2005年10月、別の殺傷事件で一・二審の死刑判決を受け上告中だった元暴力団幹部・後藤良次が、茨城県内で自らが関与したとする殺人2件と死体遺棄1件を上申書にまとめ、県警へ提出した。上申書は雑誌報道を通じても公表され、埋もれていた死亡事案の再捜査が始まった。
3件の中心人物として名指しされたのが、後藤らから「先生」と呼ばれていた不動産関係者の三上静男だった。捜査の結果、2000年8月に阿見町の会社社長・栗山裕さんを大量の酒で死亡させ、家族と共謀して保険金約1億円を得た事件が殺人として立件された。
水戸地裁は2009年、三上に無期懲役、後藤に懲役20年を言い渡した。三上の無期懲役は最高裁で確定した。上申書に記された他の2件は、被疑者死亡や証拠上の問題から、同じ形で有罪判決へ至ったわけではない。
| 発覚 | 2005年10月の後藤良次による上申書 |
|---|---|
| 上申書の内容 | 茨城県内の殺人2件・死体遺棄1件への関与 |
| 主な立件事件 | 2000年の阿見町保険金殺人 |
| 主要被告 | 三上静男、後藤良次ほか |
| 確定判決 | 三上は無期懲役 |
死刑判決を受けた後藤良次の上申書
後藤良次は、宇都宮市での監禁・殺傷事件などにより死刑判決を受け、最高裁へ上告していた。2005年10月17日、弁護士を通じて茨城県警へ上申書を提出し、過去に関与した三つの事件と共犯者の名を記した。
上申書を提出した動機について、後藤は三上に利用され、約束された報酬や仲間への対応を裏切られたという不満を語ったとされる。自らの死刑判決を軽くする意図があったとの見方も出たが、後藤の別件死刑は2007年に確定した。
犯罪への関与を述べる上申書は重要な捜査情報となる一方、提出者が自己の責任を軽くし、他人へ責任を転嫁する可能性もある。警察は記載内容だけで逮捕せず、遺体、土地登記、保険契約、関係者供述などの裏付けを進めた。
「先生」と呼ばれた三上静男との関係
三上静男は不動産や事業に関わり、元暴力団員らから「先生」と呼ばれていた。後藤の上申書では、三上が土地や保険金を得る目的で殺害を計画し、後藤やその周辺者を実行役として使ったとされた。
三上は暴力団の正式な上位者ではなかったが、人脈、資金、不動産取引を通じて後藤らへ影響を持ったとされる。犯罪計画を直接実行する者と、利益を得て指示する者が分かれていたことが、事件の発覚を遅らせた。
三上は公判で中心的役割を否定し、後藤の供述の信用性を争った。裁判所は、後藤の供述だけでなく、保険契約、資金の流れ、家族や共犯者の証言を総合し、阿見町事件について三上の共謀を認定した。
上申書に記された三つの死亡事案
上申書には、石岡市で男性の遺体を焼却したとする事案、北茨城市で土地所有者を生き埋めにしたとする事案、阿見町で会社社長へ大量の酒を飲ませた保険金殺人が記された。いずれも金銭や土地の取得が背景にあったとされた。
最初の2件では、死亡者や実行関係者の一部がすでに死亡し、遺体や物証の確保にも困難があった。上申書に具体的な場所や方法が書かれていても、殺人罪で有罪とするには死亡の事実、犯行、被告との共謀を合理的疑いなく立証しなければならない。
そのため「上申書殺人事件」という呼称は3件全体を指すが、3件すべてが同じ被告への殺人罪として裁判で確定したわけではない。刑事裁判の中心となったのは、被害者、保険金、共犯者、資金移動を具体的に確認できた阿見町事件だった。
栗山裕さんを狙った保険金計画
阿見町の室内装飾会社社長・栗山裕さん(当時67歳)には高額の生命保険が掛けられた。妻、長女、長女の夫らが保険金を得る計画へ関与し、三上と後藤らが殺害方法を検討したと認定された。
事故や病死に見せかけるため、刃物や銃ではなく、急性アルコール中毒を利用する方法が選ばれた。大量の酒を飲ませれば、外見上は飲酒による死亡と受け取られ、殺人の発覚を避けられると考えたとされた。
家族が加害計画へ加わったことで、被害者を警戒させず自宅内で酒を飲ませ、死亡後の説明を整えることが可能になった。保険金契約と受取人の設定は、後の捜査で動機と共謀を示す重要資料となった。
2000年8月の大量飲酒による殺害
2000年8月、栗山さんは茨城県内の自宅で、後藤らからウオッカなど強い酒を大量に飲まされた。判決では、口へ瓶を押し当てるなどして飲酒を強制し、死亡させたと認定された。被害者が拒否し、命乞いをしたとの共犯者供述も審理された。
死亡は当初、飲酒に伴う事故や病死のように扱われ、殺人事件として直ちに発覚しなかった。遺体から時間が経過し、当初の検視や解剖で事件性を見抜けなければ、後から殺害方法を立証することは難しい。
上申書後の捜査では、当夜の参加者が個別に取り調べられ、誰が押さえ、誰が酒を飲ませ、誰が計画や報酬を管理したかが比較された。供述の食い違いを客観的な保険・金融記録で補強し、殺人の共謀が構成された。
約1億円の保険金と再捜査
