2019年5月27日、東京地裁は国と茨城県に対し、桜井昌司さんへ7600万8757円を支払うよう命じた。問題になったのは、半世紀前の強盗殺人事件で桜井さんを有罪にしたことそのものだけではない。警察官がアリバイを崩すため虚偽の情報を告げた取調べや、有罪判決を支えた目撃証言の初期資料を検察官が開示しなかった行為について、裁判所が国家賠償法上の違法を認定した。
布川事件は2011年の再審無罪で知られる。しかし、無罪判決だけを読むと、なぜ桜井昌司さんと杉山卓男さんが無期懲役まで確定し、29年間も身柄を拘束されたのかが見えにくい。事件の捜査記録と国賠判決をたどると、自白、目撃証言、アリバイ捜査、証拠開示がどのように絡み合ったのかが浮かび上がる。
| 事件発覚 | 1967年8月30日早朝、茨城県利根町布川で62歳男性の遺体が発見 |
|---|---|
| 有罪とされた2人 | 桜井昌司さん、杉山卓男さん |
| 旧確定刑 | 無期懲役。1978年7月に確定 |
| 身柄拘束 | 1967年の逮捕から1996年の仮釈放まで約29年 |
| 第二次再審請求 | 2001年12月 |
| 再審開始確定 | 2009年12月 |
| 再審無罪 | 2011年5月24日。検察が控訴せず6月に確定 |
| 国賠 | 2021年、国・茨城県への賠償命令が確定 |
一人暮らしの男性が自宅で死亡。現場には物色された跡があった
1967年8月30日早朝、茨城県北相馬郡利根町布川で、一人暮らしをしていた62歳の大工の男性が自宅で死亡しているのを近隣住民が見つけた。室内には物色された跡があり、茨城県警は強盗殺人事件として捜査を始めた。司法解剖から、犯行は発見時刻からさかのぼっておおむね45時間以内と推定された。
現場には犯人を直接特定する決定的な物証はなかった。捜査は周辺住民への聞き込み、前科者や素行不良者とみられた人物への捜査を広げ、その中で当時20歳の桜井昌司さんと21歳の杉山卓男さんへ向かっていく。
2人を事件と結びつける柱になったのは、最終的には本人たちの自白と複数の目撃証言だった。ところが、この二つはいずれも後の再審で信用性を大きく失い、さらに国家賠償訴訟では、その形成過程そのものが問題にされた。
桜井昌司さんは強盗殺人ではなく、別の窃盗事件で先に逮捕された
桜井さんが最初に逮捕されたのは布川事件ではない。1967年10月10日、千葉県内の商店でズボンなどを盗んだ別件窃盗事件だった。国賠判決によると、警察は10月13日ごろから、身柄を拘束した桜井さんに布川事件についての取調べを重ねた。
10月15日、桜井さんは布川事件への関与を認める供述をする。杉山さんも別件で身柄を拘束された後、事件への関与を認めた。10月23日、2人は強盗殺人容疑で逮捕されることになる。
ただし、自白は一度できあがってそのまま維持されたわけではない。桜井さんは取調べの中で否認へ転じ、強盗殺人についていったん処分保留となった後も別件で身柄拘束が続いた。12月には拘置支所から警察の留置場へ戻され、再び自白する。供述は揺れ動いていた。
「調べたが全部うそだった」――アリバイをめぐり警察官が告げた虚偽
国賠判決で特に具体的に認定されたのが、桜井さんのアリバイをめぐる取調べだった。桜井さんは10月下旬、事件当日に宿泊していた場所などについてアリバイを思い出したと主張した。
ところが担当警察官は10月28日、「お前の言ったことは全部調べてみたが、嘘だった」という趣旨の言葉を告げ、自白を維持させようとした。実際には、桜井さんの説明に沿う宿泊先関係者の供述が得られていた。東京地裁は、この虚偽の説明を使って自白を維持させようとした取調べを違法と判断している。
判決は取調べの長さすべてを違法としたわけではない。重大事件で直接の目撃者がいない以上、一定程度長い取調べになること自体はやむを得ないとも述べた。その上で、虚偽の事実を告げる、供述を特定の方向へ誘導するなど、個々の具体的な取調べ行為を検討して違法性を認定した点が重要になる。
自白の内容は「現場の客観的状況」とかみ合っているのか
1970年の一審は2人に無期懲役を言い渡した。1973年に東京高裁が控訴を棄却し、1978年7月、最高裁で上告が退けられて無期懲役が確定する。公判で2人は無罪を主張していたが、裁判所は自白や目撃証言などを有罪の根拠として採用した。
その後の再審請求で、自白の信用性は根本から検討し直された。殺害方法など自白の重要部分と遺体・現場の客観的状況との矛盾、供述内容の変遷、捜査官の誘導に迎合した可能性が指摘された。
自白録音テープも重要な資料になった。再審手続で開示された資料には、供述が大きく変わる前後で録音が途切れているものがあり、取調べの過程を検証する材料となった。確定審では「犯行を詳しく語った本人の言葉」として扱われた自白が、再審では「どのように作られた供述なのか」という角度から評価され直した。
もう一つの柱だった目撃証言。初期の捜査報告には2人を見たという記載がなかった
有罪判断を支えたもう一つの柱が目撃証言だった。被害者宅の近くで桜井さんと杉山さんを見た、利根川に架かる栄橋付近で桜井さんを見た――こうした供述が、2人を犯行時間帯の現場周辺へ結びつける材料になった。
