日光フランス人女性失踪事件|ティフェヌ・ベロンさん、8年後も所在不明の日仏捜査

公開日 2026年6月22日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2018年
都道府県
栃木県
事件分類
未解決事件 / 行方不明事件
事件状況
未解決

2018年7月29日午前、栃木県日光市のホテルに滞在していたフランス人女性ティフェヌ・ベロンさん(当時36)の足取りが途絶えた。部屋にはパスポートや旅行用の荷物が残り、本人とともに携帯電話も見つかっていない。栃木県警は現在も顔写真や身体特徴を公開し、日光署への情報提供を求めている。

失踪から8年となった2026年7月、家族は再び来日し、警察とともに東武日光駅前などでチラシを配った。警察にはそれまでに245件の情報が寄せられ、川などの捜索も続けられてきたが、ベロンさんの所在は判明していない。事故なのか、第三者が関わったのか。どちらか一方を確定させる公表事実は、今も示されていない。

行方不明2018年7月29日
場所栃木県日光市
行方不明者ティフェヌ・ベロン・マリー・アリックスさん
当時年齢36歳
最後の公的な状況午前10時頃、日光市内のホテルから外出後に連絡が取れなくなった
身体特徴身長約165cm、中肉、茶色の髪
所持している可能性Galaxy S6のスマートフォン、手提げバッグ、青色ポンチョ型レインコートなど
情報提供2026年7月までに245件
現在栃木県警が捜索・情報提供を継続

7月27日に来日し、28日に日光へ入った

ベロンさんは観光のため2018年7月27日に来日した。翌28日に日光へ移動し、市内の宿泊施設に入った。当時の報道では、日光の後も東北や京都、東京などを巡る予定を立て、8月中旬に帰国する旅程だったとされる。

失踪前日の行動については、家族が後に依頼した携帯電話データの解析や防犯カメラ映像から、ホテル到着後に近くの店舗や銀行へ出掛け、夜にはホテルへ戻ったと報じられた。少なくとも28日夜までは、旅行を続ける行動が記録に残っている。

29日朝、ホテルで朝食を取った姿が残った

栃木県警の現在の手配資料は、29日午前10時頃、ベロンさんが日光市内のホテルから外出した後に連絡が取れなくなったとしている。失踪当日の服装は白色系のノースリーブと短パン様。スマートフォンや手提げバッグ、青いレインコートを持っている可能性がある。

当時の報道では、朝食を取る姿が宿泊施設内で確認され、従業員が外出する様子を見たとの情報が伝えられた。これが長く「最後の目撃」として扱われてきた。部屋にはパスポート、荷物、旅行先を記したメモなどが残っていた。

東照宮や憾満ヶ淵、川沿いまで捜索が広がった

行方不明の届け出を受けた警察は、宿泊先に残された訪問先の情報などを手掛かりに、日光東照宮、日光二荒山神社、憾満ヶ淵など周辺を捜索した。山林や河川が近い土地であるため、捜索は市街地だけでは終わらなかった。

下野新聞は2023年、県警が事件と事故の両面で捜査・捜索し、延べ約9千人を投入したと報じた。FNNは2025年時点で延べ1万人以上としている。数字は報道時点で増えているが、長期間にわたり大規模な捜索が続いた点は共通する。

「午前10時に外出」と携帯データの動きは、同じ情報ではない

2025年、家族がスイスの専門会社へ依頼した携帯電話の位置情報解析がFNNで報じられた。解析では、失踪当日の午前11時15分頃に次の滞在予定地だった岩手県の宿泊先を検索し、11時40分頃にもホテル内でGoogleマップを開いていたとされた。位置情報はその後、不自然な形で途絶えたという。

これは栃木県警が公表している「午前10時頃にホテルから外出」という状況と見かけ上ずれる。ただし、家族側の解析は携帯端末のデータについてのものであり、警察資料の時刻は外出に関する情報である。両者を一つの確定した時系列へ無理に統合できる段階にはない。FNNによると、日本の捜査関係者は2025年時点でも「事件か事故か断定できない」としていた。

2023年報道のGPS情報と、2025年の家族側解析は一致していない

下野新聞は2023年、捜査関係者への取材として、29日午前10時頃の外出後、ベロンさんの携帯電話のGPS位置情報が宿泊施設と近くの大谷川との間を約30分にわたり移動していたと報じた。同紙は、県警が大谷川や鳴虫山などを捜索し、当時も月1回程度の捜索を続けていたと伝えている。