栗山さんの死亡後、遺族側には生命保険金約1億円が支払われた。金は家族だけでなく、計画に関与した者へ分配される約束があったとされた。後藤は十分な報酬を得られなかったことを、後年の告発理由の一つとして述べている。
2005年の上申書を受け、県警は保険会社、銀行、不動産登記、死亡時の医療資料を再確認した。通常の死亡として処理された事案を殺人として立件するには、金銭の流れと複数人の供述が一致する必要があった。
2007年1月、三上、後藤、栗山さんの家族、実行役らが殺人容疑で再逮捕された。被告人数が多く、それぞれの認識と役割が異なるため、裁判では共同正犯、幇助、保険金詐欺の成立が個別に判断された。
2009年2月、水戸地裁は三上静男に求刑通り無期懲役を言い渡した。判決は、三上が保険金を目的とする計画の中心となり、実行者を動かし、上申書が提出されるまで犯行を隠し続けた点を重く評価した。
後藤には阿見町事件で懲役20年が言い渡された。後藤は別の事件で死刑が確定していたため、懲役刑が死刑を置き換えるものではない。自ら上申書を出して捜査に協力した事情は考慮されても、殺害の実行責任を免れることはなかった。
三上は控訴・上告したが、最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定した。栗山さんの家族や他の共犯者にも有期懲役が言い渡された。2026年8月時点で、阿見町事件の主要な刑事責任は確定している。
保険契約から資金受領までの客観証拠
上申書の供述が捜査の出発点になっても、裁判では告白だけで有罪にすることはできない。警察と検察は、保険契約の時期、受取人の変更、被害者の死亡状況、保険金の入金先、関係者間の資金移動を改めて集めた。
栗山さんの死亡が急性アルコール中毒のように見えるよう、大量の酒を飲ませた経過については、共犯者の供述を相互に照合した。誰が計画し、誰が被害者を連れ出し、誰が保険金を受け取ったかを分けて認定する必要があった。
事故死として扱われた後に年月が経過していたため、遺体や現場から新たな物証を得ることには限界があった。その不足を補ったのが、契約書類、金融記録、当時の関係者の一致する供述だった。
三上は保険契約や資金の配分を主導したと認定され、実行役だけでなく計画者の責任が問われた。自ら手を下していない部分があっても、共謀して犯行を指示し利益を得た場合は共同正犯として重い刑事責任を負う。
栗山さんの家族が計画へ加わった経過は、保険金受領のために被害者を守る立場の者まで共犯となった点で重大だった。家庭内の事情や金銭的困窮があっても、殺害への関与を正当化することはできない。
事件名の『上申書』は発覚の契機を示すが、判決の根拠は一通の文書だけではない。供述に沿って掘り起こされた保険、銀行、移動、関係者の証言が一致した部分について、裁判所が事実を認定した。
上申書を提出した後藤の利害
後藤はすでに別事件で死刑判決を受けており、自身の処遇、三上との関係悪化、告白による評価など複数の利害を持っていた。捜査機関は、上申書を無条件に真実とせず、本人しか知り得ない内容と客観資料の一致を確認した。
告発者が犯罪に関与している場合、供述には自己の責任を軽くし、他人へ主導性を移す危険がある。後藤の説明も、共犯者の供述、保険金の流れ、死亡前後の行動と一致する部分だけが立証へ用いられた。
結果として阿見町事件は有罪となったが、上申書に記された別の死亡事案すべてが同じ強さで証明されたわけではない。告白の具体性と刑事裁判で認定できる事実の範囲には差が残った。
保険金殺人では、契約が存在するだけで犯罪とはならない。被保険者の死亡前後に不自然な増額や受取人変更があり、関係者が死亡方法を相談し、受領後に分配したという一連の証拠がそろって初めて計画が立証される。
上申書による再捜査は、過去に事故死とされた事案の記録を保存する重要性も示した。検視資料、保険書類、銀行記録が失われていれば、具体的な告白があっても裏付けられず、裁判へ進めなかった可能性がある。
判決は確定している。
告発で判明した事実と立証できなかった範囲
上申書は、通常の事故や失踪として埋もれていた事案を捜査へ戻す契機となった。内部関係者の具体的な告白がなければ、阿見町事件も保険金受領後に殺人として再検討されなかった可能性がある。
一方、告発に書かれたすべての事実が裁判で認定されたわけではない。遺体がない、共犯者が死亡している、客観記録が失われている事件では、詳細な供述があっても刑事責任を確定できない。記事では上申書上の主張と確定判決を区別する必要がある。
後藤は別件の死刑囚として収容され、三上は無期懲役が確定した。「先生」という呼称や告発の劇的な経緯だけでなく、保険契約、家族の共謀、大量飲酒を使った殺害、資金移動が法廷で認定された中心である。
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