伊藤詩織氏性暴行訴訟|刑事不起訴と、民事で確定した「同意のない性行為」

公開日 2026年6月15日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 2010年代 冤罪事件 性犯罪

事件ステータス

発生年月日
2015年
都道府県
東京都
事件分類
冤罪事件 / 性犯罪

2015年4月、ジャーナリストの伊藤詩織氏は、就職相談のため会った元TBS記者の山口敬之氏と飲食した後、東京都内のホテルで同意のない性行為を受けたと訴えた。警視庁は当時の準強姦容疑で捜査したが、東京地検は2016年7月に不起訴とし、2017年9月には検察審査会も不起訴相当と議決した。刑事裁判は開かれていない。

伊藤氏は2017年、山口氏に損害賠償を求める民事訴訟を提起した。東京地裁は2019年、東京高裁は2022年、性行為に伊藤氏の同意がなかったと認定し、山口氏に賠償を命じた。一方、伊藤氏が著書などで薬物を使用された可能性に触れた表現の一部については、山口氏の反訴も認められた。最高裁は2022年7月7日、双方の上告を退け、高裁判決が確定した。

事案伊藤詩織氏と山口敬之氏をめぐる民事訴訟
発生時期2015年4月
刑事手続2016年に不起訴、2017年に検察審査会が不起訴相当
民事一審2019年12月18日、山口氏に330万円の支払い命令
民事控訴審2022年1月25日、山口氏に約332万円、伊藤氏に55万円の支払い命令
最高裁2022年7月7日、双方の上告棄却
現在民事判決は確定

仕事の相談で会った2015年4月3日

伊藤氏は当時、海外でジャーナリズムを学び、就職や仕事について山口氏へ相談していた。2015年4月3日、2人は東京都内で会食し、飲酒した。

伊藤氏は飲食中から強い酩酊状態となり、その後の記憶が途切れたと説明した。山口氏とタクシーでホテルへ移動し、翌朝、ホテルの部屋で性行為を受けている状態で意識を取り戻したと主張した。

山口氏は合意のある性行為だったと主張

山口氏は一貫して、性行為は伊藤氏の同意に基づくものだったと主張した。2人の認識は、性行為の同意の有無を中心に大きく食い違った。

後の民事訴訟では、伊藤氏と山口氏それぞれの供述だけでなく、飲食店での状況、タクシーでの移動、ホテル入館時の様子、出来事直後の連絡や医療記録などが証拠として検討された。

伊藤氏は警察へ被害申告

伊藤氏は出来事の後、友人へ相談し、医療機関を受診した。その後、警視庁へ被害を申告し、当時の準強姦容疑として捜査が行われた。

性犯罪の捜査では、当事者以外の目撃者がいない場合も多い。飲酒量、映像、タクシー運転手など第三者の供述、被害申告の時期、医療記録といった周辺証拠が重要になる。本件でも、出来事前後の客観資料が集められた。

東京地検は2016年7月に不起訴

警視庁の捜査後、東京地検は2016年7月、山口氏を不起訴とした。刑事事件として起訴されなかったため、刑事裁判所が有罪・無罪を判断する手続には進まなかった。

不起訴は無罪判決とは異なる。刑事裁判が開かれていない以上、山口氏に対して刑事上の有罪判決が言い渡された事実はない。

2017年、検察審査会も不起訴相当

伊藤氏は不起訴処分について検察審査会へ審査を申し立てた。東京第六検察審査会は2017年9月、不起訴処分を覆す理由がないとして不起訴相当と議決した。

これにより刑事手続は起訴に至らないまま終了した。一方、不起訴相当の議決は、民事上の不法行為責任まで判断するものではないため、その後の損害賠償訴訟は別に進められた。

2017年9月、伊藤氏が民事訴訟を提起

伊藤氏は2017年9月28日、山口氏を相手に1100万円の損害賠償を求めて東京地裁へ提訴した。

民事訴訟では、刑事事件と同じ出来事を扱いながら、争われるのは刑罰ではなく、不法行為が成立するか、損害賠償責任を負うかという点になる。刑事不起訴の後に民事裁判で異なる事実認定が行われることは、制度上あり得る。

山口氏は反訴し、伊藤氏の公表内容も争われた

山口氏は性暴力を否定し、伊藤氏の著書や発言によって名誉を傷つけられたとして、1億3000万円の損害賠償などを求めて反訴した。

これにより裁判では、ホテルでの性行為が同意に基づいていたかだけでなく、伊藤氏が被害を公表した際の表現の一部が名誉毀損に当たるかも審理された。

2019年、東京地裁が「同意はなかった」と認定

東京地裁は2019年12月18日、伊藤氏の供述は重要部分で一貫し、客観的な証拠とも整合すると評価した。山口氏が伊藤氏の同意がないまま性行為に及んだと認定し、山口氏に330万円の支払いを命じた。

一審は、伊藤氏が強く酩酊していた状態、タクシーやホテルでの様子、翌朝の行動、出来事後の相談などを総合して判断した。山口氏の反訴は一審では認められなかった。

一審判決は刑事有罪判決ではない

東京地裁が認めたのは民事上の不法行為責任だった。山口氏を刑事犯罪で有罪とし、刑罰を科した判決ではない。

一方で、刑事事件が不起訴だったから民事上も責任がないと判断されたわけでもない。刑事手続と民事手続は目的と判断枠組みが異なり、本件では両方の結果が併存している。

2022年1月、東京高裁も不同意を認定

控訴審の東京高裁は2022年1月25日、一審と同様、山口氏が伊藤氏の同意がないまま性行為に及んだと認定した。治療関係費などを加え、山口氏から伊藤氏への賠償額を約332万円とした。