ところが国賠判決が検討した初期の捜査報告書には、重要な目撃者が当初から「桜井さんと杉山さんを見た」と話していた形跡がなかった。別の目撃者も、目撃した日付を当初は特定できていなかった。後の法廷証言だけを見れば明確に見える情報が、捜査初期には同じ形で存在していなかったのである。
1973年の控訴審で弁護側は、こうした目撃者の未提出調書や捜査報告書、アリバイ捜査の記録などを具体的に開示するよう求めた。検察側は必要性が薄いなどとして応じなかった。2019年の東京地裁国賠判決は、少なくとも重要な初期供述に関する資料について、開示しない合理的理由はなく、開示拒否は違法だったと認定した。
第一次再審は退けられた。それでも2人は29年の拘束後も無罪を訴えた
2人は服役中の1983年12月、第一次再審請求を申し立てた。しかし請求は認められず、1992年に最高裁が特別抗告を棄却して手続は終わった。無期懲役という確定判決は維持されたままだった。
1996年11月、杉山さんと桜井さんは相次いで仮釈放された。逮捕から約29年。刑務所の外へ出ることはできたが、法律上は無期懲役の有罪判決を受けたままであり、「無罪になった」わけではなかった。
2001年12月、2人は第二次再審請求を申し立てる。ここでは、自白と遺体状況との矛盾、目撃証言の信用性、新たに開示された捜査資料などが改めて検討された。
2005年の再審開始決定から、実際の再審が始まるまでさらに5年近くかかった
2005年9月、水戸地裁土浦支部は再審開始を決定した。検察側は即時抗告し、2008年7月、東京高裁はこれを退けて再審開始を支持する。検察側はさらに最高裁へ特別抗告した。
2009年12月、最高裁が特別抗告を棄却し、ようやく再審開始が確定する。2人が第二次請求を出してから約8年、最初の逮捕からは42年余りが経っていた。2010年7月、水戸地裁土浦支部で再審公判が始まった。
再審で検察側は改めて無期懲役を求刑した。すでに再審開始が確定していても、無罪が自動的に決まる制度ではない。確定判決の証拠を再評価し、刑事裁判として有罪を維持できるかが改めて審理された。
2011年5月24日、「2人を犯人とするには合理的な疑いが残る」とされた
2011年5月24日、水戸地裁土浦支部は桜井さんと杉山さんに無罪を言い渡した。判決は、2人を強盗殺人の犯人と推認させる客観的な間接証拠がないことを指摘し、確定判決を支えた目撃証言の信用性を否定した。
自白についても、内容の信用性に問題があり、任意性にも疑問があると評価された。強盗殺人について有罪を支える証拠関係は崩れ、検察側が控訴しなかったため、同年6月に無罪が確定した。
1967年の事件から44年近く。2人は仮釈放からさらに15年近くを経て、ようやく法的にも強盗殺人の有罪判決から解放された。
桜井昌司さんは「無罪になった後」、捜査機関の責任を問う訴訟を起こした
再審無罪の後、桜井さんは国と茨城県を相手に国家賠償訴訟を起こした。ここで問われたのは、再審判決が正しかったかどうかではない。警察官や検察官が当時行った取調べ、公訴提起、公判活動、証拠開示などに国家賠償法上の違法があったかが一つずつ審理された。
2019年5月、東京地裁は国と茨城県に連帯して7600万8757円を支払うよう命じた。警察官の取調べの一部を違法とし、さらに確定審で弁護側が求めた重要な初期捜査資料を検察官が開示しなかった行為についても違法と判断した。
2021年8月の東京高裁判決では、警察だけでなく検察官による取調べの違法性も認められたと報じられた。国と茨城県はいずれも上告せず、賠償命令は確定した。刑事の再審無罪とは別に、捜査・公判過程の一部が違法だったという民事上の判断も確定したことになる。
二人の死後、無罪判決の「公示」が13年以上行われていなかったことが判明した
杉山卓男さんは2015年、桜井昌司さんは2023年8月に亡くなった。その後の2024年11月、水戸地裁土浦支部への問い合わせをきっかけに、再審無罪判決について刑事訴訟法が求める官報・新聞での公示手続が行われていなかったことが判明した。
水戸地裁は2025年3月、職員が手続を失念し、組織内でも見落としていたと公表した。官報への公示が行われたのは2025年4月7日。無罪判決の言い渡しから約13年10か月後だった。
布川事件では、確定有罪を覆すまでに40年以上を要し、その後も取調べと証拠開示をめぐる国賠訴訟が続いた。そして当事者2人が亡くなった後になって、再審無罪を社会へ公示するための法定手続まで忘れられていたことが分かった。事件は過去の冤罪として完結したのではなく、刑事司法の手続をどこで検証するのかという問題を長く残している。
参考資料・出典
- 東京地方裁判所「平成24年(ワ)第31999号 損害賠償請求事件判決」(2019年5月27日)
- 衆議院「布川事件の再審無罪確定に関する質問主意書」
- 内閣「布川事件の再審無罪確定に関する質問に対する答弁書」
- 福岡県弁護士会「布川事件再審判決についての会長声明」(2011年5月24日)
- 熊本日日新聞/共同通信「布川事件、13年以上公示を失念 水戸地裁、再審無罪の官報掲載」(2025年4月7日)
- テレビ朝日「布川事件で再審無罪の桜井昌司さん死去」
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