1998年5月3日、群馬県宮城村三夜沢、現在の前橋市三夜沢町にある赤城神社を家族と訪れていた志塚法子さん(当時48歳)が、駐車場から参拝へ向かった後に行方が分からなくなった。家族が神社周辺を捜し、警察や消防団も加わったが、法子さんの所在につながる発見は伝えられていない。
失踪から28年以上が経過した2026年8月時点でも、事故、遭難、第三者の関与、自発的な失踪のどれかを確定させる資料は公表されていない。後年「神隠し」という呼称で語られることもあるが、事件の核心は、家族旅行中の短い別行動から足取りが途切れたという事実にある。
| 発生日 | 1998年5月3日 |
|---|---|
| 場所 | 群馬県宮城村三夜沢・赤城神社(現在の前橋市三夜沢町) |
| 行方不明者 | 志塚法子さん(当時48歳) |
| 居住地 | 千葉県白井市 |
| 同行者 | 夫、娘、孫、叔父、叔母、義母 |
| 直前の状況 | 家族が待つ車を離れ、参拝へ向かった |
| 捜索 | 家族の捜索後、警察・消防団なども周辺を捜索 |
| 現在 | 所在・生死・失踪理由はいずれも不明 |
ゴールデンウィークの三夜沢赤城神社を家族7人で訪れた
法子さんは夫、娘、孫、叔父、叔母、義母とともに赤城神社へ出掛けていた。前橋市によると、三夜沢の赤城神社は赤城山南麓に位置し、参道松並木にはヤマツツジが群生する。毎年5月5日には太々神楽や奉納武道大会が行われるなど、5月上旬は参拝客が訪れる時期でもある。
一行が到着した日は雨だった。夫と叔父が先に参拝へ向かい、法子さんを含むほかの家族は車内に残ったと伝えられている。全員が一緒に境内へ入らず、時間差で行動したことが、その後の最後の目撃状況を複雑にした。
「賽銭をあげる」と話し、財布を残して車を離れた
後年の報道では、法子さんはしばらくして自分も参拝すると話し、財布から賽銭用として101円を取り出して車を離れたとされる。財布や大きな荷物を持って出掛けたわけではなく、家族から見れば短時間で戻る行動だった。
服装は赤い傘、ピンク色の上着またはシャツ、黒いスカートだったとの記述がある。ただし、この服装や101円という細部は現在の警察公開資料で確認できる情報ではなく、後年の報道に基づく事実として位置付ける必要がある。
娘が見た姿を最後に、夫と叔父とも合流しなかった
法子さんが車を離れた後、娘が子どもをあやすため車外へ出た際、駐車場から神社へ続く一帯で母の姿を見たと伝えられている。後年の記事では、参道とは別方向に立っていた、林道付近にいたなど表現に違いがある。
確かなのは、先に参拝へ向かった夫と叔父が法子さんと出会わず、法子さんも車へ戻らなかったことだ。家族は短時間のうちに姿が見えなくなったことに気付き、周囲を捜し始めた。
神社は山中の秘境ではなく、駐車場と交通手段がある参拝地
赤城神社の所在地は現在の前橋市三夜沢町114。前橋市は無料駐車場を案内しており、現在は上毛電鉄大胡駅からタクシーやデマンドバスで約20分、バス停から徒歩1分とされる。山岳地帯の中にある神社ではあるが、参拝者が通常利用する駐車場や参道が整えられた場所である。
この地理を踏まえても、法子さんが車を離れた後にどこへ進んだかは分からない。境内へ入ったのか、駐車場側へ戻ったのか、道路や林道側へ移ったのかを確定する目撃記録は現在まで公表されていない。
家族の捜索から警察・消防団を含む捜索へ
家族だけでは見つからず、警察へ届け出がなされた。後年の報道では、地元消防団を含む捜索が約10日間行われたとされる。神社周辺や山林などが捜索されたが、法子さん本人や失踪理由を特定できる所持品の発見には結び付かなかった。
失踪直後の捜索で発見できなかったことは、事故や第三者関与のどちらかを示す証拠ではない。どの範囲をどの程度捜索したのかを示す当時の詳細な公的記録は現在オンライン公開されておらず、後年の記事だけから捜索範囲を断定することもできない。
所持品が少なかったことは、短時間の外出を示す事情にとどまる
財布を車内に残し、賽銭分だけを持って出たという情報は、自発的な長期失踪を考える際にしばしば注目される。しかし、所持金が少ないという一点だけで事故、犯罪、自発的失踪のどれかを排除することはできない。
法子さんが身分証、交通手段、別の所持金をどの程度持っていたかについて、現在確認できる資料は限られる。未解決失踪では、断片的な状況を強い推理へ変えず、確定している行動と分からない部分を分ける必要がある。