高裁も、2人が性行為を前提とするような親密な関係にあったとは認めにくいことや、伊藤氏の供述が主要部分で信用できることなどを判断材料にした。

薬物をめぐる表現では山口氏の反訴を一部認容

東京高裁は一方で、伊藤氏が著書などで、意識を失わせる薬物を使用された可能性に触れた表現について、真実と認めるだけの証拠がないと判断した。

この部分について山口氏への名誉毀損が成立するとして、伊藤氏に55万円の支払いを命じた。性行為の同意の有無と、薬物が使用されたかという事実は別々に判断された。

双方が最高裁へ上告

山口氏は、同意のない性行為を認定し約332万円の賠償を命じた高裁判決を不服として上告した。伊藤氏も、薬物に関する表現で55万円の支払いを命じられた部分を不服として上告した。

最高裁第一小法廷は2022年7月7日、双方の上告を退けた。これにより東京高裁判決が確定した。

確定したのは二つの民事上の賠償判断

確定判決により、山口氏には伊藤氏へ約332万円を支払う義務が生じ、伊藤氏にも山口氏へ55万円を支払う義務が生じた。

双方への賠償命令は同じ行為について相反する判断をしたものではない。ホテルでの性行為については伊藤氏への同意がなかったと認定し、薬物使用に関する公表表現については別の不法行為を認めた結果である。

刑事不起訴と民事判決は現在も並存

2026年8月27日時点で、2015年の出来事について刑事事件が起訴された事実はなく、山口氏に刑事有罪判決はない。

一方、民事では山口氏が伊藤氏の同意がないまま性行為に及んだとの事実認定が確定している。同時に、薬物使用に関する伊藤氏の公表表現について山口氏への55万円の賠償命令も確定している。

法改正後の不同意性交等罪とは別の時代の事件

2015年当時の刑法には、現在の不同意性交等罪は存在していなかった。その後、2017年と2023年に性犯罪規定が大きく改正され、2023年には不同意性交等罪が新設された。

後から成立した刑罰法規を2015年の行為へ遡って適用することはできない。本件の刑事手続は当時の法律の下で処理され、民事訴訟は不法行為責任として判断された。

民事一審では供述の一貫性と客観記録を照合

東京地裁は、伊藤氏の供述だけで結論を出したのではなく、飲食後の移動、タクシー運転手らの証言、ホテルでの状況、翌朝以降の行動などを組み合わせて信用性を検討した。

判決は、伊藤氏の供述が重要な部分で具体的かつ一貫しており、周辺の客観資料とも大きく矛盾しないと評価した。これに対し、山口氏の説明については不自然な点や変遷があると判断した。

「親密な関係だったか」も控訴審で検討

東京高裁は、2人がそれ以前から性行為を想定するような親密な関係にあったかも検討した。伊藤氏は仕事上の相談で山口氏と連絡を取っており、性的関係を前提とした交際関係にあったとは認めにくいと判断した。

高裁はこうした関係性だけで不同意を認定したわけではなく、飲酒後の状態やホテルでの行動、伊藤氏の供述内容などを併せて評価し、一審と同様に同意のない性行為があったと認定した。

賠償額は330万円から約332万円へ

東京地裁は山口氏に330万円の支払いを命じた。控訴審の東京高裁は、治療関係費など一部の損害を追加し、賠償額を約332万円へ増額した。

伊藤氏が求めていた1100万円全額が認められたわけではない。裁判所が不法行為との因果関係を認めた慰謝料や費用の範囲で賠償額を算定した。

反訴の55万円は性行為そのものとは別の表現を対象にした

山口氏の反訴では、伊藤氏が著書『Black Box』などで薬物を使用された可能性に言及した部分が問題となった。東京高裁は、山口氏が薬物を使用したと認めるだけの客観的証拠はないとした。

この公表表現について山口氏への名誉毀損を認め、伊藤氏に55万円の支払いを命じた。ただし、この判断によってホテルでの性行為に同意がなかったとの認定が変更されたわけではない。

2022年7月の最高裁決定で民事の結論が動かなくなった

最高裁第一小法廷は2022年7月7日、山口氏と伊藤氏の双方の上告を退けた。上告審で一から証人尋問をやり直したのではなく、高裁判決に最高裁で取り上げるべき法的な誤りがあるかが審査された。

双方の上告棄却により、山口氏から伊藤氏へ約332万円、伊藤氏から山口氏へ55万円という二つの支払い命令が確定した。

不起訴相当と民事の不同意認定は同時に存在する

東京第六検察審査会が2017年に示したのは、検察の不起訴処分を覆して起訴させる結論ではないという刑事手続上の判断だった。その後の民事訴訟は刑罰を科す手続ではなく、損害賠償責任を問う手続として進んだ。

最終的に、刑事事件は起訴されず、民事では同意のない性行為による不法行為が認定された。さらに薬物使用に関する一部表現については伊藤氏にも賠償責任が認定された。これらが2026年8月27日時点の法的な到達点となっている。

参考資料・出典

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