誤りがないかを検証することも欠かせない。
この事件では、ストーブの再現実験によって確定判決どおりの転倒方法に疑問が示されながら、裁判所は別の方法による放火の可能性を認めていた。さらに、事件から半世紀以上が経過してから、取調べ録音を含む多数の証拠が開示されたことも問題を残している。被害者の尊厳を守ることと、確定判決の誤りを検証することは対立するものではない。
マルヨ無線事件は、死刑事件における証拠開示、再審の判断基準、長期収容の在り方を現在まで問い続けている。
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