「神隠し」は事件の結論ではなく、後年についた呼び名
赤城神社という場所と、短時間のうちに姿が見えなくなった状況から、この失踪はインターネットや雑誌で「神隠し」と表現されてきた。2024年の日刊ゲンダイ記事も、その言葉が連想される事件として現地取材を行っている。
しかし、神隠しは警察の事件分類でも、失踪原因を示す言葉でもない。法子さんがどの経路を取り、どこで最後に第三者から目撃されたのかが明らかでないことを、怪異的な説明へ置き換えるべきではない。
無言電話や目撃談は、失踪原因を決める証拠にはなっていない
後年の記事には、失踪後に家族宅へ無言電話がかかってきた、似た女性を見たとの情報が寄せられたとする記述もある。ただし、それらが法子さん本人と結び付いたという公的な発表はない。
長期未解決事件では、事件後に寄せられた情報自体が一人歩きしやすい。情報があったことと、それが本人の所在を示す有力証拠だったことは別であり、現在まで法子さんの発見につながったとはされていない。
事故・遭難・第三者関与のいずれも決定的な根拠がない
神社周辺には山林があるため事故や遭難の可能性が語られ、短時間で姿を消したことから第三者による連れ去りを疑う説も出てきた。また、所持品が少ない点を逆に不自然と見る議論もある。
ただし、転落や遭難を示す遺留品、車両への乗車を示す映像、特定人物との接触を示す捜査発表は確認されていない。どの説も現在のところ説明仮説の域を出ておらず、記事上で一つを「真相」とする根拠はない。
2024年の現地取材でも、地域に残るのは「姿を見た人がいない」という記憶
日刊ゲンダイは2024年10月、赤城神社周辺で事件を取材した。記事タイトルでは、近隣住民が「不思議な事件だった」「誰も姿を見ていない」と振り返ったことが紹介されている。失踪から四半世紀を超え、当時の参拝者や地域住民の記憶そのものも薄れている。
新しい目撃情報や物証が公表されたわけではない。むしろ、最後の行動を裏付ける客観記録がほとんど残っていないことが、長期未解決の大きな壁になっている。
現在も残るのは、駐車場を離れた後の短い空白
2026年8月27日時点で、法子さんの所在や生死は明らかになっていない。特定人物の逮捕や関与を示す公表もなく、失踪原因を確定する材料も示されていない。
事件を理解するうえで重要なのは、「神社で突然消えた」という印象ではなく、家族旅行の途中、短時間の参拝のため車を離れた48歳の女性について、その後の移動経路を確定する記録が残っていないという点である。
長期の行方不明者は、現在では身元不明死体のDNA記録とも照合される
警察庁は2015年から、身元不明死体のDNA型記録と、犯罪や事故に巻き込まれ生命・身体に危険が生じているおそれがある「特異行方不明者」本人や血縁者のDNA型記録をデータベースで照合する仕組みを運用している。2025年版警察白書でも、この制度が現在の身元確認手法として紹介されている。
この制度が法子さんの事案で具体的にどのように利用されているかは公表されていない。ただ、長期失踪者の確認は、失踪当時の現場捜索だけで終わるものではなく、その後に発見された身元不明者との全国的な照合という別の経路も持つようになっている。
2026年なら76歳――長い時間は「当時の外見」も変える
法子さんは失踪当時48歳だったため、生存していれば2026年には76歳になる。28年という時間は、当時の写真や服装だけで現在の本人を識別することを難しくする長さでもある。
だからこそ長期行方不明者では、外見上の似姿だけでなく、身体的特徴や家族資料、DNA型など複数の情報を組み合わせる必要がある。もっとも、法子さんについて現在どの資料が警察に登録・保存されているかは公開されていない。
参考資料・出典
- 前橋市「赤城南麓のパワースポット 三夜沢町の赤城神社」
- 日刊ゲンダイDIGITAL「赤城神社 主婦失踪事件」2024年10月18日
- デイリーニュースオンライン「1998年5月赤城神社主婦失踪事件」2020年1月
- 警察庁「行方不明者に関する情報提供のお願い」
- 警察庁「令和7年版警察白書・身元確認のためのDNA型鑑定の活用」
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