これに対し、2025年にFNNが報じた家族依頼の解析では、携帯端末の位置はホテルから移動しないまま午前11時40分頃に途絶えたとされた。両報道が参照したデータの種類、取得条件、解析方法が同一かは公表されていない。位置情報について複数の説明が存在する以上、いずれか一方を確定した「最後の場所」とみなすことはできない。

家族は事故説だけで終わらせず、第三者関与も調べるよう求めた

家族は早い段階から、パスポートや旅程を残したまま姿を消したことなどを理由に、自発的な失踪とは考えにくいと訴えてきた。一方で、事故や遭難を排除する証拠が見つかったわけでもない。

家族側はホテル周辺の捜査、携帯電話データ、鑑識資料、関係者聴取の内容などをさらに検討するよう日本側へ求めてきた。家族の見解と、警察が公表している捜査上の認定は同一ではない。第三者が関与したとの刑事裁判上の認定も存在しない。

フランスでは「誘拐・監禁」を視野に司法手続が始まった

フランスでは2018年9月、ポワティエの司法当局が誘拐・監禁の疑いを視野に手続を開始したと報じられている。2019年にはフランスの警察官が日本を訪れ、日仏双方で情報交換が行われた。

その後、ポワティエでの捜査が終結に向かう動きもあったが、事件は2023年にナンテールの未解決重大事件を扱う司法部門へ移された。フランスで刑事事件を想定した捜査が続いていることは、日本側で犯罪事実が確定したという意味ではない。国をまたぐ二つの手続が、それぞれ異なる法制度の下で続いている。

国連の委員会は日本政府へ繰り返し情報提供を要請した

2025年6月、国連の強制的失踪委員会は日本政府に対し、ベロンさんの件について詳細な情報提供を求める書簡を送った。共同通信によると要請は5度目で、フランス当局が防犯カメラ映像などを十分に入手できていないとして、捜査協力の状況にも言及した。

書簡では、ホテル客室の写真や鑑識結果、宿泊先従業員の証言などをフランス側へ提供するよう求めたと報じられている。これは国連機関による情報提供要請であり、特定人物の犯罪関与を認定したものではない。事件の焦点の一つが、失踪原因だけでなく日仏間の捜査資料共有にも広がったことを示す動きだった。

2026年、家族は日光署の捜査報告書を閲覧したと公表

2026年4月、兄のダミアンさんは、家族が長く求めていた日光署の捜査報告書を閲覧できたと公表した。Le Parisienによると、兄は報告書から、2018年9月に捜索犬がホテル裏手の区域で臭いを追った記録があったと説明している。

この内容は兄が報告書を読んだ後に公表した説明として報道されたもので、警察が新たな犯罪仮説を公式発表したものではない。それでも、家族が日本側の捜査内容そのものへアクセスし始めた点は、失踪から8年目の新しい動きだった。

8年を経ても、容疑者や犯罪被害の認定は存在しない

公表資料から確定しているのは、ベロンさんが2018年7月29日に宿泊先を離れた後、所在不明となり、本人も携帯電話も発見されていないことだ。警察は河川や山林を含む捜索を続け、多数の情報提供を受けてきたが、特定の人物を被疑者として逮捕・起訴したとの発表はない。

フランス側が誘拐・監禁を視野に司法手続を続け、家族が第三者関与の可能性を訴えていることは重要な経過だが、それ自体が犯罪被害の確定を意味しない。事故・遭難、第三者関与のいずれも排除し切れておらず、日本の警察が公開している現在の位置づけは、あくまで行方不明者の捜索と情報提供要請である。

2026年7月、245件の情報が寄せられても所在は分からない

2026年7月28日、家族と警察は東武日光駅前などで再び情報提供を呼びかけた。FNNによると、警察には245件の情報が寄せられている。翌29日で、ベロンさんが行方不明になって8年を迎えた。

栃木県警の公開手配は2026年6月にも更新されており、捜索は終わっていない。現在の法的・捜査上の状態は「行方不明」であり、死亡も犯罪被害も確定していない。ベロンさん本人の所在と、2018年7月29日に何が起きたのか。その二つが、今も解明されていない。

参考資料・出典

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